パンツはやはり下着である

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スーパーマーケット(イトーヨーカドーとかダイエーなど)の衣料品売り場ではそうでもないのに、デパートや百貨店(三越とか大丸など)の洒落た男子服店(いわゆるブランドショップ)などでズボンを買うとき、「ズボン」ではなく「パンツ」という言葉が流通するのはなぜだろうか。

私たちがとりあえずズボンと呼ぶ、両足を別々に包んで穿くあの衣服は、いつ頃からか「ズボン」ではなく「パンツ」になってしまったようである。それをズボンと呼ぶのは、どうやらある年齢に達した人たちに限定されつつあるのかもしれない。チノパンツは決してチノズボンとは言わず、百歩譲って「綿のズボン」なのである。そのうちズボンは死語になってしまうのだろうか。

ちなみに、ズボンはフランス語《jupon》(女子の下裾着、中世の鎧直垂などの意)からきたものか、またはある侍が「ずぼんと足が入る」と言ったことに由来するとの説もあるが、真偽のほどは定かでない。いずれにしても、それなりに歴史のある言葉なのだ。いったい、ズボンと呼んで何が悪いというのだろう。

洒落た男子服店においてズボンではなくパンツと呼ぶのは、もはや当たり前のことで、そこには何の違和感も存在していないようである。けれども私などは、ズボンと呼べば即座に店員に「こいつ、ダサいやつだな」と思われるを恐れるがゆえに、ついズボンをパンツなどと呼んでしまうのである。

ところがパンツといえば、まず漠然と下着のことを指すのではないだろうか。それゆえ店で「パンツ」と呼ぶとき、どことなく違和感というか羞恥心を感じてしまう。このようなことを意識するほうが悪いというのはわかっている。けれども、垢抜けておらず、洗練されていない人間としては、どうにもやりきれない。男子服店ではダサいやつと思われぬよう戦々恐々としながら、ズボンをパンツと呼ぶ違和感やら羞恥心に苛まれつつ買い物をする始末。

ズボンと呼ぶのはダサい、パンツと呼ぶのは恥ずかしい。そのようなわけで、私の中ではズボンもパンツもひとしく「トラウザーズ」という単語で済ませている。これは造語ではなく、れっきとした英単語である。

アメリカの作家O・ヘンリーに『警官と賛美歌』という小説がある。今でいうホームレスの男が、厳しい冬に備えて「越冬計画」を立てる。三ヶ月の禁固刑程度の軽犯罪を犯せば、厳冬を刑務所で暮らすことができ、春になったら晴れて釈放の身となって出てこられる、というわけだ。男は、レストランで散々飲み食いした挙句、無銭飲食で訴えられるという素晴らしいアイディアを思いつく。何とか服はごまかせたものの、よれよれのズボンとちびた靴をウェイターに見咎められ、店の外に放り出されて計画はあえなく失敗。この「よれよれのズボン」が《frayed trousers》なのだ。

ズボンとパンツが嫌なら「スラックス」でもよさそうなものだが、「スラックス」にはどこか会社員の制服めいた響きや大手安売り紳士服のイメージを感じ取ってしまい、どうも使いたくない。それで私の個人的生活空間においてはトラウザーズという単語を使い続けている。

残念ながら男子服売り場、ファッション雑誌、通販カタログなど、どこを見ても「トラウザーズ」の用例が見当たらない。これでは男子服店で「トラウザーズを見たいのだが」と言っても店員に通用しないこと必定であろう。彼らは「おかしなおっさんが来たな」と思うだけである。さすがに私も、これを実行する勇気はない。

私が心の中でのみ愛用する「トラウザーズ」は、まだ『広辞苑』に登録されていない。『広辞苑』第四版の時点ではそうである。しかし、三省堂『大辞林』や小学館『大辞泉』にはちゃんと「トラウザーズ」が登録されている。ズボンあるいはパンツを「トラウザーズ」と呼ぶ人がもっとたくさん現れてほしいと、心から願う次第である。

あるとき、機会を得て小学生の女の子に「寒いときはズボンをはきなさい」と言ってみた。すると、彼女はちゃんと理解するではないか。しかしながら、小学生の女の子に「寒いときはパンツをはきなさい」とは決して言えないはずだ。いまどきの小学生の女の子がいかほどおませであり、おしゃれがすすんでいるとしても、である。もちろん、これは実際に試してみないとわからないが、やめておいたほうが身のためであろう。

また、ズボンを肩から吊ってとめておくサスペンダーはズボン吊りともいうが、これを「パンツ吊り」とはどうしても言えないのではないだろうか。なにやら物干し場でのある情景を連想しそうで、ちょっと恥ずかしい。

やはりパンツは依然として下着であることに、私は思いを深くしたのである。そして、「下着としてのパンツ」という用語法が生きている状況では、両足を別々に包んで穿くあの衣服を、とりあえず「ズボン」と呼ぶしかなさそうだ。いや、下着としてのパンツが存在する以上、ズボンは死語になるどころか、不滅なのである。


【付記】
● なんだかんだいいながら、もう何年も百貨店の男子服売り場に行っておりません。本当は上質の服とか、本物の服などというのは大好きなのですが。

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tag : トラウザーズ

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No title

こんばんは、

タイトル、大賛成です。
ズボンをパンツと呼べない人間がやってまいりました。

いや、楽しく読ませていただきました。すべて同意いたします。
さすがに「トラウザーズ」は無理ですが。

ズボンの"パンツ"と下着の"パンツ"、
娘たちの会話を聞いていると、どうやらイントネーションで使い分けているようです。

なのでイントネーションに気をつけて使い分けをしないとお店で恥ずかしい事になりそうです。

妻は僕と同じズボン世代のはずなのにしっかり順応しています。なので僕だけおいてけぼりです。

堂々と「ズボン」と言える強靭な心臓が欲しいですね。

Re:naokichimanさん

naokichimanさん、コメントありがとうございます。
ですよねぇ。ズボンは、ズボンでしょう。
なんでズボンと呼んでいけないのか。

神戸のそごうとか大阪の大丸、阪急の紳士服売り場で
ぼけっと見物(ほんとに見てるだけのつもりなんですが)してたら、
店員さんが近づいてきて、「お客様、これは……」
なんてかまってくださるんですよ!

いやあ、以前だったら考えられもしなかったことなんです。
「パンツ」のイントネーションなんて、考えもしなかったですよ。
一応は鷹揚に構えて、ですね、
格好だけなんですけど、「ふうむ」なんていってたりして……
そんな自分もいやだなあ。

Pants

こんにちは。
日本の外来語ってむずかしいですよね。
語源とは 違った意味を持っていたりする事があって とても難しいです。
日本語のトレーナーは こちらでは Sweatshirtsとよぶので こちらのお店で トレーナーと呼ぶと おむつとか他の物がでてきしまいます。
アメリカでは Pants と Trousers 両方使います。 どちらかというと Pants の方がカジュアルで Trousersというと若干フォーマルのような気がします。下着パンツは こちらでは総称してUnderwearといい、女性の場合は Panties、男性は Boxers, Briefsといいます。パンツは 女性の下着のPantiesが語源ではないでしょうか。
娘に日本語の勉強をさせていますが、 カタカナ言葉や外来語は 非常に苦労します。

Re:Chivampさん

Chivampさん、コメントありがとうございます。
外来語だけならまだしも、そこに和製英語もあって、
和製英語を外来語と混同していることも多いのです。

実際どんなふうに使われているのか、非常に気になっていたのです。
映画などでもズボンのことをパンツと称しているのを
見たことがあり、パンツは下着と直結するわけではないと思っていました。
貴重な情報、ありがとうございました。

トラウザーズがいまだに使われているのは、
たいへんうれしいことに思います。

No title

私もパンツというと下着を意識します。

それにしてもジーパンのパンはバンツですよね?
今はジーンズでしょうか。あまりジーパンとは言わなくなった気がします。
これなぞはむしろ逆ですかね。

Re:RSさん

RSさん、コメントありがとうございます。
そうそう、「ジーパン」でした。
むかし刑事ドラマで松田優作が「ジーパン」というあだ名で
やっていましたしね。

「ジーパン」もあまり聞かなくなってきました。
使う人がいなくなったからでしょうか。
そんなふうにして、「死後」になっていくのでしょうね。

「ズボン」と「パンツ」はどうなっていくのか、
それが気になるところですが、
「ジーパン」も気になってきましたよ!

No title

遅ればせながら「ぱんつ=下着」派に1票追加です(笑)
ちょっと小洒落た婦人洋品店やレディス向けコーナーでは
ほぼ「パンツ」に統一されてしまっているのですが中々馴染めず・・・
「すいませーん、コレ、サイズ違いはありますか?」
などと指示名詞のみで店員さんと会話しています(^^;)
日本国内でズボンをパンツと言い換えた最初の人って
かなり迷惑 かなりのチャレンジャーな気が(笑)

Re:zumiさん

zumiさん、コメントありがとうございます。
いつごろからズボン=パンツになったのか、
定かではないのですが、アイビーが流行ったころ、
綿のズボンを「コットン・パンツ→コッパン」と称したあたりかなあ、
と見当をつけております。

訪問してくださる方からの情報では、
米国ではズボンのことをパンツと呼ぶこともままある、ということです。
あちらでは、ズボンを欲しいときに「パンツ」と言ってもよい、
ということでしょう。

そこのあたりを理解したうえでの「コットン・パンツ」なのかな、
といまでは思っています。
だから理屈の上では、ズボンのことを「パンツ」と称しても
恥ずかしいことはないはずなのです。

この際ですから、「パンツ」でいってみましょうかね?
21世紀的なサバイバル戦略ってことで。
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只野乙山

Author:只野乙山

⚫︎ できれば「只野乙山=ただのおつざん」とお読みくだされば、と思います。

⚫︎ 文字中心のウェブログ。ほとんど一話完結で、どの記事をご覧になっても楽しめ(?)ます。文字数だけなら一冊の本に匹敵(凌駕?)するほどありますので、ごゆっくりどうぞ。

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