村上春樹 「四月のある晴れた朝に…」

村上春樹 「四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」

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村上春樹初期短編集『象の消滅』(2005年、新潮社)から今回は「四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子と出会うことについて」を読んだ。初出は1981年7月とあるから、前回取り上げた「カンガルー通信」より先に執筆されたのかもしれぬ、作者デビュー後最初期の作品である。32歳の「僕」は題名にある通り、四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子と出会った。

100パーセント、というのはおそらく好みが云々などを通り越して「自分にとってはこの人しかいない」と思えるような相手、ということなんだろうか。まさに運命の人、とでもいうべき存在なんだろうけど、現実にはそのような出会いに恵まれる機会はそうそうあるものではないのではないか。作者がいうように75パーセントの相手といることもあるのではないか。だがとにかく、話の中で「僕」は100パーセントの女の子と出会ったのである。

だが、彼女が自分にとって100パーセントの女の子であると直感的にわかったにもかかわらず、「僕」は彼女に声をかけることができずに通り過ぎてしまう。なんとかして彼女が自分にとって100パーセントの女の子であることをわかってもらいたいのだが、二人は向かい合って歩いていて、その距離はどんどん縮んでいく。「僕」はあれやこれやの言葉を考えるのだが、どうも現実離れしていて切り出せない。少し引いておきましょう。

 花屋の店先で、僕は彼女とすれ違う。暖かい小さな空気の塊が僕の肌に触れる。アスファルトの舗道には水が撒かれていて、あたりはバラの花の匂いがする。僕は彼女に声をかけることもできない。彼女は白いセーターを着て、まだ切手の貼られていない白い角封筒を右手に持っている。彼女は誰かに手紙を書いたのだ。彼女はひどく眠そうな顔をしていたから、あるいは一晩かけてそれを書き上げたのかもしれない。そしてその角封筒の中には彼女についての秘密の全てが収まっているのかもしれない。
 何歩か歩いてから振り返った時、彼女の姿はもう既に人混みの中に消えていた。(村上春樹『象の消滅』所収「四月のある晴れた朝に…」より)

そのときは「100パーセントの彼女」に声をかけられなかった「僕」だが、いまはあの時どんなふうに話しかけるべきだったのか、わかっているという。それは18歳の少年と16歳の少女が出会った話である。彼らは一目見た瞬間、お互いに100パーセントの相手だと直感的にわかった。そしてもし、何年かしてもう一度会ったとき、やはりお互いが100パーセントの相手だったらすぐに結婚しよう、と同意して二人は別れる。

だがある年の冬、二人は大流行したインフルエンザにかかってしまい、高熱が続いたためか、過去の記憶をすっかり失くしてしまう。しかし彼らは不運にめげず努力を重ね、立派に社会復帰できた。少年は32歳、少女は30歳になっていた。そして彼らは四月のある晴れた朝に、原宿の裏通りを歩いている。「彼」はモーニング・サービスのコーヒーを飲むため、そして「彼女」は速達用の切手を買うために。

非常に短い架空話なのだが、現在につながっているかもしれぬ過去の話が挟み込まれていて、全然見当違いだと思うが私(乙山)は星新一あるいはO・ヘンリーのことを思い出した。本作には相変わらず(?)リアリティはないのだが、それでも許してしまえる雰囲気がある。もちろんSFではないのだが、星新一やO・ヘンリーのそれにきわめて近いものを私は感じた。それが一個人のあてにならぬ(というか的外れな)感想に過ぎぬことは言うまでもない。


【付記】
● 100パーセントの相手、というのは面白い表現の仕方だな、と思いました。好みとか趣味というものと、それが本当に自分に合っているかどうかは別物なのです。自分の中にどうも「あるタイプ」に惹かれる部分があるようなのですが、そういうタイプの人と仲良くなれた試しはありません。これは不思議でなりません。どうして自分はここにいて、あそこにいないのか? それが結局、自分ということなんでしょうけどね。


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このころの村上春樹が一番好き

「カンガルー日和」収録でしたね。
初期の、いわゆる才気あふれる小品で、
ずっと以前に読んだのですが、いまだに憶えています。
「100パーセントの女の子」というフレーズが鮮烈でした。

Re: このころの村上春樹が一番好き ; 木曽のあばら屋さん

木曽さん、こんにちは! コメントありがとうございます。
乙山はリアルタイムで読んだわけではないので、
今頃になってこのような記事を書いているわけです。
ですが、仰ること、わかる気がしますね。
1980年代の村上春樹がよかった、というのは同感です。
『海辺のカフカ』、あんまりよくなかったですね。
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