『雨月物語』

『雨月物語』 (1953年)

UgetsuMonogatari_01.jpg
原作:上田秋成
監督:溝口健二
出演:京マチコ、水戸光子、田中絹代、森雅之、小沢栄ほか



江戸時代後期の読本作者、上田秋成と『雨月物語』のことを知ったのは大学に入ってからだが、「雨月物語」という言葉はそれ以前から知っていたような気がする。それは松本零士の『蛍の泣く島』という漫画短編集の中に「雨月物語」という作品が収録されていて、読んだからではないか。

本当かどうか自信がなく、懐かしさも手伝って早速電子書籍版『蛍の泣く島』をダウンロード購入し、PCで読んでみることにした。いや、本当に「雨月物語」が収録されているではないか。今でいう青年コミックの内容で、松本零士らしいロマンとエロティシズムあふれる内容だ。それにしても、はて、いったいいつこれを読んだのだったろう?

UgetsuMonogatari_02.jpgさて今回は映画の『雨月物語』である。上田秋成の『雨月物語』にある「浅芽が宿」と「蛇性の婬」の二編を脚色し、溝口健二監督によって撮影された、とある。出だしからいきなり日本の伝統音楽(謡、笙、笛、小鼓、琵琶など)が演奏されて度肝を抜かれる。まあ日本の戦国時代の話だから西洋音楽は合わぬだろうけど……

賤ヶ岳の戦い(1583年)が始まる前の頃、近江の国(現在の滋賀県長浜市)琵琶湖沿いで、農民の源十郎(森雅之)は妻の宮木(田中絹代)と子の三人でひっそりと暮らしている。源十郎は畑仕事の傍ら焼き物(陶磁器)を拵え、町で売っていた。その金で源十郎は着物を買い、土産として宮木に渡す。仕事着の上から着物を羽織り、あなたさえいてくれればそれでいい、と喜ぶ宮木を見て源十郎は目を細める。

戦の影響で町が賑わっていることを知った源十郎は、もっと儲けてやろうと焼き物に精を出す。そんな折、柴田勝家の軍勢が村に向かっていた。食べ物は容赦なく奪われ、男は人足として駆り出され、女は乱暴された。源十郎は大量の焼き物を焼いている途中だったが、兵たちから逃れるため、窯をあきらめ一家は村人たちと山に逃げ込んだ。

UgetsuMonogatari_03.jpg焼き物のことが気になって仕方ない源十郎が家に戻って窯を見てみると、幸運なことに見事に焼き上がっていた。源十郎一家と義弟の藤兵衛(小沢栄)、その妻の阿浜(水戸光子)らは手早く荷造りをし、舟を使って町へ向かうが、途中「海賊にやられた」という瀕死の男に出会い、宮木と子は村へ返すことにした。町で源十郎の焼き物はよく売れて、分け前を手にした藤兵衛は侍になるため武具を買い求める。

藤兵衛はそのまま侍たちの所へ行き、残された阿浜は藤兵衛を探し疲れたところを兵たちに襲われ、乱暴される。一方、源十郎が焼き物を売っていると、たいそう身分の高そうな若狭という女性(京マチコ)と付き添いの老女が現れ、焼き物をいくつか買い、屋敷に届けてくれた時に代金を支払う、という。後で、案内がなくては困るであろう、と先導する二人の後を追って源十郎は若狭の屋敷に入る。

自分の作った器を高く評価され、さらに若狭の美貌に魅了された源十郎は宮木と子を忘れて屋敷にとどまり楽しい時を過ごしていたが、町に出たとき神官だか僧侶だかに「お前には死相が出ておる」と告げられる。藤兵衛は敵方の位の高い侍が切腹し介錯されるところを目撃し、介錯した男を背後から槍で突き殺し、位の高い侍の首を持ち帰り、手柄に手下の兵たちをあてがってもらい、ひとかどの侍に成り上がる。

UgetsuMonogatari_04.jpg話はだいたいこんな感じだが、妖怪譚が本来であれば物の怪である若狭の本当の姿を見せてもよさそうなものなのに、そういうおどろおどろしい場面は一切ない。また阿浜が乱暴される場面でも溝口健二は露骨な表現をあえて回避したのではないかと思わせるところがある。これは1953年という時代も関係があったかもしれない。なにしろ、1951年に始まった「チャタレー裁判」の進行中だったわけですからね。「エマニエル」の間違いではありませんので念の為。

若狭も源十郎に抱き付くくらいがせいぜいで、濡れ場らしい濡れ場はない。ほとんどが暗示によるほのめかしである。よくある障子の向こうにシルエットが、という表現すらない(付き人が源十郎の着替えをする場面にはある)のだ。ヒッチコック映画でよく使われる影で表わすという手法もとられていない。そういうものをちょっと期待して見始めた(おいおい)わけだが、いささか拍子抜けみたいな感じになってしまったのを正直に書いておこう。

UgetsuMonogatari_05.jpgそんなわけで、色気や恐ろしさが濃厚に漂っているのが本来の映画のはずが、それらが希薄なままで話が進んでいくんだけど、最後は源十郎と藤兵衛が真人間に戻っていく姿が映されていて、えっ、これって結局、道徳物語だったの? となんだか逆に意表を突かれてしまった。全部見てしまった後で振り返ってみると、若狭の正体は見せなかったほうが美しさが印象に残るし、色気も匂わす程度のほうがかえっていいのかもしれない。すべてわかった上での表現なら……溝口健二の手腕に感心してしまったのである。


【付記】
● それにしても京マチコ扮する若狭、妖し(怪し)過ぎます! 大阪弁でいういなら「あんた、いったい誰やねん?」ですね。これは眉を大きくかく化粧のせいだけなんでしょうか。


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No title

乙山さん、今晩は。

一時、溝口健二に嵌まっていた時期があって彼の古い映画を漁っていました。幸いにも古い日本の映画がVHSでこちらの図書館に結構あったのでかなりの数を観賞できました。どれも素晴らしい作品で圧倒されました。そして昔の女優さんの美しいこと。

「山椒太夫」、「井原西鶴一代女」、「祇園ばやし」、「楊貴妃」、「祇園の姉妹」、「浪華悲歌」、「お遊さま」、「赤線地帯」、「我が恋は燃えぬ」、「夜の女たち」、「雨月物語」他にはどんな映画をみたか記録がないので分かりませんが、黒澤のモノもかなり探してみました。
日本の古い映画は大好きです。

Re: まん丸クミさん

まん丸クミさん、こんにちは! コメントありがとうございます。
溝口健二の『雨月物語』、なかなか良かったです!
若狭(京マチコ)はかなり妖しいのですが、見とれてしまいました。
やはり若狭の正体を見せない方がいいんじゃないかと思います。

駅前のスーパーマーケットの中にある書店に、
DVD10枚で2000円、などというのがありまして、それを思わず買ってしまったのです。
これはレンタル店より安いのですが、パブリック・ドメイン作品は、
YouTubeで見られるなと、買った後で思いました。

今後、溝口健二と小津安二郎の映画が続くかもしれません!

No title

京マチコの妖艶さは、1954年生まれの私にとって身近に感じます。

素人ながら、「羅生門」での色気に感動した覚えがあります。

白と黒の時代が、懐かしさを醸し出しています。

話は変わって、私は、ほとんど最近のCG映画は見ていませんが、

小津安二郎等の日本映画には感動してしまいます。

日本映画も捨てたものではありませんね!

Re: otokiさん

otokiさん、こんにちは! コメントありがとうございます。
京マチコ、原節子、田中絹代、吉永小百合といった人たちは、
映画の中だけでして、身近に感じるということはありませんが、
それでも、何か圧倒されるものを感じます。

昔の女優には何か気品とでもいうべきものがあるように思います。
小津安二郎の映画も少しずつ見ていこうかと思っています。

No title

 今ごろコメントするのも間抜けな話ですが、乙山さんが記
事をお書きになったほんの数日前に、YouTubeでこの映画を観ました。これまた sympathy の一種かと思いましたよ。

 京マチ子の存在感はすごいですね。おそろしいといったほ
うがいいかも知れません。こういう女性には勝てそうにない
から、ぼくなら近づかないでしょうね。

 なおこの映画でも湖上を行く小舟の印象的なシーンがあり
ましたけど、溝口の『近松物語』でも、男女が乗った小舟が
霧の琵琶湖を行く場面がすばらしかったですよ。一定の間隔
を置いて太鼓の音が流れるのです。万感胸に迫るあの呼吸は
ハリウッドの連中にはなかなか真似できまいと思いましたね。

Re: 薄氷堂さん

薄氷堂さん、こんにちは! コメントありがとうございます。
いえいえ、乙山のウェブログは時事性がないので、
いつでも、コメントは受け付けておりますし、
古い記事のコメントは大歓迎しておりますよ!

>  京マチ子の存在感はすごいですね。おそろしいといったほ
> うがいいかも知れません。こういう女性には勝てそうにない
> から、ぼくなら近づかないでしょうね。

映画の中の源十郎も、恐る恐る近づいて、その虜になってしまうのですが、
彼の場合、あちらから近づいてきたのだから仕方ありません。
薄氷堂さんも、あちらから近づいてこられたら危ないのでは?
なにしろ「据え膳食わぬは云々」とか言いますからね。
源十郎はそれを食ってしまったのです。

霧の中を小舟が行く場面は良かったですね。
『近松物語』、見たくなってきましたよ。
YouTubeではないのですが、パブリック・ドメイン作品のDVDを、
またぞろ買ってしまったんです。
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