『炎のランナー』

『炎のランナー』(1981年、イギリス映画、124分)

Chariots of Fire
原題:Chariots of Fire
監督:ヒュー・ハドソン
音楽:ヴァンゲリス
出演:ベン・クロス、イアン・チャールソン、イアン・ホルムほか


『炎のランナー』はいつか、どこかでテレビ放映されたものを見たような気がするし、VHS版を借りて見たかもしれないのだが、とにかくあの主題曲が有名なのではないだろうか。それがヴァンゲリスという人の作曲であることを知ったのはずっと後だったし、彼が『ブレードランナー』の音楽も担当していると知ったのも後のことだ。

あのスローモーションが合いそうな印象に残る曲は映画の冒頭、英国代表陸上チームが合同練習をしている映像に合わせてクレジット表示とともに流れる。字幕に「カールトン・ホテル」とあったので後でウェブ地図で調べてみると、英国最南端のワイト島に同ホテルはあるようで、なるほど近くに海岸が延々と続いているではないか。

映画は二人のランナーに焦点を当てている。一人はレースに勝つことによって潜在的差別を克服しようとするユダヤ人ハロルド・エーブラムス(ベン・クロス)で、もう一人は走ることによって神を感じるというスコットランド人宣教師エリック・リデル(イアン・チャールソン)という、実在の人物をもとに脚色しているそうである。

じつは、今回『炎のランナー』を見たのは登場人物たちの服装をもう一度チェックしておこうと思ったからである。何しろ同作はアカデミー賞の「衣裳デザイン賞」を受賞しているほどなのだ。ケンブリッジ大学の学生たちのスタイルや、オリンピック代表団のユニフォームなど、非常に印象に残るものばかりだった。

ところが見ているうちに、服装もさることながらケンブリッジ大学の様子はさながら『ハリー・ポッター』シリーズの魔法学校を思わせるようなものだったし、スコットランドの広大な平原を移す映像の美しさにも驚いた。残念ながらウィスキー蒸留所はそれとわからなかったが、炭鉱で働く人たちの顔や服が黒ずんでいて、相当リアリティーを追求した様子が伝わってくる。

おそらく、1919~1924年頃の男女の服装がいかなるものであったか、細かい考証を重ねて衣裳デザインしたのだと思う。スコットランドの人たちが着ているざっくり編んだツィードの3ピースの色合いが何とも渋く、ああいうのを日本で着ている人は少ないなあ、と改めて思った。とにかく映像の隅から隅まで「英国調」とでもいうべき雰囲気に満ちみちているのだ。

冒頭でランニングをしている英国代表チームの選手たちが来ている体操服が「ヘンリーネック・シャツ」である。こんなふうに体操服にも使われるほか、この上からシャツを着ることもあり「下着」としても使われる。何度見てもあまりに爽やかで、目に眩しいくらいのヘンリーネック・シャツである。オフホワイトのコットン・トラウザーズ、所属校を表すレジメンタル・タイをしめてVネックのクリケット・セーターでクリケットを行うところなど、見ていてうっとりしてしまうほどだ。

拙ウェブログ「遊歩者 只野乙山」のどこかで、この学生たちが着ているのがボタンダウン・シャツだとか書いてしまったかもしれず、それが気になって確かめたのだが、ウェブで調べてみるとブルックス・ブラザーズがポロカラー(ボタンダウン)・シャツを出したのが1896年。なのでアナクロニズムにはなっていないものの、彼らがボタンダウン・シャツを着ている姿は一度たりともなかったと思う。

英国代表選手団のユニフォームはケンブリッジ大学の学生たちとほとんど変わらぬスタイルで、レジメンタル・ストライプのネクタイにクリケット・ヴェスト、そしてユニオン・ジャックのエンブレムがついた紺のブレザーを着ている。足元はオフホワイトのコットン(またはウール)トラウザーズを合わせており、紺ブレザーのスポーティな着方のお手本ともいえるものだろう。そしてボーター・ハット(カンカン帽)がスタイルの決め手なのだが、これを現代の日本で実行するのは難しい。

今回は服装をチェックするつもりで『炎のランナー』を見たから服装関係の話題に終始したけれど、いろんな意味で「英国流」とか「英国式」が映像の隅から隅まで充溢している(?)映画ではないかと思う。日本映画も映像が美しいといわれるが、それとは違う意味で美しい映像だといえる。今回はふつうのDVD版でみたけれど、デジタル・リマスターを施したブルーレイ・ディスク版があれば、もっと良いかもしれない。


【付記】
● 乙山が借りたディスクだけかもしれないのですが、冒頭の主題曲が一部で歪みを起こしているようです。ただでさえ美しい映像なのですから、せっかくならブルーレイ・ディスクがあればいいなあ、と思いました。だけど本当にあるんでしょうかね? 日本の配給会社が20世紀フォックス社のようなので、ひょっとするとあるのかも……


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No title

こんにちは。
私も見た事あるのですが、ヴァンゲリスの音楽と男達が走る姿しか覚えてないです。
当時の服装は身分、階級を現わすものでもありますし、時代考証とかちゃんとしてたんでしょうねえ。と今になって思いました。そういう視点で見るのも面白いですよね。『モーリス』や『アナザー・カントリー』なんかと時代は近かったでしたっけ?
ヘンリーネックの体操服は、少し前に見た『コッホ先生と僕らの革命』でも着てたような、、。ドイツでも一般的だったみたいですね。

Re: yuccalinaさん

yuccalinaさん、こんにちは! コメントありがとうございます。
いや本当、あの音楽が印象的だったのと、後は走る場面が多くてね……
仰るように、『モーリス』や『アナザー・カントリー』あたりと時代は近いと思います。

今回は服装に注目して『炎のランナー』を見たつもりだったのですが、
それほどきっちりチェックできず、画面の美しさに見とれてしまった感じです。
本当はツッコミどころもあるのだと思いますが、まあいいではないか。

第一次大戦と第二次大戦の間の時期ですから、
単純に「古き良き時代」とは言えぬものがあったのだと想像します。

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観たんですが

こんにちは。
ロードショー公開時、映画館で観たのですが、
あまり記憶に残っていないのが残念です・・・。
ヴァンゲリスの音楽はとても印象に残ってますが。

Re: 鍵コメントさんへ

情報ありがとうございます。

Re: 観たんですが ; 木曽のあばら屋さん

木曽さん、こんにちは! コメントありがとうございます。
年齢にもよると思うのですが、ユダヤ人差別とかキリスト教の安息日、
イングランドとスコットランドの違いとか、そういうのはある程度の年齢にならぬと、
理解しにくいものがあるじゃないかと思うんですね。

乙山は服装に着目しながら改めて見たのですが、
これだってある特定のコードを知らないとまったく気付かないようなことでしょう。
意外と手強い映画じゃないかと思いました。
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