おまえは土星か

StrawHat.jpg
日本人ほど帽子の似合わない民族は他にないのではないか。
もう思い出すことはできないが、いつか、どこかでそんなくだりを読んだ記憶がある。この場合、帽子とはたぶんフェルト製の中折れ帽子(ソフト帽)のことを指すのではないかと思う。映画『マルタの鷹』(1941)や『三つ数えろ』(1946)などでハンフリー・ボガートが被っているあの帽子である。たしかに、今の日本人男性で中折れ帽子を被っている人はほとんどいないと言っても過言ではあるまい。たまに老紳士が中折れ帽子を被っているのを見かけることもあるが、それでも「おや」と思ってしまうほどだ。

これは貫禄のある老紳士だから「おや」で済むのであって、若輩者が中折れ帽子を被っているとしたら、それこそ奇異の目で見られることは間違いない。それほどまでに、日本国においては中折れ帽子を被る習慣が定着していないと思う。

それでは、わが国において中折れ帽子を被る習慣がまったくなかったのかといえば、そうでもないのである。大正から昭和初期にかけての写真、あるいは黒澤明や小津安二郎の戦前の映画を見ると、日本人男性が中折れ帽子をちゃんと被っていたことがわかる。わりと多くの男性が被っているのだから、似合う、似合わないなどはまったく問題にならなかったのではないだろうか。

どういうわけか、その頃の写真や映画を見ると、日本人でも中折れ帽子がなかなか様になっているように感じる。だから、40代以上の日本人男性に中折れ帽子を被るのが一大流行になったとしたら、「日本人に帽子は似合わない」などという言葉もなくなるのではないかと思う。しかしながら、そういう流行が起きる可能性は、彗星が地球に衝突する確率よりさらに低いのではないかと思うのだ。密かに中折れ帽子を被ってみたいという抑圧された(?)願望をもっている者(乙山)としては少し残念である。

イギリス映画『炎のランナー』(1981)、あるいはルキノ・ヴィスコンティ監督の『ヴェニスに死す』(1971)で登場する初老の音楽家に紛するダーク・ボガードを見て、ボーター・ハット(かんかん帽。頂が平らな麦藁帽子)を被ってみたい、と思うことはあったが実行には及ばなかった。その勇気がなかったのである。私はいまだかつてボーター・ハットを被った成人男性を目撃したことはない。

大学を卒業して何年か経ったある冬、鳥打帽(ハンチング)を購入した。当時私の住んでいた町(大阪、天王寺区)に帽子専門店があり、そこのおばあさんが勧めてくれたのである。それは、コーデュロイの鳥打帽で、薄茶色がかった灰色とでもいうべき渋い、地味な色だった。他に格子柄のものなどいくつか候補はあったが、不思議と私の趣味とおばあさんの趣味が一致した。これがいいと思うんですけど、と私が言うと、おばあさんも、自分もそう思う、というのである。

その鳥打帽を気に入って被っていたが、鳥打帽は髪を短く刈り込んだときだけ被るほうがよさそうだ。髪が長くなってくると、どうにもむさくるしくなってしまうのである。似合うかどうかは別として、私は鳥打帽ならなんとか被られるのではないかと思う。

真夏、太陽の日差しが強いとき、人にどう思われようと帽子を被りたくなるときがある。そんなわけで、麦藁帽子を買おうと決意した。夏の麦藁帽子だったら、そんなに奇異に映ることはないだろう。

阪急百貨店で麦藁帽子を物色していると、売り場の女性が「これはどうでしょう」と奨めてくれた。それは携帯可能な麦藁帽子で、折りたたんでくるりと巻くと小さくなるのだが、それで帽子の型が崩れることはなく、ちゃんと元通りになるのである。デザインもつばが広すぎず、帯も派手なものではなく、私は気に入ってもとめた。

お気に入りの麦藁帽子を被って、家族たちと広島に旅行した。
その夏は信じられないほど連日猛暑が続き、麦藁帽子は本当に重宝した。穴子飯に舌鼓を打ち、広島県立美術館に行った後、せっかく広島に来たのだから、と広島風お好み焼きを食べた。しかし、広島風お好み焼きからそばを外して頼む(!)という、いかにも私らしい勘違い的失敗をしてしまった。これは本当に悔やまれる、一生の不覚といってもいいくらいなものだ。店員さんは何度も「本当にいいんですか?」と訊ねてくれたのに。

次の日は倉敷に足を伸ばして大原美術館に立ち寄った。家族たちは芸術が好きらしいが、私はそれよりも地ビールのほうに興味があった。「あのね、地ビールというのはね、ここでしか飲めないんだから、飲んでおかないと」などといいながら昼間からあれやこれやの地ビールを飲みまくるのであった。

数日後、広島旅行の写真ができた、と家族が見せに来た。なるほど、麦藁帽子を被った男の姿が写っている。しかし、私の想像上のイメージと、現実は少し食い違っていたようである。その男はもともと丸顔だが、運動不足のせいか顔のまわりに肉がついている。あえて言葉で表現すると、たこ焼きの上に帽子を載せた、という感じだろうか。私は思わず「おまえは土星か」とつぶやいてしまった。

「え、何が土星だって?」と家族が訊いた。私が帽子を被った男のことを説明すると、「というか、パイナップルに帽子を載せたという感じよね」などと言う。土星でもパイナップルでもこの際どうでもいいと思ったが、「たこ焼きの上に帽子」と言われなかったことに胸をなでおろした。

その後、私が外出しようとすると、家族は「パイナップル帽子被らないの?」と笑いながら言うのである。私は少し、いや、かなり不機嫌になりかけるのであるが、それを悟られてはならぬ。強い日差しの中、私は何事もなかったかのように平然と麦藁帽子を被って外出する。心配は要らない。強い日差しは麦藁帽子がしっかり守ってくれるのだから。


【付記】
● 乙山が広島に旅行したのはもう何年も前のことで、記事とは少しタイムラグがあります。そのころ購入した麦藁帽子を今も所有しているわけです(写真の帽子がそれです)が、本当はちょっといいパナマ帽なんぞを被ってみたいと憧れ続けているのです。帽子が似合うには、やはりある程度顔がほっそりしていないと……年を追うごとに、加速度的に理想から離れていくような気がしないでもありません。

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tag : 帽子 麦わら帽子 ストローハット

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No title

土星!(笑)
いやでもこれは素敵な土星もとい麦わら帽ですよ~♪
カンカン帽っぽいですがもっとカジュアルで実直な感じで・・・
しかし最近(?)の日本人男性って、確かに帽子を被る方が
少ないですよね~せいぜい野球帽くらいで・・・
私は日本人にも中折れ帽や鳥打帽は似合うと思うのですが
トータルコーディネートは煩わしい、ということで中々普及
しないのでしょうか(^^;)
女性的には、男性陣により一層の努力を促したいところです(笑)

Re:zumiさん

zumiさん、コメントありがとうございます。
いやね、乙山はただ夏の暑いときにですね、
周囲の目を気にせず帽子を被っていたいだけなんです。

なんでそれができなくなってしまったのか。
みんなが帽子を被って、帽子を被ることが当たり前になって、
だれもそれを不思議に思わない。

そんなふうになってくれたらな、と思います。
見た目よりも、おしゃれよりも、とにかく、
「帽子を被らないといけない!」

そんな世の中になってくれたら……
だけどそれって、紫外線とかでかなり
危ない世界ではないのかな、と思ったりします。

乙さん。

お久しぶりです。
じつはぼくは帽子好きでライブではこんな
帽子をよくかぶります。ぼくの場合メガネ
とのバランスもあるので選択するのに迷う
のです。そしてぼくは亀井静香さんのよう
なしもぶくれですので帽子のディテールや
サイズには気をつかうのです。外人が着物
を着るとなんかへんなのと同じで、スーツ
などをしっかり着こなせる日本人は帽子も
OKのように思いますがね。テリー伊藤氏
なんか似合いますよね。メガネも。
カジュアルに帽子をこなす人はオシャレで
すね。

7月4日にライブがあるのですが、じゃ
がいもの上に帽子で頑張ってきます。
ブルースブラザースがかぶっている帽子は
なんていう種類の帽子なんでしょう?あれ
はたまにかぶりますよ。ニューヨークハット
だかのXXL。(笑) でかっ!


HOBO

Re:HOBOさん

HOBOさん、コメントありがとうございます。
ディランも帽子を被っていましたね。
なんか素敵でした。

ブルース・ブラザースの被っている帽子は、たぶん、
中折れ帽子=ソフト帽でいいんじゃないでしょうか。
ブルース・ブラザーズは好きで好きで、

映画のいちばんはじめに書いてもよさそうなものなんですが、
好きすぎると、書けないってこともあります。
あの中には、いろんなことが詰まっていますからね。

だけど、そんなことを無視しても楽しめる。
だから、いいんですよ。

No title

ハンフリー ボガードの中折れ帽、憧れていました。
若い頃ハンチングを買い得意になっていると、
母に「番頭さんと丁稚どんの丁稚どんみたいだね」
といわれ、それ以来帽子はかぶっていません。
なにげなく、自分のスタイルのなかに帽子を取り入れられたら
素適ですね!
いまだに憧れています。

Re:rian master&mamaさん

rian master&mamaさん、コメントありがとうございます。
帽子は難しいですね。
だけど「丁稚どん」もなあ。
たしかにむかしの「書生」スタイルかもしれませんが、
ハンチングは本来、誇り高い帽子なのです。

名前通り、シューティングのときに被った帽子でしょう。
ニッカーボッカーズなんかと合わせて、本当に動きやすい
スタイルでハンティングをしたものと思われます。

本来の文脈を離れて異文化に持ち込まれ、
違った価値観で規定されてしまうもの。
「ハンチング」だけではないようです。

はじめまして!

五頭の酔泉で検索したらこちらに辿り着きました。

五頭の酔泉・・・私の味覚は本当にアテにならないのですが
この酒は、後々まで忘れられない酒ですね

女の子でいえば、派手さはなくスーッと入り込んでくる感じ
香りも控えめ・・・普通なのに嫌なところが一つもない
食事を一緒にしていても飽きることはなく自然に杯を重ねてるような

そして、なんといっても去り際【キレ】が素晴らしいのです。
(人間もこうありたいものです)
この純米酒の一番の特徴ではないでしょうか?

またお会いしたい!とつい思ってしまいますよね・・・こんな女の子!
私なんて、蔵元まで会いに行っちゃいました(ストーカー??)

他にも須賀敦子さん、ボサノヴァの方々などなど
「おお!!興味の向いている方向が似てるかも」と楽しんでおりました

またお邪魔させてくださいね~~



Re:五頭の推薦さん

五頭の推薦さん、コメントありがとうございます。
新潟の酒「五頭の酔泉」は、兵庫県のとある酒店で
購入して、飲んだのです。

朝日山酒造の各銘柄にも少し似ていて、
飲みやすく、しかも飽きない味に仕上がっていたと覚えています。
こういう酒は、なかなかこちら(関西)ではないんですね。

それにしても蔵元まで出かけるなんて、なんという熱心さ!
頭が下がる思いです。
あまり盛り上がらないウェブログではありますが、
またお越しくださいね。

No title

男性がこういうきちんとした帽子をかぶる。すてきだと思います。
昭和2、30年ごろは、皆当たり前のように、男性がカンカン帽や中折れを
かぶってました。面長な人も丸顔の人も。
子供心に、私はそういう大人の男性の帽子姿が好きでした。
笠智衆や加東大介の帽子姿が、今、ちらっと脳裏をかすめます。
面長と丸顔。どちらもちゃんと帽子が似合ってました。

乙山さん、ぜひ帽子、おかぶりになられてください。
きっととてもお似合いになる方だと思います。

Re:彼岸花さん

彼岸花さん、コメントありがとうございます。
乙山にはまだ、中折れ帽は少し早いかもしれません。
夏の麦藁帽子で修行を積み、パナマ帽に発展することくらいが
現時点でできることかな、と思っています。

たとえばね、帽子を被らないと外出してはならない、とか、
帽子を被らないと人と会っては失礼にあたる、などという
感覚というか、慣習が定着したら帽子も見直される、というか
必需品になると思うのです。

それはひとつの夢として、
現代っ子は、中学生男子でも、道を歩きながら
車の窓ガラスなどを利用して
ヘアスタイルのチェックを欠かさないようです。

男子トイレの鏡の前で、
あれこれ工夫しながら長時間を過ごす男子も
珍しくないようです。
それほど髪型が気になる世代なんですね。
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只野乙山

Author:只野乙山

⚫︎ できれば「只野乙山=ただのおつざん」とお読みくだされば、と思います。

⚫︎ 文字中心のウェブログ。ほとんど一話完結で、どの記事をご覧になっても楽しめ(?)ます。文字数だけなら一冊の本に匹敵(凌駕?)するほどありますので、ごゆっくりどうぞ。

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