片岡義男 『甘く優しい恋愛小説』

片岡義男 『甘く優しい短編小説』 新潮文庫 (1990)

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けっして大好きというわけではないけれど、ときおりふっと読みたくなるのが村上春樹とか片岡義男である。ところが本棚を見てもどういうわけか片岡義男の本が見当たらない。おかしいな、『スローなブギにしてくれ』があったはずなんだけどなあ、などと思いながらもう一度本棚を点検するのだがやはりない。それでおおいに困った、わけではないんだけど、こうなったら片岡義男の本を買おうじゃないかと自転車で出かけた。

隣町の大型中古書店を覗いてみようというわけである。大型店以外で満足のいく品揃えの本屋さんはもう街に存在しないのでネットで買ったほうがいいのだが、読みたいなと思ったときはすぐに手に取らないと気が済まない。とかなんとか思い込まないと外出する理由がないんですね。大型中古書店の棚を探すと、片岡義男の本が何冊かあったので、新潮文庫版を四冊つかんでレジに並んだ。

そもそも私(乙山)は片岡義男の熱心な読者ではなくて、二冊くらいしか読んだことがない。かなり昔の話で恐縮だがテレビで『スローなブギにしてくれ』の映画の宣伝をやっているのを見て印象に残った(主題歌が本当によかった)のか、ずいぶん後になってから古本屋さんで同題名の本を買ったような気がする。いま手元にないことからすると、ひょっとしたら図書館で借りて読んだのかもしれない。

初めて片岡義男を読んだ印象はいい意味で「なんだか明るくて、軽いなあ」というものだった。それまで主に読んでいた日本の伝統的フィクションにありがちな「重くて、暗い」ものとはどこか切れているように思え、その空気というか雰囲気が心地よかった。それがいつからだと特定するわけにはいかないけれど、1970年代の終わりごろから1980年代にかけて、緩やかな区切りみたいなものがあるような気がして、その区切りの新しいほうの象徴的存在として片岡義男とか村上春樹を思い浮かべることができる。

さて四冊のうちほとんど無作為に手に取って開いてみたのが『甘く優しい短編小説』(1990)で、題名から想像できるように6つの短編小説で構成されているが、連続して一つの物語になっているというわけではなく、一話完結の短編が集まっている。恋愛小説のようであるが、主人公たちが胸を焦がしてどうのこうの、というところまでいかずに寸止めのところで恋愛の雰囲気というか周辺を軽やかに戯れている感じなのだ。

それにしても片岡義男という人は車とかオートバイが好きなんだなあ、と思う。もし自分がそれらにのめり込む人間だったら、もっと熱心な読者になっていただろうと思う。たとえば〈シトロエンCX25GTI〉だとか〈マーセイデス560SEC〉などという固有名詞が出てきてもあまりぴんとこなかったんだけど、好きな人はもうそれだけでわかるんだろうなあ、と想像する。拳銃の型番というか名前が頻出する大藪春彦といい、いかにも男子が書きました、という小説なんですね。少し引いておきましょう。

 先を走る車は、シトロエンのCX25GTIだった。流麗で同時に精悍な車体は、そのぜんたいが、そしてあらゆるディティールが、洗練された知性とエスプリとで、心地よくおおわれていた。夜の遠目には黒にも見える深い色の車体は、星明かりを受けとめて吸収し、自分自身の落ち着いた輝きとして、外へ向けて放っていた。(片岡義男 『甘く優しい短編小説』「いちばんつらい人」新潮文庫)

シトロエンという文字を見た瞬間、私はクラシック車を思わせる優雅なスタイルの車を思い浮かべていた。いつか何かの雑誌でシトロエンが紹介されているのを見て、ああいいな、これなら乗ってみたいなあと思ったものだった。だけど本当に乗ったらもう目立ちまくりになってしまってちょっと恥ずかしいかもしれないほど。だけど本当にうっとりするくらい素敵な外観の車なんですよ。

で、そんな車を乗りこなす主人公が登場する片岡義男の小説をいいなあ、などと思って読んでいたのだが、ネットで〈シトロエンCX25GTI〉を調べてみたらなんだか(というか全然)違うではないか。私の中のシトロエンは〈2CV6 チャールストン〉という車で、〈シトロエンCX25GTI〉はもっと近代的な車だった。そうかシトロエンといってもいろいろあるんだな、などと改めて思ったんだけど、もしネットで調べてなかったらいまでも勘違いしたままだったに違いない。


【付記】
● 裏表紙には「連作恋愛小説」などと書いてあるけれど、やはり本編は恋愛小説というよりは恋愛の雰囲気小説とでも言うべきものですね。恋愛に踏み込む前で見事に寸止めされていて、本当に恋愛に踏み込んだら避けられない生々しさや苦しみが回避されているわけです。ここらあたりで好みが分かれるのでしょうけど、ふと手にとって気軽に読み、雰囲気を味わうための小説もあっていいではないか、などと思った次第です。

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tag : 片岡義男

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No title

昔バイク乗りだったうちの兄がハマッていました、片岡義男!
書棚にズラリと並んでいましたね~
私も『ボビーにくびったけ』だったかのアニメ映画化された原作などを
数冊読んでみたのですが・・・
ガッツリした読み応えはありませんが、ふとした時に読み返したくなる本、かな?
通勤中などに読むにはベストなボリュームではないかという感じです。

Re:zumiさん

zumiさん、こんにちは! コメントありがとうございます。
バイク乗りなら片岡義男にはまるのがわかる気がします。
車好きの人もはまるんじゃないかなと思います。

だけどいかにも男子が書いた、男子が好きそうな小説で、
女性で片岡義男が好き、という人は珍しいんじゃないかと思います。
村上春樹なら女性ファンもたくさんいそうです。

なぜそうなのか、そのあたりが片岡義男と村上春樹の違いなんですよね。
おっしゃるように、さっと手に取って、さらっと読むにはいいのかも。
長さも、ぴったりという感じに仕上がっていますしね。
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