『Undo』

『Undo』(1994年、日本映画、45分)

Undo.jpg
監督:岩井俊二
音楽:REMEDIOS
出演:豊川悦司、山口智子、田口トモロヲほか


題名の『Undo』は、1990年代後半に外国製フリーソフトを使ったことがある方ならお馴染みのものだろう。たとえばCADやペイント系ソフトなどで、最後に行った作業を「元に戻す=undo」で、「もう一度行う、やり直す=redo」となっている。これは「Edit」のプルダウンメニューにあるものだが、「undo=元に戻す」という題名が映画の内容とかかわりがあるかどうかはよくわからなかった。

以前見た『Love Letter』が岩井俊二的なものをあまり感じさせなかったのに対し、本作はまさに岩井俊二的な映画に思えた。ロー・キー(露光アンダー)とブルー・フィルター(?)などの組み合わせで、独特な映像に仕上がっている。由紀夫(豊川悦司)と萌実(山口智子)の夫婦が、一風変わったマンションに住んでいて、犬を飼うことができないで寂しがっていた萌実のために、由紀夫はカメをお土産に持って帰る場面から映画が始まる。

なんでカメなの? と不満足そうな萌実だが、それでも二人はカメを連れて散歩に出かける。後日、歯列矯正が終わり、綺麗な歯並びになったね、とキスする由紀夫だが、なんか違うなあと不満げな様子を見せる。それに対してちょっとすねる萌実。一見幸せそうに見える二人だが、編み物をしているときに萌実は自分の手に毛糸を絡めていた。

萌実の妙な行動に首を傾げながら、参照するために本を探していると、本にも毛糸が巻き付けられていた。やがてカメにも毛糸が巻き付けられ、部屋の中にあるものがことごとく毛糸で巻き付けられていく。あまりのことに萌実をカウンセラー(田口トモロヲ)のところへ連れていくと、「強迫性緊縛症候群」(何かを縛らずにはいられない病気?)だと診断された。

その後、ますます萌実の緊縛癖はエスカレートする一方で、部屋の中が毛糸やらロープで一杯になってしまう。しかも縛る対象は物体だけではなくなって、私たち二人の愛を縛ったの、と二人の写真を核に何重にも糸を絡ませているのだが、写真の顔は傷つけられていた。それを見た由紀夫は、もういい加減にしろ、と声を荒げるが、萌実は怯えるばかりでどうしようもない。

これは愛の病気なんですよ、とカウンセラーは言うのだが、いったい何が原因で萌実が変わってしまったのか由紀夫にはさっぱりわからない。病院帰りのタクシーの中で、まったくあの医者インチキくさいよな、他の先生に診てもらおうか、と由紀夫が言うと、えっ由紀夫ちゃん病気だったの? と真顔で答える萌実なのだった。

とまあ、途中まではこんな感じなのだが、「強迫性緊縛症候群」は架空の症例である。なのでどうしてそうなってしまったのか、見ていてもよくわからない。二人の関係を描こうとしたのかとも思うが、由紀夫は萌実をほったらかしにしているわけでもなく、彼女にひどいことをしたわけでもない。むしろ萌実のためにいろいろ考えてくれるやさしい夫だろう。

何かを縛りたがるということは、自分が縛られたら安心するのだろうか、と由紀夫は萌実をロープで縛ることにした。椅子に座らせた萌実を、慣れない手つきで何とか縛ってみたところ、萌実は開口一番、もっとしっかり縛ってよ、という。何度縛りなおしても萌実は、もっとしっかり縛ってよ、と繰り返す。このあたりは見ていていささか恐ろしくなるほどである。

こういう演技、中山美穂ではやっぱりできなかった(させられなかった)のだろうと思う。山口智子だからこそ、ということだろうか。だが愛情の裏返し、などというありふれた言葉で回収するには萌実は壊れすぎている。どうしてそうなったか、どうすればよかったのか、という視点で夫の行動を批判するには由紀夫はいい人すぎる。だからこの映画には答えもなければ救いもないし、二人の関係を元に戻すこと(undo)もできなかった。

それなのに、なぜか印象深く残るものがこの映画にはあるような気がする。それがいったい何なのか、はっきり射抜くことができぬのが歯がゆいところだが、人間関係の脆弱さと複雑さが、原因不明の修復がきかない形で突きつけられる感じ。ひょっとすると人間存在には説明できぬ闇の部分があって、じつはその闇のほうが明るく見えている世界よりも果てしなく大きいのではないか。その恐ろしさの一端を、この映画は垣間見せてくれたのかもしれない。


【付記】
● 『Undo』の中で、二人が住んでいるマンションは相当変わった物件というか、そんなふうに作りこんだのだと思います。もしこれがテレビドラマによく出てくるような普通のマンションだったら、あの独特の雰囲気は出せずにただの「ちょっと怖いテレビドラマ」に堕していたかもしれません。とにかくカメラワークがすごい。いつもながら感心させられてしまう音楽も秀逸ですね。


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