夏目漱石 「三四郎」

夏目漱石 「三四郎」 (1908:初出年、ちくま文庫『夏目漱石全集5』)

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いつだったか「夏目漱石をきちんと読んでみよう」と一念発起し、ネットで古本屋から夏目漱石全集を買い求めた。長らく本棚に飾られていた状態であったのだが、このたび本当に夏目漱石をきちんと読むことを実行に移してみた。その一つ目は「三四郎」である。「猫」と「坊っちゃん」は以前、少年少女向けのダイジェスト版で読んだことがあり、一度本物の「猫」を読んでみようと手に取ったことがあったが、その衒学ぶりに驚いて通読を断念したことがある。

「猫」がペダンティックとはいっても辟易するほどではなく、筋もちゃんとあるわけだからヴァージニア・ウルフやプルーストよりはるかに「読みやすい」と思う。プルーストは『失われた時を求めて』の第二編「花咲く乙女たちのかげに1」でストップしてしまっているが、ときおり突発性プルースト症候群に襲われることがあるので、そのときが来ればまた読むのを再開するかも知れぬ。「猫」も夏目漱石全集の中に収録されており、再読の機会を待っている。またそのうち、と思う。

さて「三四郎」を読んでみました。ううむやはりこれは恋愛小説、なんだろうか。東京帝大(現在の東京大学)に入学するため九州から上京してきた小川三四郎という青年が、里見美禰子(みねこ)という女性に巡り合い、恋慕の情を持つが、美禰子は三四郎に気があるのか、ないのかよくわからない微妙な距離を置いた態度をとり続ける。まず初めに身体の接触ありき、というような小説にさほど驚かなくなってしまった現代の感覚からすると、何をやっとるんじゃ、と言いたくなるような進み具合なんだけど、それが逆に何とも言えない味わいを出している。

本筋とはあまり関係ないのだが、「三四郎」を読んでいて気になって仕方がない部分がある。これは漱石の他の作品でもそうかもしれないが、少し引いてみましょう。

「少し寒くなったようですから、とにかく立ちましょう。冷えると毒だ。しかし気分はもうすっかり直りましたか」
「ええ、すっかり直りました」と明らかに答えたが、にわかに立ち上がった。立ち上がる時、小さな声で、独り言のように、
「迷える子」と長く引っ張って云った。三四郎は無論答えなかった。(ちくま文庫『夏目漱石全集5』、第5章より)

これのいったいどこが気になるのか、おわかりでしょうか? それはね、4行目の最後「独り言のように、」で改行されていることなんです。これは「三四郎」の中でも頻繁に繰り返されている手法(?)で、少しも気にならない方もいらっしゃると思うけれど、私はどうも気になって仕方がない。

文章はそれぞれなので、いろいろなスタイルがあっていいと思う。私の場合は段落(パラグラフ)で呼吸する文章になっている。ちょうど水泳をしているときに息継ぎをするような感じ、といえばわかってもらえるだろうか。だから、読点で改行されてしまうと、そこがどうも未完であるような感じを抱いてしまう。

現代の作家で会話の部分をかぎ括弧に入れて、それを必ず改行して独立させる、というやり方を徹底しているのは群ようこの文章ですね。群ようこさんの文章を読んでいると、やはり何か気になって仕方がなかったのですが、その源流(?)がここにあったのか、と推測しているわけです。もちろん、夏目漱石以前の作家の文体も見てからでないと断定できないが、現段階で確認できている最古の作家が夏目漱石だというわけです。

このやり方がまちがっていると主張したいのではなくて、気になって仕方がない、と言いたいだけなので念の為。これが詩とかメッセージ、電子メールの場合だと全く気にならないのが不思議といえば不思議である。そうかたぶん、こんなことを気にしているのは私だけなんだろうなあ、というのが本当のところではないだろうか。

本筋とは関係のないことをたくさん書いてしまったけれど、「三四郎」の幕切れは少しあっけない感じがした。おそらく美禰子はその時代にしては新しいタイプの女性で、田舎者で初心な三四郎のお相手としては一枚も二枚も上手の、手ごわい女性ではないかと思う。それが美禰子の兄の友人とかいう、本編では全く顔を見せることのない男性と落ち着いてしまうというのはいささか納得しがたい展開であるように思えた。だけど、たぶん「三四郎」の魅力は、内に秘めたる恋心を、それとなく示し合う男女の奥ゆかしさにあるのかな、などと勝手に考えている。


【付記】
● この調子で「それから」とか「門」、「彼岸過迄」と読んだらウェブログに載せることができるなあ、そしたら話の種に困ることはないかもしれない、などと考えて嬉しがっておりましたが、読むのだけでもけっこう時間がかかるんですよね。読んだけど、ログにはできないなあ、という本もわりとあります。「読書」は空振りも多いわけです。


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犬派なのに猫

 ぼくは犬派なんですけど、漱石の『猫』は少なくとも十ぺんは読んでいます。ペダンチックといえばいえますが、神経症になるほど勉強した人ですから、付け焼き刃ではありませんね。

 ぼくが『猫』よりもおもしろいと思っているのは『文学評論』です。天下の奇書といっていいでしょうね。ただし少しだけ手間がかかりますので、まだ二度しか読んでいませんが、難物の『文学論』(こちらは挫折)とは大ちがい、おもしろすぎです。もしお読みになっていなければ、だまされたと思ってぜひ。

 逆に苦手なのが『それから』や『三四郎』などですね。ぼくにはちっともおもしろくない、というよりわからないといったほうがいいでしょうか。

^^

漱石も鴎外も明治を代表する有名作家ですが。
読んでいるようでまともに読んでいないですね。

それでも読んだ気になっているのは。
坊ちゃん・吾輩は猫である・高瀬船・舞姫など。
中途半端に教科書なんぞに載っていたためです^^;

文章って。その人その人の。
リズムがあって初めて成り立つものですね。
リズムのある文章は読みやすく。
そうでない文章は途中で躓きやすいです。

乙山さんの書かれる文章は。
とても丁寧で。
春の小川のような趣きがあると思っています^^)/

Re:薄氷堂さん

薄氷堂さん、こんにちは! コメントありがとうございます。
犬派というのは、猫よりも犬のほうが好きな人、ということなんでしょうか。
それからすると、乙山はどうも猫派のような気がします。

一度叔父が飼っていた犬を引き受けたことがあり、
飼ってみると可愛らしくて仕方がなかったのです。
もうべったりになってしまって、それだけに別れが辛い。
そんな意味で、もし飼うとするなら猫、なのかなあ。

漱石の『文学論』と『文学評論』、てっきりちくま文庫版全集に
収録されているだろうと踏んでいたのですが、いま見ると
どうやら収録されていないようです。全集のくせに、なぜでしょう?
それらは岩波文庫から出ているようですね。
いずれ読んでみようと思います。

「三四郎」は三人称で書かれていますが、視点は三四郎から離れず、
心の中に入って行くのも三四郎だけですね。
なので三四郎にも読者にも美禰子は謎のままであり、
それがわかりにくいことにつながっているのかもしれませんね。

また、分量的にはけっこう長い「三四郎」ですが、
小説の中の時間は意外に短く、三四郎の成長を描ききっているとは言えず、
なんだか短編小説のような印象があります。
最後に三四郎が突き離されてしまうような感じがするんですね。

Re:waravinoさん

waravinoさん、こんにちは! コメントありがとうございます。
そうなんです、乙山もろくに夏目漱石を読んでいなかったんです。
それに思い至って、夏目漱石全集を手元に置いているというわけです。
きちんと読むぞ、という心構えだけはあるのですが……

そうそう、「猫」はたしか中学の教科書にあったようですし、
「それから」は高校の教科書に出ていたように覚えています。
たしか代助が三千代という人妻に愛を打ち明け、
夫で友人の平岡(だったかな?)にもそのことを話して三千代を……
というような話だったと思うのですが、いいのかな、とか、
なんでこんな話が教科書に、と不思議に思った記憶があります。

文章はリズムが大事、と思います。
文字の集合体なのに、人それぞれのリズムがあるのが面白いですね。
リズムが合わないと途中で放り出してしまうことがありますね。
乙山の文章をそのように仰っていただき、恐縮です。
好きなことを、好きなように書いているだけなんですよ。

No title

そういえば夏目漱石や森鴎外って、教科書や受験対策用に断片的に読んだだけで
じっくり「読書」したことは無いですね(^^;)
少年少女向けのダイジェスト版といえば、「巌窟王」や「ベニスの商人」などを
読んでいたのですが未だに正規版(?)には手付かずのままです・・・
【古典の名作】【大作家の作品】というだけで勝手に敷居を上げて一歩引いて
しまうんですよねぇついつい(^^;)
「十五少年漂流記」の正規版は例外的に手垢が付くほど読み耽ったのですが♪

Re:zumiさん

zumiさん、こんばんは。コメントありがとうございます。
そうそう、「岩窟王」ね。だけど今はちゃんと『モンテ・クリスト伯』として
岩波少年文庫から出ていますよ。
どろどろした部分を省いた岩波少年文庫版でも三巻ものです。
けっこう、ボリュームがあるんですよね。

シェイクスピアはそれほど長くないので、新潮文庫の福田恒存訳版を、
かなり読み込んだように思います。シェイクスピアはやはりいいですね。
もう一度読みたい、というか、必ず読むものとして捨てられずに残っています。

名前だけは聞いたことがあるけれど、ちゃんと読んだことはない、
というものを、少しずつでも読んでいこうと思っています。
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