夏目漱石 「満韓ところどころ」

夏目漱石 「満韓ところどころ」 (1909年10月21日~12月30日朝日新聞に掲載)

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夏目漱石の「満韓ところどころ」は「それから」と「門」の間に朝日新聞に連載された紀行文で、東京帝国大学時代からの親友である南満州鉄道株式会社(満鉄)総裁の中村是公(よしこと、本文中では「ぜこう」とルビが付されている)に招かれて満州や韓国/朝鮮を訪ねたときのことを書いたものである。

旅先の様子を網羅的、客観的に書いた通常の旅行記や見聞録とは多少趣が異なって、漱石の印象に残った事柄をつないで書いていく手法で、随所に登場人物たちの思い出が挿入されることもあるので、紀行文ではあるのだが随筆にかなり近いものになっている。新聞社としては満州の様子を的確に伝える「記事」のようなものを期待したのだろうけど、読者としては夏目漱石の「生の声」に触れる魅力もあったに違いない。少し引いておきましょう。

その頃(1886年、漱石は大学予備門=後の旧制高校いわゆる一高に入学した)は大勢で猿楽町の末富屋という下宿に陣取っていた。この同勢は前後を通じると約十人近くあったが、みんな揃いも揃った馬鹿の腕白で、勉強を軽蔑するのが自己の天職であるかのごとくに心得ていた。下読などはほとんどやらずに、一学期から一学期へ辛うじて綱渡りをしていた。英語は教場であてられた時に、分らない訳を好い加減につけるだけであった。数学はできるまで塗板の前に立っているのを常としていた。余のごときは毎々一時間ぶっ通しに立ち往生をしたものだ。(ちくま文庫版『夏目漱石全集7』「満韓ところどころ」14節)

かの漱石も数学だけはどうも苦手だったようで、後の神童みたいな優等生の漱石とはずいぶんかけ離れているようであるが、これは大学に入る前の話。この予備門で実際漱石は落第していて、それをきっかけにして勉学に励むようになったということであり、帝大英文科入学後は特待生になるほどしっかり勉強したのはご存知の通り。予備門時代の話をもう一つ。

橋本(左五郎)は余よりも英語や数学において先輩であった。入学試験のとき代数がむずかしくって途方に暮れたから、そっと隣席の橋本から教えて貰って、その御蔭でやっと入学した。ところが教えた方の橋本は見事に落第した。入学をした余もすぐ盲腸炎に罹った。これは毎晩寺の門前へ売りに来る汁粉を、規則のごとく毎晩食ったからである。汁粉屋は門前まで来た合図に、きっと団扇をばたばたと鳴らした。そのばたばた云う音を聞くと、どうしても汁粉を食わずにはいられなかった。したがって、余はこの汁粉屋の爺(おやじ)のために盲腸炎にされたと同然である。(同書、13節)

満州とか韓国朝鮮のどこそこがどうの、というような内容よりも、じつは上のような話のほうが面白かったりするのが本当のところで、本編を読む楽しみはこのあたりにあると思う。そもそも出発する以前に胃病で倒れていて、満鉄総裁の中村是公に随行する予定だったものがそのようにできず、中村氏だけ先に出立するという始まりだしなのだ。相当無理をしていることは明らかで、本編中もう何度も「腹(胃)が痛い」とこぼしており、夕食もとらずにそのまま寝込んでしまうというくだりもあったりする。

なので強行スケジュールを組んでの旅行記者としてはやはり無理があったと言わざるを得ないところがある。旅先の叙述はあまり印象に残らなかったのが正直なところだが、大連の電気の工場(発電所か)を見たときの部分は重要である。多少引用が多くなってしまったが、引いておきます。

鉄嶺丸が大連の港へ這入ったときまず第一に余の眼に、高く赤く真直ぐに映じたものはこの工場の煙突であった。(中略)なるほど東洋第一の煙突を持っているだけに、中へ這入ると、凄じいものである。その一部分では、天井を突き抜いて、青空が見えるようにして、四方の壁を高く積み上げていた。屋根の高さを増す必要があっての事だろうが、青空が煉瓦の上に遠く見えるばかりか、尋常の会話はとうてい聞えないくらいに、恐ろしい音が響いている中に、塵を浴びて立った時には、妙な心持がした。ある所は足の下も掘り下げて、暗い所にさまざまの仕掛が猛烈に活動していた。工業世界にも、文学者の頭以上に崇高なものがあるなと感心して、すぐその棟を飛び出したくらいである。(同書、15節)

なぜこれが重要なのかというと、見る者を圧倒するような対象を、漱石が「崇高なもの」と判断しているからである。もしこれを坂口安吾が見たならば、まちがいなく「美しい」という言葉を使ったであろう。安吾は「日本文化私観」(1942)においてドライアイス工場を「美しいもの」の例として挙げており、私はそれを今日のいわゆる「工場萌え」の源流ではないか、として記事に書いたことがある(「日本文化私観」の記事へ≫)。

ドライアイス工場を見て「美しい」と言われても何か違和感を抱くかもしれないが、それが人を引き付ける不思議な魅力を持っていることは確かで、それに目を付けたのが坂口安吾独特の美学であろう。ひょっとするとカントの『判断力批判』(1790)を読んだことがある人ならば、安吾が「美しいもの」としている対象は、実は「崇高なもの」といったほうが適切なのではないかと気づいたかもしれないのだ。

坂口安吾の挙げる「三つの美しいもの」(小菅刑務所、駆逐艦、ドライアイス工場)を、美しいというよりは崇高なのではないか、と射抜いた人は私の知る限り柄谷行人が最初である。だが漱石はそれよりずっと以前に(哲学書の類もたくさん読んでいる人なので、カントの第三批判も読んでいた可能性はおおいにあると思われる)、ぶれることなく電気の工場を「崇高なもの」と判断したということ、それが強調しておきたい重要な点である。


【付記】
● 「満韓ところどころ」には今日からすると、どうしても表現や表記の点で読みにくい(あまり適切でない)個所がいくつかあるのも本当ですが、それをここで挙げることは割愛させていただきます。実際にお読みになってみると、おわかりかと思います。同年に伊藤博文の暗殺事件もあったと、歴史年表には書かれています。

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No title

 『満韓ところどころ』は何十年も昔に読んだ覚えはあるのですが、内容は
忘れかけていました。しかし引用された部分を拝見すると、やはりぼんや
りとした記憶がよみがえるものですね。

 「見る者を圧倒するような対象」といえば、ぼくの場合は、大型貨物船の
機関室でしょうか。冗談のようにばかでかいディーゼル・エンジン、縦横に
走る無数の配管、耳を聾せんばかりの騒音。ドア一枚を隔てて、いきなり
非日常の空間が眼前に展開するのですから、まさに圧倒されるとしかいい
ようがありません。

 美しさがないわけではないけれど、自然美とはまるでちがった、理屈一
点張りの美とでもいいましょうか、完全無欠である(そうでなくては正常に
機能しないわけです)という点では、うすっぺらな批評をゆるさぬきびしさ
さえ感じられ、崇高な存在といえるかもしれませんね。

Re:薄氷堂さん

薄氷堂さん、こんばんは! コメントありがとうございます。
実のところ、乙山、初めて「満韓ところどころ」を読みました。
で、得意になってウェブのログに掲載しているのですが、
読んでいて思うところは色々ありました。

なにもカントが工場群を見て「崇高だ」と言ったわけではありませんし、
ここではカントの言う「力学的崇高」が、それに当たるのではないか、
という推論に過ぎないわけです。

なるほど大型貨物船の機関室は、圧倒されるでしょうね。
カントの場合はスイス・アルプスの高峰とか、断崖絶壁の景観なのですが、
いずれにしても有無を言わせぬ圧倒的な「力」がそこにはあります。

それを「力学的崇高」としたわけですが、
崇高感と美感は、非常に似通っているのでしょう。
美的カテゴリーでいえば、もう「お隣」なのです。

それに加えて、工場群には実用一点張りの、有無を言わさぬ配置があり、
その実用的側面と圧倒的な対象の具現化が、ドライアイス工場であり、
大型貨物船の機関室であり、漱石の見た「電機の工場」なのかな、と思っています。

圧倒的な力を持った何かが、実用的な目的に支えられていた場合、
そこには有無を言わさぬ「美しさ」あるいは「崇高さ」がある、といえましょう。
ウェスタン・エレクトリックの機械に惹かれる人が後を絶たないのも、
それと無関係ではないと思います。

沢木耕太郎氏の『深夜特急』シリーズ的な感じなのでしょうか?
ガイドブックではなく作者自身の人間性の深さと文筆力が勝負の
「読み物」としての魅力がありそうな・・・
当時の(今も)漱石ファンにはたまらんかったかもしれないですね(笑)

Re:zumiさん

zumiさん、こんにちは! コメントありがとうございます。
沢木耕太郎の『深夜特急』シリーズを、読んだことがないのです。
なのでそれについては語ることができません。

今日からすれば歴史的な意味合いも込めて、の読み物でしょう。
夏目漱石の肉声がそこにある、という点が魅力です。
漱石の随筆を読むと、彼の小説はいい意味でやはり作り物だなあ、
という感じがしますね。「思い出す事など」や「硝子戸の中」も
そうだと思いますが、漱石の随筆のファンも多いと思いますよ。
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