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カタログオーディオ

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中学生のころ、どういうわけかオーディオに興味をもった。近所の電気屋さんに行ってはソニーやビクターなどのカタログをせっせと持ち帰る。それを学校に持っていき、休み時間に取り出してはクラスのオーディオに興味がある者たちとあれがいい、これがいいと熱い議論を戦わすのである。

高級オーディオ装置のカタログに熱を上げる一方、当時の私(乙山)の音楽再生装置はとても貧弱なものだった。モノラルのラジオカセットレコーダー(ラジカセ)一つだけで、主にラジオの音楽を聞いていた。ジャズのカウント・ベイシー楽団とか、デューク・エリントンなどの特集があると喜んで耳を傾けた。マイルス・デイヴィスやソニー・ロリンズ、ジョン・コルトレーンを知ったのは後のことである。

現実が惨めであればあるだけ、空想は途轍もなくゴージャスになるのだろうか。私はオーディオ装置のカタログを眺めてはうっとりし、とめどもない夢想の世界に浸りきった。オーディオ雑誌に掲載されているカタログ情報を集め、各メーカーに製品カタログを送ってもらうようせっせと葉書を書きまくった。

私のもとにはクラスのオーディオ好きの同級生たちでも知らないような海外製高級オーディオ製品のカタログが蓄積されていった。それを宝物のように大事にしまいこみ、おもむろに取り出しては眺めて悦に入っていたのである。

ところが、どういうわけか私は「オーディオに詳しい人間」として見られるようになってしまった。モノラルのラジカセしか持っていない人間が、である。知識ばかりを溜め込んで吹聴するとこのようなことになってしまう。恐ろしいことである。さらに恐ろしいことに、オーディオ仲間の一人がついにステレオ装置を買うことになり、そのアドバイザーとして私に一緒に来てほしい、と頼まれたのである。

困ったことになってしまった。しかし、私は「オーディオに詳しい男」として通用しているらしいから仕方がない。彼と連れ立って大阪は日本橋の電気街(でんでんタウン)に足を運んだ。現在の日本橋からは想像もつかないが、かつては高級オーディオ専門店が軒を並べていたものである。もちろん、家電製品の店もたくさんあったが、花形商品はなんといっても高級オーディオ装置だった。

当時最も店の構えが立派な高級オーディオ専門店だった河口無線でマッキントッシュ(米アップルコンピューターとは無関係)のアンプにそれこそ驚愕し、B&Oの美しいオーディオシステムに息を呑んだ。そしてJBLの4343型4ウェイスピーカーのど迫力に完全に打ちのめされながら、とにかく、カタログやオーディオ雑誌で得た知識を元に、予算内で考えられる限り良い物を選択するよう頭を捻った。

河口無線では今も昔も見ているだけで、実際の購入はほかの店を歩き回って少しでも安いところで手を打つ作戦である。カセットデッキはアイワ(今ではその面影もないが、当時アイワやナカミチ、アカイ、ティアックといえばカセットデッキの四天王だった)にした。アンプはラックス、そしてスピーカーはフォステクスのフルレンジ、バックローデッドホーンの箱キットという布陣だったように思う。

その後、いつしかオーディオ熱は次第に冷めていき、装置よりCDやコンサートにお金を使ったほうがよい(というかお金が回らないのだ)と考えるようになった。資金は有限なのに情報は無限に近く、それなら音にこだわるよりも、音楽にかかわったほうがいい、ということである。高級装置をそろえても、聴く音楽の内容が貧相では……というわけだ。これにかんしては、私は失敗していないと思う。正確に言うと、失敗しようにも、経済的事情で高級装置を買えなかっただけなんですけどね。

近頃、ようやくクラシック音楽をまともに聴く気持ちになれた、と思う。恥ずかしいことだが、若い頃はやれ老人趣味だスノッブだのとクラシック音楽を馬鹿にしていたものである。だが、もう大音量で音の快感に浸るより、ほどほどの音量で聴いていたいと思うようになった。従業員の趣味なのか、飲食店で耳にする雑音のような音楽をどうにかしてくれ、と言いたくなることもわりとある。

だから私は迫力のある低音再生にもそれほど興味はないし、20年来使っている小型2ウェイスピーカーでじゅうぶんである。アンプもミニコンポのばら売りを日本橋の某商店で購入して使っているが、とても人様に自慢できる金額の品物ではない。CDプレイヤーに至っては、小さな携帯型やiPodをアンプに繋いでいる始末だ。これには一応、理由がある。

私はほとんどのCDプレイヤーに採用されている、あのトレイが好きになれない。ああいう稼働部分はいつかは必ず壊れるものだし、せり出てくる際の音も気に食わない。その点、携帯型小型CDプレイヤーは申し分ない。パカッと開いて、手で閉じる構造はどこか信頼できる。望むらくは、これをトランスポートにして、DAコンバーターにお金を使いたいものである。デジタル出力を持つ携帯型CDプレイヤーが理想である。

安物しか知らないのかもしれないが、CDプレイヤーはローディング(読み込み)エラーが多い。数万円する立派なCDプレイヤーより、携帯型のそれのほうがエラーの少ないことがある。これには、つくづく失望させられた。私が求めるのは、確実な信頼性である。こわれない機械を買いたい。そして末永く使い続けたい、ただそれだけである。

さて、装置や音楽ソフトがそろっても、じっくり音楽に浸れる環境の問題がある。私は以前10年間ほど大阪のアパートに住んでいたが、周りの騒音が気にならなかったことはほとんどなかった。防音施工のない薄い壁、爆音を出して暴走するオートバイ、深夜の二時に突然歌の練習を始める隣人、なぜか年度末になったら頻繁に行われる道路工事、どれもこれも私を悩ませてくれた。こうした経験から、つくづく環境の大切さを思い知った。

オーディオ道楽もいいけれど、環境をわきまえぬ音楽再生は迷惑かつ有害でしかない。ロック歌手志望の隣人が録音したオリジナルの曲を大音量で繰り返し再生されるのには、ほとほと参ってしまった。聴きたくもないのに、しまいにはメロディや歌詞なども覚えてしまう始末である。いやはや、装置より何より、環境を整える(買う)のはたいへんお金のかかる大事業である。だがこれなくしては高級装置もいかんせん、無用の長物と成り果てることになりかねないのである。

オーディオに対する情熱は冷めた、とはいうものの、やはりカタログオーディオはいいものだ。今でもオーディオ雑誌の写真ページを眺めてはうっとりしてしまうのである。持たざる者の負け惜しみではあるが、そうやって眺めているときが、いちばん幸せなのかもしれない。


【付記】
今(2010年現在)、魅力あるCDプレイヤーは本当に市場に存在していないように思えます。そんなわけで、もっぱらiPod(またはPC)+アンプ+スピーカーという装置で音楽を楽しんでいます。ノートパソコン付属の大容量ハードディスクに物を言わせ、iTunesを使ってMP3ファイルにして取り込み(ビットレートは256kbps)、それをアンプにつないだり、iPodに移したりして聴いています。むろんCDから聴くほうが音はいいのでしょうが、乙山程度の耳なら、iPodでも嘆くほどのことはありません。
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