ちゃんこ鍋と柚子胡椒、そしてキムチ鍋

Yuzu_Kosho.jpg
高校生の頃、初めて「ちゃんこ鍋」を食べた。同級生の友人が案内してくれたのだ。彼は町を歩き回ってはうまいものを探してくるのが得意な人物で、ちゃんこ鍋の他にも「釜飯」とかチーズトーストのうまい店を紹介してくれる。友人の勧めに従って私(乙山)は「ちゃんこ鍋定食」を注文した。

さてちゃんこ鍋とはいかなるものだったか。はるか昔のことなので怪しいものだが、たしか鶏肉、つくね、薄揚、豆腐、白菜、ごぼう、にんじんなどを味のついた出汁で煮たもので、ぽん酢はつけずに食べるようである。それまで鍋料理といえばもっぱら「鶏の水炊き」をぽん酢で食べてばかりいたので、ぽん酢を使わずに食べるちゃんこ鍋は新鮮だった。

「ちゃんこ」といえばすぐ「ちゃんこ鍋」を連想するが、「ちゃんこ」とは相撲部屋の料理人を指すのを後で知った。これも後の話になるが、ちゃんこ鍋店で「昔のちゃんこは魚と鶏しか入れなかったんだよ。なぜだかわかるかい? それはね、豚とか牛は四足の生き物だからさ。相撲取りが手をついて四足になったら負けだろう。そういうのは縁起が悪いというので食べなかったのさ」という話をしているのを小耳に挟んだこともあった。

真偽のほどは定かでないが、いかにもそれらしい話ではないか。もっとも、日本人が牛肉や豚肉を食べるようになる遥か以前から相撲は存在していたので、昔の力士は縁起がどうのという以前に牛肉や豚肉自体が食べ物として存在していなかったのだろう。一人用の土鍋から好きなものを小鉢にとって食べるのだが、そのとき友人は「この薬味がうまいんだよ。ちょっと出汁に溶かして食べてごらんよ」と言った。

それは小さな器に入った、薄緑色をしたねり状のものだった。言われるままに出汁を小鉢にとって、未知の薬味を溶かし込んだ。すると、柑橘系のほのかな香りがふっと漂った。つけて食べると程よい辛みが後を引く。なんとも摩訶不思議な薬味である。私はすっかりその薬味の虜になってしまった。

叔父(母の弟)が遊びに来たとき、早速弟などと一緒にくだんのちゃんこ鍋店に連れて行った。叔父は食べ物にうるさく、自家製の豆腐を拵えたりする人間である。豆腐一丁ぶんの小さな木枠を自分で作り、大豆から豆乳をとり、そこへにがりを投入して木綿豆腐を作ってしまうという凝り性だ。そこまではいいが、後でおからの処理に困っていつのまにか豆腐作りをやめてしまったのがいかにも叔父らしい。

叔父はどうやら、その薬味を知らなかったらしい。しきりに匂いを嗅いだり、薬味の器を覗き込んだりしている。私同様、その薬味の味を気に入ったらしく、叔父のほうから「おい、あのちゃんこ鍋を食べにいこう」と誘ってきたりするようにまでなった。ちゃんこ鍋を食べるたび、あの薬味のことが話題になったが、正体はつかめなかった。

いったい、あの薬味はなんなのであろうか。その後、我が家ではあの薬味の探求が行われた。あれこれ考えた末、おそらく柑橘系果物(特定できず)の皮をすりつぶしたものを白味噌に混ぜ込み、そこに山椒など各種香辛料を加えたものではないか、という結論に達した。

ある日、叔父のところに遊びに来い、というので弟と出掛けた。何やら夕食に鍋料理を準備しているらしい叔父は「ついにあの薬味の正体がわかった」と宣言したのである。出汁に鶏肉、豆腐、きのこ類、野菜などを入れるまでは何の変哲もなかった。私はこの後、叔父特製の「薬味」が出てくるものだと期待した。ところが、叔父はあろうことか白菜キムチを手にしていた。何をするつもりなのか、とはらはらしながら見ていると、叔父は平然と白菜キムチを鍋に投入したのである。

さらに「キムチの素」の瓶を手にしたかと思うと、いきなりそれも鍋の中に入れてしまったのだ。私と弟が絶句しながら目を合わせたことは言うまでもない。しかし、叔父にしてみれば、これこそあの薬味の正体なのであろう。鍋一面赤色に染まった、ただの「キムチ鍋」を、私と弟は汗を流しながら黙々と食べた。それからは、叔父の前であの薬味の話はしないという暗黙の了解ができてしまった。

あの薬味の正体は長らく不明のままであったが、やがて「柚子胡椒」であることが判明した。その後ずいぶん経ってから、私が別のちゃんこ鍋店に行き、店員に聞いたらあっさり教えてくれたのである。店員の言うとおり、百貨店でもスーパーマーケットでもわりと簡単に手に入る、よく知られた九州地方の名産品ということだった。

残念なことに、あの薬味の正体が何かわからぬまま、叔父は他界してしまった。おそらく、最後まであの薬味がキムチ系の味あるいは豆板醤だと信じていたに違いない。それにしても味にうるさく料理好きだった叔父なのに、どういうわけで柚子胡椒の味や薄緑色を、キムチの赤色や味と同じであると判断したのか、もう今となっては解けぬ謎である。


【付記】
● 二十数年前、叔父の遺品を整理していたとき、彼が軽い視覚障害を抱えていたことが明らかになりました。詳しいことはわかりませんが、ある特定の色が見えにくかったりすることがあるようで、叔父が淡い色のサングラスを年中かけていた理由がやっとわかったのです。それはもしかすると叔父が柚子胡椒とキムチを勘違いしたのと、なにか関係があるのかもしれませんが、事実を確かめることは今となってはもうできません。

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No title

柚子胡椒は大好きですね。
ただ、今の時代なら、簡単に入手できるのでしょうが
僕の食卓に常備されていないのは
ソウルフードになっていないのでしょうね。
大分出身の友人は、これにすごくうるさかったですよ。
何にでも柚子胡椒の男でした。

大阪と言えば、淀屋橋に適塾があって
塾頭だった福沢諭吉が勉強に疲れると牛鍋で英気を養ったと言います。

『福翁自伝』だったかな、そんなもの食うのはやくざ者と適塾の書生ぐらいだという記述があったような。
竜馬もももんじゃ(しし鍋)を食ったそうです。

どうも食の開拓は、貧しい者とはみ出た者の専権事項のようです。
まあ、相撲界に縁起モノはつきものですが
食いたくない者が作りだした縁起かもしれませんね。

Re: 根岸冬生さん

根岸さん、こんにちは! コメントありがとうございます。
乙山はこれを常備しています。年中わりと鍋をやりますので、
柚子胡椒は欠かせないものになってしまいました。

初めはポン酢だけをかけて食べますが、そのうち薄くなってきますよね。
そこに、柚子胡椒を溶かしこんで、つけだれとするのです。
ううむ、うまいなあ。やめられんなあ。そんな感じです。

柚子胡椒も、製造会社はいろいろあるようですが、
ちょっとお値段が……なので乙山は某スーパーマーケットの
独自ブランドのものを選んで常用しています。

あっ、今夜も鍋にしようかな。

神に近しい立場として

こんにちは。柚子こしょう良く使ってますよ。以前ブログで紹介してた春菊の味噌マヨネーズ和え、辛子の代わりに柚子こしょうを足すことがあります。ゴマドレッシングに足したり、用途が多いですね。
ところで、肉食が文明開化以前も裏で多かったと言われてますね。かしわ、ぼたん等、隠語があるのはその為でしょうか。室町時代の街を描いた屏風絵に、犬肉食を伺わせる描写があったりもします。
その一方で、相撲が五穀豊穣の神に捧げる儀式だった事を思えば、建前として殺生をしないと言ってもおかしくないかなと思いました。ま、お坊さんも裏でなに食べてたか分からないですし、げんかつぎ説も信憑性高いと思いました。

Re: yuccalinaさん

yuccalinaさん、こんにちは! コメントありがとうございます。
柚子胡椒、大好きなんですけど、鍋以外に使っていません。
ちょっと恥ずかしいというか、情けない気持ちもあります。

本当はもっと、焼き鳥になすりつけたり、yuccalinaさんのように、
ふだんの料理なんかに使える、よい調味料のはずなんですけどね。
そのあたり、もう少しいろいろやってみないと、と思っています。

そうそう、肉食は一切なかったというのはまあ建前でしょうね。
人の行き来が多い都ではいざ知らず、田舎では猪とかその他、
いろんな獣を食べていたのではないかと想像します。
あくまで想像ですが、思えば貴重なたんぱく源ですからね。

神事としての相撲ということであれば、やはり昔は獣を食べなかったのかな、
と思いました。ところでクエ(ハタ)という魚のちゃんこ鍋がたいへんおいしいそうで、
こちらでもそういう魚はないかなあ、と探しているのですが、
クエ(ハタ)を見かけたことはありません。
九州のほうではあるのかもしれませんけど、相当な高級魚なんでしょうね。


No title

柚子胡椒は好きだなあ。ちゃんこ鍋はこれがないとね。
油揚げもいいし・・・韮あたりが入っているのもいいな。

昔郷里にいたころ隣町に元お相撲さんが経営していたちゃんこ屋さんがあって、そこからスープと鳥のミンチだけ買ってきて家でちゃんこ鍋をよくしていたんですが、おいしかったなあ。東北だけにちょいと濃口なんですよ。たぶん東京に集中している相撲部屋の料理ですから、きっとそっちの方が本当なんでしょうね。関西のちゃんこ屋さんはきっと薄味にしてるでしょうから・・・

Re: gatayanさん

gatayanさん、こんばんは! コメントありがとうございます。
ちゃんこ鍋、というものはそんなに食べたわけではありませんが、
どうも味の付いた出汁で作ることが多いようですね。

いまではそれが「ソップ炊き」のちゃんこ鍋なのかなあ、
と思い出すわけですわけですが、当時はそんなことは知りません、
へぇ、これがちゃんこ鍋か、などと思って食べていたのです。

乙山の家では「水炊き」の鍋に、ぽん酢というのが当たり前でしたので、
ぽん酢を使わないで食べる鍋、というのが新鮮だったのです。
そこに柚子胡椒を入れたものは、偽りなく「衝撃」でした。

東北地方のちゃんこ鍋なら、少々出汁が濃くなるかもしれませんね。
だけどそれが、いやそれこそが、その地方の味というもので、
柚子胡椒は、ソップ炊きのちゃんこ鍋に合うもの。

乙山はズルをして、水炊きを作っておいて、その汁を小鉢に取り、
そこに柚子胡椒を溶かしこみ、レモン汁を入れて、
最後に少しぽん酢を入れるという「つけだれ」を作って遊んでいます。
あ、オプションで、そこにタバスコ・ペッパーソースが入ることもあります。

No title

記事を拝見致しました。

柚子胡椒というのは九州の方ではメジャーだったのでしょうけど、一般化したのは最近の事ですよね。
乙山先生のおうちでも薬味の探求が行われたというのは、なにか微笑ましい感じがします。

それにしても記事から素敵な叔父さんの姿が見えてきます。

ちゃんこ鍋ではないですが、何か温かい…。

Re: Noriさん

Noriさん、こんばんは! コメントありがとうございます。
そうですね、柚子胡椒は今でこそ「どこでもある」ものでしょうけど、
1980年代ではそうはいかなかった、見たことのない不思議な調味料でした。

叔父は早くに亡くなってしまいましたが、本当に残念で、
あれもこれも、食べさせて差し上げたかったのに、と悔やまれてなりません。
時間を戻せることができるならば、と思うのはこんな時ですね。

自分で何かを拵えるほどの料理好きならば、
ある料理を作るのにどれだけ手間がかかったか、というのはすぐわかります。
だからこそ、のはずだったのですが、運命とか時間には逆らえませんね。

No title

乙山さん、ちょろちょろ覗いてますがコメントはお久しぶりです!

なーんか・・・年末に・・・エエ話やないですかぁ♪
心があったまりますね。

私も最初ゆず胡椒を知った時は衝撃を受けましたね。
めっちゃうまいナニコレって!

新潟?東北?あたりの「かんずり」っていう調味料もおいしいですよね。なかなか見かけませんが・・・

Re: chihiさん

chihiさん、こんばんは! コメントありがとうございます。
いやあお久しぶり、ていうか、乙山はわりとそちらを訪問しているので、
ああ、元気にやっているんだな、とあまり久しぶりな感じがしませんが。

> 私も最初ゆず胡椒を知った時は衝撃を受けましたね。
> めっちゃうまいナニコレって!
>
> 新潟?東北?あたりの「かんずり」っていう調味料もおいしいですよね。なかなか見かけませんが・・・

柚子胡椒、うまいですよね。もう完璧に常備してますよ。
記事にも書いたように、初めてのときは衝撃的でした。
こういういいものが、世の中にはあるんだなあ、と若輩者は思ったわけです。

かんずり、ああ、聞いたことだけはありますね!
どんなんだろう? 知らないものはつい、敬遠してしまいますので。
今度試してみようかな……よいお年を!
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