井伏鱒二 『夜ふけと梅の花/山椒魚』 講談社文芸文庫

井伏鱒二 『夜ふけと梅の花/山椒魚』 講談社文芸文庫 (1997)

Sanshouo_Kodansha.jpg
伊坂幸太郎のエッセイ集『3652』(2010)の中に、井伏鱒二の「休憩時間」という作品について触れた部分があり、本当にもう何年ぶりかわからないくらい久しぶりではあるけれど井伏鱒二『夜ふけと梅の花/山椒魚』(講談社文芸文庫)を手に取った。この講談社版の短編集には「休憩時間」が収録されており、それを読みたいという今度の目的にはぴったりである。

井伏鱒二の短編集として新潮文庫『山椒魚』を所有しているが、これには「休憩時間」が収録されていない。長らくこの新潮文庫版『山椒魚』を読んできたせいもあって、「休憩時間」という作品があることすら知らなかったわけである。今、手元にある新潮文庫の『山椒魚』を見ると、なんとまあ活字の小さいことだろう。奥付に昭和57(1982)年の第50刷とあり、初版は昭和23(1948)年。なんと息の長い本であろうか。

SanshouoEnding_Kodansha.jpg活字が大きくなった講談社文芸文庫版で井伏鱒二を読む。ああ、これだ、という感じがする。「なんとなれば」とか「就中(なかんずく)」などの言葉が使われているから、だけではない。平明だけど、どこか古風な文体。それをあからさまに意図しているわけではないのに、井伏鱒二の文体にはどことなくユーモラスな感じがあって、読みながらくすくす笑ってしまうのだ。

懐かしい「山椒魚」。これはたしか、中学校の教科書にも載っていたのではなかっただろうか。出だしからして、いいんですよ。だって、「山椒魚は悲しんだ。」ですからね。「なんたる失策であることか!」とか「ああ神様! あなたはなさけないことをなさいます。たった二年間ほど私がうっかりしていたのに、その罰として、一生涯このあなぐらに私を閉じ込めてしまうとは横暴であります。私は今にも気が狂いそうです」などはもう、噴き出さずにはいられない。二年間もうっかりするなよ、とうっかりとぼんやりが体に染みついている私(乙山)ですらつっこみを入れたくなるではないか。

ところが、である。「山椒魚」を読み進めて最終部分まで来ると、あれっ、となってしまった。あの最終部分の16行、蛙と山椒魚が和解するような内容だったと思うのだが、それが削除されているではないか! 解説によると、『井伏鱒二自選全集第一巻』(昭和60年10月、新潮社)を編むとき、作者井伏鱒二自身が削除した、ということである。昭和60年というと1985年のことだから、私が新潮文庫の『山椒魚』を入手した三年後に改変版「山椒魚」が出たことになる。これは気がつかなかったなあ。

Sanhouo_Shichosha.jpgその当時、文壇でも論争になったということだが、『文學界』(文藝春秋)、『群像』(講談社)、『すばる』(集英社)、『新潮』(新潮社)、『文藝』(河出書房新社)などの文芸誌を定期購読でもしていない限り、「山椒魚」論争を知ることはできなかったのではないかと思う。いまの今まで、講談社文芸文庫版「山椒魚」を読むまで、私はこれを知らなかった。みなさんはもうご存知でしたか?

さて「休憩時間」は、早稲田大学文学部講義室における休憩時間の一場面を描写したものと思われる掌編。下駄を履いて登校した学生を、「規則違反である」として学生監が半ば強制的に講義室から連れ出してしまうという出来事を発端として、ある学生が皆の前で演説めいたことをしたり、それと入れ替わった他の学生が黒板に自分の主張を書いて皆に示す、というようなことが繰り広げられる。大正9(1921)年頃のことと思われるが、現代からはちょっと考えられない「古き良き時代」の雰囲気を伝えているように思う。

SanshouoEnding_Shinchosha.jpg他にも「朽助のいる谷間」、「シグレ島叙景」、「岬の風景」、「夜ふけと梅の花」、「屋根の上のサワン」などの読み親しんだ井伏作品に加え、「山椒魚」の原型である「幽閉」が講談社文芸文庫版には収録されており、読み比べてみるには興味深いのではないかと思う。現在の新潮文庫では「山椒魚」はどうなっているのだろうか。あの最終部分はどのようになっているのか、まだ確かめていない。


【付記】
● 作者が何を言いたかったのか正確に射抜け、と言われて困るのが「山椒魚」や芥川龍之介の「羅生門」ではないかと思います。どちらも国語の教科書に載っていて、感想文のようなものを書け、という課題に難儀したような気がします。誤読(乙山にはたぶん、それが多いような気がします)も含めて、いろんな解釈の余地があるところに面白さがあるのではないかと思っています。


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No title

二年間もうっかりするなよ、というツッコミに噴きました(笑)

国語の教科書って実は名作揃いなんですよね~
学生時代(特に受験シーズン)は作品の本質なんてあまり考えずに
もっぱらテスト対策として読んでしまいがちだったような・・・
今考えるとめっちゃ勿体無い話ですが(^^;)
「模範解答」のシバリが無くなった今、ガンガン読んで自己流解釈を
楽しまなきゃですね(笑)

Re:zumiさん

zumiさん、こんばんは! コメントありがとうございます。
いやほんと、「たった二年間ほど私がうっかりしていた」とあるのですが、
「たった二年間ほど」ってねえ……つっこみたくなりますよ。

国語の教科書といえば、高校生のときに確か、
夏目漱石の『それから』を読んだんじゃないかなあ。
校則で「不純異性交遊を禁ずる」などと明記してあるのに、
『それから』は、まあなんというか、「不倫」とか「略奪」という言葉が
ぴったりの話じゃありませんか。

当時を生きる高校生として、そういうことがわからぬではありませんが、
校則とのあまりにもかけ離れた乖離にはもう、笑うしかありませんでしたね。
余談ですが、『それから』は映画化されていて、乙山は見ました。
主人公がね、松田優作なんですよ。

インテリふうの感じを、上手く出していたんじゃないかと思いました。
『探偵物語』とか『ブラック・レイン』の松田優作もいいのですが、
『それから』もかなりよかったと思います。
もう一度、見てみたいなあと思う松田優作です。

あれっ、井伏鱒二の話が……

懐かしいですねぇ

読んだ当時は中学生で。
例の如く教科書に載っておりましたw
その時はなんとなく。
漫画的な印象を持っていましたが。
今読むと。また違った印象になるのかもしれません。

そうそう。アベックラーメン!
今日。初めて食べてみました。
マルタイより癖がなくて。
非常に食べやすいですね!
束にせずバラで入っているのは。
コストダウンのためでしょうか?w

因みに。お値段は109円でしたw^^)/

Re:waravinoさん

waravinoさん、こんばんは。コメントありがとうございます。
「山椒魚」はやはり中学校の教科書に載っていたんですね。
乙山の記憶違いでなければ、と思っていたのです。

アベックラーメン、なかなかのものでしょう?
マルタイラーメンもいいのですが、乙山はひそかに
アベックラーメンを愛好しています。
これは塩ラーメンか? と思わせるような雰囲気。

だけどただの薄味ではないですし、
食べた後もあっさり、さっぱり。
109円。
そうでしょう、そうでしょう。
それが普通の値段ですよねえ。
アベックラーメンが棚に並んでいないのが残念です!
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