藤谷治 『船に乗れ! (3) 合奏協奏曲』

藤谷治 『船に乗れ!(3)合奏協奏曲』 JIVE (2009)

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二月。三年生の卒業間近になったチェロ専攻の音楽科二年生津島サトルと伊藤慧(フルート奏者)らがNHK交響楽団のコンサートに出かける。サトルのチェロの師である佐伯先生は同交響楽団のチェロ奏者。演目はベートーヴェンの序曲『プロメテウスの創造物』、シューマンのチェロ協奏曲、そしてマーラーの交響曲第5番。作品中でもサトルが独白してくれているけど、マーラー5番の第四楽章アダージェットは聴いていて本当に心安らぐのでお勧めだ。ほかの楽章は聴かずとも(失礼)、それだけは聴いて損はしないと思う。

今年は芸大の合格者もでなかったため、そんなに派手なお祝いムードもないまま卒業式を迎え、サトルたちは三年生になった。新入生は60名ほどで、しかも女子ばかり。男子も含めて90名ほどだった例年とはずいぶん違う雰囲気である。オーケストラの曲はモーツァルトの交響曲第41番。編成を小さくして、副科としてオーケストラに参加する人員をなくし、全員専攻の楽器を担当してオーケストラに臨むことが発表された。

新入生たちのレベルが相当高いことがわかると、サトルたち三年生は動揺する。サトルにしても、今までサトルよりいい演奏をするチェロ奏者などだれもいなかったのに、新入生の練習曲がサトルのそれよりはるか先を行っている。元恋人の南枝里子がいたころは、二人で芸大に合格しよう、と張り切っていたのだが、サトルはいま、自分のチェロの才能に、チェロを演奏することの意味に、疑問を抱き始めていた。

サトルは文化祭の小コンサートに、バイオリン専攻の鮎川、フルート専攻の伊藤らと出場することに決めていたが、なかなか演目が決まらず、あれこれ思案するうちにJ.S.バッハの「ブランデンブルク協奏曲」が選ばれた。これこそ、第三巻副題の「合奏協奏曲」であり、本書(第三巻)のテーマなんですね。

サトルの自宅でメンバーが練習を開始するが、鮎川は毎回ラジオカセットを持参して練習を録音、かえって聴き直して練習するんだ、という。はじめは合わなかった音も次第に出来上がってきて、メンバーがほかのメンバーの音を聞きながら演奏できるようになって本番を迎えた当日、楽屋裏に意外な人物が来ていた。

今回もクラシックの曲が満載(クラシック音楽をテーマとした小説だから当たり前なんですが)で、しかも馴染みのある(と思われる)曲がしっかり選ばれているなあ、と思った。マーラーの第五番、モーツァルトの交響曲第41番(ジュピター)および第35番(ハフナー交響曲)、バッハ「ブランデンブルク協奏曲」(第五番)、ベートーヴェンのピアノソナタ第28番、そしてエリック・サティ「三つのジムノペディ」。サトルのピアノの師、北島先生のレッスンでジムノペディを弾いたあと、サトルは重大な決意を北島先生に打ち明けます。

自分の中にある一つの可能性に、自分で見切りをつけること。
これはとてもつらいことだ。ことに自分が好きで、情熱を注ぎ込めて、憧れを持つものであればなおさらのこと。

だが、ほとんどすべての人が、どこかでそれをやっている、というか、やらなければならないんじゃないだろうか。みんなが、才能を開花させ、その道で食っていけ、トップに立てるわけではない。ほんの一握りの人だけが、それを実現することができるのが現実というもの。そんなほろ苦い思いをしながら、多くの人はそれでも生きている。サトルが最後にたどり着くところ、というのはじつはないのであって、サトルも、それを読んでいる人もまた、それぞれ「船に乗って、航海中」なんだと思う。


【付記】
● 『船に乗れ!(3)合奏協奏曲』でいよいよ、題名の意味が明らかになる、と思います。だけどじつは、『船に乗れ!(1)合奏と協奏』から本作まで、すべてを通して本の表紙に「船に乗れ」という題名がどこから来たのか、ちゃんと「書いて」あります。

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