『カサブランカ』

『カサブランカ』(1942年、アメリカ)

casablanca01.jpg
原題:Cassablanca
監督:マイケル・カーティス
出演:ハンフリー・ボガート、イングリット・バーグマン、ポール・ヘンリード、クロード・レインズ、ピーター・ローレ、シドニー・グリーンストリートほか


前回トレンチコートのことを書き、ちょうどよい機会かもしれぬ(?)ので『カサブランカ』(1942)を今回は取り上げてみよう。あまりにも有名でいまさら、という感じがしまくりなんだけど、まあいいではないか。第二次世界大戦下のフランス領モロッコのカサブランカは、侵攻を続けるドイツ軍から逃れた亡命者がアメリカに渡る経路になっていた。

その地で酒場兼賭博場を経営するリック(ハンフリー・ボガート)はある日、決して弾くなと命じていたはずの曲(As Time Goes By)が流れているのを聞いて駆けつけてみると、そこには以前パリで突然理由もなく姿を消した恋人イルザ(イングリット・バーグマン)の姿があった。しかも彼女は一人ではなく、反ナチスの大物運動家ヴィクトール・ラズロ(ポール・ヘンリード)と一緒だった。

casablanca02.jpg二人の目的はアメリカ行きの旅券を手に入れることだが、リックの手元にはドイツ人殺害の容疑で逮捕されたウーガーテ(ピーター・ローレ)から預けられたアメリカ行きの旅券が二枚あった。ラズロから旅券を売ってもらえないか、と相談されても頑として受け入れないリック。その夜、ラズロが会合へ出た機にイルザが現れ、かつての突然の失踪の真実をリックに明かす。

とまあ、だいたいどんな話か思い出していただけたと思うが、この後の展開もご存知だろうから書くまでもないように思う。ハンフリー・ボガート=トレンチコートのイメージが強いので、その方向から話を進めると、『カサブランカ』の中でボガートがトレンチコート姿になるのはたった二回で、一つは雨の降りしきるパリ、もう一つは最後の空港の場面だけだったと思う。

そもそもカサブランカは北アフリカ、モロッコの都市で、緯度的にはシリアとかレバノンあたり、日本で喩えると南九州辺りになる。なので厳寒期(1月~2月)でも最低気温が10度以下になるようなことはないようだ(カサブランカの天気予報を調べてみた)。だから本来、トレンチコートの出番はないような気候のはずで、最後の場面はなんだか無理やり着せた、としか思えぬ感じである。

一方、パリというのは冷房装置が要らぬほどの気候で、異常気象で夏の温度が上昇し過ぎて死亡者が出るほど。念の為、パリの天気予報も調べてみると、1月~2月の時期、最高気温が低いので東京より寒いくらいだが、最低気温は逆に東京より高いので、過ごしやすいと言えるだろう。だからパリはトレンチコートがすごく似合う街。パリを舞台にしたフィルム・ノワールなんてはまりすぎ、ともいえるくらいじゃないだろうか。

casablanca03.jpgパリで雨の降りしきる中、ずぶ濡れになって駅でイルザを待つリック。そのとき彼は中折れ帽を被ってトレンチコートを着ていますが、本当にびしょ濡れ。これこそ、本来のトレンチコートのあり方なのかもしれない。防水効果があるせいか、雨水がコートに染み込まずにはじいているように見える。トレンチコートに注目した場合、ここがいちばんの「見所」と言えるだろう。

リックはよれよれのトレンチコートをかなりラフに着ているが、これはおそらく意図的なものだろう。最後の画像でルノー署長はベルトをバックルでとめて中央に配しているけれど、トレンチコートも本来はこれが「正しい着方」なのである。でもそうすると軍人ぽくなってしまう。リックはあくまで自由な民間人でなくてはならないんですね。

『カサブランカ』はほとんどが店内(カフェ・アメリケーヌ)の場面で、リックはショール・カラーの白っぽいディナー・ジャケット(タキシード)を着て、ボウタイをしめている。外出時にはダブル・ブレステッドのダークあるいはグレーのスーツを着て中折れ帽をかぶるスタイルで、こちらのほうが『マルタの鷹』他でお馴染みではないかと思う。

そういえば『マルタの鷹』でもいい味を出していた、脇役のピーター・ローレとシドニー・グリーンストリートらは『カサブランカ』でも登場し、やはりきらりと光る名演技をしている。ピーター・ローレはすぐに逮捕されてしまう可哀そうな役柄で、グリーンストリートは闇市の元締めという、相変わらず(?)胡散臭い役が似合っている。

casablanca04.jpg1942年という時期もあってか、『カサブランカ』の中ではドイツ軍(やドイツ人)に対する扱いが厳しい。リックはドイツ銀行の頭取を賭博場に入れさせないようにするし、ドイツ軍人たちがドイツの歌を歌っている途中でラズロは「ラ・マルセイエーズ」を演奏させ、やがて店中が斉唱する形で圧倒してしまう。他にも随所にそのような場面が散りばめられており、これはどうみても反枢軸国プロパガンダ映画と思えぬでもない。

もう一つ、今日からするとあまりに男性中心主義すぎる面、例の「男の美学」ばかりが強調されすぎて、イルザはその引き立て役というか添え物にすぎない、という見方もあるだろう。どうも『カサブランカ』は男性はみなこぞって賞賛するけれども、女性から見るとそれほどでも、ていうか何がそんなにいいの? と思うこともあるのではなかろうか。

今回、改めてイルザってそんなにひどい扱いなのだろうか、ということを意識して全編通して見たけれど、それほどひどいものだとは感じなかった。ううむ、ということは、もう私はやはり完全にボギー病に感染しきっていて、『カサブランカ』を冷静に距離をおいて見ることができなくなっているのだろうか。いや違う、何かが決定的に間違っているのかもしれぬ。つまり私は女心がわからない男、ということなのだろうか。

casablanca05.jpgしかし、どれだけ呆れられたとしてもなお、『カサブランカ』は好きな映画なのである。それはボガートやバーグマンがどんな服を着ていて、どんなしぐさをして、どんな台詞をいったか、などではなくて、また彼らがどういう境遇に置かれていたかとか、周囲の政治的状況がどうだとか、そういうこととはちがうのだ。ただ感じたことを一言でいうとするなら、それはその瞬間における彼らの「心意気」なのである。


【付記】
● 好きとはいえ、冷静に考えてみると、1942年という時代的制約や、コロニアリズムという歴史的背景から『カサブランカ』が逃れることは難しいでしょう。映画史上の名作、という評価も地域限定ということです。仮にモロッコで上映したとしたら、現地民には不評なんじゃないでしょうか。自由と解放を謳ったとしても、現地民からすると支配者はそのまんまなわけですからね。

筋はそのままで、たとえばリックの店を「宇宙バー」みたいなところにしたらいいかもしれません。イメージは『スター・ウォーズ』シリーズに出てくる宇宙人が集まる店。リック役は地球人ですらなく、どこかの宇宙人という設定にするわけです。『カサブランカ』のリメイクをするなら、それくらいやってほしいなあと思います。監督はもちろん、ジョージ・ルーカスとスティーヴン・スピルバーグにお願いしたいですね。


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すごくご無沙汰です。(>_<)

昨日、ちらっとのぞかせていただきました。
近々再開しようと思います。
また、たびたびコメントさせていただきたいな。
よろしくお願いします。

Re: すごくご無沙汰です。(>_<) ; nyaaomiさん

nyaaomiさん、こんにちは! コメントありがとうございます。
お元気でしたか? いつか帰ってくると信じておりました。
まあ、ゆっくりというか、ぼちぼちというか、
いろんなことがありますからね、のんびり行きましょうよ。

No title

 おっ、カサブランカですか。この映画のバーグマンはきれ
いでしたねえ。

 ボガートは今風のイケメンではありませんが、味のある俳
優でした。ほんとにトレンチコートが似合いますよ。

>本当にびしょ濡れ

 たしか駅のプラットホームの場面だったでしょうか。編集
ミスがあったらしく、ずぶぬれのコートがある瞬間ドライに
なってしまったことにお気づきになりましたか?

Re: 薄氷堂さん

薄氷堂さん、こんにちは! コメントありがとうございます。
いや本当、仰る通りバーグマンにはうっとりしますね。
ヒッチコック映画のバーグマンも大好きです!

ボガートは仰るようにそんなに男前ではなく、
まかり間違えば町の与太者みたいな悪役が似合いそうな顔立ちです。
男の格好良さは顔立ちだけではない、というのがわかって嬉しい(?)ですよ。

>  たしか駅のプラットホームの場面だったでしょうか。編集
> ミスがあったらしく、ずぶぬれのコートがある瞬間ドライに
> なってしまったことにお気づきになりましたか?

えっ! なんですと!
気付かなかったですよ、なんとトリヴィアルな!
周知の事実なんでしょうか? 見逃しておりました。
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只野乙山

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