『博士の異常な愛情』

『博士の異常な愛情』 (1964年、イギリス/アメリカ映画、93分)

StrangeLoveDr.jpg
原題:Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb
監督:スタンリー・キューブリック
原作:ピーター・ジョージ『破滅への二時間』
出演:ピーター・セラーズ、ジョージ・C・スコット、スターリング・ヘイドンほか


邦題はなかなかうまい意訳だと思うが、原題を直訳すると「ストレンジラヴ博士あるいは、私はいかにして心配するのをやめて爆弾を愛するのを学んだか」だろうか。まず冒頭で、これはフィクションであり、現実には起こりえないことを保証する、というアメリカ空軍の断りが入る。映画はアメリカ空軍機が牽引飛行している場面から始まる。オープニング・クレジットは手書きで独特のスタイルがあって面白い。

アメリカ空軍基地の司令官ジャック・リッパー将軍(スターリング・ヘイドン)が、どういうわけか「これは演習ではない」として巡回飛行中のB52爆撃機にソ連への攻撃命令をした。通信を受け取った乗組員たちは「間違いではないか」と基地に確認をするが命令は本物に間違いがないという。リッパー将軍は基地管内放送で、総員戦闘配備に就け、一切の通信は遮断される、敵はどんなふうにして来るかわからない、私たちの友軍の格好をしているかもしれない、基地に近付く者はすべて攻撃せよ、として基地を封鎖して籠城戦に備えた。

ラジオの回収をし忘れていた英国空軍のマンドレイク大佐(ピーター・セラーズ)は、ラジオをかけて「ソ連の攻撃が本当なら、通常の番組は放送してませんよ。命令中止をお勧めします」と言うがリッパー将軍は聞く耳を持たない。それどころか部屋に施錠してマンドレイク大佐が出られないようにしてしまった。そして水道水に異物が混入されているから我々の健康が蝕まれているのだ、それは共産主義者どもの陰謀だ、と本気で力説する。

一方、アメリカ国防総省ではマフリー大統領(ピーター・セラーズ)をはじめ軍高官たちが集まって対策を協議していた。「R作戦」が発動されると、もう呼び戻すことはできない、いっそのこと先手を打って敵のミサイル基地を叩いておいた方がいいのではないか、と論じるタージドソン将軍(ジョージ・C・スコット)だが、大統領はソ連大使を作戦会議室に呼び、ホットラインでソ連の書記長に事実を話す。

だがソ連大使によると、こうした核攻撃に対して自動的に爆発して地球上の全生物を放射性物質で絶滅させる爆弾が配備されているという。それを聞いたストレンジラヴ博士(ピーター・セラーズ)は「それがあると公開しなければ抑止力にならない、なぜ公開しなかったのか」と迫るが、ソ連大使は「近日発表する予定だった」と釈明する。こうしている間にも爆撃機は着実に目標めがけて飛行を続けていた。

途中までこんな感じなんだけど、これはキューブリック監督によるブラック・ジョークですね。不屈の英雄は不在で、のっぴきならない事態に陥った政府や軍の高官たちが右往左往する様子を描き出している。だから主役も不在なのだが、あえて言えば一人三役で奮闘するピーター・セラーズが一応主役ということになるんだと思う。意識して見なかったから、マンドレイク大佐とマフリー大統領、そしてストレンジラヴ博士は全くの別人としか思えなかったほどである。

題名が『ストレンジラヴ博士』だから、博士が活躍するのかと思いきや、彼が登場するのは半分以上映画が進んでから。元ドイツ人という設定で時々大統領を「総統」と呼び間違え、車椅子で生活している。興奮してくると右手の人工義手(?)が暴走し、それを左手で何とか抑えながら会話をするという非常に変わった人物を見事に演じているのがピーター・セラーズ。彼は前作『ロリータ』(1962)でも一風変わった人物を演じている。

キューブリック映画は細部まで丁寧に作りこまれている印象が強いが、本作では爆撃機の内部なんかがそうじゃないかと思う。実戦機の内部を取材できるはずもなく、制作スタッフの想像によるものだと思うけど、トグル・スイッチとかパイロット・ランプの配置を見ているといかにもそれらしく作られているのがわかる。というか、偽物くさい感じが全くしないのが見事なところだ。作戦会議室の大型ディスプレイ(?)なども見事ですね。

『シャイニング』や『時計仕掛けのオレンジ』でもそうだったように、かなりきつい内容にのどかなエンディング曲を合わせるのはキューブリックのお得意だけど、今回もそのパターン。曲と映像のあまりの乖離に複雑な気分にさせられるが、これがブラック・ジョークというもの。といっても、アメリカ軍がアメリカ空軍基地に攻め込んでいく場面はかなりリアリティを感じるので、このあたりはさすがキューブリックと思わせるところ。

なお、同年に同テーマの映画『フェイル・セーフ』(邦題『未知への飛行』)があるが、こちらはヘンリー・フォンダ扮する大統領が事態の解決へ向けて全力を尽くすというヒロイズムが明確にあり、こちらも同時にご覧になるといいかもしれない。同年に同テーマの映画というのはたぶん意図的なものじゃないかと勘ぐってしまうが、『博士の…』のブラック・ジョークに対して『フェイル・セーフ』は極めてまじめでいかにもアメリカ映画という感じがする。


【付記】
● 『フェイル・セーフ』はテレビの『シネマ大好き!』とか『シネマ・チューズデイ』で放送していたのをVHSで録画して見たように思います。もう後戻りできないことがわかってしまったとき、大統領の下した決断とは? そしてエンディングが衝撃的なんです。『博士の…』も良いですが、『フェイル・セーフ』もなかなかのものだと思います。


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No title

こんばんは。

『ストレンジャー・ザン・パラダイス』にしようかと思ったのですが、
やはりこちらに書かせていただきますね。

『博士の異常な愛情』。
私、大好きな映画なんです。
大好き、というとぴったり来ないな…
泣ける映画、と言った方がいいかな。

とりわけ、ラストシーンの、キノコ雲が上がるのと、
「また会いましょう どこかも知らず いつかもわからないけれど…」という
あの歌。何度聴いても泣けてしまいます。

人間の盲執の恐ろしさ…。
誰か正気の人が止められるうちならいいけれど、
ある時点を越えたら、もうだれにも止められない…
それは決してフィクションの中だけでなく、この現実の世界にも
怒りうるから怖いですよね。
ナチスによるホロコーストがそうでした。後になって見れば、あんなの
あり得ない、狂気か!と思うけれど、その時は皆が正気のつもりでいる。
その怖さに震えあがっていしまいます。

ピーター・セラーズは怪演でしたね。^^
ストレンジラブ博士のあの、義手。
「ハイル!ヒットラー!」とつい右手を上げたくなるのを必死で
左手で押さえつけているのか、と思いました。^^


Re: 彼岸花さん

彼岸花さん、こんにちは! コメントありがとうございます。
子どもの頃、毎日のようにテレビで映画を放映していました。
なんとなく見たことがあるのですが、はっきり覚えていません。

そういう映画をもう一度しっかり見よう、そんなつもりで見たのです。
やはり大人になってみた方がいい映画がたくさんありますね。
『博士の異常な愛情』もそんな一本で、初めて見るような感じでした。

> とりわけ、ラストシーンの、キノコ雲が上がるのと、
> 「また会いましょう どこかも知らず いつかもわからないけれど…」という
> あの歌。何度聴いても泣けてしまいます。

ですよねえ……あの歌は第二次大戦の頃に流行した歌だそうです。
また会いましょう、というのが絶望的な最後の場面にぴったりなんですね。
本当によく見つけたなあ、と感心してしまいます。

不屈の英雄は登場しませんが、ピーター・セラーズは見事ですね。
意識しないで見たので、一人三役というのが信じられない感じです。
それにしてもストレンジラヴ博士の義手、暴走するんですよね……

で、最後に「総統! 私は歩けます!」ですもんね。
たいへん印象に残る演技だったと思います。
キューブリック監督のセンス、エッセンスが詰まった一本ですね。

No title

ぁ。そうでしたか。
あの歌はそんな有名な歌だったんですね。知りませんでした。
なんとも言えない寂しい歌詞ですよね・・・。

ダージッドソン将軍を演じたジョージ・C・スコットも相変わらずの
怪演でしたね。この人は凝り固まった軍人などを演じさせると
ピカイチ。
『パットン大戦車軍団』という映画がありました。
ジョージ・C・スコットが、第二次世界大戦アフリカ~フランス戦線の
猛将パットン将軍を演じたのですが、やはり鬼気迫る演技でした。
彼はこの演技でアカデミー最優秀主演男優賞を得ました。
戦争ものは基本的に見ていてつらくなる私ですが、この映画も
そういうことを超えて、人間の狂気というか戦場の不条理を
描いた名画だと思っています。
DVDとかあるかなぁ…
いつかたまたま巡り会われたら、ぜひお勧めの映画です。^^

Re: 彼岸花さん

彼岸花さん、再コメントありがとうございます。
エンディングの歌にかんしては乙山もよく知りませんが、
第二次大戦時に流行った歌だとネットに情報がありました。

『パットン大戦車軍団』、これもたぶん、昔テレビ映画で見たと思います。
だけどもう筋どころか、内容も思い出すことができません。
名前を聞いて、ああ、と思うんだから見たはずなんですけど!

そうですね、戦争映画は基本的につらいですけど、
だからこそ、見ないといけない部分もあるわけですよね。
実際には数が多すぎてもう、見られないこともあるんですけど。

たぶん、レンタルメディア店にあるかもしれませんね。
ないと思っていた一本が、あれっ、というかんじであったりするんです。
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