焼きすぎたステーキ

beefsteak.jpg
子どもの頃に食べた牛肉といえば、すき焼きか焼肉だった。家でビフテキ(ビーフステーキ)を焼いたことはなかったし、洋食屋さんでもハンバーグ、とんかつ、エビフライは注文させてもらえたが、ビフテキは許容範囲外らしく、注文しようとしても却下されたことを覚えている。1970年代、ビフテキは我が家にとって高級食品だったことが伺われる。

「ビフテキ」とは「ビーフステーキ」の略語だと思い込んでいた。ちょうど木村拓也を「キムタク」と呼んだり(初めて聞いたとき、キムチとタクアンのことだと思った)、あるいはスターティング・メンバーを「スタメン」と略するのと同じ理屈である。しかし、ビフテキはれっきとしたフランス語 《bifteck》 であるのを後で知った。これは意外だった。

何かの折に叔父(母の弟)が「ビフテキ用の肉」なるものを持ってやって来た。面積は大きくて、立派な肉だった(でも厚さはあまりなかった)。はっきりと思い出せないが、だれかの誕生日などではなかったかと思う。我が家では何か晴れがましい、特別の日でないと、高級食品は食卓に上らなかったのである。その立派なビフテキ用の肉を、フライパンではなくいつも焼肉を焼いている鉄板に乗せて、叔父はビフテキを焼き始めた。ある程度焼けたらひっくり返して、裏面を焼く。裏面が焼けたら完成である。

何か、あっけない感じがした。これでは、いつもの焼肉の肉が大きくなっただけではないか、と思った。各自の皿に盛り付けると、叔父は「ええ肉は、塩とコショーだけで充分うまいんや。余計なたれとかつけへんほうがええ」と言う。そんなもんかな、とお奨めの塩・胡椒だけのビフテキに手をつける。ちゃんとナイフとフォークも準備され、ちょっと照れくさい思いをしながら、ぎこちない手つきでナイフとフォークを操作する。蟹が餌を食べるときの様子が頭に浮かんだ。

ところが、高級食品である、という思い入れと期待のわりには、「ビフテキ」はあまりおいしいとは思わなかった。罰当たりな話であるが、叔父の焼いたビフテキは、肉の中まで完全に火が通っていたのである。というか、私自身もそうでなくてはならないと思い込んでいた。その肉は、霜降りがあまり入っていなかったのだろうか、がしがしの食感に仕上がっていた。ひとり御満悦の叔父には申しわけないが、もうビフテキは食べたくないなあ、と思ったのである。

その後、ビフテキとは縁がなかったが、学生時代、とあるステーキハウスでアルバイトした経験がある。調理場の人たちにステーキについて教えてもらったのはたいへん有益だったと今になって思う。ステーキに詳しい方は「違うぞ」と思われるかもしれないが、それはひとえに私の記憶違いによるものであって、調理場の人たちのせいではないことをお断りしておく。そしてもちろん、これが「正しい」のだといいたいのではありません。そこのところは重要ですのでよろしくお願いします。

「レア」は赤身が残っているが肉は温まっている状態で、決して生ではない。これはステーキにおける最重要事項である。「ミディアム」は肉の色が赤身からピンクに移行する段階で火を止める。意外と火加減が難しいのだ。「ウェルダン」は肉の色がピンクから白っぽく変わるところで仕上げるもので、ただ完全に火を通してしまえばいいというものではない。思えば、叔父の焼いたビフテキはウェルダンにさらに火を通した状態だったのである。

ヒレ(フィレ)肉やサーロインは高価なので、おいそれと買うわけにもいかない。自分で食べるのならもも肉やランプ肉でも充分いける。もも肉は少々かたいが表面を焼いた後、ぽん酢などに漬け込んで「たたき」にするのもよい。ランプ肉をレアで焼いて、塩・胡椒だけで食べるのもよい。ピンク色の「岩塩」をおろし金でがりがりやって食べるのも好き。わさびと醤油で食べるのもじつにおいしい。肉を焼いた後のフライパンに残ったバターと肉汁を利用して、生クリームと粒マスタードを入れて作るマスタードソースも好きだ。だが、ランプ肉ってあんまり近所のスーパーマーケットとか生協で販売していないのが残念である。


【付記】
● 写真のステーキはランプ肉をレアで仕上げていますので切り口がちょっと……というわけで、写真を小さめにしてあります。クリックしても拡大しません。付け合せはフライパンに残ったバターと肉汁を利用してしいたけを炒め、塩・胡椒・しょうゆ・レモン汁で仕上げたものです。

● 阪神間地域(西宮・芦屋・宝塚など)は「焼肉文化」ではないのでしょうか、精肉売り場に「ホルモン」がほとんどないのが特徴です。すき焼き用と思われる霜降り薄切り牛肉が並んでいる他、サーロイン・フィレ・ランプとステーキ用の肉が置いてあったりします。これが大阪(地域にもよるが)だと、「バラ、ハラミ、ロース、タン、ミノを200(g)ずつ、たれにつけといてね」などとと注文しておくと、ビニール袋に入ったやつを渡してくれるわけです。
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No title

私も今の今まで「ビフテキ=ビーフステーキの略」だと
思っていました(^^;)
ステーキって焼き加減が難しいようですねぇ・・・
(私は焼いたことが無いのですが)
中学生位の頃、ようやく自宅でステーキが(年に1~2回くらい)
食卓に上がるようになったのですが、いつもウェルダン+αの
焼け具合でした・・・母的には当時、レア=生焼け=お腹壊すから×、
だったようです(^^;)

Re:zumiさん

zumiさん、コメントありがとうございます。
ですよねぇ……ビフテキ=ビーフステーキの略と思いますよね。
肉の厚さ、フライパンの温度にもよりますが、
思い通りに仕上げるのは難しいのです。

乙山の場合、「焼きすぎ」になることが多いです。
「肉の表面に肉汁が出てきたらミディアム」とかなんとか、
物の本には書いてありますけど、
こればっかりは経験でいくしかありません!
なので毎回本気で勝負ですよ!

焼けたステーキを半分に切って、
断面に小指の裏を当てるわけですね。
で、温まっていたらもうOKなんです。

だけど「レア」で上げるには勇気が要ります。
牛肉料理一般に関する理解がない人だと、
「これ、まだ生だよ!」とか本気で言いますからね。

写真のステーキを見てどう思われましたか?
今の時代でさえ、レアの拡大写真を載せるのは憚られるのでは、
と乙山などは思ったわけです。
御母堂や私の叔父の世代の人なら、なおさらのことですよね。

ウェルダンもそれはそれでおいしい。
それは付け加えておこうと思います。
人の好みも、それぞれ、ということも。
本人が満足なら、肉の焼き方なんて、どうでもいい(?)んです。

みんな好きですわ。

乙さん、おはようございます。
朝ですがビフテキが喰いたくなりました。
そうですか、じつはぼくもビーフステーキ
だと思ってました。
肉はね~、糖尿もちのぼくにはうらやまし
いアイテムのひとつですわ。でも肉はいい。
ぼくの場合、『豚さがり』がいっとう好き
です。備長炭で焼いて塩をふって。うまい
ものは身体に悪い。そうだ、塩もうらやま
しいアイテム、我慢することのほうが悪い
と思うがな~!
ビフテキも青い影もライクーダーも好物
ですねん、HOBO。
ぶひ!


HOBO

Re:HOBOさん

HOBOさん、コメントありがとうございます。
乙山は血圧が高めなので、本当は塩をどんどん
摂るわけにはいきません。

体重も多少(?)多めで、理想としてはマイナス10キロくらいを
めざして日々奮闘しております。
お酒を止めるのが一番やんか、と世間のかたがたは
口を揃えておっしゃってくださるわけです。

できるだけ塩を控えめに、
できるだけ分量を少なめに、
できるだけ糖分と脂肪分を少なめに。
できるだけ運動を多めに。

一応、心がけてはいるんですけどね。
なかなか体重は減りません。

違うって初めて知りました!

こんばんは!!!

ビフテキがビーフステーキの略ではないことを初めて知りました。
うちでは父の好みでレアが多く、私もレアのほうがいまでも好きです。
でも、乙山さん仰るように、きちんと手をかけて焼いた肉ならどんな焼き加減でもおいしいですよね。
自分でつくるときに限りますが、山葵醤油がいちばん好きみたいです。
乙山さんの写真がとってもおいしそうです!!

Re:ヨシオさん

ヨシオさん、コメントありがとうございます。
おおっ、お父様が「レア」をお好みなのですか?
いやあ、「いるところにはいる」というのは、まさにこのこと。

「生焼け」というの(本当は違うんですが)を嫌う人が多いんですよね。
乙山の叔父もそんな人でした。
肉の旨みは、赤身のところにあると思うんですが、
完全に火を通して柔らかく、とか、旨いと感じる、
となると、どうしても「サシ」が入る肉が高級だと
もてはやされるようなんですね。
それを、とやかく言うつもりはありません。

じつはね、「レア」が好きだという人は
少数派じゃないかと思っているんです。
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只野乙山

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