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Not blame it on my youth, but...

彼女の額の汗が引き、呼吸が少し落ち着いた頃、目を閉じている彼女に言った。ねえ、終電の時間過ぎてるんだけど、知ってた? だが彼女はそれに答えず「明日……」と言った。え、なんだって明日がどうしたの、っていうと「晴れるかな」と来た。なんだそれ。1989年の晩秋だ。彼女はFSといってアルバイト先のカラオケパブによく来る女の子だった。

そのころ朝夜の冷え込みが大きく、寝るとき被った布団をいつの間にか跳ね除けてしまい、朝に身体が冷えて風邪を拾ってしまった。大学には行ったものの途中で悪寒がしたので早めに帰宅、熱も出てきたようなのでバイト先に連絡を入れ店を休むことにした。FSは私の家をマスターに聞いたのか、お見舞いに来てくれたのである。

彼女がどこで何をしているのか知らなかったけど、ヨンテン(四天王寺)の牛丼屋でアルバイトしていることだけは店で教えてくれた。ひとしきり汗をかいた後、彼女は少し身の上話をした。母子家庭であるが、母親に男ができたみたいで家にいたくない、というか帰りたくない、と。「しばらくここにいていい?」というので「いいよ」といった。

FSはどういうわけか私をU(you)と呼び、自分のことをミーといった。私の本名が古風で呼びにくかったこともあるだろうし、「あなた」とかいうのも照れくさかったのだと思う。大学とアルバイトもあってそんなにかまっていられないことも彼女に話した。ともかく、こんなふうにいろんなことが不詳の女の子との奇妙な共同生活が始まった。

寒い時期だったのも幸いしたかもしれない。お互いの気持ちを曖昧にしたまま、私たちはお互いに相手の身体の温もりを利用していた、のだと思う。客用の布団などなかったし、小さな1人用の布団にくるまって私たちはいくつかの夜を過ごしたけど、先のことなどこれっぽっちも考えていなかった。先のことはわかんないけど、今が良ければそれでよかった。

程なく私とFSの関係はマスターに知られることになったけど、別に意に介さないみたいだった。男性スタッフ中心のカラオケパブはどこかプチ・ホストクラブみたいな面もあって、スタッフの中には3股かけている者もいたくらいだ。Tちゃん手ェ出すんならお金持ってる大人の女にしといたほうがいいよ、というスタッフもいた。

ある日FSが「ねえ、店でミーのことジロジロ見てくる子がいるんだけど、なに?」という。最近そういえば、別アルバイト先の喫茶店で知り合った女の人とその娘が店に来ていたんだった。おそらく娘がFSを見ていたと想像するけど、話しても面倒になるだけだったので「さあ? よくわかんないな。気にすることないよ、放っておくさ」と言った。

困ったのはマスターが変な商売話に本気になっていることだった。ハラ・ゼンザブロウとかいう人が超音波発生装置を作って、それを風呂で使うとすごい健康効果がある、との触れ込みでセミナーに連れて行かれた。ステージの上には何人かの「成功者」がいて、それぞれの成功話をしてくれるのはいいけど、もう露骨なまでの拝金主義だった。

ハラ氏の講演も凄まじい熱気を帯びていて、聞いている人たちはなんだか集団催眠にかかったような浮かれた表情をしていた。つまんないこと言ってるな、と冷めた気持ちで聞いていると「タフでなくては生きていけない。優しくなくては生きている価値がない」と来た。レイモンド・チャンドラーの台詞そのままなんだけど、みんな知らないのか?

セミナーの後、マスターや仲間が連れてきた「カモ」を集めてマンションの一室で「入会手続き」が行われるようで私も誘われたけど「無理」と言って断った。それで私に対する態度が変わらないのがマスターの良いところなんだけど、勧誘に力入れ過ぎて店のほうはほとんど私たちスタッフ任せになってしまっていた。

実のところ、カラオケパブは1970年代だったら通用したかもしれないけど、1980年代の終わり頃では全てにおいて時代遅れな感じがしていた。長年の常連客でなんとかもっているだけで、これからの時代を生き残っていくにはこのままではダメだと思った。でも前借りだってしてくれたんだ、義理ってものをこんな私だって理解できるから。

だけどそれだけでジン・トニックひとつまともに作れないカラオケパブのスタッフを続けるには無理があったし、もう少し自分自身のレベルも上げたかったので、ホテルのメイン・バーのアルバイトをすることにした。JR福島駅が最寄りで、ABC朝日放送とかシンフォニー・ホールがすぐそばにあるホテル。夕方7時から深夜2時まで働き、風呂や仮眠室もある。

自分の部屋が天王寺にあるので方角的には部屋に戻ってから大学へ行くこともできるが、できるだけ睡眠時間を確保するため、バイト先のホテルから直に大学に行くことも増えた。テキストの用意はどうする、と思うかもしれないけど、万年筆とバインダー・ノートさえあれば大学の講義はなんとかなる。テキスト必須、って先生もいるけどあれは商売ね。

とある休日、私たちが2人でいることが珍しくなってしまったけど、FSが言った、「マミーに会ってくれる?」と。そういうのって、もっときちんとしてからのことだと思ったんだけど、慌てたりオタオタしたり、逃げたり隠れたりしなかった。彼女がそうしてほしいんなら、すればいいだけのことではないか。減るもんじゃないし。

JR阪和線の和泉府中駅で降り、見知らぬ町を彼女と歩いた。誘導されるがまましばらく歩くと団地に来た。どうも府営住宅のようで、いつから出来たのか知らないけど、どう見ても全体的に古びた感じがした。FSの母親がどんな人だったか、なにを話したんだか今となっては思い出せないけど、彼女が苦労しているのはなんとなくわかった気がした。

晩ご飯を食べた後、FSはアルバムを持ってきて思い出話をしてくれた。「中学の頃ね」と彼女は言った、「体操やってたんだ」と。写真にはすらっとした女の子たちが写っていた。「この頃ね、塾先(塾の先生)に呼ばれて家に行ったんだけど……イタズラされちゃった。毛、剃られたりとか」っていうので、いったい何年前の話? って言った。

「そう……1年前くらい?」と彼女は言った。そのとき軽い目眩を覚えたが夜、私たちは床に着いた。彼女は耳元で「Uのバカ……寂しかったんだぞ」と言い、私はごめん、ホントにごめん、と言って彼女を抱きしめた。身体が柔らかかったので彼女の足首を持ってするのが好きだったけど、彼女は同じ方向を向いてするのをもとめた。

彼女をほったらかしにしているのはわかっていた。でも理由あってのことだ。誰も信じてくれないけど、大学は自分のお金でなんとかした。だから講義も真面目に受けていた。周囲の雰囲気とはまるで違う、浮いているってわかってたけどね。もう女の子を1人にはしない、だからホテルのマネージャーに辞めることを伝えた。

新しい仕事見つけなくちゃ、と家に帰ると女の子はいなくて、少ない彼女の持ち物一切がっさいが、小さな部屋から消えていた。まるで初めから彼女がいなかったみたいに。女の子と暮らすなんて初めてだったのに、なぜかいつか、どこかで見たような妙な既視感の中で窓がひとつしかない狭い部屋に一瞬、風が渡ったような気がした。


【後日譚】
数年後、小さな部屋に一通の葉書が届きました。ウェディング・ドレスを着た彼女の横に、男の人が写っていました。なんで今さら、と思うのですが、彼女らしいとも思いました。

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懐かしい

これは、幾分か脚色を施したものでしょうか。昔ハマった小説を思い出します。ところで福島駅近くのホテルって、ホテルプラザのこと?私と家内はそこで結婚式を挙げました。

Re: 懐かしい;トニーさん

トニーさん、コメントありがとうございます。
いつものように、体験をもとにある程度の脚色を加えてありますが、
ほぼ内容通りのことを、当時経験しました。
仰るようにホテルプラザです。
料理がとても旨い、良いホテルでしたね。

No title

やっぱり良いわー。

Re: 荻野さん

荻野さん、コメントありがとうございます。
1980年代後半から90年前半、不思議な時代でしたね。
そんな時代だったらからこそ、できたのかもしれません。
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