FC2ブログ

夏目漱石 「琴のそら音」

夏目漱石 「琴のそら音」 (1905年「七人」に掲載)

SosekiCompleteWorks_WithOwl01.jpg
かたつむりがはうような速度で進んでいる読書だが、まだどうにかこうにか続いていて、完全に中断するというようなことにはなっていない。何もそんなに無理して読むことはないだろうに、と思わぬでもないのだが、せっかくだからということでなんとなく夏目漱石を読み続けている。別に他の人を読んでもいいはずなんだけど、自分でもどういうわけでそうなっているのか、よくわからぬのである。

さて今回は「琴のそら音」で、1905年5月に「七人」(同人誌か?)にて発表されたもの。同年4月に書かれた「幻影の盾」と比べるとはるかに読みやすく、同時代人を描いたごくふつうの小説だが、これは漱石にとって初めての「ふつうの小説」(?)ではないかと思う。文章も平明で会話文もふんだんに盛り込まれていて、じつに読みやすい。

友人の津田君を訪ねて行った主人公が、津田君から以下のような話を聞く。戦で大陸へ出征している軍人の妻がインフルエンザにかかり、肺炎になってしまって亡くなるのだが、生前、もし万一自分が病気で死ぬようなことがあったらもう一度会いに行く、と出征前に夫に誓ったという。

戦地で夫が手荷物の中から鏡を取り出してみたところ、どういうわけかそこに青白い顔をした妻の顔が映ったのだという。彼女は何を言うこともなしにしばらくするとすうっと消えてしまうのだが、後に妻が死んだ時刻と、彼女の顔が遠く離れた戦地で夫の鏡に現れた時期が一致していたというのである。

いわゆる超常現象というものだろうけど、近代人で知識人でもある夏目漱石が、この種の話に興味を持っていたということが面白い。作中でも寺のお坊さんが占いをするという話が出てきて、これは後の作品でも使われている。主人公は今でいう家政婦にあたる年配の女性に身の回りの世話をしてもらっているが、彼女がまた、犬の遠吠えを聞いてなにか予言めいたことを言う。

主人公は津田君から例の亡くなった女性のことを聞き、なんとなく不安になっていた。未来の妻になるはずである女性、露子の体調が思わしくなかったからである。そして家政婦の女性からも不吉な予兆があると聞かされ、居ても立ってもいられなくなり、夜は眠れずに悶々と苦しむことになる。そして夜が明けるや否や、露子のもとへ馳せ参じる。

なるほどこれは夏目漱石が書いたものなんだけど、文章がまだ夏目漱石になっていないような感じがした。だがここには漱石のおもちゃ箱とでも言えばいいのだろうか、後の小説に登場する様々なモチーフがちりばめられていて、それなりに面白く読むことができた。


【付記】
● 年表を見ると、日本海海戦において連合艦隊がバルチック艦隊を破り、同年ポーツマス講和条約調印などとあり、なるほどそういう時代だったんだなあ、と改めて感じさせられました。

人気ブログランキングへ blogram投票ボタン
関連記事
スポンサーサイト



tag : 夏目漱石

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

No title

『夢十夜』の中で、「百年たったら会いにきます」という死に往くものの言葉がありますが
漱石の底流で、こういった、死のイメージというか再生のイメージというか
ミステリーな世界感があったということでしょうかね。

こういうところが不思議な作家です。

Re: 鍵コメントさんへ

コメントありがとうございます。
なるほど、ある人にはある、わけなんでしょうね。
残念(?)ながら乙山には虫の知らせのようなものや、
第六感的なもの、何かの予兆のようなものも、
はっきりそれだと意識できたものはないのです。

乙山は、おのれの損得とかお金関係には敏感なのですが、
かんじんのところには鈍感な者です。

Re: 根岸冬生さん

根岸さん、こんにちは! コメントありがとうございます。
漱石はきわめて理知的な、合理的かつ論理的な思考をする人、
そんなふうに考えてもいたのですが、情緒的な部分とか、
理屈に合わぬ部分もたくさん抱えていた人なのでしょうね。

愛してはならぬ人を愛してしまった、その人と現世で結ばれることは
ないかもしれないが、どこか、いつか、遠いところで、
再び巡り合う……そんなことを想像しました。
理知と不条理の同居とでも言えばいいのでしょうか。
その不思議さも漱石の魅力かもしれません。

No title

 おや、実はちょうどぼくもこの作品を読もうかなと思ったところ
でした。たまには乙山さんの先を越そうとしたのに……

 さっそく読んでみましょう。『幻影の盾』よりは十二倍ほど読み
やすそうですし(笑)。

Re:薄氷堂さん

薄氷堂さん、こんばんは! コメントありがとうございます。
アンプ作りになんぞ精を出して読書がおろそかになっていた乙山です。
今からお読みになろうとしている方にあれこれ申し上げることはありません。
本業(?)のほうも忙しいというのに、なんたる精力!
敬服いたします。

作品中の幽霊話について

 この小説を読んでいるうちに、『猫』に登場する寒月君の
ヴァイオリンの話が思い浮かびました(笑)。

 小説における怪力乱神の多用をいましめる一方で、漱石
先生、英国の怪談話を愛好していたのはまちがいないと思
いますよ。

 なおロード・ブローアムの見たという幽霊の話を読んでみま
した。ぼくのブログに記事を載せましたので、ご一読いただけ
れば幸いです。

Re:薄氷堂さん

薄氷堂さん、こんにちは! コメントありがとうございます。
早速そちらへお邪魔してきましたよ。
いやはや、もうすごいとしか言いようがありません。
ただてきとうに読んで好きなことを書き散らしているだけの男(乙山)とは
わけが違いますね。

それにお仕事が速い!
かたつむり的速度で、気が向いたときだけ読んでいる
男は少し恥ずかしい思いです。

No title

「琴のそら音」は知りませんでした。漱石に影響を与えた、時代、作家...そちらに興味が沸く記事ですね。
第六感の様なものは持ってませんが、漱石が相当、繊細な感性の持ち主だという事は分かります。女性かな?とも思える柔らかい部分を持ってますね。
漱石全集は本棚にあったはずなので、ちょっと読みたいですね。
ところで、只野乙山さんは漱石はお好きなのですか?

Re: かえるママ21さん

かえるママさん、こんばんは! コメントありがとうございます。
乙山は、夏目漱石が好き、だと申し上げておきましょう。
でないと、ウェブログに上げるようなことはありません。
わざわざ嫌いな対象を取り上げてくさす必要はありませんからね。

これは異論があるかもしれませんが、繊細とか傷つきやすいというのは、
たぶん男性にまつわるではないかと思うのです。
女性は乙山の経験上、いろんなことに強いものです。
うまく言えませんが、そうとしか思えないところがあるのです。

No title

乙山さん。こんにちは~♪
漱石ファンを自認する私ですが、ごく初期の作品や評論集など
読んでいないものもたくさんあります。
『琴のそら音』。ようやく買って読みましたよ~。^^
なるほど、乙山さんがおっしゃる通りで、まだ漱石の文体にしっかりなっていない
感じはしますね。というか、本当はせつないお話にも出来るところを、
漱石の照れといいますか、江戸っ子的、江戸落語的ユーモアの感覚が
出てしまっているので、何となく中途半端な気がします。
『猫』や『坊ちゃん』のように、からっと明るいユーモラスな中味の
作品群を思わせる文体ですね。
でも、そこに漱石の人柄といいますか、照れといいますか、そんなものが
感じられて、微笑ましいです。試作、という感じはいなめませんが。

でも、漱石の作品のモチーフがあちこちに散見されて…
ほんと、漱石のおもちゃ箱とはまた言い得て妙ですね!^^

そうですか。そういう時代だったのですよね~~~…
時代の空気を知っていて読むと、また味わい深いですね。
あと、漱石に限らず、鴎外にしても二葉亭四迷などにしても、この時代の人は
よく歩くので、何となく明治の頃の東京を散歩しているようで、
それも楽しいですね。^^
そっか!昔の人はぬかるみの道を歩いたあとは、泥はねを着物の裾などに
随分上げてたんだろうなあ!などと想像するのも愉快です(笑)。

これから『幻影の盾』など、昔読んだかな?読んでないかな?という
曖昧な記憶しかない作品群、また読んでみます。^^

Re: 彼岸花さん

彼岸花さん、こんにちは! コメントありがとうございます。
さすが彼岸花さん、「買って」読むというのが違います!
まあいちおう乙山も『夏目漱石全集』を買ったわけではあるんですが。

今はインターネット図書館「青空文庫」にて
著作権の切れた作家の文章を読むことができます。
何度か見たことはあるのですが、背景が真っ白で、
長時間の読書はあまり目に良くない気がします。

なるほど漱石の「照れ」ということは、おおいにありそうですね。
「猫」のイメージが強かった当時、漱石は「恋愛小説を書かない作家」として
認識されていたようです。それは後の漱石の作品群からすると、
まるで見当違いなわけですが、俯瞰的視点から描いた、
漂々とした作風がおおいに流通してしまったのだから仕方ありません。

漱石はやはり当時から本当は「恋の話」を書きたかったのだと想像します。
「猫」の看板からするとちょっと「外れた」と思える恋の話は、
たいへん読みにくい「幻影の盾」などに書かれることになるのです。
あれは、まちがいなく「恋の話」ですよ。

> そっか!昔の人はぬかるみの道を歩いたあとは、泥はねを着物の裾などに
> 随分上げてたんだろうなあ!などと想像するのも愉快です(笑)。

そうそう、だからね、たぶん、当時の人たちにとって下駄は、
本当に必須だったわけで、真の意味における生活必需品だったと思うのです。
バンカラ(蛮殻)=下駄という、後のファッション(?)としての下駄とは違います。

ですが道路の整備は地域によって進度が違いますから、
旧制高校の学生たちの破れマントに下駄、というのはこれも理に適っていたのかも。
あくまで乙山の想像によるもので、事実はどうなのか、
それは確かめるのが難しくなってきたようです。
プロフィール

只野乙山

Author:只野乙山

⚫︎ できれば「只野乙山=ただのおつざん」とお読みくだされば、と思います。

⚫︎ 文字中心のウェブログ。ほとんど一話完結で、どの記事をご覧になっても楽しめ(?)ます。文字数だけなら一冊の本に匹敵(凌駕?)するほどありますので、ごゆっくりどうぞ。

⚫︎ 下の「全ての記事を表示する」をクリックすると、全記事のタイトル一覧が出ますので過去記事を参照することができます。

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

カレンダー
09 | 2019/10 | 11
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
最新コメント

openclose

最新トラックバック
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

アーカイヴ

2019/10 (4)

2019/09 (5)

2019/08 (4)

2019/07 (9)

2019/06 (8)

2019/05 (8)

2019/04 (9)

2019/03 (9)

2019/02 (8)

2019/01 (8)

2018/12 (8)

2018/11 (9)

2018/10 (9)

2018/09 (8)

2018/08 (9)

2018/07 (8)

2018/06 (5)

2018/02 (7)

2018/01 (9)

2017/12 (9)

2017/11 (8)

2017/10 (9)

2017/09 (9)

2017/08 (8)

2017/07 (9)

2017/06 (9)

2017/05 (9)

2017/04 (8)

2017/03 (9)

2017/02 (4)

2017/01 (1)

2016/06 (1)

2016/05 (13)

2016/04 (13)

2016/03 (20)

2016/02 (10)

2016/01 (11)

2015/12 (10)

2015/11 (10)

2015/10 (11)

2015/09 (13)

2015/08 (10)

2015/07 (11)

2015/06 (10)

2015/05 (10)

2015/04 (10)

2015/03 (11)

2015/02 (9)

2015/01 (11)

2014/12 (9)

2014/11 (10)

2014/10 (11)

2014/09 (10)

2014/08 (10)

2014/07 (10)

2014/06 (10)

2014/05 (11)

2014/04 (10)

2014/03 (10)

2014/02 (9)

2014/01 (11)

2013/12 (9)

2013/11 (10)

2013/10 (10)

2013/09 (10)

2013/08 (11)

2013/07 (10)

2013/06 (10)

2013/05 (10)

2013/04 (10)

2013/03 (11)

2013/02 (9)

2013/01 (11)

2012/12 (9)

2012/11 (10)

2012/10 (11)

2012/09 (10)

2012/08 (10)

2012/07 (10)

2012/06 (10)

2012/05 (11)

2012/04 (10)

2012/03 (10)

2012/02 (10)

2012/01 (9)

2011/12 (9)

2011/11 (10)

2011/10 (10)

2011/09 (10)

2011/08 (10)

2011/07 (9)

2011/06 (9)

2011/05 (10)

2011/04 (8)

2011/03 (8)

2011/02 (12)

2011/01 (12)

2010/12 (12)

2010/11 (13)

2010/10 (15)

2010/09 (15)

2010/08 (14)

2010/07 (16)

2010/06 (17)

2010/05 (21)

2010/04 (18)

2010/03 (20)

2010/02 (23)

2010/01 (27)

2009/12 (27)

2009/11 (27)

2009/10 (26)

2009/09 (24)

2009/08 (19)

2009/07 (21)

2009/06 (30)

2009/05 (26)