『存在の耐えられない軽さ』

『存在の耐えられない軽さ』(1988年、アメリカ映画、171分)

TheUnbearableLightnessOfBeing.jpg
原題:The Unbearable Lightness of Being
原作:ミラン・クンデラ
監督:フィリップ・カウフマン
出演:ダニエル・デイ=ルイス、ジュリエット・ビノシュ、レナ・オリンほか


原作をかなり前に読んでいたのでレンタルメディア店でその題名を見たとき、本当にあれを映像化できるのか、といぶかしく思った。その後で、もし映像化に成功しているとするなら、どんなのだろうと興味がわいて手に取った。たとえば原作はこんなふうにして始まる。「永劫回帰*という考えは秘密に包まれていて、ニーチェはその考えで、自分以外の哲学者を困惑させた**」。

原作は「私」の視点から外科医のトマーシュや妻のテレザ、そして画家のサビーナを語る構成で、本筋以外に「私」の随想が散りばめられており、かなり自由度の高い小説なのだ。だから映画もおそらくナレーション付きになっているのではないかと予想していた。だが、映画を見るとナレーションはなく、1968年におけるチェコスロバキアのプラハが舞台になっており、トマーシュ(ダニエル・デイ=ルイス)がサビーナ(レナ・オリン)の自室兼アトリエにいる場面から始まる。

トマーシュは複数の女性と交際する性癖があり、一度遊んだ女性にはあまり興味を示さないが、サビーナだけは例外で、互いに束縛しあわない二人の関係は長く続いていた。ある日、執刀のために地方の小さな町に赴いたトマーシュは、とあるカフェでウェイトレスをしながらカメラマンを目指しているテレザ(ジュリエット・ビノシュ)と出会う。トマーシュには珍しくベンチに座って話すだけで車で帰ってしまうが、テレザはトマーシュを慕ってプラハのトマーシュの邸宅に来る。

テレザはそのままトマーシュと同棲生活に入り、やがて二人は結婚する。ところが、ソ連軍のチェコスロバキア侵攻が始まり、プラハの町をソ連軍の戦車が何台も通っていく。群衆はチェコの国旗やプラカードを手に反ソ連の声を上げ、テレザはカメラをもってそれらの人々の写真を撮りづづける。トマーシュはテレザを守りながらも群衆とともに声を上げるが、銃弾が飛び交い、群衆はソ連軍に鎮圧されていく。

トマーシュとテレザは、先にスイスのジュネーヴに亡命したサビーナを頼ってプラハを出た。サビーナの紹介である雑誌社の編集者にプラハで撮った写真を見せたところ、ヌード写真の撮影を勧められる。テレザはサビーナを訪ねてヌードを撮らせてくれないかと頼む。渋々了承したサビーナは、一通り撮影が済んだ後、今度はあなたが撮られる番よ、とテレザに迫る。それはできない、と逃げ回るテレザとカメラを持って追いかけるサビーナ。こうして二人は、トマーシュをめぐる三角関係にあるのを知りながらも距離を縮めていく。

UnbearableLightnessOfBeeingBook.jpg途中まではこんな感じで進むんだけど、全編通じていえることはとにかく露出が多いということだろう。見ていて、いったい何回脱ぐんだ、とか思ってしまったほどで、本当はそうではないと思うんだけど、露出している時間がそうでない時間と拮抗しているんじゃないかと錯覚してしまうほどだった。原作にある「私」の語りを捨象すると、こういう映像になるんだなというのがよくわかった。

トマーシュもお医者さんだから、台詞も "Take off your clothes." がよく使われるのは笑ってしまう。で、テレザと結婚してスイスに住んでいるときも女癖は治らなくて、女と肌を合わせた後にシャワーも浴びないでテレザのベッドに潜り込むもんだから、臭いでばれてしまったり。やれやれ、という感じのトマーシュだが、そういうトマーシュの「軽さ」につくづく嫌気がさして、「自分にとって人生は重い。だけどあなたにとってそれはどうしようもなく軽い。私はその軽さに耐えられない」と置手紙を残してテレザはプラハに戻ってしまうんですね。

トマーシュもテレザを追ってプラハに戻るのだが、そこではソ連の支配が及んで、トマーシュは医者の仕事が得られず、しかも社会主義の思想にそぐわない本を出版したことで当局に追われる身となってしまう。テレザとともに、田舎町の農場でひっそりと過ごす中で、二人はやっと互いを理解できるようになり、幸福とは何か、つかめたように思えた。エンディングは原作とかなり違っており、ここでは語らずにおきましょう。見ていただくほかはない、ということです。

*フリードリヒ・ニーチェの概念(コンセプト)で「同じものの永遠の回帰」。ドイツ語で "ewige Wiederkunft des Gleichen" 、英訳すると "eternal return of the same things" 。
**ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』(千野栄一訳、集英社文庫、1998年)

【付記】
● とにかく露出が多いので、家族そろって楽しく、などと言うことはありえません。かと言って恋人と二人で、というような甘いロマンスもないわけです。ナレーションをなくしたおかげで、原作の文学性が思いきりそぎ落とされているのが「良い」のではないかと思えました。


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『ノスタルジア』

『ノスタルジア』(1983年、イタリア/ソ連映画、126分)

NOSTALGHIA.jpg
原題:Nostalghia
監督:アンドレイ・タルコフスキー
出演:オレーグ・ヤンコフスキー、エルランド・ヨセフソン、ドミツィアナ・ジョルダーノほか


以前アンドレイ・タルコフスキーの『惑星ソラリス』(1972)を見て衝撃を受け、他の作品はないものかとレンタルメディア店を探したところ、『ぼくの村は戦場だった』(1962)と『鏡』(1975)があったので借りて見た記憶がある。『ぼくの村は…』はまだいいとして、『鏡』に至っては流れる水の中に揺れる水草を延々と撮り続ける映像に度肝を抜かれた。恐ろしく退屈なのだが、なぜか見続けてしまうのが不思議で、他の作品も見たいと思っていた。

ところが、他の作品はレンタルメディア店にも見つからないし、DVDでの販売すら行われていなかった(と思う)ので、見ようと思っても見られない状態が続いていた。ところがつい最近、レンタルメディア店で「映画好きの人が選んだ云々」という企画をやっていて、ふと見るとタルコフスキー作品が三つも並んでいるではないか。思わず手に取って確かめずにはいられなかったが、いくらなんでもタルコフスキー映画を三本立て続けに見るなどという暴挙をしでかすわけにはいかず、一本だけにした。『ノスタルジア』である。

冒頭はどこかの田舎町を歩く四人の女性(?)を映したモノクロ映像で始まる。タイトルが示された後に本編へ移るのだが、自動車がイタリアのとある町でとまり、女性が先に歩きだして進むが、男性は「見たくない」と女性の後をついて行かず、女性だけがキリスト教会に入り、聖母像を見る。女性はエウジェニア(ドミツィアナ・ジョルダーノ)といって翻訳係として同行しているようだ。男性はロシア人作家のアンドレイ・ゴルチャコフ(オレーグ・ヤンコフスキー)で、ロシア人作曲家の取材をしているようである。

翌日アンドレイとエウジェニアは温泉町へと赴き、そこで周囲から変人扱いされている奇妙な男、ドメニコ(エルランド・ヨセフソン)に出会う。なんでも彼は、もうすぐ世界の終わりが来ると信じ込み、家族を長年にわたって家に閉じ込めたままにした、というのだ。すでに家族は彼のもとを去り、今は一人で廃屋のような家に暮らしている。ドメニコに興味を持ったアンドレイは彼の家に行くが、そこは雨漏りのため絶えず水が床に落ちる音がしており、壁には「1+1=1」という意味不明な書き込みがあった。

ドメニコは、ロウソクに火を灯したまま温泉の端から端まで渡ることができれば世界は救済される、と考えており、何度もそれを実行しようとするが周囲に止められている、という。別れ際にドメニコはアンドレイに、自分の代わりにやってほしい、といい、アンドレイはそれを約束する。アンドレイがホテルに戻ると、エウジェニアはアンドレイに愛想をつかした感じでローマに行くという。彼女はアンドレイに愛を求めているのだが、アンドレイは何らかの病を患っている様子でそれに応えることができないのだ。

とまあ、途中までそんな感じで進んでいくのだが、予想した通り、何たる退屈(失礼)というか、なんという時間の流れようであろう。ドメニコの家で水が天井から落下して瓶に落ちる様子や、水が流れる様子が延々と映しだされるのをじっと眺め続けることになる。おそらくそこには何の意味もないのではないか、いや何か深い意味が込められているのではないのか、などどいう交錯した思いが脳裏に去来するのだが本当のことを言えばさっぱりわけがわからない。

だが、なぜか見続けてしまうのが自分でも不思議で仕方がない。人によってはもう数分でギブアップ、となるのではなかろうか。私(乙山)は『鏡』で予習(?)を済ませているからタルコフスキー対策はばっちりで、たぶんこういう展開になるだろうと覚悟して見始めたわけだが、それでも全編一気に見るだけの忍耐力や根性はなくて、とりあえず60分見たらいったん中止して、他日残りを見たらいいではないか、という作戦を実行することにした。

タルコフスキーはこの映画を通じて何を伝えたかったのか、とか、『ノスタルジア』の主題は何なのか、とか、そういう高尚なことが私ごときにわかるはずもなく、ただただ「はあ」とか思いながら水の流れる様子とか水に映る景色なんかをきれいだなあ、と眺めるばかりである。そして変人ドメニコはとんでもない行動をするし、自分の命が危ないのにアンドレイも例の「約束」を果たそうとするのに呆れるというか度肝を抜かれる。

たしかにイタリアで撮影をしているはずなんだけど、ローマの街の中以外は(いや、ローマの街でさえも)なんだか異次元の世界で時間が進行しているような不思議な映像感覚があって、これこそタルコフスキーの世界なんだな、と思わせる魅力がある。ウェブログの記録用として写真を撮ることもあるけれど、本当は「こうであってほしい」というような空気感というか、画像の仕上がりとかいうものがあって、それが偶然に定着されるときもたまにあるけれど、ほとんどの場合「ただの記録」としての画像になってしまう。

ところが、タルコフスキーの場合、初めから終わりまで、おそらくどのカットを用いても、「タルコフスキーの絵」になっているのだ。これは本当にすごいことで、こういうのはやはり凡人にできることではないのだと痛感する。べつにタルコフスキーがわからなくたって、ちっとも構わない、あまり余計なことを考えず映像にどっぷり浸るというのがタルコフスキーの楽しみ方ではないかと思う。もちろん、それができれば、の話なんだけど……そして映像に込められた「意味」を読み解こうとするのも次の段階の楽しみ方ではないだろうか。


【付記】
● 久しぶりに見たタルコフスキー、やっぱりすごいものでした。何がすごいのかといえば、映像そのものに魅力があるんです。筋とか展開は二の次という感じで、とにかく初めから終わりまで、映像そのものにすべてをかけている感じがしました。意味は……やっぱりわかりません。いつか、意味がわかる日が来るんでしょうか。


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『探偵物語』

『探偵物語』(1983年、日本映画、111分)

TanteiMonogatari_01.jpg
監督:根岸吉太郎
原作:赤川次郎
出演:薬師丸ひろ子、松田優作、秋川リサ、岸田今日子ほか


かつて1979~1980年にかけてテレビ放映されたテレビドラマ『探偵物語』に熱中してしまった私(乙山)だが、1983年に公開された同名の映画『探偵物語』を公開当時に見ることはできなかった。薬師丸ひろ子が主演の映画だけど、松田優作が出ていることは知っていた。たぶん、1980年代後半になってVHSを借りて見たのではないかと思う。

忘日、岩井俊二監督の映画を借りるつもりで邦画コーナーに立ち寄ったが、あいにく借りようとしていた映画はブルーレイ・ディスク版しか残っていなかった。ブルーレイ・ディスクだと画像は美しいのだが画面キャプチャ―ができない。まあ、といっても近頃では横着になってベストショットを探してキャプチャーするなんてこはしてなくて、題名の画面だけキャプチャーして済ませているんだけど……

で、何か他の日本映画でも見ようかと棚を眺めていたら『探偵物語』が目に留まったので思わずつかんでしまったわけなんです。早速見ると、おやおや、これは単にマスターフィルムをデジタル化しただけで、再処理してないようである。ちょっと退色しているんじゃないだろうか。だけど、ひどいなあというレベルではないので構わず見続ける。

映画は東京の閑静な住宅街の裕福な邸宅に、門限を過ぎて帰宅した女子大学生お嬢様・新井直美(薬師丸ひろ子)が、玄関からではなく何かを登って二階の自室にたどり着く場面から始まる。おいおい、何やらせてんだよ、と思わず言いたくなる場面だが、『裏窓』のグレース・ケリーよろしく直美は何の苦も無くやってのける。じつはもう、彼女は何度もこれをやっているのだ。

両親はアメリカで仕事をしていて、家には直美の世話係の家政婦・長谷沼君江(岸田今日子)が待っていた。直美のわがままに手を焼く家政婦だったが、直美は数日後に両親のいるアメリカに行くことになっていた。翌朝、大学に登校する直美の後をつける男が現れるが、彼は直美がアメリカにたつ日まで保護するために雇われた探偵・辻山秀一(松田優作)だった。

こうして、十代後半のお嬢様と33歳の冴えない男(という設定だと思う)の不思議な巡り合いが起きるのだが、当初直美はしつこく尾行する辻山を嫌って逃げようとする。ところが、朴訥な辻山に次第に直美は興味を持つようになっていく。そして暴力組織が経営するナイトクラブで歌手として働く辻山の元妻・直木幸子(秋川リサ)が、暴力団員と「ホテル」で同室しているときに、何者かが彼を刺殺してしまったことから、辻山と直美は殺人事件に巻き込まれていく。

とまあ、こんな感じで進んでいくのだが、薬師丸ひろ子は設定とほぼ同じ年齢だったらしく、何とも可愛らしい感じである。というか、なんという丸顔、じゃなくて、あどけなさだろう。だけどまあ、そんなことはどうでもいいのである。この人は、天性の女優さんなんでしょうね。「アイドル」などという言葉はこの人には当てはまらない感じがする。演技に不自然さがまったく感じられないんですね。『ALWAYS 三丁目の夕日』でもやはりいい演技をしているなあと感心した。

一方、松田優作のほうはというと、テレビドラマ版『探偵物語』のイメージは微塵もなくて、ジョークを飛ばすこともなく、不屈のヒーローのような格好いい場面も一切ない。ただ与えられた仕事を黙々とこなしていく平凡な探偵で、真犯人を探し当てるいちばん重要な役割は直美がやってしまうんですね。これはあくまで「薬師丸ひろ子が主演の映画」であることを、松田優作はしっかり理解していて、自分はどこまでも脇役に徹しようとしたのではないかと想像する。

実際、松田優作は台本にないアドリブを入れるのが上手な人だということは、テレビドラマ版『探偵物語』を見た人はわかっていると思う。意外とお茶目でギャグが大好きなんだけど、シリアスな役もこなせることは『蘇る金狼』(1979)や『野獣死すべし』(1980)、そしてなにより『ブラック・レイン』(1989)でもわかる。だから、松田優作ファンとしては物足りないと思うかもしれない。

さて、ファッションに目を移すと、なんといっても松田優作が着ているリネンのスーツが格好いい。色は薄茶色で、こういう色のリネンはなかなかないんじゃないだろうか。また、たぶんシャツもリネンだし、ネクタイもスーツと同色系のリネンじゃないかと思う。ううむ、オール・リネンで足元は黒のオックスフォード靴。真似してみたいなあ、と思うけど、たぶん無理。だけどねえ、オール・リネンで決めてる男が、なんで安アパートに住んでるんだよ、と突っ込みたくなりますね。

いちばん好きなのは、元妻を匿った辻山の安アパートに直美が訪ねて来て、そこに暴力組織が乗り込んでくる場面。窓から逃げようとするがままならず、ドアは盛んに叩かれて今にも壊れそうな万事休すという瞬間、直美は元妻に風呂に隠れているように、と言って、自分は服を脱ぎ始める。そして布団に入って辻山に「来て」って……いやあ、たまりませんなあ。薬師丸ひろ子は台本通りにやっているんだろうけど、素のままの本人がやっているかのように見えてしまうのが彼女の素晴らしいところだと感じた。


【付記】
● 日本映画史上に残る傑作の一つ、というほどではないにしろ、久しぶりに見るとなかなか良かったです。松田優作にもうちょっと動いてほしかったなあ、と感じたのも正直に書いておきましょう。


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『あなただけ今晩は』

『あなただけ今晩は』(1963年、アメリカ映画、147分)

IrmaLaDouce.jpg
原題:Irma la Douce
監督:ビリー・ワイルダー
音楽:アンドレ・プレヴィン
出演:ジャック・レモン、シャーリー・マクレーン、ルー・ジャコビほか


『アパートの鍵貸します』(1960)と同スタッフ、同キャストで撮影された『あなただけ今晩は』を見た。舞台はパリの中央市場、娼婦街カサノバ通り、警官は賄賂を受け取って見て見ぬふりをしていた。そこへ、仕事熱心な警官のネスター・パトゥー(ジャック・レモン)が赴任してきた。売春を見逃すことのできぬネスターは娼婦たちが仕事場にしているカサノバ・ホテルに踏み込んで娼婦たちを連行するが、客の一人に上司がいたことで、クビになってしまう。

酒場の喧嘩でネスターは子犬を連れた娼婦イルマ(シャーリー・マクレーン)のヒモを殴り飛ばし、それがきっかけでイルマはネスターに惚れ込み、いつの間にやらイルマのヒモになってしまった。だが警官時代の制服は今でも持っており、根が正直なネスターはイルマが客を取ることで苦しむようになる。そこで酒場の店主ムスターシュ(ルー・ジャコビ)と共謀して英国貴族のX卿に扮することにした。

ムスターシュから金を借り、それを代金としてイルマに渡すのだが、イルマはネスターに金を渡すのだから、結局ムスターシュに金が返ってくるという寸法だった。上客がついた、と大喜びするイルマ、それを見聞きしていたヒモたちは、ネスターを会長にすると言い出す。新会長のお祝いだ、とムスターシュの店ではシャンパンが抜かれ、娼婦たちが飲めや踊れやの大騒ぎ。だが、シャンパン代は新会長が払うことになっているのを知らぬネスターは、ムスターシュに金を返せなくなってしまう。

とうとうネスターは深夜から朝にかけて市場で働くことに。イルマが眠っている間にそっと抜け出したネスターは、市場で食材を運んだりしてくたくたになって早朝に帰宅する。イルマがどこかへ行きましょうよ、と言っても、また今度にしてくれ、と眠り込んでしまうネスター。ある朝、ネスターがいないことに気付いたイルマは、帰ってきたネスターと言い合いになる。意地を張ったネスターは、他にも女がいるんだ、とありもしないことをつい言ってしまい、イルマを激怒させてしまう。

とまあ、そんな感じで進んでいくのだが、シャーリー・マクレーンがこういう役をやるんだなあ、と感心してしまった。どちらかというと清楚なイメージがあったので、意外な感じがしたけれど、さほど似合ってないとは感じなかった。だけど、ぴったりはまっているようにも思えなかったのも事実。こういう役は、例えばマリリン・モンローなんかだとズバリはまるんじゃないかと思う。

娼婦の役といっても、そこはビリー・ワイルダーだけあって抑制が効いており、露出はほとんどなかったんじゃなかろうか。小顔でメイクは控えめにしたほうが、シャーリー・マクレーンらしい感じがすると思うんだけど、役が役だけに仕方のないことだろう。なんかねえ、イルマの顔を見ているとかなり無理している感じがするんですね。どうしても『アパートの鍵貸します』の彼女の顔を思い出してしまうのだ。

ジャック・レモンはさすがですね。警官の制服も似合っているし、ボーター・ハットを被ったヒモ役もなかなか格好良い。かと思えば、市場で働く労働者に扮しても全く違和感がないのが不思議なところで、本当に何でもできる俳優とでも言えばいいのだろうか。抜群の美男子ではないのだが、何とも味のある顔をしていて、本作も見ているとイルマよりネスターに感情移入していることが多かったように思う。

デジタル・リマスター版かどうかわからないが、思ったより画面が綺麗だった。カラー映像だから、ひょっとしたら退色しているかもしれないと予想していたのだが、夢見るようなゴージャスな画面ではないか。イルマのお気に入りの緑色の服もよく映えていた。まさか、緑色の服のためにカラー映画にしたってわけじゃないと思うけど……


【付記】
● 『アパートの鍵貸します』のように胸一杯になるというわけではないのですが、『アパート』で抱擁すらなかった二人が、『あなただけ』ではもう、行くところまで行くってわけなんですね。同スタッフと同キャストという珍しい二本の映画、どちらも甲乙つけがたいのですが、『あなただけ』にいささか緩んだものを感じてしまいました。


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『袋小路』

『袋小路』(1966年、イギリス映画、112分)

CulDeSac_01.jpg
原題:Cul-de-sac
監督:ロマン・ポランスキー
出演:ドナルド・プレザンス、フランソワーズ・ドルレアック、ライオネル・スタンダー他


映画の舞台はイギリス東部のリンディスファーン島で、この島は干潮時には本土とつながる道ができるが、満潮時には水没して行き来ができなくなる。その道を、一台の車がゆっくりと進んでいく場面から始まる。運転席には腹を撃たれて重傷を負った男・アルバートがいて、もう一人の男・リチャード(ライオネル・スタンダー)も腕を撃たれており、リチャードが車を押している。

彼らは強盗に失敗して逃亡中なのだ。車が動かなくなると、リチャードは電話線をたどって古城にたどり着く。そこでは全財産を使って古城を買い取り、若い妻・テレサ(フランソワーズ・ドルレアック)と理想の生活を送ろうとする中年男のジョージ(ドナルド・プレザンス)が住んでいた。ちょうど来客中で、凧揚げをしているジョージと客たちだが、テレサは隣人の若い男性と肌を合わせていて、浮気の現場をリチャードは目撃してしまう。

やがて夜になり、寝巻がない、とジョージは言うのだがテレサは探そうともしない。ベッドの下にあるんじゃないの、というので探してみるとテレサのネグリジェが出てきた。テレサはふざけてそれをジョージに着せ、さらに悪乗りしてジョージに口紅を塗ってアイラインを描き、女装させて笑い転げる。リチャードは家に忍び込み、電話をかけてボスと連絡を取ろうとする。物音に気付いた二人はついにリチャードに出くわすが、間抜けにも女装のままだった。

拳銃を持っているリチャードに二人はなす術もなく、アルバートのいる車を押すように強要されるが、もう車は半分水没しており、アルバートも死にそうになっている。ようやく彼を家に運び込んで横たわらせると、電話で連絡がつき、仲間をそちらに向かわせることになった。直後、リチャードは電話線を切断し、古城は外界と完全に隔絶されてしまう。

とまあ、そんな感じで話は進んでいくのだが、拳銃を持った強盗犯に家を乗っ取られてしまうという緊迫した設定になっているはずなのに、どこか間抜けな感じがして笑えてしまう。強盗犯たちも相当な間抜けなのだが、それに輪をかけた大間抜けなのがジョージなのである。正義のヒーローのように立ち向かうこともできず、ただ言いなりになっているジョージに、テレサは不満そうにするが自分でもどうしようもない。

CulDeSac_02.jpgテレサを演じているのはフランソワーズ・ドルレアックで、カトリーヌ・ドヌーヴの実姉なんだけど、映画の中ではよくわからない女なんですね。アルバートが死んだのでリチャードが穴を掘っていると、それを手伝ったり、リチャードにウオッカを飲ませてやったり、なんて普通するだろうか? 寝るときは素っ裸だし、泳いでくるわ、とこれまた素っ裸で海に向かうし……果ては眠っているリチャードの足の指に紙をはさみ、火をつけて「自転車っていうのよ」って、いったい……

リチャードはひたすら仲間が来るのを待つのだが、待てど暮らせど仲間が現れる様子はない。だれかが古城に車でやって来るのを確認して狂喜するリチャードだが、ジョージの来客だった。リチャードの存在は不自然なので、彼は庭師兼召使として住み込んでいることにした。さあ、飲み物を持ってきて、料理を出して、とリチャードをこき使うテレサ。私がやろう、と妙に召使に優しいジョージ、そして渋々ながらも客にサーヴするリチャードの姿がまた笑えてくる。

緊迫した関係のはずなのに、間抜けな出来事があちこちに散りばめられていてどこか笑えてしまうのに不思議な感じがするのだが、おそらくポランスキーの意図したところではないかと思う。話が進むにつれてジョージのエキセントリックさが肥大していき、テレサのわけのわからなさも相変わらずで、犯罪者のリチャードがいちばんまともな人間に見えてくるのが変な感じである。

何しろリチャードは、テレサの浮気の現場を目撃しているにもかからわず、ジョージにそれを話そうとしない「良い奴」なのである。またジョージがアルバートの眼鏡を踏んでしまうと「死者に対する敬意がない」と叱り飛ばすのだ。リチャードがやっていること自体が相当ひどいことなんだけど、それに対して夫婦が力を合わせて立ち向かうということが起らないのも変な感じだ。この奇妙さ、人間関係の微妙な変化、緊迫と弛緩の繰り返しから生まれるブラックな笑いこそ、この映画の魅力なのかもしれない。


【付記】
● リンディスファーン島というロケーション地もうまいこと選んだなあ、と思いました。『反撥』でドヌーヴは全く脱がなかったのに対して、『袋小路』でのドルレアックはわりと脱いでいましたね。フルヌードを背後から撮ったショットが何度もありますし、濃い色のワンピースを着て背中のジッパーを上げようとする場面はほとんど意味がないのだけど、たぶんベストショットだろうと思ったのでキャプチャーしておきました。


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只野乙山

Author:只野乙山

⚫︎ できれば「只野乙山=ただのおつざん」とお読みくだされば、と思います。

⚫︎ 文字中心のウェブログ。ほとんど一話完結で、どの記事をご覧になっても楽しめ(?)ます。文字数だけなら一冊の本に匹敵(凌駕?)するほどありますので、ごゆっくりどうぞ。

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