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街と人々、そして忘れられた物語をめぐる小説=エッセイ=論考

堀江敏幸 『おぱらばん』 新潮文庫 (2009)

Horie_Toshiyuki_Oparaban.jpg
通勤電車の中で読書をする習慣がついてしまうと、あわただしく家を飛び出した拍子についうっかり本を忘れ、いつもあるはずの本が手元にないことに気づいて手持ち無沙汰になり、なんとなく居心地の悪い時間をすごしてしまうことがある。

そんなときは目的の駅で降りたあとで、近くにある本屋で物色し、ようし帰りはこれを読もうと心に決めるわけであるが、堀江敏幸 『おぱらばん』 (新潮文庫)もそんなふうにして手にした一冊だ。

帯には「忘れられた小説と郊外の人々をゆるやかにむすぶ、漂泊のことば」などとあり、背表紙には「新しいエッセイ/純文学のかたち」と書いてある。私(乙山)はこの作者の別の本をすでに読んだことがあるので、「はじめて読んでみたが……」みたいな書き方はもうできないのだが、正直なところ、そんなに「新しいかたち」なのかなあ、と首を傾げたくなった。

本書を小説なのか、エッセイなのか、はっきりさせる必要はないのだが、たしかにエッセイとしても、小説としても読めるように書いてある。これは「私」という一人称を主人公にして、いかにもフィクションだとわかるような要素(たとえば「街に怪獣出現!」とか)を取り入れていないため、読者はかぎりなく主人公の「私」を作者に近づけて(あるいは私=作者と見なして)読んでしまうのだろう。

だけどこれは、堀江敏幸以外の作家でもよく行ってきたやり方で、ざっと思いつくだけでも相当な数になるのではないか。井伏鱒二、山本周五郎、太宰治、坂口安吾、志賀直哉、辻邦生、車谷長吉などの作家がそうであろう。実際はもっとたくさんの作家が「私=作者」と読める小説を書いていてきりがない。ためしにウィキペディアなどで「私小説」と入れて検索してみるとおわかりになると思う。

それらの作家と堀江敏幸の違うところは、小説での話の流れの中に明らかに異質な断片としての「エッセイ=論考」を挿入したことだ。本書『おぱらばん』ではその部分は「ゆるやかにむすばれて」いるけれども、初期の作品ではどう見ても異物としてのエッセイ=論考がちょっと居心地悪そうに、けれどもじつは作者はこちらのほうに力を注いでいるのではないかと思えるくらいの存在感を持って散りばめられている。背表紙にある「新しいかたち」ということばで言おうとしているのはこのことではないかと思う。

だけどまあ、理屈は抜きにしても(むしろそのほうが)本書は楽しめるのではないだろうか。主人公が卓球少年に戻って中国の老人と勝負する「おぱらばん」、床屋嫌いの主人公がやっと見つけて何度も通うことになる鄙びた床屋を書いた「床屋嫌いのパンセ」、ひとつの理想として砂付近スナフキンを想起する「のぼりとのスナフキン」など、まさに街と人々、そして忘れられた物語をめぐる、極上の私小説=エッセイ=論考を楽しめる。


【付記】
堀江敏幸と最も似ている作家はだれか、もし挙げるとするなら、乙山は辻邦生を挙げるでしょう。フランスに留学して、パリやその周辺の街、または諸外国を舞台にした小説を辻邦生はたくさん書いているし、大学の先生をしながら小説を書いている点でも二人は共通しています。辻邦生 『背教者ユリアヌス』 や歴史物などはその限りではありませんが、辻邦生の初期短編集などをお読みくださればおわかりいただけると思います。

そんな人、聞いたことないなあ……という作家がよく登場するのも堀江敏幸の小説では珍しくありません。それにジル・ドゥルーズとかロラン・バルトといった人の名前がさらっと出てくるのもこの人ならでは。それらの人を知らなくても本書はじゅうぶん楽しめますが、それらの固有名詞は高級感とか高尚な雰囲気を盛り上げてくれる大事な要素かもしれません。
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