『痴人の愛』 (1934)

『痴人の愛』 アメリカ (1934)

OfHumanBondage_02.jpg
原題:Of Human Bondage
原作:サマセット・モーム
監督:ジョン・クロムウェル
出演:ベティ・デイヴィス、レスリー・ハワード、フランシス・ディー、ケイ・ジョンソン、レジナルド・デニーほか


『痴人の愛』といえば谷崎潤一郎が書いた小説のことをまず思い出してしまうので、このDVDをセールの籠の中に見つけたときも「なんじゃそりゃ」という感じで戻してしまうところだったが、配役にベティ・デイヴィスの名前を見つけたがゆえに、つい他のDVDと一緒に買い物籠へ入れてしまった。原作はウィリアム・サマセット・モームの『人間の絆』(1915)である。ちなみに谷崎潤一郎の『痴人の愛』は1924年に発表されている。

調べてみると、この映画が日本で公開されたのは1935年。公開前にフィルムを見た配給会社の人が、話の骨子が谷崎潤一郎のそれによく似ていることから原題の『人間の絆』より『痴人の愛』のほうがよかろうと判断したものと推測されるが、谷崎の『痴人の愛』も三度映画化されているからややこしい。いずれにしても「悪女」に惹かれて、引きずりまわされる男の姿が描かれている点で、モーム『人間の絆』と谷崎『痴人の愛』は類似していて、順番からすると谷崎がモームを読んでいた可能性はある。

OfHumanBondage_01.jpg原作『人間の絆』は膨大な長編で、私(乙山)の本棚にあるものは古い新潮文庫版。見ると小さな活字がびっしり詰まった280ページ程度の本が、第1巻から4巻まであるという気の長い作品だ。それを上映時間83分の映画にしてしまおうというのだから細部はかなり省かれている。もっとも、ずいぶん昔に読んだきりなので、どのあたりが省かれているのかよくわからなくなっているのが実際のところ。

足に障害を持つ医学生フィリップ・ケアリー(レスリー・ハワード)が、友人から近所のレストランで働くウェイトレスのミルドレッド(ベティ・デイヴィス)との恋の仲立ちをしてほしいと頼まれ、彼女を見たとたん一目惚れしてしまう。友人はミルドレッドがたちの悪い女だとすぐに見抜いて手を引くが、ケアリーは逆にミルドレッドに入れ込んでしまう。ミルドレッドはケアリーの障害を見て軽蔑し、冷たくあしらいながらも完全には突き放してしまわぬ微妙な態度をとり続ける。

OfHumanBondage_03.jpg試験に落第してしまうほどミルドレッドに夢中になるケアリーは彼女に結婚を申し込むが、ミルドレッドは拒絶し、外国人のミラーと一緒に行くのだ、という。絶望のどん底にいるケアリーを優しく慰めてくれる聡明な女性ノラ(ケイ・ジョンソン)によって生活は安定するかに思われたが、ミラーに棄てられたミルドレッドが赤ん坊を連れて現れる。ケアリーは部屋を借りてやり、乳母までつけて面倒を見てやったうえに、ノラと別れてまで献身するのだが、ミルドレッドはケアリーの学友グリフィス(レジナルド・デニー)と駆け落ちしてしまう。

とまあ、そんなふうに、ふつうではありえないような踏んだり蹴ったりの経験をするケアリー役をやるのがレスリー・ハワード。優しく上品で、前頭葉の発達したいかにも賢そうなインテリ役がぴったりの人ですね。一方、蓮っ葉なウェイトレス、ミルドレッドを演じるのがベティ・デイヴィス。つんとした顔で、目をそらしてそっぽを向く態度なんて、あまりといえばあまりの、絵に描いたようなひどさなので思わず噴いてしまうほど。悪女というより、たんなるおばかさんにしか見えないんですよね。

OfHumanBondage_04.jpgとはいうものの、役柄として見た場合、ミルドレッド役というのも相当ひどいものだろう。奔放でふしだらというか軽薄な女で、男に何度も捨てられた挙句、街角に立って商売をしないといけないようになり、子どもを失って最後は肺病で死んでいくという運命なのだ。そりゃだれだって台本を見た段階で引くと思うな。それを堂々と演じきったベティ・デイヴィスはやっぱり凄いとしか言いようがない。ぼろぼろになった姿で発見される場面なんて、ベティ・デイヴィス以外のだれがやれるだろうか。まさに怪演(名演)というにふさわしい、ベティ・デイヴィスの演技が光る映画だった。


【付記】
● あの気難し屋のサリンジャーが『ライ麦畑(の捕まえ役)』(1951)の中でモームの『人間の絆』をいいね、とほめて(主人公ホールデン少年に語らせて)いるんですね。それがたぶん、乙山が『人間の絆』を読むきっかけだったんじゃないかと思います。

『ライ麦畑』の邦題は『ライ麦畑でつかまえて』で、これは原題の"The Catcher in the Rye"を上手く意訳したものだと思うのですが、じつはね、その邦題を最初に見たとき、笑いながら逃げる女の子を男の子が「ライ麦畑でつかまえ」るのかなあ、などと想像したんですよね。で、そのような内容を期待して読み始めたわけですが、見事に裏切られたことは言うまでもありません。


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No title

「悪女」の定義も年齢やその時々のシチュエーションによって
都度ビミョーに変わるような気がするのですが、こればかりは
当の男性の身にならないと判らないのでしょうね・・・
サマセット・モームは昔から名前だけは知っていて、佐野元春の曲
『月と専制君主』はモームの『月と六ペンス』に影響されたのか??
と興味もあったのですが結局読まずじまいです(^^;)
そういえば『ライ麦畑』も買ったまま本箱に放置状態・・・
人生の何割かは確実に損をしているんだろうな~(ため息)
まぁ今なら若かりし頃とは違った感じ方も出来るかもしれないし
とにかく先ず読め!(又は映画を観ろ!)と自分に気合入れることにします♪

Re:zumiさん

zumiさん、こんばんは! コメントありがとうございます。
「悪女」はその列伝まであるみたいなのに、「悪男」(アクダン?)はない。
いま「アクダン」と入力してみても素直に変換できないことから、それが伺えます。
なぜ「悪女」はあるのに「悪男」はないのか?

そのうち、「悪男」がリストアップされて、って、もうきりがない?
つまり、たぶん、世の中は「悪男」ばっかりで、
その悪男のやり方にそぐわない女性が「悪女」として
やり玉に挙げられただけ、という気がしてなりません。

さて『月と六ペンス』は言ってみれば「芸術家小説」でしょうか。
南洋に行く画家、たとえばポール・ゴーギャンなんかが思い浮かぶ、
なんだか不遜な感じがする小説ですが、好きな方はのめり込んでしまうかも。

『ライ麦畑』もなかなかいいですよ。
やはり読んでおかなくては(?)と思うけど、
そればっかりは、読んでみなくてはわからないんですよね。

No title

こんにちは。
サマセット・モーム。
今は、その名を知る人も少ないのではないでしょうか。
ひと頃は(私の少女時代。笑)大学の英文科の卒論などにもよく
選ばれるほど読まれていたと思います。
『人間の絆』は読んだ記憶がありません。
私は、『月と6ペンス』『お菓子と麦酒』、短編集などを読んだことがあります。
『雨』という作品を卒論に選んだ早稲田の英文科の女子学生が、それで
賞を得た、などというのを聞いた記憶があります。
訳者の中野好夫さんなどの名は懐かしいですねえ…

べティ・デイヴィスは怪女優、という感じでしたね。
『イヴのすべて』を見ています。
眼が何となく怖かったなあ。
『痴人の愛』。どこかでみつけたら、見てみようと思います。

Re:彼岸花さん

彼岸花さん、こんばんは! コメントありがとうございます。
サマセット・モームの小説は新潮文庫から出ていますが、
まだ絶版にはなっていないようで、あの薄緑と紺の表紙のモームが、
書店に並んでいるのを見かけました。
ですが、ふつうなら古書店でまとめ買いするのがいいかもしれません。
フォントは変わってるのかな? 昔のままだと読みにくそうですね。

ベティ・デイヴィスについて、そんなに知っているわけじゃないんです。
クリスティ原作の映画とか『八月の鯨』」を見て、ほうそんな人がいるんだねえ、
などと思って記憶に残っていたのです。

ベティ・デイヴィスはまるで漫画の少女みたいに目が大きいですね。
黙っていれば美人と言われても不思議ではないほどの人。
なのに請われるままになんでもやってしまうというか、たぶん「できる」人なんでしょう。

詳しいことは知りませんが、この人ほど、
映画賞のノミネート回数が多い人はないみたいですね。
やっぱり凄い人なんだ、と改めて思いました。
『イヴのすべて』はまだ見ておりません。見るのが楽しみです。
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只野乙山

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