伊藤たかみ 『そのころ、白旗アパートでは』

伊藤たかみ 『そのころ、白旗アパートでは』 講談社 (2010)

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東京のとあるアパート。そのアパートは、管理人(大家)がどういうわけか屋上に白旗を掲げていることから住人たちに「白旗アパート」と呼ばれている。「仕事部屋がほしい」と白旗アパートに決めた作家、加藤。大学に通って入るものの、すでに二回留年を決め込んでいる、フトシ。そして医科大学を目指す浪人生、藤井寺の三人それぞれの人生の一時期を切り取った、いわゆる「連続短編」。

話が軽妙かつコミカルに書かれているけれど、作者・伊藤たかみはもともと、どちらかといえばシリアス系のフィクションでデビューした人だったんじゃないだろうか。だけど、まあシリアス系だろうが娯楽系だろうが、細かいジャンルわけはあまり意味がないように思う。「遊歩者 只野乙山」ではたんに「フィクション」としてしか分類していないし、ふだん読むときもそのように捉えている。作者はシリアスなものもさることながら、コミカルなものでもなかなかいい味を出している。

売れない小説家としてまさに白旗を上げかけているかのような生活をしている加藤。そんな加藤が白旗アパートに帰ってくると、「ここの住人の方ですか?」と尋ねる女性がいて、彼女は白旗アパートに越してきた、という。どうしても必要なので千円を貸してほしい、と彼女は言う。加藤はとりあえず千円を貸すが、彼女の行動は不思議な点だらけ。三人組が彼女の謎を追う第一話「哀愁のサンサローサ」。

実家は医者一家で、わりと裕福な暮らしをしているのだがどういうわけか貧乏臭い白旗アパートをわざわざ選んだ藤井寺。のんびりとしたお坊ちゃんにしか見えない藤井寺だが、家庭の事情は複雑で、父の後妻はそんなに歳が離れていないため、一度も「お母さん」などと呼んだことがない、という。そんな若い継母が藤井寺を訪ねて東京にやってくる第二話「東京モノレール」。

第三話「あなたの馬になりたい」では、二浪二留の情けない大学生フトシが、居酒屋の女の子に淡い恋心を寄せる。工事現場で交通警備のアルバイトをしているフトシだが、藤井寺はお金が必要だといってフトシと一緒の現場で交通警備のアルバイトを始めた。そんな流れで居酒屋に二人して行くことになるが、フトシの「愛しの彼女」はフトシより藤井寺がお気に入りになったよう。一念発起したフトシは、加藤と組んで「愛しの彼女」に告白をしようと作戦を立てる。

第四話「満里奈のこんにゃく」は、白旗アパートに越してくることになった75歳の男性の話。彼はずいぶん昔、恋心を寄せていたにもかかわらず、立場的に憎まれ役になってしまい、そのまま想いを告げられずにいた満里奈という女性がいた。まだ彼の胸のうちには満里奈がいる。そんな彼には、どういうわけか貧乏神が見えるらしく、白旗アパートの住人で作家だという加藤の背後に寄り添うようにしている貧乏神が、満里奈そっくりだった。白旗アパートの三人組と酒を飲んだ後、部屋にやってきた貧乏神は……

時には喧嘩もするけれど、それなりに和気あいあいとやってきた白旗アパートの住人たち。だが、白旗アパートはやがて取り壊されることが決まっていて、契約するときも期限付きの契約が条件だった。そして白旗アパートでは塀を乗り越えて白旗アパートに侵入するという謎の老人を見かけた、と噂が立ち、老人の正体を暴いてやろうと三人が奮闘する第五話「青春の落とし前」。ここでは「白旗アパート」になぜ白旗が掲げられるようになったのか、すべての謎が明らかになります。

この手のフィクションではほろりとさせられる幕切れがわりと多いように思うが、本書はそうではないのです。どういう幕切れを迎えるか、はやはり本書を紐解いてのお楽しみ。こういう物語を、ああいうエンディングにするところに、伊藤たかみの本領が発揮されているように思える。ありがちな幕切れにぐっと歯止めをかけることのできるあたりは、やはりシリアス系フィクションの書き手である。


【付記】
● 伊藤たかみさんの奥さんだった角田光代さんも、シリアス系のフィクションをたくさん書いていた人でしたね。以前の作品はわりとペシミスティックで出口のない自虐的な傾向もあったのですが、近頃のものは娯楽系とシリアス系のちょうど境界線あたりに落ち着いている感じです。お二人とも、それぞれの行き方でボーダーなき時代にふさわしいフィクションを、と楽しみにしています。


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