サントリーウィスキー(角瓶)



〈遊歩者 只野乙山〉 特別企画
【日本のウィスキーを飲む】



SuntryWhisky_KAKUBIN_01.jpg
太宰治に「親友交歓」(1946年、『新潮』)という短編がある。1945年7月、夫人の実家のある甲府に疎開していた太宰一家は爆撃で立ち退かざるを得ず、太宰は妻子を連れて津軽の生家にたどり着く。そこへ太宰の小学生時代の幼馴染だという男が訪ねて来て、二人は語りあい、酒を飲んで別れる、という話である。

男はクラス会の相談に来たというのだが、突然「酒はないのか」という。男にあまり覚えのない太宰は仕方なくとっておきのウィスキーを出すのだが、そのウィスキーこそ〈サントリーウィスキー〉なのである。これは今でいうところの〈角瓶〉だと思うが、検証することはできない。ただ当時、寿屋(現サントリー)が販売していたウィスキーは〈サントリーウィスキー〉しかなかったのではないか。

1929年、国産ウィスキー第一号の寿屋〈白札〉は「煙臭い」と不評だったという。一年後に日本人好みにブレンドを変更して出した〈赤札〉も売れることはなく、その後、色々とウィスキーを出しながら、ついに1937年に発売された〈サントリーウィスキー〉で成功をつかんだ。しかも軍需用品として原料も調達できたという幸運も重なった。ちなみに1940年に発表された〈オールド〉は贅沢品ということで生産されなかったという。

しかし考えてみると戦時中の話で、ほとんど配給制になっていたはずだから、〈サントリーウィスキー〉は「販売」されていなかったのではないかと想像する。軍関係者の一部しか手にすることはできなかったのではないか。それを譲ってもらうにしても、そうとう高直な代物だったはずである。少し太宰の言を引いておきましょう。

けれども、そのウイスキイは、謂わば私の秘蔵のものであったのである。昔なら三流品でも、しかし、いまではたしかに一流品に違いなかったのである。値段も大いに高いけれども、しかし、それよりも、之を求める手蔓が、たいへんだったのである。お金さえ出せば買えるというものでは無かったのである。私はこのウイスキイを、かなり前にやっと一ダアスゆずってもらい、そのために破産したけれども後悔はせず、ちびちび嘗めて楽しみ、お酒の好きな作家の井伏さんなんかやって来たら飲んでもらおうとかなり大事にしていたのである。しかし、だんだん無くなって、その時には、押入れに、二本半しか残っていなかったのである。(太宰治「親友交歓」青空文庫より)

SuntryWhisky_KAKUBIN_02.jpg日本にしっかり定着したという意味では、これぞまさしく「日本のウィスキー」といえる〈角瓶〉だが、どういうわけかしっかり飲んだ記憶はなくて、ウィスキーといえば〈サントリーオールド〉なのである。なぜそういうことになったかよくわからないが、私(乙山)の見栄坊的性格がおおいに関係していたのではないかと今では思うことができる。

ちょうどニッカの〈ブラックニッカ リッチブレンド〉がなくなりかけていたこともあり、ウェブログの話の種にするつもりで〈角瓶〉を手にした。ありがたいことに1100円である。1980年代後半までは、〈角瓶〉はたしか2000円近くしていたのではないか。まあとにかく、〈角瓶〉をきちんと味わってみようではありませんか。

いつものようにトゥワイス・アップ(ウィスキー:水=1:1)で飲んでみる。ああこれは、なんともまろやかな味わいのウィスキーではありませんか。ピート香はできる限り抑え込まれているけれどわずかに感じることができ、一部に熟成された高級モルトを使っているなと感じられる味わい。これぞ日本のウィスキー、という感じだ。

〈白札〉(今のサントリーホワイト)や〈赤札〉(今のサントリーレッド)の失敗をもとに、「日本人に好まれる味」を当時の鳥井信治郎氏は探究したのだろうな、とよくわかる気がするブレンド。ちなみに、〈響〉や〈山崎〉によってウィスキーの国際コンペティションで最高賞を多数受賞したサントリー社のウィスキーブレンダー輿水精一氏は、自宅では〈角瓶〉を飲んでいるという。いや本当は「角ハイボール」とか言ってガキどもに飲ませておくにはちょっと勿体ないウィスキーである。


≪ ブラックニッカ リッチブレンドへ  サントリーウィスキー〈白角〉へ ≫

【付記】
● 現在、「我が家の定番」は〈ブラックニッカ スペシャル〉ですが、それが手に入らないときは〈角瓶〉を定番にしてもいいなあ(←おいおい)、と思うくらいで、もっとこれを早い時期に飲んでいればよかったな、と少し後悔したほどでした。多くの人と「角瓶談議」ができるほど、乙山はそれを飲んでいないのです。


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No title

とっておきのウイスキーを
あまり覚えの無い同級生に出す
太宰の複雑な気持ちが少し理解できます。

夜の町で
あまり覚えの無い同級生と
同席したことがあります。
ボトルのお酒はいいけど、
会計どうするか、最後まで悩みました。

あまり覚えの無い同級生と
楽しくのむのは不可能かも・・・。

No title

>之を求める手蔓が、たいへんだったのである

手蔓をつかまなければウイスキーも飲めないような世の中は困りますねえ。
そんな世の中にならないようにするためにも選挙にはいかなくっちゃ・・・と、選挙はこの前終わったばかりですね(笑)。

>〈角瓶〉はたしか2000円近くしていたのではないか

そうでしたね~。そしてオールドが2500円ぐらいだったかな?ロイヤルってのもありましたね、私どもの手の届く金額ではありませんでしたが。

最近はサントリーのものはもらったものしか飲んでいないので、あんまり値段の方は知りませんが・・・

Re: しょうちゃんさん

しょうちゃんさん、こんにちは! コメントありがとうございます。
あまり記憶のない同級生というのは困ったものですね。
昔、子どもの数が多かった時代、中学校のクラス数が5~7もあったのではないか。
しかも40人学級が、ですよ。

え、あなたも! そうだったんですか、奇遇ですなあ!
などと、一瞬懐かしいような雰囲気になるけれど、
いかんせん記憶が少ないので話題もあまりなく……

> ボトルのお酒はいいけど、
> 会計どうするか、最後まで悩みました。

いやはや、そうですそうです、そうなりますよねえ。
お気持ち、お察しいたします。

Re: gatayanさん

gatayanさん、こんにちは! コメントありがとうございます。
太宰は明記していませんが、軍関係者から回してもらったのかもしれません。
とにかくふつうに売ってないのだから仕方ありません。
仰る通り、手蔓をつかまないとウィスキーも飲めない世の中だったんですよね。

1980年代、酒税法改正前でしたが、たしかオールド=2800円、リザーヴ=3200円でした。
これは乙山が実際に買った値段ですから確かです。
ひょっとすると、地域や店によって違うかもしれませんが、とにかく高かったですね。

No title

今度は角瓶を入手されたのですね。
太宰が飲んでいたとは驚きでした。

確かに燻煙香というのはそれぞれに好みの別れるところで、好きな人は無くてはならない位に好きですけど、嫌いな人はとことん嫌いですよね。

若い時に飲んだ角瓶は余り良い印象が無くて、最近は余り飲んでいませんでしたが、記事を読んで試してみても良いかなと思いました。
でもサントリー特有の香りというのも好き嫌いが別れるところでして・・・

Re: Noriさん

Noriさん、こんにちは! コメントありがとうございます。
太宰の「親友交歓」の中に「サントリイ」という言葉が出てきて、
これはおそらく1937年に出た〈サントリーウィスキー〉のことだろうと。

それにしても〈角瓶〉には名前がない、と思う方もいるかもしれませんが、
〈サントリーウィスキー〉が正式名称で、〈角瓶〉は通称なんですね。
寿屋だったのが、1960年代に社長が佐治敬三氏になったとき、
サントリーを社名にしたということらしいですね。

まろやかな、なかなかいいウィスキーだと感じましたが、
それも人ぞれぞれ。いまひとつ合わないなあ、と感じる方もいるでしょう。
だから面白いんですよ。

No title

 もちろん好みによることではありますが、ぼくは
サントリーならオールドより角を選びます。オール
ドには妙に甘いような気がするんですよ(ぼくの舌
だからあてにはなりませんけど)。

 オールドはもう?十年手にしていませんが、角は
年に何度か買って飲みます。値段も手ごろですしね。
値段はしかと覚えていませんが、昔はたしか千五百
円くらいではなかったでしょうか。

Re: 薄氷堂さん

薄氷堂さん、こんにちは! コメントありがとうございます。
乙山は、まだまだ修行不足でして、〈角瓶〉の滋味を、
本当の意味において味わったのは最近です。

意見は分かれるかもしれませんが、まろやかな、いいウィスキーだと思います。
たぶん、本当の意味において、これが「日本のウィスキー」の原点か、と。
別に、煙臭くなくたっていいのです。それが日本に定着したのであれば。
出資者にせっつかれる創業者も大変だったことでしょう。

〈角瓶〉は日本のウィスキーのスタンダード、かもしれません。
なにしろその前の〈白札〉や〈赤札〉は定着しなかったのですから。
その時代のウィスキー工場長が、現在のニッカウヰスキーの竹鶴政孝氏だった、
ということも、周知の事実なのか、あるいは知られざる事実なのか。

〈角瓶〉は1970~80年代では2000円くらいでした。
地域によって変わるかもしれませんが、〈角瓶〉が1980年代前半で、
1500円だったとしたら、破格でしたでしょうね。
そんな記憶があります。
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只野乙山

Author:只野乙山

⚫︎ できれば「只野乙山=ただのおつざん」とお読みくだされば、と思います。

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