藤谷治 『船に乗れ! (1) 合奏と協奏』

藤谷治 『船に乗れ! (1) 合奏と協奏』 JIVE (2008)

FujitaniOsamu_Fune1.jpg
花村萬月『ゴッド・ブレイス物語』や芦原すなお『青春デンデケデケデケ』などロックバンドを題材にしたフィクションは数多あるけれど、これはクラシック音楽を題材にした珍しい小説。

大人になった主人公がかつての青春時代を回想して筆をとる、というプロローグから始まるわけだが、そこで「マドレーヌを紅茶に浸して何かを思い出すわけでもなければ、ボーイング747に乗っていると〈ノルウェイの森〉が聞こえてくることもない」とあって思わずにやっとさせられる。やるな、という感じがして期待が膨らむ。

音楽一家に生まれ育った「僕」こと津島サトルは幼少のころから音楽に親しみ、ピアノのレッスンを受けて成長する。中学生で難しい哲学書を読み、チェロに惹かれて芸高を受験するもあえなく失敗、不本意ながら新生学園大学附属高校音楽科にチェロ専攻として入学する。

高校にせよ大学にせよ、音楽科ってどんなふうなんだ? という素朴な疑問が本書を読めばよくわかる。午前中はふつうの高校生のように教室で授業を受け、午後からは楽器を持ってそれぞれ練習に励むようだ。そして学内オーケストラへの参加があり、夏のオーケストラ合宿と進むうちに「僕」はいつしかヴァイオリン専攻の女子学生に恋をする。

作者自身の経験に基づいたフィクションであろうと思われる本書には、やはり音楽を学んでそれに携わった者からしか出てこない言葉が随所にちりばめられている。そういう言葉に出会えるのも本書の大きな魅力ではないだろうか。ちょっと引いておきましょう。

……そうやってセンチメンタルな感情論を交えず、ひたすら楽譜に忠実に弾けた演奏は、自分でもはっきりと出来が良かった。それは音楽が「判る」瞬間だった。目の前に並んでいるヘンデルやハイドンの単調で無表情な楽譜が、なぜそのように書かれているか、それ以上のことが書かれていないか、指と耳で呑みこめる体験だった。(『船に乗れ! (1) 合奏と協奏』 第一章より)

こういう「判り」方はたとえばただ好きで音楽を聴いています、という私(乙山)にはやはりできないもので、わかったつもりになっていても、ぜんぜんわかっていなかったんだな、と改めて思い知らされてしまった。だが、本書はクラシック音楽の知識がなくても青春小説として楽しめると思う。音楽が、知識なしでも楽しめるように、だ。

ロックバンドを題材にしたものも含めて音楽小説の難しさは、言葉によってどれだけ音楽に迫れるか、ということだと思う。たいていはうまくいかないこのきわめて難しい試みに、本書はかなり成功しているのではないか。「僕たちの人生の主役は音楽で、音楽の、この絶対的な美しさの前では、僕らの喜びや悲しみ、怒りや苛立ちなんて、ほとんど意味がない」なんて部分は映画『ブラス!』を思い出させてくれるし、エンディングの美しさにえもいわれぬ読後感が残ります。


【付記】
● 主人公がチェロ専攻ということで、本書にはパブロ・カザルスがよく出てきます。J.S.バッハの『無伴奏チェロ組曲』や『ホワイトハウス・コンサート』なども本書の中で言及があって、なんとなくそれらを聴いていた乙山ですが、また聴く楽しみが増えました。本書を図書館で借りて読んだのですが、これは手元に置いておきたい一冊です。

人気ブログランキングへ blogram投票ボタン
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

良い(面白い)音楽小説って、作中の音を聴きたくなるんですよね~
私は『デンデケデケデケ』を読んだ後、ベンチャーズやオールディーズのCDなどを
借りまくりました(笑)

Re:zumiさん

zumiさん、コメントありがとうございます。
そうなんですよ。乙山も『船に乗れ!』を読んでから、
クラシックを聴きたくなりました。

『のだめカンタービレ』はまだ見ていないのですが、
それを見てからクラシックを聞きたくなったという人もいるようです。
ベンチャーズ、いいですよね。
ビーチ・ボーイズも初期はコーラスとベンチャーズだし。

プラターズとかドリフターズ、サム・クックなんかも最高!
古い音源は、いいですよね。
プロフィール

只野乙山

Author:只野乙山

⚫︎ できれば「只野乙山=ただのおつざん」とお読みくだされば、と思います。

⚫︎ 文字中心のウェブログ。ほとんど一話完結で、どの記事をご覧になっても楽しめ(?)ます。文字数だけなら一冊の本に匹敵(凌駕?)するほどありますので、ごゆっくりどうぞ。

⚫︎ 下の「全ての記事を表示する」をクリックすると、全記事のタイトル一覧が出ますので過去記事を参照することができます。

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新記事
最新コメント

openclose

最新トラックバック
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

アーカイヴ

2017/09 (7)

2017/08 (8)

2017/07 (9)

2017/06 (9)

2017/05 (9)

2017/04 (8)

2017/03 (9)

2017/02 (4)

2017/01 (1)

2016/06 (1)

2016/05 (13)

2016/04 (13)

2016/03 (20)

2016/02 (10)

2016/01 (11)

2015/12 (10)

2015/11 (10)

2015/10 (11)

2015/09 (13)

2015/08 (10)

2015/07 (11)

2015/06 (10)

2015/05 (10)

2015/04 (10)

2015/03 (11)

2015/02 (9)

2015/01 (11)

2014/12 (9)

2014/11 (10)

2014/10 (11)

2014/09 (10)

2014/08 (10)

2014/07 (10)

2014/06 (10)

2014/05 (11)

2014/04 (10)

2014/03 (10)

2014/02 (9)

2014/01 (11)

2013/12 (9)

2013/11 (10)

2013/10 (10)

2013/09 (10)

2013/08 (11)

2013/07 (10)

2013/06 (10)

2013/05 (10)

2013/04 (10)

2013/03 (11)

2013/02 (9)

2013/01 (11)

2012/12 (9)

2012/11 (10)

2012/10 (11)

2012/09 (10)

2012/08 (10)

2012/07 (10)

2012/06 (10)

2012/05 (11)

2012/04 (10)

2012/03 (10)

2012/02 (10)

2012/01 (9)

2011/12 (9)

2011/11 (10)

2011/10 (10)

2011/09 (10)

2011/08 (10)

2011/07 (9)

2011/06 (9)

2011/05 (10)

2011/04 (8)

2011/03 (8)

2011/02 (12)

2011/01 (12)

2010/12 (12)

2010/11 (13)

2010/10 (15)

2010/09 (15)

2010/08 (14)

2010/07 (16)

2010/06 (17)

2010/05 (21)

2010/04 (18)

2010/03 (20)

2010/02 (23)

2010/01 (27)

2009/12 (27)

2009/11 (27)

2009/10 (26)

2009/09 (24)

2009/08 (19)

2009/07 (21)

2009/06 (30)

2009/05 (26)