片岡義男 『ミッチェル』

片岡義男 『ミッチェル』(1992年、新潮文庫、単行本は1989年)

YoshioKataoka_Michell.jpg
盆休みである。毎年そうであるが何の予定もなく、部屋で過ごすことが多い。午前中ウェブログの記事をまとめて書き、盆明けの多忙に備えておく。洗濯をしたり、部屋の片づけを少々(これは後回しになることが多いが)したりして、お昼になるとスパゲッティなどを作ってビールとともに楽しむ。ビールを飲んでしまうとジン&トニックを作って飲む。いい感じに酔っぱらったところで昼寝して、夕方日差しが弱まった頃に外出。

夕方まで眠り続けているわけではなくて、2時とか3時ころに目を覚ますこともあり、そんなときはもう暑くてたまらない。温度計を見ると35℃くらいになっており、今年の夏が異常に暑いことがわかる。エアコンはすでに備え付けてあっていつでも稼働できる状態なのにエアコンなしの生活をしている。何に、だれに対して意地になっているのかわからず自分で苦笑するしかない。

そういう時間、何もする気が起こらずベッドに横になっているのだが、とりあえず本でも読むか、と本棚を見る。こういうときにぴったりな、軽い感じの本があるではないか。片岡義男『ミッチェル』(1992年、新潮文庫)である。表紙もプールサイドに階段が描いてある涼しげな絵。これはデヴィッド・ホックニーという人の絵だそうだ。集中力が途切れがちな暑さだから、こういう短編集が「ちょっと(だけ)読書」にはもってこいなのだ。

「ミッチェル」という題名を見た瞬間、ジョニ・ミッチェルのことだなとわかる人は音楽好きの人だろう。珍しく「あとがき」が付いているおかげで、作者がジョニ・ミッチェルの歌詞をランダムに並べた「遊び」だとわかるようになっている。ジョニ・ミッチェルのことを知らない人でも、そこに並べられた言葉からなんとなく浮かび上がってくる「彼女」を感じることができるのではないかと思う。

「あの少年の妹」も一種の遊びで、アメリカの有名な偏屈作家(失礼)の有名な作品に登場する少年の妹がその後どうなったか、を創作して書いたもの。なんで彼女が日本に住むことになったのかわからないけれど、とにかく彼女は日本に住んでいる。読み進むにつれて、というか最後のほうで「あの少年」がだれなのか、わかる仕掛けになっている。この段階で「あの少年」が誰なのかわかった人は相当な読書家あるいは偏屈作家(失礼)のファンだと思う。

「ちょうどその頃」では作者のクルマ好き全開にちょっと引いてしまうが、クルマ好きの人には堪えられない一篇ではないかと思う。とある喫茶店の常連としてやってくる女性にふさわしい車として何がいいか、二人のウェイターが話し合うという内容で、ジャガーXJ-S4.0クーペ、ランチア・テーマ、アウディ・クアトロ、BMWのM5、ヴォルヴォ240GL、アルファ164L、レンジ・ローヴァー、シトロエンBX、など固有名詞の羅列に笑ってしまいます。これを「片岡節」とでも呼んでおきましょうか。

初期の片岡義男は男性が主人公の架空話が多かったが、この本ではほとんどが女性の主人公になっている。「サーフボードの運命」「ママ、ママ」「断片の中を歩く」「この色は心の色」「紅茶の真夜中」ではいずれも女性が主人公で、男性とのかかわりに存在価値のすべてを見出すというタイプではなく、男がいないのならそれはそれで構わない、というタイプの女性が描かれている。少し引いておきましょう。

体はまるで別物のように鍛えたけれど、自分はもはや彼のものにはならないのだと、雨のなかにセダンを運転しながら、彼女は思った。これからの自分は、誰のものにもならない。自分は自分だけで充分であり、誰からも、なにからも、充分に距離をとったところに、なにものにもわずらわされることなく、すっきりと独立する。(「この色は心の色」『ミッチェル』新潮文庫より)

いや、格好いいですね。格好いいけれど、相手がいないのはやはり寂しい。寂しいけれど、なにか自分が所有されたような、従属させられるような関係になってしまうのは嫌なのだ。お互いが独立して、依存し合わないような、そんな関係を、男女は結べることができるのだろうか。まあだけど、いろんな女がいて、いろんな男がいるわけだから、依存しあうような関係であってもいいんじゃなかろうか、とも思う。


【付記】
● 夏のちょっとした読書にはぴったりの片岡義男、という感じですが、例の片岡節が暴走する(?)ような部分だけはちょっと勘弁してもらいたくなってしまいます。一方で、あれがあるからこそ片岡義男なんだ、というファンもいることは確実で、そのあたりは好みが分かれるところではないかと思います。

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片岡義男本

こんにちは

 暑中見舞い申し上げます。
 片岡義男、わたくしも30代の折ずいぶん読みました。文庫本をかなり集めましたが、その後全く 読む気にならなくなって処分しました。「僕はプレスリーが好き」と「ビートルズ詩集1・2」は彼の 傑作と思います、残しましたが。「ミッチェル」は読んでません。ジョニ・ミッチェルの歌詞をシャッ フルしてランダムに短編を書き綴った。才能ある人はどんなこともできるのですね。

Re: 片岡義男本 : mikitaka08さん

mikitaka08さん、こんにちは! コメントありがとうございます。
いや実は乙山、そんなに熱心な読者ではなくて、映画化された
『スローなブギにしてくれ』しか読んでおりませんでした。
ちなみに、これのテーマソングはよかったですね。

今頃になって片岡義男をそんなに読んでなかったな、と思い、
大型の中古書店でまとめて購入した次第です。
新刊では片岡義男の本は手に入りにくいのです。
mikitaka08さんのように処分なさった方のおかげで、
いま乙山が読むことができるのだと思います。

No title

片岡義男とは懐かしいですね。
実は10代後半から20代の終わりまでバイクに乗っていたせいで、片岡義男の世界にはまった時期がありました。
『時には星の下で眠る』とか『彼のオートバイ、彼女の島』や『ボビーに首ったけ』とか『湾岸道路』等を本棚に飾っておりました。それと大藪春彦の『汚れた英雄』…。
いずれもバイク乗りの教典とも呼ばれていました。
確かに男なんていなくても真っ直ぐ歩ける女性のキャラクターが多いですね。

それもバイクに乗らなくなってから不思議と読まなくなりましたね。

もう一度段ボールから引っ張り出して読んでみようかな…。

Re: Noriさん

Noriさん、こんにちは! コメントありがとうございます。
ううむ、やはり片岡義男はクルマ好き、バイク好きには「外せない」人だったんですね。
どうも乙山はクルマ、バイクではない部分で片岡義男を考えていて、
それは一般的な受け入れられ方とは違うのかもしれません。
そもそも、あまり熱心な読者ではなかったのです。

そのあまりに軽い文体が、以前の作家とは違っていて、
その意味で、いつかは読まないと、などと思ってなかなか読めなかった人なんですね。
だから「いまさらなにを」という感じもあるかもしれません。
しかし、クルマ、バイク以外の部分で、もう少し付き合ってみたいと思います。
クルマ、バイク以外で残ったものは何か、つきとめてみたいのです。

はじめまして

只野乙山様

片岡義男、とても懐かしく、それでいて切ない気分にさせられます。
私も、まだ世の中があまりわからない頃、少し背伸びをして読んでいた頃を思い出しました。

当時の音楽と共に、あれこれ思い出されます。
読み返し、聴き直してみたくなりました。

懐古的なひと時をありがとうございました。

Re: はじめまして ; ハゼドンさん

ハゼドンさん、初めまして。コメントありがとうございます。
それがいつ、とはっきりわかりませんが1970年代の後半から1980年代にかけて、
世の中が変わったなあ、という感じになりました。

工業化社会から大衆消費社会への移行、とでも言えばいいのでしょうか。
その象徴的存在ともいえるのが片岡義男や村上春樹だったように思います。
お二人とも、アメリカ化されたスタイルを臆することなく正面に打ち出したのですね。

あの頃、などと思うといつの間にか時間がたってしまったなあ、という感じになりますね。
今後ともよろしくお願いします。

^^

片岡義男~う~~ん。懐かしい。
・・と言っても読んだのは。
あまりないんですけどねw

片岡義男原作の角川映画?
を一本見たような記憶があります。

やたらカッコイイ場面ばかりで。
内容が非常に薄かったのを覚えていますw
何だかんだ言っても。
「ある時代」を代表する作家でした^^)/

No title

こんにちは。
片岡義男、1970年代によく読みました。
角川文庫の赤い背表紙をずらり並べて悦に入っておりました。
ずっと読んでいなかったのですが、
先日図書館で片岡義男の近作を見かけて借りてみました。
たしか「恋愛は小説」とかいうタイトルでした。
「昔と変わってないな~、義男さん」と重いんがら読み始めたのですが
だんだん背筋がムズムズ、手足がカイカイしてきて、最後まで読めませんでした。
いつの間にか「片岡節」を受け付けない体質になってしまったようです。

Re: ^^ ; waravinoさん

waravinoさん、こんばんは! コメントありがとうございます。

> やたらカッコイイ場面ばかりで。
> 内容が非常に薄かったのを覚えていますw

だんな、それを言っちゃあ……ですぜ!
この人のいいところは「軽さ」なんでして、
自分でもわかっててやってるんだと思いますよ。
デビュー当時、コミックのように書けないものか、とやってみたようですからね。

まあ、好き嫌いのことは、人それぞれですからね。
waravinoさんの意見は、ごもっともだと思います。

Re: 木曽のあばら屋さん

木曽さん、こんにちは! コメントありがとうございます。
新しいものはとりあえずパス、という変な癖がありまして、
片岡義男はずっと「読まないでもいい人」の中に入っていたのです。

正直なところ、今でも「読まないでいい人」なのかもしれません。
だけど乙山はちゃんと読まなかったのですから、少しは読まないと。
そう思って、中古書店でまとめ買いしてきたのです。

> いつの間にか「片岡節」を受け付けない体質になってしまったようです。

ある意味で正しい反応だと思います。
当時の一般的日本人(アヴェレージ・ジャパニーズ?)からすると、
かなりアメリカ化されたスタイルですから、
それを「ちがうなあ」と感じるのむしろ自然なこと。

片岡さんの出自を考えると、あれが自然なスタイルで、
ご本人はあまり無理していないんでしょうね。
だからこそ、ああいうスタイルになった、と思います。

要するに、時代が片岡さんを追い越した、のかもしれませんが、
依然として「異文化の壁」は存在し続けているのであり、
今はそれが少しだけ見えにくくなっているだけ、なのだと思います。
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