町田康 『どつぼ超然』

町田康 『どつぼ超然』 毎日新聞社 (2010)

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『どつぼ超然』。なんという題名であろう。家族が図書館から借りてきた本書を手に取ってみたわけだが、たぶん家族も図書館でその題名のインパクトに惹かれて借りてきたんじゃないだろうか。関西人である私(乙山)はその題名の意味するところを直観的に理解することができる。

「どつぼ」とは「最悪、最低の状態に陥ってしまったこと」を意味する。たとえば「どつぼにはまってもうた」とか、たんに「うわ、どつぼや」など、わりと関西(大阪)では日常的に使用されている言葉である(と思う)。だからこの題名の意味するところは、最低最悪の状態に陥ってしまってもなお超然として生きる、ということなのだろうかと想像する。

東京で飄然として生きることを標榜する作者(町田康)は、それを実行しようとしてみたがなかなかうまくいかず、場所を変えてみたら、と考える。そこで浮かんだのが田宮(熱海近辺)という町に住む、というアイディアだった。そう思ったら早速、田宮で家を探し、移り住んでしまうところがいかにも作者らしい。

田宮の町をいろいろ訪ね歩いてみようとバスに乗り込んだ作者は、自分が乗客から奇異の目で見られていることを意識し、それを心静かにやり過ごそうとしているとき、ふと「超然」という言葉を思いつく。そのことを乗り越えていて問題にしない様子。世俗的なことと無関係な様。

素晴らしいじゃないか、これこそが自分の理想だったんだ、と悟ることになった作者は、それまで作中で使用していた一人称「私」あるいは「自分」では超然とするにはふさわしくないということで、「余」という名称を用いることにする。そうして「余」こと作者が、温泉町を訪ね歩き、見聞しながら超然を標榜する様子を書いたのが本書である。

自らの体験を綴っていくやり方なので、必然的に私小説=エッセイというスタイルに落ち着く。どこかに存在する架空の「私」ではなく、作者=作家=私という、日本の私小説の伝統的(王道的?)とも言えるやり方である。なのでもちろん、「私」は作中で作家としてふるまうわけであるが、たぶん日本のおおかたの読者はそういう設定が大好きなのだと思う。

作者・町田康はデビュー当時から独特の言葉遣いが面白い人で、口語/文語/新旧仮名遣い/方言を自由自在に混在させ、「シャツ」を「シャーツ」と書くような表音造語とでも言うべき一風変わった書き方をしているし、作者独特の造語も頻出する。

また、いろんな意味で読みづらい表現に出くわすことも多々ある(たぶん何らかの意図があって意識的にそうしているのだと思う)のだが、どれだけ下品な言葉を多用していたとしても、全体としては決して堕していないのが不思議だ。そのあたりに作者の魂の品の良さ、というか町田康の魅力があるのではないかと考えている。


【付記】
● 『どつぼ超然』はなかなか面白いのですが、その表現にちょっと食傷気味の感がしないでもありません。まだ町田康を読んでいないんだけど、という人には初期作品をお読みになることをお勧めします。


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No title

お前らは全く
自分という名の空間に
耐えられなくなるからと言って
メシばかり喰いやがって
メシ喰うな

こんな詩は思いつきません!

やはり町蔵さんはすごいですよね。

Re:KazNさん

KazNさん、こんばんは。コメントありがとうございます。
なるほど、町田町蔵時代からご存知なわけで。
やはりパンク=言葉なのでしょうね。
パンクの政治的あるいは反社会的な要素は、
ほとんどが歌詞=言葉によるものだったと思います。
パンクに対する批判(非難)もそこに集中していたのではないかと。

今晩は。

乙山さん、こんばんは。

町田康さん。2,3作しか読んでいませんが好きな作家の一人です。
うちには彼の猫の本しかないし(笑)、ファンと名乗るのはおこがましいかな。
でも、その面構えや、人柄がなんとなく好ましい。

いつも、タイトルが面白いなあと思って手にとります。
あと、概して装丁がいいですね。本人の意向が反映されているのかな。
本を手に取ると、私は真っ先に目次を見る習慣があります。
彼の本の目次を見ると、もうそれでじゅうぶん満足するのです。
目次の字面が非常に美しい作家。それだけでもう信用する気になってしまいます。

椎名林檎さんという歌手も、ほとんど聴いてはいないけれど、
アルバムの中の曲のタイトルを見ていくだけで、これはすごいなと思う。

なにか共通するものを感じてしまいます。
文字が、言葉が、圧倒的な力を持っている。

Re:彼岸花さん

彼岸花さん、こんばんは。コメントありがとうございます。
そうそう、町田康さんは猫が好きなんです。
『猫にかまけて』なんていう本もあるくらいで。

破天荒な言葉遣いの下にあるのは、
じつにまっとうな、真っ直ぐ過ぎるといってもいいくらいの
魂なんですね。

椎名林檎という人は、ほとんど知らないのです。
そういうことが多々あります。
あ、知らなかったなあ、なんていうこと、しょっちゅうですよ。

彼岸花さんがそんなにいいとおっしゃるのなら、
今度聴いてみようかな。
ありがとうございます。
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只野乙山

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