アリソン・アトリー 『時の旅人』

アリソン・アトリー 『時の旅人』 松野正子訳 岩波少年文庫 (1998)

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20世紀初頭のロンドン、チェルシーに住む一家の末っ子のペネロピーは「幻を見た」などと言い出し、心配した親たちは子どもたちを転地療養させることに決め、ロンドンから離れたダービーシャーの、母方の親戚の住む古い農場で子どもたちをしばらくの間預かってもらうことになった。

ティッシーおばさんとバーナバスおじさんの住むサッカーズ農場で生活が始まったが、そこはもともとバビントン一族が所有する荘園屋敷だった。干草を刈ったり、牛の乳絞りを手伝ったりしながら楽しく暮らすうちに、ペネロピーはまた不思議な体験をする。ひざ掛け毛布を取りに行こうと屋敷に戻ったペネロピーは、どういうわけか、おばさんの部屋のドアがどれかわからなくなってしまい、いくつかのドアのうちのひとつを開けると、そこは……16世紀のサッカーズだった。

そんなふうに、ペネロピーは20世紀初頭のサッカーズと1580年代のサッカーズを、時間を超えて行き来できるという不思議な体験をするのだが、16世紀のサッカーズには伝説として聞いていたアンソニー・バビントンや弟のフランシスが生きており、またペネロピーの母方の先祖たちがいて、ペネロピーの顔や身体の特徴を見て「たしかにこの子はペネロピーだ」と受け入れてくれる。

原題の"A Traveller in Time"からもわかるように、本書は「タイムトラベルもの」とか「パラレルワールドもの」といってもいいだろう。この手のフィクションには常に因果律の問題をどうするのかという問題が付きまとうが、本書では「過去に起こったことは変えられない」という姿勢で一貫しているようだ。

たとえば「現代のものを過去に持ち込むことはできない」という法則(?)があるようで、ペネロピーが付けているロケット(スコットランド女王メアリー・スチュワートの肖像が描かれたものでアンソニー・バビントンが大切にしていたが、紛失してしまい、現代でペネロピーが発見したもの)は過去のサッカーズに行くときには消え、現代に帰ってきたらまた胸に付いている、というように書かれている。

それならペネロピーが着ていた現代の服はどうなるのだ、と単純に考えてしまうが、衣服に関しては問題がない(というか治外法権)みたいで、ペネロピーは現代の服を着たまま過去のサッカーズに現れる。そして、過去の世界でフランシスに衣服を着せてもらったりするのだが、こちらに帰ってくるときはそれを脱いで、律儀に着替えてから帰ってくるみたいである。ま、これはあまり突っ込んでもなあ、という部分かもしれないですね。

イギリスの王位継承問題に現代の女の子が巻き込まれるという筋書きで、史実である「バビントン事件」を盛り込んでいることでぐっとリアリティが感じられるのだろう。スコットランド女王メアリーを救出し、女王エリザベスを暗殺するという計画がアンソニー・バビントンを加えて進んでいくが、これが失敗することは歴史の語っているとおり。詳しい事情はわからないけれど、本書はどちらかといえばメアリーに好意的であるように思える。

ペネロピーの冒険も読みどころなのですが、本書の舞台となっている古い屋敷や町の様子、人々の暮らしぶりなどの描写も味わいがあってとてもいい。たとえば「……薪の煙と干し草の山と、そして、古い古い時代とが、分かちようもなくまじりあってかもしだされた、古い屋敷の豊かなかぐわしいにおいです。こういうにおいと音のすべては、織りあわされた光と闇、影と悲劇とともに、これからおはなしする物語の一部になっています」とあるように、舞台背景となっているダービーシャーやサッカーズ農場への愛情がページのあちらこちらから感じられる、いい本だ。


【付記】
● タイムトラベルものやパラレルワールドものって、やっぱりいいですね。以前このウェブログでも取り上げた『トムは真夜中の庭に』もそうでした(記事へ≫)。まずありえないけれど、もしあったらいいな、というフィクションならではの世界を楽しむことができるわけです。

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おお~!

乙山さん。こういうものまで守備範囲でいらっしゃるんですか(笑)。
私はきわめて守備範囲が狭く、また浅く、なかなか語れることが
少ないのですが、これには反応しなくちゃ(笑)。

アリソン・アトリー『時の旅人』。
これ私の好きな話なんです。それにもまして好きなのが、下の付記で挙げていらっしゃる『トムは真夜中の庭で』。
児童文学が好きでしたので、だいぶ自分でも、また子供と一緒にも読んできました。
その中でも、『トムは真夜中の庭で』は好きです。
『時の旅人』は歴史上の事実と重ね合わせて書かれている分、大人の鑑賞にも
耐えるものになっていますね。
アリソン・アトリーは好きで、このひとの自伝的作品の『農場に暮らして』も読みました。
こちらは空想的な部分はなく、ダービ-シャーの農場での少女時代を書いただけのものですが。
似たようなタイトルでジョセフィン・ティ『時の娘』というのが、ハヤカワ文庫から
出ていましたが、これは歴史と絡めた探偵もので、面白かった記憶があります。
もう一度読み直してみないと、私も筋立てなど忘れているんですが。
絶版になってるかも。

Re:彼岸花さん

彼岸花さん、コメントありがとうございます。
乙山は小学生のころ、「図書室少年」でもありました。
表に出てドッヂボールをするのも好きでしたが、
小学校の図書室で本を読むのも好きでした。

で、小学校のころ読んだのは、
江戸川乱歩作のポプラ社出版である「少年探偵団」シリーズなんかでしてね。
ほんとに本は好きだったんですが、
どういうわけか「岩波少年文庫」シリーズはそんなに読まなかった。

なんでだろう、と今にして思います。
大人になって、「こんないいものがあるんだ」と、
子どものときに味わえなかった分を取り返そうとしているみたいに、
あれやこれや、読んでいます。
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只野乙山

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⚫︎ できれば「只野乙山=ただのおつざん」とお読みくだされば、と思います。

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