内田百間 『第一阿房列車』

内田百間 『第一阿房列車』 新潮文庫 (2003:初出年1952)

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夏目漱石の弟子で、芥川龍之介などと交友のある内田百間の紀行文/随筆。いま「百間」と書いているが「門がまえに月」が正式名称。だが「門がまえに月」は環境依存文字扱いとなって適切に表示されない恐れがあるため、あえて「百間」と表記させていただく。

ウェブページによっては「内田百けん」などと表記してあるところもあり、それよりはいいかと思う。この「百間」は「門がまえに月」になる前に一時期使っていたようなのでそんなにひどい間違いというわけでもないだろう。

さて本書『第一阿房列車』は、内田百間が弟子の「ヒマラヤ山系」とともに列車を乗り継いで大阪まで行く「特別阿房列車」、沼津から静岡までの「区間阿房列車」、尾道→広島→博多の「鹿児島阿房列車 前章」、鹿児島→八代の「同 後章」、福島→盛岡→浅虫を行く「東北本線阿房列車」、青森→秋田の「奥羽本線阿房列車 前章」、そして横手→山形→松島をめぐる「同 後章」の行程が内田百間の筆によって描かれる。

かの内田百間先生の御本だから襟を正して拝読させていただいた、わけではない。例によってベッドにごろりとなって休日の午後(今回はお盆休み)に、半分酔っ払った状態(だって休日だもの。ビールで昼食、その後にジン&トニックくらい飲んだっていいじゃないか)で少しずつ読むのである。で、退屈したら放り出して目を閉じ、一定の呼吸をしているといつの間にか夕方になっていた、という感じのだらだら読書。

目的を持って旅をしない。旅をしたいと思ったら借金してでも、出かける。だからといって、観光名所を訪れることはしない。旅館の従業員の指図には従わない。お仕着せの酒席には参加しない。やりたいように、やる。そのやり方を、全篇百間先生は押し通すわけです。読んでいて「百間先生、何もそこまで意地を張らなくても」と思う箇所が何度も出てくるかと思えば、そうそう、そうなんだよ、と思わず同意してしまうところもある。

たとえば内田百間は箱根、江ノ島、日光へは一度も行ったことがないという。そういうだれもが行ったことがあるようなところはあくまで避けて行くのが「阿房列車」だとしている。「矢っ張りだれでも人の行く所へはいっておかなければいけないとも思う。しかし、だから却って、今更だれが行ってやるものかと云う気もする」(『第一阿房列車』p.61)

これなど、大いにというわけではないけれど、私(乙山)も思い当たるところがある。東京(正確には千葉)にある、巨大な可愛らしい鼠が往来を闊歩しているらしい庭園や、大阪にある、鋭い歯を見せた鮫の模型が水中からせり上がってくる仕掛けのある遊園地には、たぶんよほどのことがない限り、行くことはない、いやそれこそ「今更だれが行ってやるものか」という気分である。これはかの庭園や遊園地が悪いのではなく、そこに自然発生する長蛇の列にうんざりさせられるのが嫌なのだ。

また「区間阿房列車」で乗換えをする場面があり、そこで遅れて到着した列車に百間先生が乗っているのだが、乗り継ぎの列車は時刻通りに出ることになっているので駅員は「急いでください」という。しかし百間先生はそれはおかしい、とご立腹の様子。

「あっ、発車する」と思ったら、階段の途中で一層むっとした。
その音を聞いて、あわてて階段の残りを馳け登るのはいやである。人がまだその歩廊へ行き着かない内に、発車の汽笛を鳴らしたのが気に食わない。勝手に出ろとは思わない。乗り遅れては困るのだが、向うが悪いのだから、こちらに不利であっても、向うの間違った処置に迎合するわけには行き兼ねる。
(中略。列車は出てしまった。乙山記)
「前の列車の、もっと前部の車に乗っていたら、間に合ったのですね」とヒマラヤ山系が云った。
それはそうだけれど、そんな事で間に合いたくない。だれが間に合ってやるものかと云う気持である。(『第一阿房列車』p.86~88)

ね、こんな調子なんです。「だれが間に合ってやるものか」とおっしゃる百間先生はこの後、次の列車までなんと二時間、ヒマラヤ山系と駅で列車を待ち続けることになるのだが、たとえそうなるとわかっていても、自分のやり方を変えないところがいかにも内田百間、という思いがする。こうした細部に筆者、内田百間の人間が顔を見せるところが本書の最大の魅力。鉄道ファンも、そうでない人でもそれぞれ楽しめる(?)待望の(?)復刻本です。ちなみに解説はオリジナルの伊藤整のものと、復刻版の森まゆみのものと豪華ダブル解説になっています。


【付記】
● 題名の「阿房列車」は「あぼう」ではなく「あほう」とルビが振ってあり、それが正解です。冒頭にも筆者自身でちょっと言及していますが、その音をそのまま読んで、そのまま受け取ればよいと思います。「阿房」の使い方(適用)は本書の中にしっかり出てきますので、読めばおわかりいただけるものと思います。
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No title

内田百間・・・私も好きですよ。

といっても、そう沢山読んだ訳じゃあなく、この「阿房列車」とええと・・・「百間日乗?」だったかな

あの生き方・・・いいですね。

ちょいとマネできない。

憧れはするも・・・なかなかマネの出来る生き方じゃあないですからね。


・・・まあだだよ・・・よかったなあ・・・

Re:gatayanさん

gatayanさん、こんばんは。コメントありがとうございます。
乙山もそんなに読んでいるわけではありません。
ちょっとかじったくらい、ですね。

まあ、頑固というか、意地っ張りというか、
大阪(関西)的に言えば、ようするに、
「けったいなおっさん」ということになる(失礼)になるのでしょうか。

だけどその、ふつうとは違うところに魅力があるんですね。
自分にはできないことを、フィクションではなく、
内田百間は実際にやってしまうんですね。

No title

こんにちは。
内田百。好きな作家です。
好き、というより、何か独自の位置を占めてしまう作家、と言った方がいいでしょうか。
『変人』の部類に入りますよね。
狭い狭い家の、入るとすぐの三和土の殆どない上り框に小鳥を飼っていて、
来客を嫌ったとか、逸話のきわめて多い人ですね。
私は夏目漱石好きなので、そこから入っていきました。
このひとが、青年期、漱石の前ではかしこまっていたのが何かおかしい。
夢の話とか、『件』とか、独特のシュールな作品が好きでした。
随筆もいいです。『第一阿房列車』はおかしいですね。まあ、わがままで偏屈!(笑)
少年のままの顔をいつまでもしていますね。

Re:彼岸花さん

彼岸花さん、こんばんは。コメントありがとうございます。
ふと気になって読んでみたまでのことで、
そんなに内田百間の本を読んでいるわけではないのです。

『ノラや』とか『新橋御馳走帖』なんかも読んでみようと思っています。
百間先生、意地っ張りだなあ。
わがままとか、頑固、とか言うのとは違うのです。

そういう、いかにもありがちな言葉でくくってしまえる人ではなく、
意気を通している、とでもいえばいいのでしょうか。
決して「横車を押す」ような人ではない、そんな気がします。

これから少しずつ読んで、もう少し百間先生の言葉に
耳を傾けてみようと思っています。

No title

あ、ほんの2~3冊ですが読んだことがあります内田百!
昔々、中島らもか誰かのエッセイに出ていて興味を持って・・・
若い頃と今とでは違う感じ方が出来るかもしれないし、また
再読してみます~まずは図書館で借りて(笑)

No title

こんばんは。
ああ、そうですね。『わがまま』と言うと語弊があるかもしれません。
そんな単純な言葉でくくれる人ではない。その通りですね。
『変人』というのも言い過ぎかな。
百先生への愛をこめての言葉だと思っていただければ…(笑)

と言って、私もそれほどたくさん読んでいるわけではなく。
でも、一作でも好きになるということはありますよね。
なんとなく、好きなんです。

Re:zumiさん

zumiさん、コメントありがとうございます。
乙山もそんなに詳しいわけではなくて、
これからしっかり読んでいこうという感じです。

他の方へ返事でも書きましたが、
「けったいなおっさん」ということになるのかなあ。

図書館で……それはいいですね。
で、気に入ったら、どうしても手元においておきたかったら
改めて購入というのがいいでしょうね。

Re:彼岸花さん

彼岸花さん、再コメントありがとうございます。
乙山このところ、できるだけ早めに寝るようにしておりまして、
返事が遅れました。

「変人」というのはそんなに外れていないように思います。
むかし「三鷹の三奇人」と称される人たちがいて、
その中にに太宰治も入っていることだし。

乙山も百間先生を「けったいなおっさん」呼ばわりしています。
そういう部分も、内田百間の魅力でしょう。
一見、頑固で強面そうな人が、やさしいところをふっと見せると
やられますよね。
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只野乙山

Author:只野乙山

⚫︎ できれば「只野乙山=ただのおつざん」とお読みくだされば、と思います。

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