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「いき」を考え、語った粋な本

九鬼周造 『「いき」の構造』 (1930:初出年)

九鬼周造「いき」の構造
「いきだねえ」とか「いきな人だ」などは、今もって会話の中に出てくるようだし、一部の中年男性に話題の「チョイ悪オヤジ」の関心も、どうやら「いきであるか、ないか」にかかっているようだ。つまり「いき(粋)」は、日本国において、いまなお人を惹きつける魅力をもった美学なのだ。

その「いき」とは何かを考察し、解明したのが本書である。だが、題名の面白さとは裏腹に、内容は相当にハードである。何しろ、京都大学の哲学教授が大真面目に書いた「論考」なのだから。読んでいくにはちょっとした覚悟が必要でしょう。眠気と戦う根気も要求されます。でもまあ、いきなり結論に飛びつくと、「いき」とは次のようなものである。

運命によって「諦め」を得た「媚態」が「意気地」の自由に生きるのが「いき」である。

「媚態」とは、異性に「媚びを売る」ことではなく、異性との関係の可能性を匂わせながらも、可能性を可能性のままにしておくことであろう。「上品」は異性との関係の可能性が欠乏している(要するに色気がない)だろうし、両性が結ばれれば媚態は消滅する。つまり異性を意識した緊張関係を保ち続けることが「いき」に通じるということか。

「諦め」とは投げやりになってしまうことではない。そうではなくて、さまざま経験による知見に基づいて執着を離脱した無関心であり、あっさり、すっきり、瀟洒たる心持ちでなくてはならない。それを「垢抜けした」という。

「意気地」は江戸っ子の気概(理屈っぽく言えば江戸文化の道徳的理想)のことを言うのだろう。命を惜しまない町火消し、寒い中でも白足袋、法被一枚の鳶職人などの心構えを尊び、吉原の遊女は「野暮な大尽などは幾度もはねつけ」た。異性との関係を匂わせながらも、そこに気概がなくてはただの「媚び」になってしまうということだろうか。「媚態でありながらもなお異性に対して一種の反抗を示す強みをもった意識」が「意気地」であろう。だから九鬼周造は「いき」を言葉を変えて次のように定義している。

「垢抜けして(諦)、張りのある(意気地)、色っぽさ(媚態)」

私(乙山)は「いき」とは無縁かもしれないが、だいたい次のように理解している。「いき」とは、異性との関係の可能性を匂わせるという意識(媚態)を根底にもっており、それが若い年代では「意気地」が前面に出てくる。たとえば「どいてくんな、魚が腐っちまう!」と声を張り上げながら江戸の町を疾走した魚屋の若者、命をかけて仕事に取り組んだ町火消しの若者などが想定される。「諦め」は彼らにはまだ少々早いのではないかと思うのだ。

ある程度歳をとった年代には「諦め」が前面に出てきて「意気地」は少し引っ込んでくる。具体的には仇っぽい遊女や、孤高の剣客などだろうか。彼らは歳をとっているとはいえ、まだまだ色っぽくて、年若い男女が彼らに惚れるのだが、彼らは決して若い男女を相手にしない。若い異性との関係の可能性を匂わせるのだが、その可能性は発展することはなく、あくまで可能性のままにして遊女や剣客はそっと身を引いていく。

もう少しわかりやすい例を出してみよう。的確かどうか自信はないのですが。アニメーション映画『紅の豚』で、ポルコ・ロッソという豚にされた男と、飲み屋のマダム・ジーナとが何かしらいい感じではあるのだけど、お互い引いていてラブシーンにはならない。それに若い飛行機技師フィオもポルコのことが大好きになるわけだけど、ポルコはフィオを相手にしない。

映画の最後までいっても、その後ジーナとポルコがどうなったのか、とか、フィオとポルコはどうなったのかわからない。だけど、見終わった後には彼らの相手を思う気持ちがずっと残っているわけです。ここに「いき」があるとはいえないだろうか。

西洋の「ダンディズム」とは違って、男女ともに「いき」な存在があるところがいいではないか。しかも「いき」は、ある年齢の男女だけに当てはまるわけではなくて、若い男女からそこそこ年のいった男女まで「いき」でありえるわけだから、若い「いき」から熟成した「いき」まで幅が広いのがいい。若いときから修行を始めて、そこそこの年齢まで「いき」道を極めることもできる。

もちろんこれは理屈の上での話であって、自分が「いき」であるかどうかなんて、そんなことはとうてい……なのです。本書は哲学者が「いき」を考えて語った、類まれなる粋な本である。

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