『アイズ・ワイド・シャット』

『アイズ・ワイド・シャット』(1999年、アメリカ/イギリス映画、159分)

EyesWideShut.jpg
原題:Eyes Wide Shut
原作:アルトゥール・シュニッツラー『夢小説』(1926)
監督:スタンリー・キューブリック
出演:トム・クルーズ、ニコール・キッドマン、シドニー・ポラック、マリー・リチャードソン、トッド・フィールドほか


スタンリー・キューブリック監督映画『アイズ・ワイド・シャット』の予告編が流れていた時のことは何となく覚えている。ああ、キューブリックの新作なのか、けどこれが遺作なんだな、と思った。キューブリックにしては珍しくトム・クルーズとニコール・キッドマンという有名スターを起用し、なんだか扇情的な雰囲気の映像だった。しかも成人指定映画だというではないか。

けれど話題性のあるものはとりあえずパス、というひねくれた性格のゆえか、映画館まで足を運ぶことはしないまま何年も過ぎてしまった。そしてつい最近になってレンタルメディア店で手に取った。ニューヨークで開業医をしているビル(トム・クルーズ)と妻アリス(ニコール・キッドマン)には幼い娘がいて、夫婦は倦怠期に入っている様子。

患者で友人のジーグラー(シドニー・ポラック)邸で開かれるクリスマス・パーティに招かれた二人は準備をしているが、アリスが「どうかしら?」と訊いてもビルは彼女を見もしないで「素敵だよ」と返す。そしてシッターに娘を預けた二人はパーティー会場へ。当初二人は一緒だったが、別れてパーティーを楽しむことになり、ビルは二人の女性モデルに声をかけられ、アリスはハンガリー人を名乗る中年紳士から誘惑を受けつつダンスを踊っていた。

だがビルとモデル二人がどこかの部屋に行こうとした瞬間、ビルはジーグラーの所へ行くように、と声をかけられる。ビルが赴くと、酒と薬物の過剰摂取によって危険な状態のマンディという女とジーグラーがいた。マンディの治療を済ませ、パーティー会場に戻ると、旧友のニック(トッド・フィールド)に出会い、今ではピアニストをしているという。アリスは中年紳士の誘惑を振り切り、夫婦はお互いのことを気にしながら帰宅する。

翌晩、寝室で薬物を仕込んだタバコを吸ったアリスは、以前家族で旅行に行ったときの思い出を不意に語りだす。泊まったホテルで見かけた海軍士官と目が合った瞬間、すべてを捨てて抱かれてもいい気持ちになった、とビルに告白する。妻がそんなことをする女ではないと思い込んでいたビルは衝撃を受け、海軍士官とアリスが交わっている妄想が頭から離れなくなってしまう。

患者の老人が亡くなったという知らせを聞いたビルは、患者の家へ向かい、老人の娘にお悔やみを告げるが、彼女から「ずっとあなたに好意を持っていた」と告白され、求められるも何とか振り切る。そして帰宅の途中で例の妄想がビルを悩ませ、彼は夜のニューヨークを徘徊することになる。道で娼婦のドミノにつかまって彼女の家へ入り、事に及ぼうとした時、アリスからの携帯電話が鳴り、ビルの「冒険」は果たされなかった。

その後ビルは、友人のニックがピアノを演奏している店に行き、演奏後にニックから不思議な話を聞く。これから彼は某所でピアノを演奏する仕事があり、入館後に目隠しをされてひたすら指定された曲を弾くよう命じられているんだけど、そこで繰り広げられていることと言ったらないぜ、という。興味を持ったビルは、場所と入館のためのパスワードをニックから聞き出し、深夜に貸衣装屋で仮面とマントを調達、秘密の館へ車を走らせる。

とまあ、途中まではそんな感じで進んでいくんだけど、ここまではあまりキューブリックらしさを感じなかった。この後、秘密の館内の場面から、ぐっとキューブリックらしくなってくる。館内には多数の男女が集まっており、みな仮面を付け、男性は黒いローブだかマントだかをまとっている。女性の一部は裸同然の格好をしていて、異教の儀式めいた何かが執り行われた後は、予想通りの展開になって、ちょっと笑ってしまうほど。この場面こそ成人指定映画たる所以だろう。

だが、予告編を見た観客の多くは、成人指定映画ということもあって、トム・クルーズとニコール・キッドマンがどれだけスクリーン上で露出してくれるのか、と期待したのではなかろうか。もちろん、二人ともある程度の露出はあるけれど、行為の露出は一切なく、ビルの妄想の中でアリスと海軍士官が絡んでいる場面だけである。なので観客の中には肩透かしを食らった、と感じる人もいたのではないかと想像する。

あえてそうなるように仕掛けたわけではないと思うが、基本の設定が「幾多の誘惑を振り切って妻の元へ帰る夫」なのである。老患者の娘、二人のモデル、娼婦、貸衣装屋の娘、そして秘密の館とどれだけビルは誘惑にさらされていることだろう。だが彼は偶然の助けもあって誘惑を振り切ることができた。そもそもの設定が「脱がない男」なんだから、トム・クルーズの露出がほとんどないのも仕方がないと言える。

話としては、いろいろ誘惑があったけれど夫婦がそれぞれ浮気をせず(夫はやろうとしたけれど最後まで行けなかった)、起こったことをすべて妻に話し、それを妻が許して(?)、何をすればいいだろう、と問う夫にあのエンディング。形としてはハッピーエンドなんだけど、見終わった後で幸福感を得られないのは、スクリーンを通して観客は自分自身を見ているような気分になるからではないかと思う。

おそらく人間には、理屈で説明できない非論理的な部分(それをとりあえず「感情」とか「闇」などと呼んでおく)があって、じつはその人の行動原理になっているんじゃないかと思う。けれどそれは公然にできぬ要素を多分に含んでいて、だからそれを露骨に見せられると、なんだか居心地が悪く感じるのではないか。それこそ目を閉じて(Keep own eyes shut)いたい領域なんだけど、そこに踏み込んでいることが、『アイズ・ワイド・シャット』にいわく言いがたい重さを感じる理由なのではないかと想像する。


【付記】
● 有名なエンディングのようですが、乙山のようにまだ見ていない方もいると思います。最後の言葉を遠回しにいうと、"That four letters starting with F" ということでしょうか。その文脈(コンテクスト)上の第一義以外に、何か(だれか)に向けて発せられた言葉のように思えてしまうことも、後味の悪さにつながっているのかもしれません。


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