チェーホフ 『かわいい女・犬を連れた奥さん』

チェーホフ 『かわいい女・犬を連れた奥さん』 小笠原豊樹訳 新潮文庫 (1970)

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一昔前の演劇関係者ならその名を知らぬものはない(?)作家、日本の近代作家の書いたものにもたびたび登場し、最近では村上春樹や保坂和志の書いたものでもその名前を見かけるのが、アントン・チェーホフである。とても気になる作家ではあるのだが、恥ずかしながら正直に書いておくと、それまでチェーホフを読んだことはなかった。

いわゆる四大戯曲の『かもめ』、『三人姉妹』、『ワーニャ伯父さん』そして『桜の園』はおろか、新潮文庫や岩波文庫から出ている短編さえも読んでいなかった。ほんの最近、村上春樹の『1Q84』を読んだときに、チェーホフがサハリンについて書いたものを引用しているところがあって、これはもうチェーホフを読まなくちゃ、と新潮文庫版『かわいい女・犬を連れた奥さん』を買いました。

書店では背表紙だけ見て手に取ったのだが、表紙を見ると妙に雰囲気のある女性の絵が書いてある。この女性が『かわいい女』のオーレンカのことを指すのか、それとも『犬を連れた奥さん』のアンナを指すのかそれは不明であるが、作者は牛尾篤とある。現在でも活躍なさっている画家/版画家だそうで、そういえばどこかで見たことがあるなと思っていたが、新潮文庫の他の本でもこの人の絵が表紙を飾るものがあったんじゃないかと思う。

さて例によって通勤電車の中やベッドにごろりとなってざっと読んでみた印象は、現代小説に近い感じがした、ということだろうか。伏線、ヤマ、オチといったプロットがしっかり組まれたタイプの小説ではなくて、なんとなく続いていく感じ、とでも言えばいいのだろうか。かといって、それはたとえば「意識の流れ」を延々書いたヴァージニア・ウルフのように強烈な催眠作用がある(失礼)わけではない。そんなに眠くならずにわりと読むことができた。

だからチェーホフはO・ヘンリーとかサマセット・モームなどのように「話」がきっちりしているタイプの小説と、ヴァージニア・ウルフとかプルーストのような「話のない」小説とのちょうど中間あたりで揺れている作家、という感じがした。新潮文庫版に収められた短編/中編は晩年の作だそうだが、その多くが若々しさとでもいうべき雰囲気を保っているようにも感じた。調べてみるとチェーホフは1904年、44歳にして結核で亡くなっているのだそうである。

たとえば「中二階のある家」はある画家(作中では「私」)が近所の一家と知り合いになり、姉妹とも知遇を得るのだが、画家は教育者で活動家でもある姉リーダとは始終意見を異にし、無邪気な若い妹ミシュス(ジェーニャ)に恋心を寄せ、ミシュスも画家を慕うようになるのだが、姉の反対にあって二人は引き離されてしまう。「ミシュス、きみはどこにいるのだろう」という最後の一行はたいへん有名なのだそうである。

「犬を連れた奥さん」はクリミア半島の保養地ヤルタに越してきた40歳前で妻子のあるグーロフという男が、ベレー帽をかぶった小柄なブロンドの若い婦人(土地の人は犬を連れた奥さん、と呼んでいる)がスピッツを連れて歩いているのを見て「付き合ってみるのも悪くないな」などと思って実行に至る、という話。要するに不倫の話なんですね。しかもこの場合、いわゆるダブル不倫というのでしょうか。

半分創作、だけど半分は体験談のようなものじゃないかと思わず想像してしまうが、チェーホフは1901年に女優のオリガ・クニッペルと結婚していて、「犬を連れた奥さん」の執筆は1899年なので「体験を書いたもの」とするとアナクロニズムになります。結婚してからも浮いた話が多かったというチェーホフ。あと数年後に亡くなってしまう人の書いたものとはとても思えない若さと力があふれているではないか。最終部分を少し引いておきましょう。

 どうしたら人目を忍んだり、人を欺いたり、別々の町に住んだり、永いこと逢わずにいたりしなくてもすむようになるだろうかと、二人はそれから長々と相談した。どうしたらこの耐えがたい枷から解放されるのだろうか。
「どうしたら? どうしたら?」とグーロフは頭をかかえて尋ねた。「どうしたら?」
 もう少しで解決の道が見つかり、そのときはすばらしい新生活が始まるだろうと、ふとそんな気もした。しかも二人にははっきり分かっていたのだが、終わりまではまだまだ遠く、最も入り組んだ難しいところは今ようやく始まったばかりなのだった。(チェーホフ『かわいい女・犬を連れた奥さん』新潮文庫より)

「谷間」はドストエフスキーばりにロシア帝政下で苦しむ庶民の姿を描いた、かなり重いタッチの作品。「いいなずけ」はおそらくチェーホフ最後の作品で、有閑階級で結婚が決まった若い女性が本当にそれでいいのか、と悩む話。彼女にいろいろと入れ知恵するサーシャという若い男が出てくるのだが、彼が結核を患っていて、最後には亡くなってしまうんですね。若い女性はすでに過ぎ去ったものとしてサーシャを別れを告げ、有閑階級を捨てて新しい生活に向かって踏みだしていく。まさにロシア第一革命直前という時代の空気をしっかりと反映していることがよくわかると同時に、チェーホフが自分の運命も静かに直視していたこともわかる一編だ。


【付記】
● 本棚に並んでいる本ばかり読んでいますが、これは乙山の休日と、図書館の休館日が重なっているせいでもあるのです。せっかく図書館まで歩いて5分以内という環境にあるのに、なかなか利用する機会がないというのはいささか困ったことであります。


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世界文学集コンプレックス

チェーホフ・モーパッサン・トルストイ・ドフトエスキー・・・

ああ。若い頃どうしてもっとマシな本を。
読まなかったのでしょう。
空手バカ一代・巨人の星・男一匹ガキ大将など。
マンガばかり読まないで。
もっともっと読むべき本はたくさんあったのですT-T 

今でも時々。読み返そうかと思います。
でもエネルギー・根気が・・・orz
乙山さんを尊敬しますT-T)/

Re:waravinoさん

waravinoさん、おはようございます。コメントありがとうございます。
いやいや、これはたんに好きだからこそ、のことでしょうね。
たとえば乙山は絵を描くのも好きで、昔はちょこっとやっておりましたが、
それをいま実行するのはとても困難な感じがします。

本はただ読むだけでいいから楽(?)なのですが、
絵を描くというのは相当な労力と時間を要します。
楽器演奏や語学の習得もそうでしょう。

本を読む、音楽を聴く、料理を食べる、酒を飲む、などというのは
わりと受け身の部分が多いでしょう。
なので乙山でも何とか続いているんじゃないかと。

『空手バカ一代』といえば、初期の作画はつのだじろうだったでしょう?
『恐怖新聞』とか『後ろの百太郎』などのイメージがあったので、
妙な違和感を感じておりました。

漫画を読む、というのはそれはそれで、いいではありませんか。
逆に乙山は、全編きちんと通して読んだ漫画があまりないのです。

No title

手塚治虫の演劇漫画『七色いんこ』でチェーホフの桜の園の
ワンシーンが出て、その名だけは知っているのですが
知っただけで終わりました(^^;)
しかし図書館へ5分の好立地にお住まいなのにもったいない~(>_<)
ご家族にお願いするのも良いですがやはり本は自分で選びたいですよね・・・
斯くいう私も最近の冷え込みに図書館へ行くのをサボり、通勤時は
昔買った文庫本を読んでいます(笑)
(エッセイや短編集がメインですが)

No title

チェーホフか・・・どうしても私はチエホフと言ってしまうんですが・・・

外国物は・・・・どうも苦手で名前を知っている程度ですね。一度、一念発起し西洋文学を読もうと(もちろん日本語でですが)「狭き門」あたりから始めたんですが、どうも面白くないってかなじめない。つぎに「赤と黒」・・・もうだめ、3分の1ほどであきらめてしまいました。

それ以降外国物は手を出していません。

こんなことじゃあだめだとはわかっているのですが・・・・

・・・まあ、またいつか・・・ね。

Re:zumiさん

zumiさん、こんばんは! コメントありがとうございます。
手塚治虫の『七色いんこ』……それは知らなかったです。
それこそ、ちゃんと読まないといけない作品群なのでしょうね。

図書館に5分といっても、朝は開いていない、帰ってくる頃には
閉まっている、休日と休館日が重なっている、というわけで、
なかなか利用していないのが現実です。

ちょっと手にするにはエッセイ本なんかがいいですね。
上・中・下とあるような膨大な作品もいいですが、
なかなか読めない事情もありますものね。

チェーホフは思ったより「古典」ではなくて、
むしろ現代文学に近い感じでした。

Re:gatayanさん

gatayanさん、こんばんは! コメントありがとうございます。
外国物は、状況とか情景がわかりにくいのでとっつきにくいです。
乙山は日本のものでも、時代ものがよみにくい、などと言って
周囲を呆れさせたこともあるのでそのへんのことはわかるつもりです。

その世界へ入っていくのにちょっとした壁があると、
読み進めるのが止まってしまうときがありますよね。
アンドレ・ジードとかスタンダールもほとんど読んでおりません。
思えばそういう本が、たくさんあるので自分でも驚いているのです。

子どものときにちゃんと読まなかった岩波少年文庫も、
大人になって読むと、こんなにいい話だったのか、と感心することがあります。
名作外国文学も、この際だからきちんと読んでみようかな、
などと思っているんですよ。
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