自称本格手作りカレー

CurryRice_Kawanishi.jpg
一番おいしかったカレーは何か?
そう訊かれたとき、「母の作ったカレー」とか「お袋のカレー」が最高においしかったと答える人がいて、私だけではないんだなと思った、というような内容を何かのエッセイで読んだことがある。

何となくわかる気はするのだが、ふうん、そんなものかなというのが正直な気持ちだった。というのも、私(乙山)には「お袋のカレー」(「おかんのカレー」というべきか)にまつわる記憶があまりないのである。焼き魚とかハンバーグなどの記憶は残っているのに、なぜかカレーを家で喜んで食べたのを思い出せない。

家で作るカレーは、こだわらなければわりとお手軽料理であるのはご存知のところであろう。肉、タマネギ、じゃがいも、にんじんなどを固形のブイヨンやローリエなどと一緒に煮込み、火が通ったらカレールウを割り入れ、味が馴染んだら出来上がり。それだけで、そこそこ食べられる味に仕上がるのである。

カレーは手軽に作られるうえ、子どもも喜ぶ料理である。ならば自然と作る回数も増え、一週間に一回はカレーを食べるという家庭も存在するのではないだろうか。いかに少なく見積もっても、一ヶ月に最低一回はカレーを食べると思う。それなのに、私に母親の作ったカレーの思い出が欠落しているのはいったいどういうわけなのか。

おそらく母はほとんどカレーなるものを作らぬ女性だったと考えるべきなのだろうか。母とカレーがどうしても結びつかないのである。もう一つ考えられるのは、母の作ったカレーがあまりにもまずくて私が記憶を抹殺したか、あるいは母のカレーがあまりにも凡庸な味で、食べた記憶すら薄れてしまったか、いずれかしか有り得ないということだ。ほとんど気にしていなかったのだが、「お袋のカレー」をしみじみなつかしがる人が何となく羨ましく思えてくるのである。

それなのに、叔父(母の弟)の作ったカレーには忘れがたいものがある。
叔父は「いっぺん、本格的なカレーを食わしたる」などと豪語してカレーを作り始めた。肉や野菜を煮込むところまでは同じだが、叔父はバターと小麦粉を弱火で炒めたところにカレー粉を入れて、カレールウを作り、鍋に投入した。台所にはカレーのいい匂いが充満し、どんなカレーができるのだろう、と期待に胸を膨らませた。

と、そこまでは良かったのだが、叔父はおもむろにカイエンペッパーとかチリペッパーなどという聞いたこともないような香辛料を次々と取り出し、鍋に放り込み始めた。なんだか雲行きが怪しくなってきたな、と直感したのは私だけではなかったようで、弟もなんだか不安げな顔つきで徐々に出来上がる「本格カレー」を見ている。正体不明の香辛料たちは振り込まれ続け、挙句の果てに粗挽きの黒胡椒や一味唐辛子までがカレー鍋に投入されたのである。

「だ、大丈夫なん?」と叔父に訊くと、叔父は「アホやな、カレーは辛いからカレーなんや」などと、小学生でも言わないようなことを言ったが、この台詞を聞いたとき、なぜか「終わったな」(カレーの味に期待はできない)と思ったのである。

自称本格カレーの味やいかに? 想像したとおり、味がどうのという以前の問題で、ただもう辛いとしか言いようのない代物である。からいもの好きの私であるが、限度を超した辛さにはお手上げだ。水を飲み飲み、汗をかきかき、たいへんな思いをしながら叔父のカレーを少しずつ減らしていったのを覚えている。

IcedCoffee_Muran.jpgああ、手作りの、本格的なカレーよ!
人々の間には、何というか、ある種の手作り信仰が未だに根強く残っている。なるほど、手作りには手作りのよさがあるだろう。しかし私は思うのだ、ほとんどの自称手作り本格カレーは出来のよいレトルトパウチ入りカレーに負けるのではないか、と。

レトルトパウチ食品を馬鹿にしてはならぬ。何かのドキュメンタリー番組で、食品会社の新商品がいかにして開発されるか、見たことがある。開発研究員は全国津々浦々、有名店を食べ歩いて情報を収集する。その後は連日研究室にこもって調味料を量りで計測し、データを取りながら試行錯誤を繰り返して試作品を作り出していくのである。その熱意たるや、なんとも凄まじいものであった。

私が大学生のときアルバイトしていたパブでもカレーを出していた。それは某食品会社の業務用レトルトパウチのカレーで、これが意外といけるのである。そのまま出すのではなくて、赤ワインをちょっと入れて加熱してから出すという「おまじない」をしていた。私の味覚などまったくあてにならないが、赤ワインなど入れずそのまま温めて食べても「手作りカレー」を謳っている店のカレーよりおいしいんじゃないか、などとと思った。

近頃はカレーを食べる機会がめっきり減ってしまった。カレーは好きだが、他の料理を押しのけてまでカレーを食べることはない。だが、カレーは注文してから出てくるまで早いのがいいところだ。時間がないときなど、カレーショップに飛び込んでさっと済ませるのに都合がいい。内田百間の『御馳走帖』にライスカレーが云々などとあれば、もうカレーを食べに行きたいという気持ちがむくむくと起きて、つい最近、実行に及んだ。

その時、ふと手塚治虫の漫画『ブラック・ジャック』を思い出した。あるレストランでビフテキなどの高級料理をどれだけ勧められても、ブラック・ジャック医師は頑として「カレーライス」と言い張り、一人静かに淡々とカレーを食べていた。だけどブラック・ジャック先生は家に帰ったらピノコ特製カレーが待っているのではなかったか? そんなことを考えながら、気取りはしてもブラック・ジャックみたいになりきれぬ私は、近頃のカレーを食べながらもっとたくさん具があってもいいのではないか、などと思ってしまうのである。


【付記】
● 写真のカレーとアイスコーヒーは、乙山がたまに利用する阪急川西能勢口駅から少し(わりと?)離れたところで営業している、とあるカフェで食べたものです。南瓜のスライス、オクラ、レンコン、赤ピーマンの素揚げがトッピングしてあり、とてもおいしい。牛肉もしっかりと塊がいくつか入っています。サラダとピクルスがついて700円(2010年9月現在)。

食後のアイスコーヒーは食事と一緒の場合値引きがあって合計900円。これはうれしいですね。1960~70年代のアメリカン・ロック(この日はドゥービー・ブラザーズとクロスビー、スティルス&ナッシュなど)が流れているいいお店。カレーが食べたい、と思ったらなぜかここに来てしまいます。

家で作るカレーがだめだ、と言いたいのではありません。手作り=本物=美味という図式は必ずしも成り立つわけではないということをちょっと申し上げたかったまでのことで、我が家のカレーがいちばん、という意見を否定するものではありませんので念のため。
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

カレーは辛いからカレーなんや・・・

私が幼い頃の我が家ではこれが定説・・・いや、通説でした。
そして、まだ子どもの、辛いものが食べられなかった私は、砂糖を振りかけて食べていました。

今だったら・・・気持ち悪くて食べられた代物じゃあないけど、あの頃は・・・あれがおいしかったなあ・・・

Re:gatayanさん

gatayanさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。

「カレーは辛いからカレーなんや」というのが、
他でも聞けたのが新鮮でした。
叔父だけなのかな、と思っていたんですけど……

そんなふうに思った人が少なからずいるようで、
本格的=香辛料を使う=辛い
というふうにカレーが辛くなっていった家庭があった、ということでしょう。

叔父のカレーがおいしかったかどうか、はわからないのですが、
いや、そうまずくはなかった、と今になって思います。
まず、辛さが舌を直撃したんですよね、あの味は……

少なくとも「印象に残った」感じはありますね。
子どもだった乙山にとっては、衝撃的な味覚だったんじゃないかな……
ということは、おいしかった、ということなのかな?

思い出だけが強烈に残っています。

No title

ブラック・ジャック先生、たしかミニッツステーキを勧められて
たんでしたっけ?(笑)

そういえばうちの実家も「カレーは辛いからカレーなんや」
という路線でした(^^;)
小学校低学年くらいまでは甘めのバーモンドカレーなどを作って
くれていたのですが、それ以降は辛い物好きの父と兄好みの
当時一番辛かったジャワカレーの辛口一辺倒で・・・
ま、ヒイヒイ言いながら食べているうちに体が段々スパイスに
慣れてきたのか、今ではインドカレー大好きになったのですが(笑)
「激辛20倍」とかいう代物にはさすがに手を出せないままです(^^;)

Re:zumiさん

zumiさん、コメントありがとうございます。
そうそう、ミニッツステーキね。
しつこく勧める店員に、「カレーだ!」と咆哮するBJ。
乙山、どういうエピソードだったかはもう忘れてしまいました。
zumiさん、よく覚えていらっしゃる!

「カレーは辛いからカレーなんや」
これは、当時だれかがテレビなどで言っていたのかも。
うーむ、我が家だけかと思ってたんですが……
意外と広く使われた言葉だったのかもしれませんね。

バーモントカレーからジャワカレーへ。
そりゃ、辛く感じたでしょうね。
テレビCMも、ジャワカレーは大人の雰囲気を出してましたね。
辛いカレー、乙山は大好きです。

No title

カレーの地位はだいぶ下がり、今ではあんまり食べたいと思わなくなりました。
美味さより早さですね。私も。
じゃあ、こどものころの情熱は消えてしまったのか?
と考えてみると、近頃カレーを嬉々として食べるのは
本場のインドカレー(ライスというよりナン)なんですね。
少し形を変えて残っているってことでしょうか。

Re:RSさん

RSさん、こんばんは。コメントありがとうございます。
形を変えて残っている、というより、
本物志向が強まった、ということではないかと思います。

だってね、一昔前では「カレーにナン」なんて、
想像もつかなかったことでしょう?
インド料理専門店も少なかったことですし。

ガラム系のにおいがしているインド料理店は
苦手ですが、インド料理自体は好きかもしれません。
やはり香りがいいですものね。

「本物」のインド料理に惹かれる一方、
磨かれた日本のカレーみたいなものにぐらっとくる乙山なのです。

先日作りました

私はいつもルーから作りますよー!
私の母もあまりカレーを作らない人でしたので

きっかけは、高校生のときに調理実習で
ルーから作った事が始まりで、あまりこってりしていないのが
気に入り、それからは自分でするようになりました!

最初に玉ねぎ、にんにくのみじん切りを茶色になるまで炒めて、入れたい具材を
入れて少し炒めてカレー粉を大3入れて少し炒めて、あとは水を入れて煮込む、
私はカレー粉〔ハウスのカレーパウダー〕のみ後は
コクの出る、味噌やチョコなどいれてます
味が薄いときは塩などで調整は必要ですが
煮込むほど美味しくなるし、市販のルーよりカロリーが抑えられるので
いいですよー

カレー話は大好きでしたので!失礼致しました!!

Re:はちゃべえさん

はちゃべえさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
ルウから作るとなると、それはかなり本格的。

レトルトパウチのカレーがいい、
というのは本当ですが、自分なりにカレーを作ってみたい、
そんな気持ちもあるわけです。

レトルトがいい、だけど自分でも作ってみたい、
満足できるまでやってみたい、
そういう気持ちが、まだ乙山にもあるのです。

いろいろなものを入れて、自分なりの「おいしいカレー」を作れること。
それこそが、カレーの醍醐味なのかもしれませんね。
はちゃべえさんのカレー、おいしそうですよ!
プロフィール

只野乙山

Author:只野乙山

⚫︎ できれば「只野乙山=ただのおつざん」とお読みくだされば、と思います。

⚫︎ 文字中心のウェブログ。ほとんど一話完結で、どの記事をご覧になっても楽しめ(?)ます。文字数だけなら一冊の本に匹敵(凌駕?)するほどありますので、ごゆっくりどうぞ。

⚫︎ 下の「全ての記事を表示する」をクリックすると、全記事のタイトル一覧が出ますので過去記事を参照することができます。

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最新記事
最新コメント

openclose

最新トラックバック
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

アーカイヴ

2017/06 (8)

2017/05 (9)

2017/04 (8)

2017/03 (9)

2017/02 (4)

2017/01 (1)

2016/06 (1)

2016/05 (13)

2016/04 (13)

2016/03 (20)

2016/02 (10)

2016/01 (11)

2015/12 (10)

2015/11 (10)

2015/10 (11)

2015/09 (13)

2015/08 (10)

2015/07 (11)

2015/06 (10)

2015/05 (10)

2015/04 (10)

2015/03 (11)

2015/02 (9)

2015/01 (11)

2014/12 (9)

2014/11 (10)

2014/10 (11)

2014/09 (10)

2014/08 (10)

2014/07 (10)

2014/06 (10)

2014/05 (11)

2014/04 (10)

2014/03 (10)

2014/02 (9)

2014/01 (11)

2013/12 (9)

2013/11 (10)

2013/10 (10)

2013/09 (10)

2013/08 (11)

2013/07 (10)

2013/06 (10)

2013/05 (10)

2013/04 (10)

2013/03 (11)

2013/02 (9)

2013/01 (11)

2012/12 (9)

2012/11 (10)

2012/10 (11)

2012/09 (10)

2012/08 (10)

2012/07 (10)

2012/06 (10)

2012/05 (11)

2012/04 (10)

2012/03 (10)

2012/02 (10)

2012/01 (9)

2011/12 (9)

2011/11 (10)

2011/10 (10)

2011/09 (10)

2011/08 (10)

2011/07 (9)

2011/06 (9)

2011/05 (10)

2011/04 (8)

2011/03 (8)

2011/02 (12)

2011/01 (12)

2010/12 (12)

2010/11 (13)

2010/10 (15)

2010/09 (15)

2010/08 (14)

2010/07 (16)

2010/06 (17)

2010/05 (21)

2010/04 (18)

2010/03 (20)

2010/02 (23)

2010/01 (27)

2009/12 (27)

2009/11 (27)

2009/10 (26)

2009/09 (24)

2009/08 (19)

2009/07 (21)

2009/06 (30)

2009/05 (26)