とんでもない子どもだった

やっかいで、どうしようもなく、とんでもない子どもだった。
歳をとるにつれ、自信を持って言えることが次第に少なくなってくるものだ(若いということは強いものだ)が、これだけははっきり言える。

大阪に淀川という川がある。私(乙山)の生家は淀川の近くにあったので、散歩といえば淀川に行って、堤防を歩いたり川遊びをしたりすることであった。
川遊びというのは実に楽しいものである。竹製の釣竿、虫取り網(魚捕りを兼ねた)、水に沈めておいて魚を捕るセルロイドの瓶、捕った魚を入れておくバケツなど、さまざまな魚捕りの道具を携えて、私たちきょうだいは淀川に通った。

釣りをするときは、うどんに「さなぎ粉」という茶色の臭いの強い粉をまぶして釣り針に引っ掛けるのだが、なかなか大きな魚は釣れなかった。ほんの小さな魚しか釣れず、私たちはそれを「じゃこ」と呼んで水に放した。

網を使ってえびやざりがに、おたまじゃくしなどを捕まえるのがいちばん楽しかった。川には水すましやあめんぼなどもいたが、大型のゲンゴロウを見かけることはなかった。私は理科の時間に習った「水のギャング」であるタガメを一目見ようと必死に探したが、実物のタガメに遭遇したことは一度もなかった。今でいう環境問題なども人々の間に定着していなかった時代である。淀川がいちばん汚れていた時代だったのかもしれぬ。

水棲生物を捕るのに飽きると、私はできるだけ平べったい石を探した。それを回転させるように横投げで川面に投じると、水面に落ちたはずの石がなぜか飛び跳ねるのである。それも、二段、三段とできるだけ多く弾ませるのがよかった。「うわっ、今の、四段飛ばしやで、見た、見た?」などとはしゃぎまわった。

川遊びのほかに、淀川には子どもの遊べるところがたくさんあった。堤防はその代表的なもので、段ボールを尻の下に敷いてそりのように堤防の斜面をすべるのは最高に面白いものだった。

堤防のすぐそばに城北公園というところがあり、公園にたくさん植えられている木の枝が伸び、堤防の裾のほうまで来ていたのを見つけた。こういうものを、子どもは絶対に見逃さない。だれが、どこから持ってきたのかわからないが、太い縄が枝に縛り付けられた。するともう、ターザンごっこの始まりである。これは段ボールのそり遊びより面白いもので、子どもたちは縄をめぐってじゃんけんを繰り返した。

やっと私の番になり、縄を握ってターザンごっこをしたが、握る手がだんだん下がってきた。それでも足を上げてターザンを続けるものだから、ついにお尻が地面をかするようになってしまった。やがてお尻に鈍い痛みを感じた私はターザンごっこをやめたが、周りの子どもたちが騒ぎ出した。

「おい、おまえ、ケツから血ィ出とる、めっちゃ血ィ出とるで、だいじょうぶなんか?」とかいうのである。不思議に思った私がお尻に手を当てると、鮮血が手に付いた。どうやら、ガラスの破片が土に混じっていたらしいのだ。尻が赤く染まった半ズボンの私は、慌てて家に帰った。
 
母は私の様子を見て驚いていたが、傷口に消毒薬を塗布すると、じっとしときや、と言って私を椅子に座らせた。何かしてくれるのだろうかと思って待っていたが、それだけだった。ふつう、こういうときは医者に連れて行ってくれるんとちゃうんかい、と思ったが、何事もなかったように事は済んでしまった。おかげで、私の臀部には傷口がはっきりと残っている。

私が幼少の頃(1960年代の終わりから1970年代初め頃)は、「とんと」と称し、往来で一斗缶などを使って焚き火をしていたものである。家の前の歩道で焚き火をしてもだれも不思議に思わなかったし、夕方になると幹線道路の街路樹に立小便をする人もけっして少なくなかった。

近所に大学があったので、下宿とかアパートなどもたくさんあった。アパートの「とんと」は量が多いのか、一斗缶ではなく、ドラム缶でなされるようであった。
なぜ、そんなことをしたのか、これは今もってわからない。説明のしようがないのである。私は、ときに説明のしようのないことをしてしまう妙なところがある子どもだった。

家の近所のアパートにドラム缶が置いてあるのを見た私は、あろうことか、そのドラム缶の中に足から飛び込んだのである。上から見ると、下のほうにごみの燃えかすがあるだけにしか見えなかった。ところが、中はまだ熱をもったごみの燃えかすがくすぶっていたのである。

どのようにして私がドラム缶から脱出したか、もう覚えていない。私は近くにいた大学生たちに、抱きかかえられて家に帰り着いたのだった。早速風呂に水を張り、足を冷やした。速やかに足を冷やしたのが功を奏したのか、私の足にケロイドが残ることはなかった。

その後、なんでそんなことをしたんや、と母にバシバシにしばかれたのは言うまでもない。私はただもう泣くしかなかった。理由など、わかるわけがないのである。わかっていたら、そんなことをするものか。わけのわからんことをするのが子どもじゃないか。母には申しわけないが、私はとくにその傾向が強い子どもだった。

私の「とんでもなさ」はそれにとどまらなかった。
ある日、私は二階の一室でマッチ遊びをした。どこで見つけてきたか知らないが、部屋の中でマッチを擦って火を点け、しばらく燃やすと持っていられなくなり、それをそのまま(!)部屋の床にぽんと放るのである。すると火は自然に消えたかに見えた。それを何度か繰り返した後、飽きてしまってそのまま下の階に降りて何かしていた。

姉が真っ青な顔をして、手に水の入ったコップを持っていた。あんた、ちょっとおいで、と姉について二階に上がっていった。すると、私が火遊びをした部屋がめらめら燃えているではないか! 姉は持っていたコップの水をぱしゃ、と火にかけたが、何の効果もなかった。

さて、それからが大変である。もう家中大騒ぎ、隣近所の男の人たちが集まって、一階と二階をバケツリレーして消火作業にあたり、ようやく鎮火することができた。激怒した母は、「おまえはうちの子やない、出て行ってしまえ!」と私を家から締め出してしまった。

母の怒りは相当なもので、深夜になっても家に入れてくれる様子はない。私は泣きながら家の戸を叩き続けたものだから、近所の人たちが迷惑そうに「もう許したりや」などといいながら母を宥め、ようやく私は家の中に入ることができた。

だが、それでもしかし、母の怒りは冷めやらず、私を持ち上げると、すすぎの水で回転している洗濯機の中に頭から突っ込んだ。そのときは死ぬかもしれん、と本気で思った。しかし悪いのは自分なのだからどうにも仕方がない。

母は泣いていたのだろうか。私にそのような記憶はない。泣き落として反省を促すような人ではなかった。とにかく私は母にしばかれまくったが、どうしようもなく心配と手間をかける、とんでもない子どもだったことは間違いない。そんな私の面倒を見た母は、心底、疲れたであろう。いま手元に残る母の写真を見ると、30代半ばなのに、髪の毛が薄くなっている。

迷惑のかけ通しで、親孝行のおの字も知らぬまま、母は小さな位牌になってしまった。もし母がいたとしても、できの悪い息子はいい歳をしてうだつの上がらぬ体たらくである。仏壇もなく、私の部屋の本棚で埃をかぶった母の位牌に、ごめんな、おかあちゃん、ごめんやで、と心の中でつぶやく。


【付記】
● 時折、ふと昔の記憶が浮かんでくることがあります。あのころの、あのときの自分のアホさ加減がつくづく嫌になって、ぶるぶるっと頭を振ってそのイメージを振り払おうとするのですが、そういう記憶に限ってしっかりと刻印されているようです。
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No title

こんにちは。
なんだか、読んでいて、胸が苦しくなってくるようでした。
どうも、年齢的には同じようでして、風景やらがリアルによみがえり。
私も、子どもの頃はオテンバでしたので、あれこれやらかしたものです。
ただ、こんなに鮮明には覚えていませんが。^^
読みながら、苦しくなりましたが、妙にノスタルジーも感じられて
後味も悪くなかったです。
むしろ、よかったです。^^

Re:マダム猫柳さん

マダム猫柳さん、コメントありがとうございます。
この文章は過去にしたためたもので、
蔵出しするかどうか、ずいぶん逡巡していたのです。

だけど、まあいいか、と思ったのです。
こんな子どももいた、こんなこともあった、
それはそれで、いいではないか。

自分で、そんな気持ちになったんです。
マダム猫柳さんのお言葉で、
救われたような気持ちがしています。

No title

いやー悪ガキ全開って感じですね(笑)
でも人様に怪我させたわけじゃ無し、お母様は確かに大変だった
でしょうけど手間のかかる子ほど可愛いといいますし・・・
とりあえずご位牌の埃はちゃんと払って、昔を思い出す度
心の中で手を合わせる、ということで(^^;)

ちなみに私、両親に生まれて初めてボーリング場に連れて行って
もらった時、嬉しがって全速力で走り回り思いっきり顔からコケて
前歯を2本折り血まみれになったそうです(笑)
(私の記憶には無いのですが・・・)

Re:zumiさん

zumiさん、コメントありがとうございます。
子どものころ、あまり人には言えない
いろんなことを人はやってしまうものかも。

前歯を二本、一気に
というのもまた、すごいなあ。
たぶん生え変わり前のことでしょうね。
ある意味、よかった、のかなあ?

No title

とてもいいお話でした。
聞けてよかったと思います。

今、こんなすてきな紳士になられている乙山さんが
小さい頃そんなやんちゃでいらしたなんて、微笑ましく
またなんだか少しホッともします。
なんでホッとするのかわかりませんが(笑)。

男の子を育てるのって大変なんですねえ。
男の子って、内からつきあげてくる衝動によって行動する、みたいな
ところがあるのかな。
それにしても、お母さまは大変でいらしたでしょう(笑)。
なんだか映画を見ているように、鮮やかに母子の姿が目の前に
浮かびました。でも何とも温かい母子の風景。
温かくて明るいですね。

最後の方を読んでいて、目頭が熱くなりました。
私も同じでした。小さい頃は母想い、父想いで、
「大きくなったら親孝行するね」そんな約束をしていたのに、
父にも母にも何一ついい思いをさせてやらなかった私。
悔やむことばかりです。

Re:彼岸花さん

彼岸花さん、コメントありがとうございます。
乙山はですね、まあ紳士という言葉は勿体なくて、
似非紳士もどき、くらいのレベルなんです。

アホな、どうしようもないこどもでした。
もう、それしかいえなくて。
今でも小学校の先生には(なかなかお会いできませんが)
申し訳ない気持ちがあります。

どうしてすれちがいがこんなに多いのでしょう。
親にありがとうといいたいときに親はなし。
叔父(母の弟)にも、もっとおいしい料理を食べさせてあげたかった。

大好きだったのです。
乙山でもこんなふうに料理できるようになりました、
と作った料理を食べてもらいたかった。

なのに、もういませんからね。
残念です。




いいですねえ。

いいですねえ、この話。
いつもと違う感覚ですね。
本も音楽も料理も酒も、クールに評している中に
とても温かいまなざしがある乙山さん。
こんな少年時代が探究心と思いやりをはぐくんだんですね。

母親の叱咤は愛情の表現。これを知る頃には母はいない・・・
私も墓中の母にあやまりたいことがあります。

ついでにウィスキーの話、ちょっといいですか。
あの丸氷、たまに行くバーで出してくれるんですが、
作るのけっこう難しいですよ。
家族の方、上手ですね。

Re:mapことクワトロ猫さん

mapことクワトロ猫さん、コメントありがとうございます。
「只野乙山ウェブログ」ではあまり乙山自身の
身の上話はしないつもりだったんですが、
たまにはいいか、という感じで出しました。

丸氷、お褒め頂き光栄です。
あれを使うと、ちょっといい雰囲気になりますね。
どうやって作ったかは、もちろん秘密です。
ともあれ、家族に感謝しています。
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只野乙山

Author:只野乙山

⚫︎ できれば「只野乙山=ただのおつざん」とお読みくだされば、と思います。

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