イアン・サンソム 『蔵書まるごと消失事件』

イアン・サンソム 『蔵書まるごと消失事件』 玉木亭訳 創元推理文庫(2010)

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小さいころから本の虫だったイスラエル・アームストロングは、アイルランドのタムドラムという町の図書館司書として採用され、ロンドンから船に乗ってやって来た。しかし、彼を待っていたのは「図書館の閉鎖」という信じがたい現実だった。

呆然としながらもイスラエルはタムドラム地区の町役場に出向き、娯楽・レジャー・地域サービス課の担当者、リンダ・ウェイと会い、話を聞いているうちにどうやら自分が移動図書館の運転手として雇われようとしていることを知り、仕事を断ろうとする。

リンダは何とかイスラエルを引き止めるべく説得、クリスマスまで二週間だけ仕事をして帰りの飛行機は手配する、ということでなんとかイスラエルは「とりあえず」移動図書館の運転手兼司書を引き受けることになった。勤務期間中は農場主ミスタ・デヴァインの家に滞在することになっている。

「移動図書館のことはいろいろ教えてくれるわ」とリンダに紹介されたテッド・カーソンという男のところへ行くと、移動図書館に使われていたヴァンを見せられるのだが、それは鶏舎にしまいこまれてニワトリの糞まみれになった見るも悲惨なおんぼろの車だった。これに乗るのか、と絶句していたイスラエルだが、ミスタ・デヴァインの家も農場で、彼の寝泊りする部屋もやはりニワトリの糞のにおいがしていた。

移動図書館に本が一冊もないので、閉鎖された図書館へ本を取りに行こうとしたイスラエルとテッドだが、図書館に蔵書は一冊もなかった。かつてそこに存在したはずのおよそ15000冊あまりの蔵書が、そっくりそのまま、消失していたのである。驚いたイスラエルはリンダに連絡するも、彼女は「それを見つけ出すことがあなたの仕事よ」とこれまた信じられない見解を示した。しかも「町役場として体裁が悪いから警察には絶対に言わないように」と釘を刺されてしまう。

テッドにも愛想をつかされたイスラエルは、孤軍奮闘、消えた15000冊の蔵書を追って捜索を開始する……のだが、「本の虫」として生きてきたイスラエルが詳しいのは本のことだけで、現実的な捜索活動はなかなか進まない。本人は推理小説に出てくる探偵を気取っているのだが、ちっともさまになっていないところが笑わせてくれる。

そしてなにより読んでいて面白いのは、蔵書消失の謎を追うミステリー的要素よりも、「よそ者」イスラエルと、アイルランド人の住民たちのやり取りだと思う。「そりゃちょっとひどすぎるんじゃないか」といいたくなるくらい、イスラエルはひどい目に遭わされるのだけど、それでもめげずにがんばる姿や、アイルランド人との「かみ合わせの悪さ」に思わず噴出してしまうことも。ちょっと引いておきましょう。

「バリーマカリーにいきたければ、そこを左にまがればいい」
「なるほど(right)」
「いや、右(right)じゃなくて、左だ」
「ええ、すみません。左のつもりでいったんです」
「そうか、なるほど(right)。その道をひたすらたどっていけばいい、お若いの」

「で、あんたがいきたいのは、まちがいなくバリーマカリーなんだな」
「ええ、たぶん」
「そうか、じゃ、問題ない。その先に、またべつのロータリーがある」
「なるほど(right)」
「右(right)じゃなくて、そこはまっすぐだ」老人が訂正した。
「わかりました」イスラエルは食いしばった歯の間からいった。

「ええ。それじゃ、どうもお世話さまでした。左、ロータリー、ロータリー、ロータリー、左、ですね」
「そうだ(right)」老人がいった。
「右(right)?」
「左だ」
「左?」
「それでいい」
(イアン・サンソム 『蔵書まるごと消失事件』 玉木亭訳 創元推理文庫)より

万事がこんな調子なのだ。イスラエルはしだいに頭痛を覚え、何とか町の地図を手に入れようとするが、地図はどこにも売っていない。ようやく町にある一軒のカフェでインターネット接続しており、イスラエルはそこからAmazon.co.ukにアクセスしてタムドラム地区を含んだ地図を購入する。やがてロンドンから送られてきた荷物のなかに地図を発見したイスラエルは、蔵書消失事件の核心に大きく近づくかに見えたが……


【付記】
● 巻き込まれ型のアンチヒーロー、といった設定ですが、あの"ジョン・マクレーン刑事"みたいなわけにはいきません。イスラエルはまったく役立たずでどうしようもない「ヒーロー」なのですが、どういうわけか読み進めていくうちに彼のことが、そしてあまりのひどさに呆れ果ててしまう周りのアイルランド人たちが、いつのまにか好きになってしまうのです。エンディングも、ちょっといいんですよね。
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