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洋行感覚を明治気質で

梨木香歩 『f植物園の巣穴』 朝日新聞出版(2009)

Nashiki_Kaho_fPlants.jpg
明治の頃を舞台にした幻想奇譚、というおおまかな括り方もできるだろうけど、この作者が書いた他の作品、たとえば『家守奇譚』や『村田エフェンディ帯土録』にも表れているように、ちょっと古い時代を上手に書く人だ。
どんな文体なのか、ちょっと引用しておこう。

……それから自宅に帰り、梅雨明けを迎え、ぎらぎらした夏が来て夏が去り、初秋の風が吹いて後、いかなる天の配剤かは知らぬ、辞令が下り俄かに身辺慌しく引っ越し余儀なく、任地のf郷に居を移し終えたのが師走、さして寒くもなかった冬は早々に生温かい春に居場所を譲り、再び梅雨が来て梅雨が去り、更に夏が来て夏が去ろうとする、その交、初秋の長雨の夜のことだ。(梨木香歩『f植物園の巣穴』冒頭付近)

どうです?
改行も比較的少なく、漢字が多く、古い言葉遣いがままあるので、現代のすかすかした軽めのものを好んで読む人にとっては、とっかかりがちょっとやっかいかもしれない。

f郷という町(おそらく架空)にある植物園に転勤してきた「わたし」こと園丁が主人公。
若くして嫁いできた妻が急逝してしまうのだが、彼女には身ごもった子どもがいた。不憫なことであった、とあっさり書いてあるのだがおそらく傷心の「私」は単身でf郷の植物園に勤務している。

「私」が歯医者にかかるのだが、その歯医者の家内は、自分の前世が犬であったことを隠そうともせず「私」に話して聞かせるし、鶏の頭をした人物を見かけなかったか、などと言うのだ。
はじめからしてなにやら不穏な雰囲気が満ち満ちているが、話はどんどん不思議な方向に展開していき、カエルのような小僧や、地面を歩き回る鯉なども登場し、『マルコヴァルドさんの四季』(岩波少年文庫)を書いたイタロ・カルヴィーノも真っ青になるようなわけのわからない様相を呈してくるのだが……

わけのわからない「世界」の中で「私」はカエル小僧と一緒に「千代」を探す。
「千代」とはいったいだれなのか?
「千代」を探しながら、しだいに「私」の記憶が明らかになっていく。

作者は英国留学経験を持っているそうだが、本書ではその洋行感覚を明治気質という形でうまく表現しているのではないかと思う。いわゆる「バタ臭さ」は見事に払拭されているが、アイルランドの神話という形でさりげなく挿入されている。洋行感覚を前面に出し、積極的に展開して見せたのは初期の『西の魔女が死んだ』だろう。

本書は形式的に見れば、現実→異世界→現実という構成である。
だが、その「現実」がいかにも不思議な感じに描かれていて、現実から異世界のへの橋渡しがはっきりとわからないようになっている。そのため読者は主人公と一緒になって「わけのわからなさ」を味わうことになるのだが、そのあたりが本書の面白いところなのではないかと思う。
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