荻昌弘 『男のだいどこ』

荻昌弘 『男のだいどこ』 (2006年復刻版、原著は1972年)

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自分でそこそこ料理を作っているわけだから一応私(乙山)も「料理好き男子」ということになるのかもしれない。料理好きな男は料理本も読むのが好きである。そんなにたくさん読んできたわけではないが、以前読んでいいなあと思ったものに荻昌弘(かつて『月曜ロードショー』で解説をしていた人)の『男のだいどこ』(1972)がある。

引っ越しなどをしているうち、いつの間にか本棚から消えていた。いつかもう一度読みたいと常々思っていた『男のだいどこ』だが、Amazonで中古本が出ているではないか。それもなんと100円を切る値段。手数料や配送料が250円かかるけれど、それでも300円くらいの買い物である。ついふらふらと購入ボタンを押していた。できるだけ本を増やしたくないという気持ちもあるけれど、電子書籍になっていない本というのも多いものだ。

さて本が来ましたよ。今回もとめたのは2006年に光文社文庫から出版された復刻版。元の単行本は『別冊文芸春秋』に掲載された食にかんするエッセイをまとめ1972年に発行、その後1976年に文春文庫として出るのだが、私が読んだのはその文春文庫版だったように思う。帯も付いていて、中古本だけど書き込みもなく新品のような趣きである。*月の新刊、などという広告も入ったままであることから、一度も人の手に渡らなかったデッドストック品かもしれぬ。

1970~1988年代前半と言えば録画機もそれほど普及しておらず、テレビで映画を視聴することも多かったのではないかと思う。『日曜洋画劇場』(淀川長治)、『月曜ロードショー』(荻昌弘)、『水曜ロードショー』(水野晴郎)、『ゴールデン洋画劇場』(高島忠夫)の全国放送をはじめとして、ローカルでは『火曜洋画劇場』(サンテレビ:山城新伍)などもあり、それこそ毎日のように映画が放映されていたといっても過言ではない。

どれだけ見ていたかもうはっきり思い出せないくらいだが、荻昌弘の解説はどこか品があり、映画の展開がどうなるかという話の筋よりも、出演者にまつわるエピソードを紹介しながらかいつまんで話すようなスタイルだったのではないか。「サヨナラ」や「いやあ映画って……」のような決め台詞はなかったものの、印象に残る解説だったように覚えている。

『男のだいどこ』は筆者の言によると、次の二つに集約されるだろう。「私がここでいいたかった主題、それはたった二つである。ひとつは、食をかたり、食の実作に手をそめることは、男にとって、恥でもなんでもありはしないのではないか、という提言。いまひとつは、それにしては現今、われわれをとりまいている日常の市販食品は、何と、うさんくさいものではござらぬか、御同役、という問いかけである」(光文社文庫版『男のだいどこ』あとがきより)。

そうして筆者は自分で蒲鉾をつくったりソースを作ったりするのに精を出す。ローストビーフやハム、コンビーフも自家製にして「オリジン」に近い味を探る。かたや梅酒だけでなくイチゴ、パイナップル、スモモ、朝鮮ニンジン、コーヒー、紅茶などをかたっぱしから焼酎漬けにするため毎日焼酎を注文して酒屋を心配させるくだりなども面白い。

東京生まれの江戸っ子だけど、関西で仕事があるときはいそいそと出かけて京都の料理屋の女将に案内してもらって錦市場で買い物をするのが大好き、近所の市場やスーパーマーケットで買い物籠を手にぶらぶらするのも厭わぬ人なのだ。だが御自身は食通と言われるのを何より嫌ったそうで、偉ぶった物言いにはたいへん手厳しいところがある。少し引いておきましょう。

さる牛鍋屋老舗の若主人の気負った発言を、趣味の店PR誌でよんだ記憶がある。「いま、御家庭で皆さんがなさっているのは、ありゃ、すきやきじゃありません。あれは、野菜の牛肉煮で」。なるほどなァ、ソ言われてみりゃ、ウチで食ってるものもすきやきたァいえねえなァ、たしかに野菜煮だなァ、と感心する半面、こういうナマァいうやつの店には、今後一生、行ってやらねえ覚悟をきめた。牛のウマい店だが、きめた以上は、今もまもり通す。すきやきだろうと、野菜の牛肉煮だろうと、こちとらこれで、ウチじゃうめえうめえと食ってるんだ。てめえッちのしったことか、なんでえ、たかが牛鍋に目玉のとびでるような金とりゃァがって、と。(同書より)

そうなのです。『男のだいどこ』は有名店を食べ歩いてそれを紹介するという類のものではない。とはいえ、京都の例のすっぽん屋さんとか、南禅寺近くのあの料亭の名前も出てこぬわけではないが、それがいっとうおいしくて他のものは食えたものじゃねえ、というようなことでは決してない。文字通り、男子が厨房に入ってあれこれ格闘してみました、そして女房(カミさん)の協力なくしてはできなかった、と正直に書いている。ちょっと真似してみたくなるのも幾つかあって、たまに取り出しては読み返している。


【付記】
● 口語混じりのたいへん砕けた文章で、文庫版にする際、漢字を平仮名に改めた部分もかなりあるそうです。1960年代の終わり頃からすでにダイエットの話題があったのか、とか、すでにその頃からウナギや数の子が高騰していたのか、など妙に感心する箇所もあります。大阪万博の前後だったんですね。

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No title

この本の一部は読んだことがあるんですがね・・なんかのエッセイ集で・・・。
旨そうですね。自分にもできそうな気にさせてくれる本です。

Re: gatayanさん

gatayanさん、こんにちは! コメントありがとうございます。
この筆者の文章は口語体で親しみやすく、あの映画の解説のようです。
そうなんですよねえ、ちょっと真似してみたくなるんです。
中古本とはいえ、入手できてよかったなと思っております。

No title

 荻昌弘さんとはまたなつかしい。当時はよくTVに
登場していたので、お顔はよく覚えています。眉毛の
濃い、にこやかな顔をしたおじさまでした。

 引用された一節を読むと、一本筋の通ったお方であっ
たことがわかりますね。

Re: 薄氷堂さん

薄氷堂さん、こんにちは! コメントありがとうございます。
毎週月曜日になると、この方の顔を見ることができました。
確かに眉毛の濃い、にこやかな顔の方でしたね。

引用した一節は、この方の人となりをよく表していると思え、
最も好きな部分でもあります。にこやかなのは淀川さんも同じで、
テレビではそうなのですが、文章では意外なほど厳しい人でしたね。

No title

記事を拝見しました。

良くテレビで映画を見ましたが、金曜ロードショーは水野晴郎氏の好みで集められた映画と、「そんなとこで切るか」というようなカットがしてあって、イライラすることが多かったような…。
荻昌弘さんは解説もさることながら、映画もちょっと個性的なものを選んでおられた様な記憶があります。

しかしこの手の本は著者の美食自慢に偏る事が多いようですが、記事を読む限りちゃんとした料理に対するエッセイのようですね。
伝法な口調の話しぶりも含め、非常に楽しそうです。

久々に本を買って読んでみたいなと思いました。

Re: Noriさん

Noriさん、こんにちは! コメントありがとうございます。
昔は本当、毎日映画が放映されているような感じがしたものです。
解説者もそれぞれ、個性があって楽しかったですね。

どれだけ自分が映画を見たのか、もう思い出せないくらいです。
そんなにちゃんと見ていなかったのではないか、と思うくらいです。
わかっているつもりでも、そうじゃなかったんだ、と改めて思うこの頃です。

御自分で作って確かめてみる、というのがいいところでして、
本当、ちょっと真似してみたくなるんですよね。
一本筋が通っている、こういうタイプの方は最近珍しくなった、
そんなふうに思うんです。だからこそ、また読みたくなるんでしょうかね。
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只野乙山

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⚫︎ できれば「只野乙山=ただのおつざん」とお読みくだされば、と思います。

⚫︎ 文字中心のウェブログ。ほとんど一話完結で、どの記事をご覧になっても楽しめ(?)ます。文字数だけなら一冊の本に匹敵(凌駕?)するほどありますので、ごゆっくりどうぞ。

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