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キャロル『THE★BEST』(2003)

はっぴいえんどを取り上げたのならこれを忘れてはいかんでしょう、というわけでキャロルである。名前は知らずとも「君はFunky Monkey Baby…」は大阪万博を知る年代の人なら、どこかで聞いたことはあると思う。今回は2003年発売のコンピレーション盤『THE★BEST』を聴いてみた。全部は無理なので少しだけピックアップしてみよう。

メンバーは矢沢永吉(v, b)、大倉 “ジョニー” 洋一(v, g)、内海利勝(g, v)、ユウ岡崎(ds)の4人。ほとんどの楽曲は大倉作詞、矢沢作曲による。一通り聴いて感じたのはトリビュートと言っていいほど初期ビートルズ色が強いことだろうか。それがスローテンポの曲になると、どこかグループサウンズみたいになってしまうのが興味深い。

日本語と英語の混ぜ合わせの歌詞はサザン・オールスターズみたいに思えたが、これは先にサザンを聞いてしまったことによるもの*で、実際にはキャロルのスタイルをサザンが継承したんですね。変な発音の日本語と怪しげな英語なんだけど、ロックになっている。1975年までに日本語でロックをここまでやれたバンドは他になかったのではないか。

「ファンキー・モンキー・ベイビー」はシンプルなロックンロールにわかりやすい(?)歌詞を乗せている。「楽しい 君といれば」の後のシャウトは格好いいし、長過ぎないギターソロも計算されている。「君がいなけりゃ Baby I’m blue no...」でテンポを落とさずたたみかけるように歌い、最後までアップテンポで歌い切った傑作だ。

「ルイジアンナ」は彼らのデビュー曲で初期ビートルズの影響がモロに出ている。ていうか普通はここまではっきりわかるようにはやらないものだと思うけど、正面からドーンとやられるとね。でも彼女の名前はルイジアンナじゃないとダメなんだろうね。これが「山田花子」だったり「鈴木松江」だとなぜかうまくいかなさそうな気がする。

「二人だけ」はアコースティック・ギターにヴォーカルが乗った曲だけど、びっくりするくらい甘い内容。「今夜君 二人だけ/愛の唄 捧げたい」と歌うのは大倉のヴォーカルだと思うが、意外と(失礼)高音まで伸びているし、飛びっきりの甘い声。だからグループサウンズみたいに聞こえてしまうのだろうか。コーラスもきちんと気合が入っている。

元のコンテクスト(文脈)から切り離して音楽だけ聞いてグループ・サウンズみたいだ、とか言っているけど、コンサートでアップテンポの曲が続いた後で「二人だけ」とか甘い声で聞かされるとまた違ってくるんじゃないかと思う。そこには矢沢でさえ羨ましく感じずにはいられない場の雰囲気があったのかもしれない。

ところでキャロルのサウンドは初期ビートルズの影響が濃厚だが、ファッション・スタイルは残された画像や映像などを見ると革ジャンパーにリーゼント(?)が多い。これは「ロッカーズ」と呼ばれるスタイルに似ており、メジャー・デビューした時のビートルズの「モッズ」スタイル**とは敵対するもので、このスタイルを提案したのは大倉だそうである。

そして日本語と英語を混ぜ合わせた歌詞も大倉によるもの。先に「ルイジアンナ」でも触れたけど、日本語だけでロックにするのはかなり難しかったようで、英語を排した(日本語に拘った)はっぴいえんどは十全にはうまくいかなかったように思える。やり方はともかく、日本語ロックを最も成功させた形で提示できたのはキャロルではないだろうか。

* このような逆転現象はジャズの古い音源を聴いているとしばしば体験すると思う。例えば私は、アート・テイタムを聴いて「あ、セロニアス・モンクみたいだな」と思ってしまった。

** ビートルズのモッズ・スタイルはマネージャーのブライアン・エプスタインのアイディアによるもので、ハンブルグ時代のビートルズがロッカーズ・スタイルだったのはよく知られた話である。

【付記】
⚫︎ 日本語ロックにしても、ファッションにしても、後の世代に与えたキャロルの影響は計り知れないものがありますね。今日改めて聞いてみると、「おっ、そうくるか」とか、「それはちょっと……」となったり、とても興味深い体験ができました。

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プリンセス プリンセス「Diamonds/M」(1989)

プリンセス プリンセスを初めて聴いたのは、カラオケ酒場でのことだったか、当時交際のあった女性が聴いていたのをそばで聞いたのか、今となっては思い出せない。でも「Diamonds/M」のカップリングだったような気がするから後者の可能性が高い。プログレにのめり込みながらジャズとクラシックを好むひねくれ男がノックアウトされたんです。

メンバーは奥居香(v, g)、中山加奈子(g, v)、渡辺敦子(b, v)、今野登茂子(kd, v)、富田京子(ds, v)の5人。ほとんど全てを作詞作曲して自ら演奏、そして商業的に最も成功して長期にわたり活動した(おそらく世界的に見ても唯一無二の)ガールズ・バンドである。ということを私が知ったのは、もっと後になってからの話。

「Diamonds」は中山加奈子の作詞、奥居香の作曲。軽快なアップテンポの曲だが一つ一つの言葉がよく伝わってくる。「ブラウン管じゃわからない景色が見たい/針が降りる瞬間の 胸の鼓動 焼き付けろ」はさすがに今では古いけど、作詞者が音楽好きだったのはよくわかる。針とは、LPレコードのピックアップ(カートリッジ)ですね。

何層にも重なる溝が入った黒い円盤からどんな音楽が飛び出してくるのか、けっこう高いお金を払って買ったこともあってか本当に針を下ろす瞬間はドキドキしたものです。「ダイヤモンドだね/いくつかの場面/うまく言えないけれど宝物だよ/あの時感じた予感は本物/いま私を動かしてるのはそんな気持ち」だ、と。

自発的ではない芸能事務所主導のバンドだけに、アイドル的な活動が嫌だったり不本意なこともしなければならなかったろう。だが自分が大切にしているのはお金で買えないものだ、そして自分はそのダイヤモンドみたいな宝物のために動いているんだ、と歌う彼女たちに意気地と誇りを感じる。

「M」は富田京子の体験を歌詞にしたものに奥居香が曲を付けたという。今野のピアノに奥井のヴォーカルが乗って始まるが、途中で入ってくる渡辺のベースラインが美しく印象的。「あなたを忘れる勇気だけ 欲しいよ」でギターとドラムスが入ってきてイン・テンポとなるが、その後のコーラスとか本当に上手で感心してしまう。

「今でも覚えている/あなたの言葉/肩の向こうに見えた景色さえも」なんて、無防備で心に入ってくると涙腺が緩んで困るほど。そして「星が森に帰るように/自然に消えて 小さな仕草も/はしゃいだあの時の私も」で詩心の巨きさと深さを見せられる。叶わぬ恋も、あれやこれやの仕草も小さなものとして自然に消えて行く、だからこそ「いま」が限りなく愛しく、そして切ない。

女の子の心情を真っ直ぐに歌い上げた曲だけど、なにか普遍的なものに到達している、といえる。「M」も「 Diamonds」も、わりと多くのアーティストがカバーしているようで、時代をこえて歌い継がれる歌って性差とか年齢を超えて心に届くんだね。プレイリストに入っているんだけど、本当に聞きたいときに宝物のようにそっと取り出して聴きたい曲だ。


【付記】
⚫︎ 音源は2012年発売の『THE REBIRTH BEST 〜再会〜』をリッピングしたものです。上記2曲以外にもプリンセス プリンセスの楽曲はたくさんあるのですが、2曲のインパクトが強すぎて……

はっぴいえんど『CITY』(1973)Side-B

はっぴいえんどの『CITY』(1973)を一回読み切りの記事にしようとしたが、聴けば聴くほど面白く、他のようにばっさり省略できなかった。ふつうコンピレーション盤を聴くと、もういいか、とスキップする(おいおい)曲も多々あるものだ。そうならないのは、それだけよく出来た曲が詰め込まれているのだと思う。

「花いちもんめ」は鈴木茂作曲で、イントロのギターはデレク&ドミノスの「レイラ」を想起させる印象的なフレーズ。キーボードの使い方も上手くてサウンドの仕上がりは格好いいと思う。ただ、はっぴいえんど全般に言えることなんだけど、歌詞の内容とサウンドの格好良さが食い違い過ぎてないか? それになんでヴォーカル抑えようとするのかな。

それは細野作曲のトラックに顕著で、「夏なんです」は次のような歌詞なんです。「ギンギンギラギラの太陽なんです」とか「ホーシーツクツクのセミの声です」とか「日傘くるくる ぼくはたいくつ」とか、「モンモンモコモコの入道雲です」とかね。こういうお茶目というかおフザケを、わざとやってみせる部分が大瀧や細野にはある*と思う。

だが細野の作詞作曲による「飛べない空」では一転して、この人が言いたいことを言おうとするとこうなるのか、というシリアスさを見せる。ただし歌詞はほぼ全編「喩え」で、何が言いたいのか読み解くのは難しい。プロコル・ハルムではないけどキーボードが印象的で、個人的にはおフザケよりこういう路線がもっとあってもいいと思う。

大瀧作曲の「春よこい」では珍しく自身の心境をストレートに表現している。「家さえ飛び出さなければ/今頃みな揃っておめでとうが言えたのに/どこで間違えたのか」そして「だけど全てを賭けた/今は唯やってみよう/春が訪れるまで/今は遠くないはず」と。どこか飄々としたはっぴいえんどだが、こういう一面もあるんだね。

「さよなら通り3番地」は鈴木作曲でなんだか陽気なサウンドだが、歌詞は寂しげ。おそらく意図的にそうした鈴木のセンスもすごいが、全編にわたって歌詞を書いている松本にも敬服する。大瀧や細野の要求に応えながら自在に言葉を操る松本が、後に作詞家として活躍するのは皆さんご存知の通り。

最後の「かくれんぼ」は1971年に開催された第3回全日本フォークジャンボリー(岐阜県中津川市)でのライヴ収録音源。現在ではウィキペディアの記述を参照するか、関連書籍をあたるかなどしないと実情は不明だが、はっぴいえんどがフォーク・グループとして活動していた記録だろう。だがサウンドはブールズ・ロック調であるといえる。

静まり返った観衆が息を飲むような雰囲気の中で、相変わらず何を言っているのかよくわからない歌詞に絞り出すような大瀧のヴォーカル、ソロに入るとデュアン・オールマンを思わせる鈴木のギターにうねるような細野のベースラインが絡み、松本のドラムスが盛り上げていく。演奏後の拍手で彼らの演奏が受け入れられたことがわかる瞬間が再現されている。

今日改めて聴いてみると、はっぴいえんどがいかに先進的であったか、今更ながら驚く。個人的にはサウンドの格好良さと歌詞が離れていないか、とか、リズム・メロディー・歌詞が溶け合ってないなとか感じるけど、それでも聴き込むほどに新しく、面白い。1970年代初頭にしては音質も良く、ハイレゾでじっくり聴いてみたいものである。

* おフザケのようでも、それによってフォークの呪縛(暗さ、重さ)からの回避がなされて(試みられて)いる。どうもコミカルさは大瀧の本質の一部のようで、「暗く、わかりにくく」なりがちなバンドの傾向をなんとかしようと考えていたのかもしれない。

【付記】
⚫︎ 日本の歌を聴いていると、はっぴいえんど/ティン・パン・アレー関係者の名前に必ずどこかで引っかかってきますね。もはや避けて通れないわけで今回の記事に至りました。


≪ はっぴいえんど『CITY』Side-Aへ


はっぴいえんど『CITY』(1973)Side-A

某休日、ツタヤ広面店でCDを物色していると、「はっぴいえんど」を見つけた。J-POPの棚ではなく、隅にひっそり追いやられた「懐かしの歌謡曲」らしきコーナーである。見ると『CITY』と題した1973年発売のコンピレーション盤(当時はベスト・アルバムと称した)。GEO男鹿店にはっぴいえんどは置いてなかったので思わず手にした。

メンバーは細野晴臣(v, b, g, kd)、大瀧詠一(v, g)、松本隆(ds, per)、鈴木茂(g, v)の四人で1969〜1972年まで活動していた。当初、フォーク・グループとして活動を始めたようだが、一通り聴いてみて感じるのはフォークというカテゴリーに収まり切らない音楽的多様性があり、かつ当時の流行歌にはない先進性があることだろうか。

ただ、その音楽的多様性や先進性は「全開」ではなくて「妥協」のように思える。フォークが先に受け入れられた日本で、それに乗ったのは彼らに当時の状況がよく見えていたからだが、細野や大瀧が本当にやりたい音楽と「フォークあるいはロック」との乖離、そして「洋楽と日本語」、これらにどう折り合いをつけるか着地点を模索していたのではないか。

「はいからばくち 」はお洒落なギャンブラー、ということだろうか*。シャッフル・リズムに乗った鈴木のギターが印象的なのだが、歌詞を聞き取るのは困難で、ウェブ検索で確認しながら聴いた。そんなに大したことは歌っていない、というか非政治的すぎて逆にぶっ飛んだ感じすらする。そんな彼らが岡林信康のバックで演奏したというから驚きだ。

「風をあつめて」は「です・ます調」の歌詞が特徴で、のんびりした雰囲気の曲。細野の作曲によるもので、言葉による意味の重力から逃れようとしているかのようだ。この方向をさらに徹底したのがやはり細野作曲の「風来坊」だろう。「ふうらいぼう」を繰り返すだけのほとんど無意味の曲はどこまでも飄々としていて捕まえどころがない。

「抱きしめたい」は大瀧作曲で、彼のヴォーカルが絞り出すような声でがんばっている。題名ほどの情熱は歌詞になく、どこか傍観者的でさえある。細野のうねるようなベースが印象的だし、途中でヴォーカルにイコライザーをかけたりする小技も効いている。オブリガートのように絡んでくる鈴木のギターも格好いい。

「氷雨のスケッチ」は鈴木作曲だが、イントロのコード進行とギターの絡みだけでグッとくる曲。メロディーと歌詞のバランスが良く、助けなしでも歌詞がよくわかる。間奏で鈴木のギターが冴え渡り、いわゆるブルーズではないが、これはこれでクールなブルース(?)だと言える。収録曲中ではかなり成功している一曲ではないだろうか。

先に歌詞的にはほとんど無意味と書いた「風来坊」だが、オブリガートにホーンを使っておりフュージョンに近い。だが8ビートで一応ヴォーカルを尊重(?)しているからか不思議なテイストに仕上がっていて、これぞ「細野ワールド」か。もっとフュージョンよりにするのはたやすいはずだが、敢えてしなかったと思われる。(続く)

* これは間違いで、正確には「はいからはくち」。なので「お洒落なはくち」になると思う。ご指摘してくださった方にこの場を借りて感謝します。ありがとうございました。

【付記】
⚫︎ 途中まで書いて、一回だけで書き切るのは無理だと思いました。原則一記事読み切りなのですが、二回に分けて上げることにしました。


はっぴいえんど『CITY』Side-Bへ ≫


南佳孝『the best』(1997)

今回は南佳孝の『the best』(1997)をもう一度真面目に聴いてみた。そもそも「スローなブギにしてくれ」だけのためにかなり以前に借りたコンピレーション盤だが、一曲目「モンロー・ウォーク」を聴いて「ちょっと待ってくれ」と再生をやめてしまった。それ以来、まともに聴いたことはなかったという呆れた奴である。

いやね、同曲は郷ひろみがカバーしてヒットしたもので、聴いているとどうも歌謡曲みたいに思えて……違うちがう、なにも郷ひろみが云々じゃなく、彼は押しも押されぬアイドルそしてパフォーマーではないか。それにしてもなんで日本でサンバをやるとおちゃらけになってしまうんだろうね、「マツケン」とか「お嫁」とかさぁ。

おいだから違うってば。「モンロー・ウォーク」も含めて今回は南佳孝のコンピレーション盤を聞いてみたんだけど、南佳孝ってこんなにラテンな人(?)だったっけ、と思ってしまった。ふざけんな、「スローなブギにしてくれ」しかちゃんと聴いてなかったくせに、である。全部は無理なので今回も印象に残ったものをピックアップする。

「ソバカスのある少女」はティン・パン・アレーの『キャラメル・ママ』収録のカバーだが、自身がゲスト・ヴォーカルとして歌っている。これは「イパネマの娘」を意識してますね。ボサノヴァ風ではあるが、なり切らないところで敢えて寸止めした、とも取れる。この絶妙な匙加減がティン・パン・アレーらしさだろうか。

ヴォーカルにイフェクトをかけて控えめに仕上げたティン・パン・アレー版とは違って、南版ではヴォーカルを前面に出している。歌モノはやはりこうでなくちゃね、と思うがその辺りは好みによるだろう。次の「日付変更線」ではきっちりボサノヴァでキメている。ナイロン弦のギター、サンバ・ホイッスル、あのフカフカいう楽器(?)も使っている。

「僕は浅い眠りから/窓の外へ目を移す/巻き忘れた腕時計はずし/海を隔てた日付に合わせる」わけだから、飛行機の中だろう。歌詞は松任谷由実。「朝焼け 海流 スローな貿易風/僕を明日へ運ぶものは揃った/君の心を二度とは探さない」ってそうか、別れの歌だったんだ。どこか軽やかでドロドロした修羅場がないのが南&ユーミンの世界なんだね。

「ブルースでも歌って」はスロー・バラッド。いささか説明的に傾きがちな南の歌詞だが、かなり断片的かつ暗示的で「これぞ都会派ポップ」と言いたくなる。サウンドはマイケル・フランクスを思わせる仕上がりで、個人的には到達点の一つと感じた。バンドではないので編曲者のセンスで決まることもあるだろうけど、成功例の一つだと思う。

「Midnight Love Call」はなんとレゲエじゃないですか。『The Harder They Come』がそうであるようにブルーズみたいにヘヴィで、だからこそパンクと癒着しやすい(利用された)部分があったりするのだが、同曲では軽く仕上がっている。でもレゲエよりボサノヴァのほうが南佳孝には似合う気がする。

「スローなブギにしてくれ」は片岡義男の同名小説を映画化した際のテーマソング。映像的/カルトゥーン的なものを志向した片岡と都会派を売りにする南の歌はベストマッチだったと言える。ただ現実が、片岡や南のセンスに追いついていなかったのは映画の中でも如実にわかるのだが、これは映画監督のセンス*も大きいだろう。

片岡や南の「都会的な雰囲気」は小説や歌の中でこそキープされるので、ベタの実写だと壊れてしまうわけ。だからタルコフスキー『ソラリス』あるいはゴダール『アルファヴィル』、またはリドリー・スコット『ブレードランナー』みたいに「現実離れ」してないとね……岩井俊二みたいな人が『スローなブギ…』を撮ってくれてたら、と思うね。

* センスというのはそもそも頭で理解したり、習得したりするものではなくて、その人に「あるか、ないか」だけで、ない人にできるのは真似だけ。だから『スローなブギ…』の映画監督のセンスが片岡や南のそれとは完全に異質であることが、ただ単に露呈しているだけの映画になっている。

【付記】
⚫︎ 「スローなブギにしてくれ」だけで南佳孝を済ませていた私は愚か者でした。さて、今回が今年度最後の更新です。一応、正月にご挨拶する予定です。皆様よいお年を。

プロフィール

只野乙山

Author:只野乙山

⚫︎ できれば「只野乙山=ただのおつざん」とお読みくだされば、と思います。

⚫︎ 文字中心のウェブログ。ほとんど一話完結で、どの記事をご覧になっても楽しめ(?)ます。文字数だけなら一冊の本に匹敵(凌駕?)するほどありますので、ごゆっくりどうぞ。

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