伊藤喜多男 『続音響道中膝栗毛』

伊藤喜多男 『続音響道中膝栗毛』 誠文堂新光社 (1989)

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今回は趣味性が強い内容なので興味のない方はどうぞスルーなさってください。

あまり熱心とはいえないがそれなりにオーディオは(いまだに)好きで、真空管式のアンプなんぞを拵え、夜それを見ながら音楽を聴いていたりすることが多い。さすがに今年の夏は自室にエアコンを設置していないため夜でも30度を超える日が続き、自室で座っていてもぷつぷつと汗が吹き出てきてこれではいかん、やっとられん、と7月の終わりごろからもっぱらリビングルームにノートパソコンを持ち込んでウェブログの執筆や更新、ネット閲覧などを済ませている。

そんな、ちょっとだけオーディオ好きの私(乙山)が少年時代、オーディオ雑誌で見かけて惹かれた人の一人が伊藤喜多男である。1980年代の中頃だったろうか、少年向けの某オーディオ誌に「伊藤流サウンド指南」とかなんとかいう題名で、真空管アンプとスピーカーの製作記事を載せておられた。今とは違い、1970~1980代というのは信じられないほどオーディオ熱が盛んだったわけです。

アンプのほうはたしかウェストレックスの製品に範をとった(これは曖昧。本当のところはわかりません)というEL34/6CA7(真空管)のプッシュプルアンプで、スピーカーはサブロク(90cm×180cm)の平面バッフルにJBLのLE8Tまたはアルテック・ランシングの755Eを取り付けたものだったと思う。

ItohKitao_Illustration300B.jpgどちらかというと少年向けのオーディオ誌には高級すぎる内容で、それをそのまま真似して製作した少年がいるとはとても思えないが、いつか作ってみたいものだ、とものすごく憧れの気持ちを持って記事を読んでいた。それらの号は今でもあれば手元に置いておきたいくらいのものだ。

その少年向けオーディオ誌には「伊藤喜多男のオーディオ相談」のようなコーナーもあって、そこで伊藤喜多男氏の返答が、これまたちょっとした読み物だった。見た目はまあ、オーディオ相談に伊藤喜多男氏が返答する、という内容なんだけど、そこに振られたルビが、すごいのである。どうすごいのか、手元に本がないので再現できないのが残念なのだが、とにかくそれを読んで、腹を抱えて笑わされたのだ。だけどそれも、10代のオーディオ小僧にはちょっと高級すぎる返答だったんじゃないだろうか。

前置きが長くなってしまったが、本書はウェスタン・エレクトリックの日本支社に(その後日本ケミコンなどにも)勤務、大阪万博では音響や電気関係に携わった筆者が、オーディオ誌やオーディオ技術誌に書いた記事やアンプ製作記事をまとめたもの。「獄道物語」「音響本道」「うえすたん物語」「今様すてれを大名」「真贋物語」「ひとさまざま」と一連の題名がついたものがいわゆるオーディオ・エッセイで、残りは真空管アンプの製作記事になっている。

本書の中でも自身で言及されているが、筆者・伊藤喜多男は野菜類の卸売商人の息子として生まれ、小さい頃から野菜の味を見極めるため父親に連れられていろいろな店で味を知った、という。なのでオーディオ(音、音楽)に対する趣味を、食べ物に関する趣味に喩えて話を展開するのがとてもお好きなようである。

ItohKitao_IllutrationSimens.jpgたとえば「真贋物語」の中では〈名物にうまいものなし〉〈目黒の秋刀魚〉〈さしみ〉〈ビフテキ〉〈とんかつ〉と、食べ物の名前がずらりと並んでいるが、これはいずれも「本物」とはどういうものか、を説いており、味も音も本物を知っている人が少なくなってしまった、本物を知る、ということは生半可なことではない、ということを書いている。

落語、歌舞伎、幇間、花柳界にもかなり通じているようで、それらも巧みに喩えに用いながら音と音楽(オーディオ)にのめり込むご自身を笑い飛ばす一面も見せてくれる。好きなもんだからしょうがない、こんなことができるから立派になれないんだ、とこんなことができるから食っていくことができるんだ、の間を行ったり来たりしながらの「道楽を極めた人生」が文章を通して伝わってくる。

オーディオといってもいろいろあるなあ、とつくづく思う。ウェスタン・エレクトリックという、販売用ではない採算度外視のリース用映画音響機器、もはや軍事機器レベルといってもいいプロフェッショナル中のプロフェショナル機器に携わった人が到達した世界。ふつうに音楽を聴くならiPodでじゅうぶん、などと考えている私などにはまったく想像もつかないが、少年の頃の憧れそのままに、いまだにたまに頁をめくっては、その世界の一端に触れたような気持ちにさせられるのが楽しみである。


『もみくちゃ人生』へ ≫ 『音響道中膝栗毛』へ ≫ 


【付記】
● さすがに本書は趣味性の強いもので一般的だとは到底思えませんが、世の中にはこんな本もあるのだ、ということで。伊藤喜多男さんは本文の執筆のほかに、イラストもご自身で描いていて、それがまた丁寧で惚れ惚れするような出来なんです。器用な、というか多芸な方だったんでしょうね。オーディオのことで乙山などが云々できるような人ではないのですが、手元に本があり、それを読んだわけですから、たんなる一読者として書かせてもらいました。


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No title

こんばんは、

ウエスタン・エレクトリック社に反応してしまいました。
実はひょんなことからウエスタン・エレクトリック社のリッツ線を入手しまして、
なんでも1960年代のデットストックものらしいのですが、それをギターの配線材と
して使っています。眉唾で音を出したらなんと、本当に音が良くなったのにはびっ
くりしました。昔は贅沢に材を使っていたんだなぁと感慨深いものがありました。

圧縮音楽よりCD、CDよりレコード盤のほうが音が良いのは分かるんですが、それ故
に手続きが面倒なんですよね。圧縮音楽になれて切っている今、家ではせめてCDで
聴こうと今日の記事を読んで考えさせられました。

Re:naokichimanさん

naokichimanさん、コメントありがとうございます。
乙山、ウエスタン・エレクトリック社の製品は一度も使ったことがありません。
ただあこがれているだけなんですね。

ですがnaokichimanさんのように、実際に使ってみた人は
とてもよい、という感想をお持ちの方が多いようです。
いつかは、などと思いますが、いったいいつのことになるのやら。

なるほど、線材ですか!
新しいほどいいという人もいれば、古いほうがいいという人、
いろいろですねえ。
線材の純度もいろいろあるわけでしょう。
奥が深そうな世界ですね。

No title

こんにちは。
オーディオのことは全くわからないのですが、こうしたマニアックな本の
本としての美しさには心惹かれます。
今どき流行りのお気軽お手軽なハウツーものとか、名作を換骨奪胎してしまった
ものとかのいじましさに比べ、なんと孤高で美しいのでしょう(笑)。

イラストがまた精緻で見事ですね。
意味はわからずとも、持っていてこころ楽しい一冊でありましょう。
素敵な本だと思いました。

そうそう。乙山さん。
私、シメイブルー飲んでみましたよ。レッドなどはまだですが、また
飲んでみたいと思っています。
シメイブルー。美味しかったです。こくと…なんというのでしょうか、
『豊穣感』にうっとりしました。

Re:彼岸花さん

彼岸花さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
この本にはよくあるハウツー的なことは一切、書かれていません。
たとえば「この**を使うと音がよくなる」とか、
「セッティングは**にすべきだ」などという
記述が一切ないのです。

そのほとんどが「趣味」についての記述なのです。
そしてその趣味にはある美意識のようなものがあって、
それはオーディオだけに限った話ではないといえるでしょう。
何にせよ、ある道を極めた人の言葉には、不思議と惹きつけられるものがありますね。

シメイ・ブルーお飲みになりましたか!
そうですね、豊穣感、そういうものがシメイにはありますね。
とくにシメイ・ブルーにはその傾向が強いと乙山も思います。
乙山もなんだか、ブルーを飲んでみたくなりましたよ。
食後なんかに、談話しながらゆっくりとね。


No title

多分「Sound Boy」というオーディオ雑誌ですね。
(現HiViという名前に変わりましたが雑誌としてのコンセプトは引き継がれていません)。

伊藤多喜男さんは、たしかエッセイみたいな記事も連載されていて、
それが凄く毎月楽しみでした。
私も当時を思い出して、懐かしい気分に浸りました。

Re:まっちゃんさん

まっちゃんさん、こんばんは。コメントありがとうございます。
1970~80年代にかけて、オーディオに熱があった頃、
伊藤喜多男さんの記事は本当に面白かったですね。

そうそう『Sound Boy』でしたね。
そこでおっしゃるように「伊藤流アンプ指南」なんて記事がありまして、
すごいなあ、なんて思いながら読んでいました。

伊藤喜多男さんのことは、浅野勇さんの『魅惑の真空管アンプ』の付録、
「座談会」で知ったのです。面白いことをいう人だなあ、と。
その人が、実写の姿も見せて、作ったアンプも披露するという企画ですから、
すぐに飛びついたわけですね。

内容はもちろん、10代のオーディオ小僧には高級すぎるものでした。
だけどその精神というか心意気は、本当に魅力的ですね。
いまだに、何か惹かれるものがあるんです。
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只野乙山

Author:只野乙山

⚫︎ できれば「只野乙山=ただのおつざん」とお読みくだされば、と思います。

⚫︎ 文字中心のウェブログ。ほとんど一話完結で、どの記事をご覧になっても楽しめ(?)ます。文字数だけなら一冊の本に匹敵(凌駕?)するほどありますので、ごゆっくりどうぞ。

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