ひ弱な生き物

作り話をしよう。ある理由で、ある場所に幽閉された複数の男たちが、ある日招集された。監視役が「今から諸君にある作業をしてもらう。なに、そんなに難しいものではない。あれを見てほしい」と言った。そこには、木箱が山積みにされていた。「あれを**まで運んでもらいたいのだ。運んだら、きちんと積み上げるように。では始めてくれ」。

木箱は頑丈に作られていて、中に何が入っているのか、振って確かめようなどする気も起きないほどの重量である。とにかく男たちは、木箱を担いで所定の場所まで運び、きちんと積み上げる作業を繰り返す。汗が胸や背中を流れ、やがて服を濡らすほどになった。屈強な男たちではあったが、息が上がってうめき声が漏れた。そうして、大量の木箱が移動され、作業が終了した。

監視役は満面の笑みを浮かべて「諸君、ご苦労であった。グッジョブ!」と言った。それを聞いた男たちはかすかな笑みを浮かべ、心にはいくばくかの達成感が生じた。ところが監視役がやはり笑みを浮かべながら「諸君は実によくやってくれた。では、あれらを元の場所に戻してくれ」と言ったとき、男たちの顔から笑みは消えた。その後、所定の時間になるまで、男たちは物体の移動を繰り返した。

極端な作り話ではあるけれど、この種の「労働」に意義とかやり甲斐、達成感を見出すのは難しいのではないだろうか。というか、これは意図的に労働から意味を剥奪したフィクションなのだ。だけど、仕事によっては、この作り話にかなり近い内容になってしまうこともあるのではないか。

飲食/食品関係の仕事をしている人なら「アニキ(古い物)の先出し」はご存知かと思う。例えば、店で冷蔵庫にソーダ瓶を補充しようとする時、中に入っているソーダを手前に移し、新しいソーダを後ろに置きますね。ソーダの瓶を移動させるくらいなら問題はないのだが、食品工場で大型の荷物を大量に移動させるとなると、話が違ってくる。

わかりやすくするため、作り話をもう一つ。食品を詰めたダンボール箱を出荷するため、出荷口に積んでいくのだが、その製品のためのスペースは二つしかない。幅が狭く、奥行きがわりとある場所だ。一日目は左右いずれかにダンボール箱を積む。そうするしかないからね。二日目はその隣に積みますよね。

ところが、三日目になっても配送業者が来ない場合、どうするか? 左右の古い製品の前に新しい製品を置くわけにはいかないので、三日目の製品を置く場所を空けるために、一日目のダンボール箱を、二日目のダンボール箱の前に移動しないといけない。こうして、たんなる「物体の移動」という作業が生じるわけです。

四日目になるとどうなるか……いや、もうやめましょう。とにかく、限られたスペースに製品を置き続ける以上、どうしても誰かが「物体の移動」をし続けることになる。その誰かとは、できれば「男性で、年齢が若く、力のある人間」が望ましいわけだが、たとえ年齢は若くなく、力もさほどない人間でも、男性であれば従事する機会が増えるんですね。

以前、あるひとから戦後シベリアで抑留されて生き残った人の話を聞いた。シベリアでは日本各地の部隊が集められていたけれど、都市部の部隊がまず死んでいって、田舎の厳しい山村部の部隊が生き残ったという。その時はそんなものなのかな、くらいにしか思わなかったけれど、今は妙な現実味をもってよくわかるような気がする。


【付記】
⚫︎ 様々な仕事・職業があり、人も様々なわけですから、やはり向き不向きとか、適材適所というのはあるんだなあ、と思います。とある機会で思わぬ仕事が回ってきた時、自分は決して屈強でもタフでもなく、すぐ弱音を吐いてしまう「ひ弱な生き物」にすぎない、と思い知りました。

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No title

コメントやめておこうかなとも思ったのですが、やはり書かせてもらいますね。乙山さんは今現在このような状況にあるのでしょうか。
 仕事の目的もいろいろです。
 「暴力脱獄」というポールニューマンが出ていた映画で、囚人たちが監視から、今日は穴を掘れと指示される。掘って一安心していたら今度は全部埋めろ、というシーンがありました。これは苦役と忍耐だけの結論になります。
 本来の仕事は、顧客満足が目標になりますね。喜んでいただいて、その対価として報酬をいただく。お客様の笑顔、感謝の言葉がモチベーションになります。
 でも突然舞い込んだ仕事は、自分で対応できるかのレビューが必要になります。レビュー結果として、受けてしまうと不履行のリスクがあり断った方が、先方と自分のためであるなら、それも一つの賢明な選択です。ISO9001:2008/7.2.2

Re: トニーさんj

トニーさん、コメントありがとうございます。
現在このような状況にあるわけではありません。
とある体験から実感したことを伝えたいだけなのです。
実名を出すわけには参りませんので作り話に仕立ててあります。

題名の通り、自分はひ弱な生き物に過ぎないことを自覚しました。
ただそれだけのことですので、ご心配には及びませんよ。

No title

その昔、というか働きだした頃はまさしく内容の様な事やってました。
ただ、文章にある様な修行めいた感覚は無かったですけどw

今思えば、あの頃があったから、今の業務がメンタル的に勤まってるのかなぁ。なんて都合よく思ったりします。はい←


Re: 北摂在住の名無しさん

北摂在住の名無しさん、コメントありがとうございます。
乙山の体験は業務としてでしたので避けようがなかったのです。
いや本当、色んな仕事があるものですね。

きついことも経験なさったことでしょう。
あの頃があったから、と良い方向で考えられるのも強さですね。
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只野乙山

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⚫︎ できれば「只野乙山=ただのおつざん」とお読みくだされば、と思います。

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