ポール・オースター 『ムーン・パレス』

ポール・オースター 『ムーン・パレス』 柴田元幸訳 新潮文庫 (1997)

PaulAuster_MoonPalace.jpg
1965年、秋。「僕」ことマーコ・フォッグはコロンビア大学の学生としてニューヨーク西112丁目のアパートに移り住んだ。伯父のヴィクターからもらった千冊以上の本が入った箱たちと共に。父は生まれたころから行方不明だったし、母を早くに亡くしたマーコは母の兄であるヴィクターのところで世話になり、寄宿学校に通って大きくなったのだった。ところが、クラリネット奏者の伯父は演奏旅行中に亡くなってしまい、唯一の血縁関係を失ったマーコは悲しみにくれる。

伯父のためにもなんとしても大学は卒業しておかねば、と生活費を節約しながらなんとか大学生としての生活を続けるも、次第に金は少なくなっていき、やがて部屋を放り出され、セントラル・パークで寝泊りをする生活を送ることになってしまった。人々の視線に耐えながらゴミ箱を漁り、奇跡的に訪れる人々の好意にすがりながらマーコはその日暮らしを何とかしのいでいくのだが、ついに極度の飢餓状態の中で雨に打たれて体力は落ち、死ぬ寸前まで行ったところを大学の友人とふとしたことから知り合ったキティ・ウーに助けられる。

少しずつ回復していったマーコは新しい仕事を見つけることにした。コロンビア大学の学生課で「車椅子の高齢男性を毎日散歩させたり、事務的な軽作業をする仕事、三食個室付」という条件の仕事を見つけ、応募したところすんなり採用が決まり、マーコは車椅子に座った盲目の高齢男性エフィングの住居に住み込み、男性のために本の朗読をしたり、車椅子に載った男性を後ろで押しながら町や人々の様子を男性のために説明したりする仕事を始めることになった。

作者ポール・オースターはコロンビア大学を卒業している人で、本書『ムーン・パレス』は一部自伝的な要素も含んだ小説。題名の『ムーン・パレス』はニューヨークに実在した中華料理店の名前で、小説の中でもマーコのアパートの窓から"Moon Palace"という電飾看板が見える、という設定になっている。わりと太めの本で、文字はびっしり詰まっているので読み応えじゅうぶんのボリューム。

筋は上述のようなもので、これ以上書くと面白みがないので割愛させていただくが、本書は間違いなく「コメディ」である。読んでいて思わず噴出してしまった箇所がもういくつもあって、今思い出しても笑いがこみ上げてくる。たとえば、困窮を極めたマーコの下宿生活で、あと二つしかない貴重な卵を床に落としてしまい、泣き出してしまう場面。雨に打たれたあと、マーコが図書館で服を乾かしていると、どうしようもなく異臭が漂ってしまうくだり。そして盲目の老人、エフィングとのやり取りはもう、笑いなしでは読み進めることができないくらいである。

大学生マーコ・フォッグの青春小説でもある本書は、また「父と子」の物語でもある。この辺りはあまり触れるわけにはいかないが、ちょっとだけ引いておきましょう。

僕らはつねに間違った時間にしかるべき場所にいて、しかるべき時間に間違った場所にいて、つねにあと一歩のところでたがいを見出しそこない、ほんのわずかのずれゆえに状況全体を見通しそこねていたのだ。要するにそういうことに尽きると思う。失われたチャンスの連鎖。断片ははじめからすべてそこにあった。でもそれをどう組み合わせたらいいのか、誰にもわからなかったのだ。(ポール・オースター『ムーン・パレス』柴田元幸訳 新潮文庫)

私(乙山)はときにげらげら笑いながら読んだけれども、人によってはシリアスに読むこともできるのが本書ではないだろうか。全体にちりばめられた笑いと、はっとさせられる明晰な洞察、そして意外な秘密、人と人のつながり……それらを支える通底音がみずみずしい青春の輝き、そして蹉跌とほろ苦さ。『ムーン・パレス』を読んだ後にそんなことを思いながらこれを書いている。ついでに中華料理も食べたくなったなあ。


【付記】
● いやほんと、笑わせてくれますよ、本書は。もちろん、人にもよるかもしれませんが、まあ、だまされたと思って読んでみてください。そうすると、あなたは乙山にだまされたことに気がついて……

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No title

設定はシリアスそうなのにツッコミどころ満載!な感じですね(笑)
笑いとペーソスは大好物なので、一度だまされてみます♪
あ、『独奏的生活』、昨日ようやく借りてきました!
まださっと目を通しただけですがめっちゃ面白そうです♪
書庫に収蔵されていたので、乙山さんに教えていただかなかったら
この本にずっと出会えないままだったかもしれませんね(^^;)
改めて、ありがとうございました!

Re:zumiさん

zumiさん、コメントありがとうございます。
乙山はzumiさんが見事だまされることを信じておりますぞ。
『ムーン・パレス』も同時に図書館で借りてみてくださいね。

ファーガソンの『独創的生活』は乙山も、
借りるだけではなくて(今までそうしていたんです、告白します)、
自分で持っていてもいいんじゃないか、というくらいのもの。

色々なレシピがある中で、自分のものになった、というものは
あまりありません。その点、反省しないと、と思っています。
あらためてzumiさんの御晩酌に乾杯。
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