ブライアン・グルーリー 『湖は飢えて煙る』

ブライアン・グルーリー 『湖は飢えて煙る』 ハヤカワミステリ文庫 (2010)

BryanGruley_StarvationLake.jpg
湖に棲む魔物が人間を襲う物語? そんなことを連想しそうな題名の本書『湖は飢えて煙る』(2010)の作者、ブライアン・グルーリーの名前を知っている方はとても少ない、というかほとんど誰も知らないのではないだろうか。もちろん私(乙山)も知らなかったのだが、翻訳者のあとがきによると、ブライアン・グルーリーは〈ウォール・ストリート・ジャーナル〉のシカゴ支局に勤める記者(現在は同支局長)で、本書はそのデビュー作だという。

さて舞台は1998年2月のアメリカ、ミシガン州北部の田舎町スタヴェイション・レイク(Starvation Lake:本書の原題)である晩、ウォールアイ湖のほとりでスノーモービルが発見された。その所有者は、かつて地元の少年アイスホッケー・チームを率いた伝説的コーチである、ジャック・ブラックバーンであることがわかった。だが彼は10年前に起きた事故によって、近隣のスタヴェイション湖で亡くなっているはずだった。

しかもくだんのスノーモービルから22mm口径銃の弾痕が発見された。ブラックバーンの元教え子で地元新聞〈パイロット〉の編集長代理を務めるオーガスタス・カーペンター(ガス)は、ブラックバーンはたんなる事故死ではなかったのではないか、とたった一人の部下ジョーニーと事件の真相究明に乗り出す。だが英雄的存在だったブラックバーンの過去をあれこれ掘り返すものではない、と考える人も少なからぬ存在しており調査は難航する。

ジャック・ブラックバーンが不慮の事故死を遂げた当日の夜、彼に同行していた人物レオ・レッドパスは町営リンクの管理人で、当夜のことは口をつぐんで一切話そうとしなかった。保安官ディンガスも本格的な捜査に乗り出し、事件に最も深くかかわっていると目される重要人物としてレオを拘束しようとした矢先、レオは拳銃で自殺を図ってしまう。

あの黄色の小口で二段組みのハヤカワポケットミステリで546頁もあるという、いかにもアメリカの推理小説らしい分量の本書は、アイスホッケーというスポーツが実に細かく描写されているのが特徴。推理小説でありながら、スポーツ小説でもあるかのような描写に加えて、主人公ガスがホッケー少年だった頃や、ミシガン州の中心であるデトロイトの新聞記者として活躍し、ピュリッツアー賞も手に届くかもしれないところまでいったガスの挫折といったカットバック(回想)が随所に織り込まれている構成が、本書の分量の内訳なのだろう。

アイスホッケーというスポーツは日本ではあまりなじみがないけれど、ミシガン州というのはカナダとの国境付近にある相当な寒冷地帯のようで、なるほど冬ともなれば湖も凍ってスケートなんかができるのではないだろうか。アイスホッケーに対する熱の入れようは、馴染みのない人からすると想像を超えるものがある。作者ブライアン・グルーリーもアマチュア・チームのホッケー選手としていまでもシカゴでプレイし続けている、とあとがきにある。

主人公ガスがホッケーに打ち込む場面はさながら熱血スポーツ物語のようであるけれど、その裏で大人たちが行っていた行状をガスが少しずつ知っていくところは何とも言えぬほろ苦さがある。本書は謎解きに加えて、ナイーヴ(素朴)な青年ガスがいままで目を背けていた過去の現実に向き合う過程を描いた青春小説のようなところもあって、それが膨大な分量にもかかわらず頁を繰らせる魅力の一つなのではないかと思う。


【付記】
● アイスホッケーのことはほとんど知りませんが、想像するだに危険なスポーツです。氷の上を高速で動きまわる選手たちは皆、それぞれにスティックを持ち、それを振り回してプレイするのです。サッカーも危ないスポーツでしょうが、アイスホッケーはそれ以上に選手たちの接触率が高いように見えますね。
ボールに相当する〈パック〉と呼ばれる硬質ゴム製の円盤も、まともに当たればかなり痛いものではないだろうか。本書の中でも「アイスホッケーは格闘技である」云々というくだりがあり、ゴールキーパーを務める主人公もしょっちゅう怪我をしているんですね。


人気ブログランキングへ blogram投票ボタン
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

こんばんは。
この作者。勿論知りませんでした。
ウォール・ストリート・ジャーナル〉のシカゴ支局に勤める記者だった、
というところがなぜか魅かれます。新聞記者好きかも(笑)。

ほんの中身については書けないので、アイスホッケーについて書きます。
これが私大好き。と言っても、自分から求めて見に行くというほどには知らず、
ただ、冬季オリンピックの時には大喜びして見てる、という程度ですが。
特に、まだ旧共産圏が元気なころの冬季オリンピックのアイスホッケーは
面白かったなあ。共産国同士が、結構ライバル心むき出しにしてぶつかり合うんですよ。
ソ連とチェコとかね(笑)。氷の反射を受けて滑る男たちの顔が美しく。
夜目遠目笠の内、と言いますが、ヘルメットをかぶった男の顔も綺麗に思えるものです。

あの。ほかのスポーツ以上のスピード感とタフさが好きでしたねえ。
ゴールでぶつかり合って、ゴールの裏側のところで撲り合ったりしてるとこちらも大興奮。
反則でぺナルティボックスに入れられて、貧乏ゆすりしたり、ボー然としたりしながら、
ぺナルティが解けるのを待つ男たちの様子も面白かった。殴り合いとか始まると、
お手洗いに行くのも我慢して見てたりしてました(笑)。
国土計画と王子製紙、などという日本の試合も見てたなあ。

最近はオリンピックも、日本人の強い種目だけ何回も何回も放送する。
昔のように、日本人が出ていないで、日本人にとってはマイナーな種目も
放送して欲しいです。アイスホッケーなどもあまりたくさんはやってくれませんね。
冬季スポーツはソ連があった頃の方が面白かった気がするなあ。

Re:彼岸花さん

彼岸花さん、こんばんは。コメントありがとうございます。
知らなかった新しい人が本当にたくさんいるんですねえ。
まあ、当たり前といえば当たり前のことなんですけど。

テレビでアイスホッケーの試合を通してみたことはありませんし、
生のそれを見たこともないのですが、
ちょっと映った場面からだけでも、アイスホッケーが過激なスポーツだとわかります。

いやほんと、相当なスピードが出ていて、プレーヤーたちが
氷上で動いているんですからまさに「急に止まれない」という
感じでフェンス(?)に激突することはもうしょっちゅうでしょう。

おまけにスティックを振り回していますからね。
扱う硬質ゴムの円盤も相当危ないものじゃないかと思います。
まあ、そんなことをいったらスポーツ全部が「危ないもの」になってしまいそうですが。
野球の硬球やゴルフボールなんかも危険度は高い。

アイスホッケーは選手相互の接触度が高く、
それに乗じて選手や、観客までも巻き込んだ
白熱度が高くなってしまうスポーツなんでしょうね。
単純な比較はできませんが、
アメリカン・フットボール以上に過激かもしれません。
プロフィール

只野乙山

Author:只野乙山

⚫︎ できれば「只野乙山=ただのおつざん」とお読みくだされば、と思います。

⚫︎ 文字中心のウェブログ。ほとんど一話完結で、どの記事をご覧になっても楽しめ(?)ます。文字数だけなら一冊の本に匹敵(凌駕?)するほどありますので、ごゆっくりどうぞ。

⚫︎ 下の「全ての記事を表示する」をクリックすると、全記事のタイトル一覧が出ますので過去記事を参照することができます。

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新記事
最新コメント

openclose

最新トラックバック
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

アーカイヴ

2017/09 (7)

2017/08 (8)

2017/07 (9)

2017/06 (9)

2017/05 (9)

2017/04 (8)

2017/03 (9)

2017/02 (4)

2017/01 (1)

2016/06 (1)

2016/05 (13)

2016/04 (13)

2016/03 (20)

2016/02 (10)

2016/01 (11)

2015/12 (10)

2015/11 (10)

2015/10 (11)

2015/09 (13)

2015/08 (10)

2015/07 (11)

2015/06 (10)

2015/05 (10)

2015/04 (10)

2015/03 (11)

2015/02 (9)

2015/01 (11)

2014/12 (9)

2014/11 (10)

2014/10 (11)

2014/09 (10)

2014/08 (10)

2014/07 (10)

2014/06 (10)

2014/05 (11)

2014/04 (10)

2014/03 (10)

2014/02 (9)

2014/01 (11)

2013/12 (9)

2013/11 (10)

2013/10 (10)

2013/09 (10)

2013/08 (11)

2013/07 (10)

2013/06 (10)

2013/05 (10)

2013/04 (10)

2013/03 (11)

2013/02 (9)

2013/01 (11)

2012/12 (9)

2012/11 (10)

2012/10 (11)

2012/09 (10)

2012/08 (10)

2012/07 (10)

2012/06 (10)

2012/05 (11)

2012/04 (10)

2012/03 (10)

2012/02 (10)

2012/01 (9)

2011/12 (9)

2011/11 (10)

2011/10 (10)

2011/09 (10)

2011/08 (10)

2011/07 (9)

2011/06 (9)

2011/05 (10)

2011/04 (8)

2011/03 (8)

2011/02 (12)

2011/01 (12)

2010/12 (12)

2010/11 (13)

2010/10 (15)

2010/09 (15)

2010/08 (14)

2010/07 (16)

2010/06 (17)

2010/05 (21)

2010/04 (18)

2010/03 (20)

2010/02 (23)

2010/01 (27)

2009/12 (27)

2009/11 (27)

2009/10 (26)

2009/09 (24)

2009/08 (19)

2009/07 (21)

2009/06 (30)

2009/05 (26)