なぜレトロな丸眼鏡があまりないのか

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現在私(乙山)は眼鏡を使っているが、以前はかなり長い間コンタクトレンズを使っていた。コンタクトレンズを昼間使っていると、夜などどうしても外したくなってくる。ところが、取ってしまうと視力の差からか非常に見づらくなってしまい、ちょっとした用事をするにも困ってしまうことが何度もあった。それでやむなく、家専用の眼鏡を買おうかと思い立った。かなり昔の話である。

眼鏡店で物色した結果、セルフレームのものを選んだ。アメリカのユダヤ系エリートがかけていそうな、おとなしい形である。たしかウディ・アレンなどもこのような眼鏡をかけていたのではないだろうか。『アンプラグド』でのエリック・クラプトンもこのような形の眼鏡だったと思う。ただし、私のはインパクトのある黒ではなくて、べっ甲色のどこにでもあるような目立たないものだ。

眼鏡を買って以来、人前に出るときはコンタクトレンズをつけ、家に帰ってきたら目を休めるために眼鏡を使うことにした。そうすると、実に快適に自室での時間を過ごせたし、休日もコンタクトを使わず眼鏡をかけて外出することが多くなった。

相変わらず眼鏡が嫌いだったが、少しずつ眼鏡姿の自分を受け入れるようになっていった。べっ甲色セルフレームの眼鏡はその後、フレームが折れてしまったが、同じ形のものが眼鏡店にあったのでそれを買ってしばらく使い続けた。

その後、世紀末だのミレニアムがどうしたと世間が騒がしかった頃、大阪から兵庫に引越しすることになり、仕事も変わることになった。これを機会に最初から「眼鏡をかけている人」でいったらどうかと考えた。もう、小さなレンズを洗ったり、付けたり外したりするのが面倒くさくなってきた。それに、眼鏡をかけている自分がどのように見られるかということなど、どうでもよくなってきたのである。

ある日、宝塚のとある眼鏡店で割引セールをしているのが目に止まった。5000円前後でフレームとレンズを購入できるというのを見て、思わず店に入ってしまった。陳列されている品物を見ると、どうやら今は小さなフレームが流行っているらしい。その基準からすると、私のべっ甲色セルフレーム眼鏡はどうやら流行から外れること甚だしいということがわかった。

少々気後れするのを感じながら、私は物色するふりをしていた。すると、小さな円に近いセルフレームがふと私を捉えた。手にとると、濃いグレーに見えるが、実際は複雑な色が混じっている。

それを見ていると、作家の坂口安吾をふと思い出した。そういえば、安吾もセルの丸い眼鏡をかけていたではないか。安吾の丸眼鏡は黒だと思うが、私に黒は強すぎる。この、濃いグレーあたりがちょうどいい。決めた。私はそれを密かに「安吾眼鏡」と呼び、購入した。新しい職場へはもちろん、安吾眼鏡をかけて出勤し、すっかり安吾気取りになっている。調子に乗りやすい男である。

それから一年ほど安吾眼鏡を使っていたが、ある日、取り扱いが悪かったのだろうか、フレームが折れてしまった。これは悲しかった。気に入って購入し、わりと満足して使っていただけにショックだった。

第二の安吾眼鏡を求めて、いろいろと眼鏡店を回ってみたが、セルで円形の眼鏡はまったく発見できなかった。なぜ丸眼鏡が店にないのか。私としては残念なので、店員さんに訊いてみると、今はオーバル(楕円形)のフレームが流行っており、買い手の付かない円形のフレームはほとんど製造されていないとのことである。

やっと見つけたのは金縁で、細いつるがついているレトロな丸眼鏡、店に残った最後の一つである。その丸眼鏡から、批評家のワルター・ベンヤミンを思い浮かべた。ベンヤミンはユダヤ系の人で、『複製技術時代の芸術作品』やボードレール論などを残しているが、ナチスから逃亡中、ゲシュタポに密告すると脅され服毒自殺してしまった悲運の人である。彼が丸眼鏡をかけた憂鬱そうな顔が写真で残っている。私は金縁の丸眼鏡を勝手に「ベンヤミン眼鏡」と命名し、それを購入した。懲りない男である。

ところが使っているうちに、金縁眼鏡は豪華な雰囲気で、どうも自分に合ってないのではないか、という気がしてきた。眼鏡ばかりが目に付いて、目立ちすぎているように思えるのだ。眼鏡はあたかも顔の一部であるかのように、その人の顔全体に溶け込んでいるかのように存在しているべきだった。形だけを気にして品物を選ぶと、えてしてこういう間違いをしでかすものである。

ベンヤミン眼鏡を購入した店に行くと、すすめてくれたのは形状記憶合金とかいう素材で作ったフレームだった。これは曲げても捻っても元に戻るし、驚くほど軽い。丈夫で軽いという機能に惚れ込んだ私が、早速購入することになったのは言うまでもないが、デザインは流行の楕円形だ。それしかないのだから仕方がない。

本当は、丸眼鏡のほうが好きなのだ。しかし、あこがれだけではどうにもならぬ。丸眼鏡は、丸顔の人にはあまり似合わないという意見もあるようだ。私はどちらかというと丸顔で、最近運動不足のせいか丸顔にますます磨きがかかってきているのだ。これをなんとかせねば……レトロな丸眼鏡は、机の引き出しに大事にしまわれたままになっている。


【付記】
● 丸眼鏡といえば、坂口安吾やベンヤミンより、ジョン・レノンのことを思い出します。乙山とジョン・レノンは何の関係もありませんが、丸眼鏡をかけて歌っていたジョン、丸眼鏡をかけてオノ・ヨーコと写真に写っていたジョンを思い出すのです。

● 丸眼鏡は本当に眼鏡店で見かけることがありません。一時「ハリー・ポッター」の影響で真ん丸の眼鏡が眼鏡屋さんの店頭に並んだこともありましたが、それでも全体としては数が少ないのではないかと思います。やはり丸眼鏡は流行らないというか、かけるのが難しいのでしょうか。

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こんばんわ。

眼鏡ひとつで、坂口安吾が出てくる、ウッディ・アレンやジョン・レノンが出てくる・・・。
まさに乙山ワールド!

好きだな、こういうの。植草甚一のエッセイみたいです。

私も眼鏡をしています。遠近両用(笑)
最近、18900円というワンプライスの店で買い換えました。
確かに丸いセル系はなかったように思います。
結局、並んでいるものからデザインを選ぶしかないわけで、意に反して
やはり少し横細長の、メタルかセルか判別しにく質感のフレームとなりました。

映画の内田百も丸いセル眼鏡がよく似合っていましたなあ。

Re:mapことクワトロ猫さん

mapことクワトロ猫さん、コメントありがとうございます。
たかが眼鏡でも、かける以上は……とか思っていますが、
丸眼鏡はなかなか難しいですね。あんまり置いてないですし。

内田百も丸眼鏡でしたね。昔の人になぜか丸眼鏡は似合います。
というか、本当は丸眼鏡しかなかったのかもしれません。
ずっと後世、私たちも「オーバルの眼鏡なんかかけやがって」とか言われるんでしょうかね。

植草甚一のエッセイは、大好きです。
折にふれて読んでいます。
そんなふうに書けたらいいなと思うのですが、とても届かない人です。

No title

メガネですか・・・・
私は小さい頃から目だけは良くて、メガネのお世話になることなんかなかったんですが・・・
最近、めっきり近いところが見えなくなりましてねえ・・・
メガネのお世話になるようになってしまいました。
多分、乙山さんとは逆の働きをするメガネですけど・・・

一〇〇円均で飼いました。

Re:三友亭主人gatayan さん

gatayanさん、コメントありがとうございます
乙山も、至近距離に焦点を合わせるのが辛くなってまいりました。
老眼と呼ばれる現象だと思います。

眼鏡をちょっと外して見ると、
近いところが見やすくなる現象です。
早い人は30歳くらいからそうなるようですね。

ほんと。乙山ワールド!

眼鏡一つで、いろいろな方が登場してきますねえ(笑)。
楽しく読ませていただきました。

植草甚一のエッセイのようってほんとですね。
知的な男の方の文章だなあ、といつも感じています。

私も長年、コンタクトレンズでしたが、年を重ねてくると、
もう午後には目がつらくなるようになって、とうとう眼鏡美人に(?)
おさまってしまいました。
実は眼鏡がとっても似合わないんですけど(笑)。

昔は丸眼鏡が主流で、逆にオーバル形のものは珍しかったかもしれません。
殆どの者が丸眼鏡の中、島崎藤村は大正の初めに既にオーバル形のものを
かけています。彼はお洒落だったのかもしれませんね。

丸眼鏡は自分ではかけませんが、私も形態としては好きです。

Re:彼岸花さん

彼岸花さん、コメントありがとうございます。
彼岸花さん、「知的」の「知」に「やまいだれ」をお忘れでは?
そうなのです。
知的というよりは、痴的というほうが実態に近いのです。

コンタクトレンズの苦しみ、わかります。
痛い、面倒くさい、とわずらわしいことが多いですね。
乙山はハードレンズでしたので、余計痛さがありましたが、
ソフトレンズの場合、知らず知らずのうちに眼を傷めていることもあるようです。

おたわむれを(笑)。

「やまいだれ」はなしです!(笑)

私もコンタクトレンズはハードタイプでした。
ただ風の日はつらくて。
うちの近くは、銀杏並木がずっと続いた道があるんですが、
ちょうどこれからの季節、落ち葉が乾燥して細かい塵になる。
それが関東の空っ風で舞って目に入ると痛かったなあ。
それも今は懐かしい記憶です。

私は眼鏡不美人で、だけど富士額です(笑)。

Re:彼岸花さん;でも本当に

彼岸花さん、コメントありがとうございます。
どんな苦境にあっても、ジョークを飛ばして女性を笑わせる、
レイモンド・チャンドラーの推理小説の主人公みたいにありたい。

あこがれだけなのです。
せめて仮想空間だけでも、ってことで。
プロフィール

只野乙山

Author:只野乙山

⚫︎ できれば「只野乙山=ただのおつざん」とお読みくだされば、と思います。

⚫︎ 文字中心のウェブログ。ほとんど一話完結で、どの記事をご覧になっても楽しめ(?)ます。文字数だけなら一冊の本に匹敵(凌駕?)するほどありますので、ごゆっくりどうぞ。

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