勝夢酔(小吉) 『夢酔独言』

勝夢酔(小吉) 『夢酔独言 他』 平凡社東洋文庫 (1969)

KatsuMusui_MusuiDokugen1.jpg
坂口安吾は「青春論」の中で、あの勝海舟の父、勝夢酔(勝小吉:こきち)が書いた『夢酔独言』という本について言及している。安吾は『夢酔独言』と宮本武蔵の『五輪書』を比較して、前者をずいぶん高く買っている。少し引いておきましょう。

夢酔の覚悟に比べれば、宮本武蔵は平凡であり、ボンクラだ。武蔵六十の筆になるという『五輪書』と『夢酔独言』の気品の高低を見れば分る。『五輪書』には道学者的な高さがあり『夢酔独言』には戯作者的な低さがあるが、文章に具わる個性の精神的深さというものは比すべくもない。『夢酔独言』には最上の芸術家の筆を持ってようやく達しうる精神の高さ個性の深さがあるのである。(「青春論」『坂口安吾全集14』ちくま文庫所収より)

私(乙山)は不勉強で、武蔵の『五輪書』を読んでおらず、いわんや『夢酔独言』をや、という状態だから両者を引き比べることはできず、坂口安吾の言葉をこうして引っ張り出すことくらいしかできないのだが、それにしてもずいぶんな持ち上げようである。いったい、どんな本なんだろうと興味を持ってはいたのだが、なかなか探し当てることができないまま忘れていた。

ところが先日、ひょんなことから『夢酔独言』を手にすることができた。平凡社の東洋文庫版であるが、さっそく読んでみることにした。その時代(江戸末期)の武士であれば漢字主体のいわゆる「候文」を書くであろうと思われるが、『夢酔独言』はほとんど口語に近い文体で、所々に漢字や仮名遣いの誤りがあり、それがそのまま(訂正で補われている部分もある)書かれている。そこに何か愛嬌のようなものを感じるのだが、候文よりはずいぶん読みやすいのではないだろうか。

内容は勝夢酔の自伝というべきもので、幼少のころから隠居する(37歳)までの自分の行状を隠さず書きとどめ、おれのようになってはいけないぜ、と子々孫々に向けた訓戒のようなものだと思ってくださればいいと思う。5歳のときに喧嘩をして相手を負傷させ、7歳で凧喧嘩をして叶わず切腹を米屋に止められ、8歳でまたまた喧嘩をした挙句押し込められる。

KatsuMusui_MusuiDokugen2.jpg柔術や馬の稽古に明け暮れるも14歳のとき無断で江戸を出奔、上方へ行くとて東海道を放浪、他人から金銭や食物を恵んでもらいながら道中を進めるが、崖から落ちてしまう。そのときの様子を「岩のかどにてきん玉を打つたが、気絶をしていたと見へて、翌日漸々(ようよう)人らしくなつたが、きん玉が痛んであるくことがならなんだ」などと書いている。

16歳で初めて出勤とあるが、これも就職活動のようなものでなかなかまともな役職に就くことはできない。この頃から吉原へ行って遊びを覚え、18歳で身代(世帯)を持つものの、21歳でまたまた江戸を出奔、上方へ向かう。それで帰ってきたら檻に入れられてしまうという体たらく。

まさに勝夢酔は悪童、不良少年、不良青年、不良壮年(老年)というコースをたどった人であるが、酒はあまり飲まず賭け事もしなかったようで、喧嘩や他流試合など剣術勝負、吉原方面での悪さが過ぎた人、ということだ。37歳にして家督を息子の麟太郎(勝海舟)に譲り、自分は隠居の身となるのだが、親類縁者のだれもが解決できなかったごたごたを、最後に夢酔が解決する、というような懐の深いところもある人なのだ。

まさに八方破れのような生き方だったのだろうけど、剣術の腕も立ち喧嘩もめっぽう強かったようだから、なにか「親分」のような存在として慕われていたのではないかと思う。刀剣の鑑定や売買で商人たちと付き合うときも、自分の儲けはそんなに取らず、商人たちの面倒をよく見てやったためか、やはり彼らからも大事にされたようである。一人の人間として魅力にあふれた人物だったろうと思わせるエピソードが本書にはたくさん出てくる。

「おれがおもふには、是からは日本国をあるいて、なんぞあつたら切死をしよふと覚悟して出たからは、なにもこわひことはなかつた」(『夢酔独言』より)

坂口安吾をして「精神の高さ個性の深さ」と言わしめたものの一つに、勝夢酔のこういう心の在り方、覚悟の生き方があったのではないかと思う。


【付記】
● 『夢酔独言』は平凡社の東洋文庫に収録されていますが、この東洋文庫がなかなかいい作りの本なんです。緑色の表紙はハードカバーで、ちょうど持ちやすいくらいの大きさ。東洋文庫で『アラビアン・ナイト』を全巻そろえるのが夢でしたが、第三巻くらいでストップしています。
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No title

おお~!
いい造りの本ですね。本そのものの、かっちりとした造りが
とても美しい。タイトルの金箔押しというのも、何か昔の
本作りの人々の気合を感じて嬉しくなりますね。
そのかっちりした印象を、ケースの、たまご色と萌黄の配色が
柔らかい感じにしています。
でも、ケースの書体はやはり、硬質。いいですねえ。

中身がまた、洒脱で粋そうですね。
勝小吉も海舟もすごいべらんめえ口調だったそうですから、
語り口にそれがそのまま出ているのですね。
しかし、語り口が洒脱だからと言って、人が軽いというわけではない。
その人の人品とか性根というものは、隠しようもなく、書いた文章、
口に出された声音、身のこなし…そういったものから滲み出てくるものなのだろう
と思います。
ひとが、覚悟を決めて生きているかどうか…
性根がすわっているかどうか。
根性がまっすぐであるかどうか。
坂口安吾は、そういう本質の『上等』を勝夢酔に見たのだったのでしょう。

何より書かれているエピソードが愉快そうですね。

Re:彼岸花さん

彼岸花さん、おはようございます。コメントありがとうございます。
東洋文庫、なかなかいいでしょう?
あまりにも需要が少ない(らしい)ので、いつなくなってしまうか心配です。
こういう本は、本当に最近見かけなくなってきました。

江戸時代は「人生五十年」だったとはいえ、
18歳で所帯持ち、37歳で隠居とは驚かされます。
もし勝夢酔に会えたとしたら、たぶんその人柄に惹かれるんじゃないでしょうか。

「いつ死んでもよし」
そういう覚悟は、なかなかできるものではありません。
心の在り方が、そこいらの凡人とは違うのです。

ごたごたを解決するためには金がいる、そこで勝夢酔は
上方へ行って金作をするのですが、結局町や村の住人たちから
出してもらうほかはなく、白装束に身を固め、介錯をせい、と
切腹しようとして見せる大芝居を打つんですね。
そういう、もうフィクションみたいなエピソードもあります。
なかなか面白い本でした。

No title

初コメントです。いつも訪問ありがとうございます。
坂口安吾は「堕落論」が大好きで、コメントしました。
今とは時代が違って、精神性も違うでしょうけど、スゴく本質をついてると思うんですよね。う~ん、また読みたくなって来ました。そして「夢酔独言」も読んでみたくなりました。

Re:かえるまま21さん

かえるまま21さん、こんばんは。コメントありがとうございます。
誤解を恐れずあえて言ってみるなら、
堕ちよ=虚飾を捨てよ、なのかと思います。
そういう精神は、今日でもじゅうぶん通用するのではないかと思います。

『夢酔独言』はなかなか面白い本ですよ。
読みやすさからすると断然「堕落論」のほうが読みやすいのですが。
図書館にもあるかもしれませんね。
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只野乙山

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