柴田元幸 『ケンブリッジ・サーカス』

柴田元幸 『ケンブリッジ・サーカス』 スイッチ・パブリッシング (2010)

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『ムーン・パレス』のポール・オースター、『シカゴ育ち』のスチュワート・ダイベックなど、現代アメリカ作家の作品の翻訳者、柴田元幸のエッセイ集。この人(や村上春樹をはじめとする翻訳者たち)の仕事によってこそ、現代アメリカ作家たちに出会えたといっても言い過ぎではないと思う。原書を読んで、それが面白いかどうかを見極めるなんていう作業は到底できるものではないですからね。

さて本書『ケンブリッジ・サーカス』には、東京都太田区六郷で育った筆者の思い出、ロンドンとリバプールをヒッチハイクした旅、ポール・オースターとの対話、兄とオレゴン州のこと、スチュワート・ダイベックと京浜工業地帯を歩く、などそれぞれ面白い内容が詰まっている。

エッセイ(随筆)というのは筆者の体験をもとに感想などを交えて自由に書き綴ったものだから、基本的にはフィクションではないのだけれど、この人のエッセイはかつての少年時代の筆者が登場したりするのでフィクション的要素が強まっているように思う。

たとえば「永遠の出前おやぢ」では、その「おやぢ」が自転車で出前をして筆者の前を通り過ぎる姿を何度も何度も見かけるのだけど、いったいどこの店から出前をしていて、どこへ配達するのか一向にわからない。ある日、筆者はたまたま自転車に乗っていたので、「永遠の出前おやぢ」の後を追跡してみるのだが、いつの間にか彼を見失ってしまう。

こういう経験は私(乙山)にもある。いつも買い物をする生協(コープこうべ)で、探検帽を被ってリュックサックを背負い、チェックのシャツを着込んで買い物をしている男性をしばしば見かけるので、私と家族たちはその人を「謎の旅人」と勝手に命名していた。本当はこういうことをしてはいけないのかもしれないが、ある日、私と家族たちはコープこうべで買い物を済ませた「謎の旅人」の追跡を敢行してみたのである。「謎の旅人」がいったいどこへ帰っていくのか、どうしても知りたかったから。

池沿いを通り、小さな川沿いに歩いていった「謎の旅人」の足取りは意外と速く、少し離れて尾行していた素人探偵団は、団地に入っていったあたりでいつの間にか「謎の旅人」の姿を見失ってしまった。あれから何年経ったかわからないが、いまでもたまに「謎の旅人」をコープこうべで見かけることがある。今も昔も、彼は探検帽にチェックシャツ、そしてリュックサックといういでたちで、彼がいったいどこに住んでいるかは謎のままになっている。

柴田元幸の話に戻ろう。夢の中で筆者は「永遠の出前おやぢ」に出会い、いったいどこへそれを持っていくのか、尋ねる。「おやぢ」は「これは君に届けに行くんだ、かつての君にね」という。そして章の最後で「永遠の出前おやぢ」は現在の筆者にもとに出前を持ってきて、それを筆者が食べる、という結びになっていて、どこまでが本当で、どこまでが作り話か、もう曖昧になってわからなくなっている。これぞ柴田元幸の世界、とでも言いたくなるエンディング。

また、ニューヨークの章ではコニー・アイランドに出かけたりするのだが、そのときも柴田元幸は遊歩道の下(これこそ、ドリフターズの「アンダー・ザ・ボードウォーク」なんですね)に亡霊を見たりするのである。少しだけ引いておきましょう。

「もしもし、バリー? いまコニー・アイランドなんだけどさ、亡霊たちがいっぱいいるんだよ。なんだか怖くて」
「やあモト、今日は六時からだぜ、遅れるなよ。アーニャがご馳走作ってくれてるからな」
「うんありがとう、それはいいんだけどさ、問題はいまでさ、亡霊たちが……怖いよ、バリー」
「怖がることなんかないさ。それにモト、君なんだって、ニューヨークに亡霊じゃない人間が残ってるなんて思ったんだい? だいたい君、どうして自分は亡霊じゃないみたいな言い方するんだ? もしもし? もしもし?」(「ポール・オースターの街」『ケンブリッジ・サーカス』所収)

これはエンディングの部分。ポジティヴな存在とネガティヴな存在が、一瞬にして反転し、現実と幻想のはざまが限りなく曖昧になっていく瞬間。こういう瞬間はかつての少年時代の自分と対話する部分にも現れているのだが、和やかに進んでいる話が不意に暗転してぞっとさせられる展開は柴田元幸の得意とするところではないかと思う。過去に存在したさまざまな人たちにはせる思いの強さと想像力、そしてふつうなら少しずつ失われていくはずのところにしっかりと残った「少年の心」が、柴田元幸的な不思議なエピソードの源泉なのではないだろうか。


【付記】
● 本当に、ポール・オースターをはじめ、スチュワート・ダイベックもそうだけど、柴田元幸氏の翻訳にはいろいろお世話になっていると思います。以前このウェブログでも取り上げたバーナード・マラマッド『喋る馬』(記事へ≫)も柴田元幸氏の翻訳になるものです。

本書の中で筆者が「僕のボキャ貧が……」と言うくだりも印象に残りました。東京大学で英語を教え、翻訳書をたくさん出している先生でも英会話には難儀するものなんだ、と思ったわけです。どこの中学・高校でもその種の逸話があるかもしれませんが、修学旅行先で出会った外国人に英語の先生のイングリッシュがぜんぜん通用しなかった、などという話も、当たり前といえば当たり前なんですよね。
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