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稲垣潤一『コンプリート・シングル・コレクション』(2005)

以前カラオケ酒場でアルバイトしていた時にだれかが歌うのを聞き、「あ、いいな」と思ったのが稲垣潤一である。熱心なファンどころか存在すらほとんど知らなかったのが本当のところだ。今回は『コンプリート・シングル・コレクション』(2005年)を聴いてみた。CD3枚組という膨大な量なので、ピックアップしようと思う。

通して聴かずに記憶に残る曲をいくつか聴いてみて思うのは、典型的な産業音楽ということだろうか。バンドという形でならアイデンティティというか、これは**のギター(ベース)だな、みたいな感じで聴くと思うんだけど、そういう部分が「ない」んですね。シンガー/ソングライターでもなく、稲垣は作詞作曲をほとんどしていないようだ。

喩えるなら、1970年代後半から醸成されてきた「片岡義男的なもの」と1980年代前半に登場した「わたせせいぞう的なもの」のハイブリッド商品とでも言えばいいのだろうか。どこまでも軽く、お洒落で生活感のない都会的なシーンの断片的表現。「都会的であること」を前面に押し出した歌詞とサウンドは意図して作り込まれている。

「ドラマティック・レイン」は稲垣初めての大きなヒット曲。歌詞に特徴があって「もしもこのまま堕ちてゆくなら/男と女…ドラマティック」と匂わせ、「雨の音さえ隠せぬ罪」でキメている。この部分だけで男女が社会的には「罪」とされる関係にあることをほのめかしているが、どういう関係であるかは一切語られていないのがポイント。

「ロング・バージョン」もそれ系(?)の歌で、「サヨナラ言うなら今が/きっと最後のチャンスなのに/思いと裏腹な指が/君の髪の毛かき寄せる」とくる。二人が一線を超えたのは「君はあの日 遊びでいいと/酔った俺の手をつかんだ」後なのかな。ボサノヴァ調の曲がどこか退廃的かつ刹那的な雰囲気に合っている(?)ように感じる。

「思い出のビーチクラブ」は夏の避暑地での一コマ。「約束した人いるの とあの日/訊けずにボートに隠れてキスした/本当のことを知るのが怖くて」と言っておきながら「さよなら/僕に隠して/好きなのとどうして囁いたの」てか。どうしてもこうしてもあるかい、あんたら共犯でしょうが。するコトしといて野郎だけ無罪って、それはないよ。

「夏のクラクション」は典型的な都会派ソングかな。「海沿いのカーブを/君の白いクーペ/曲がれば夏が終わる」なんて『ハートカクテル』に出てきそうだよね。「傷口に注ぐジンのようだね/胸が痛い…胸が痛い」って、アルコール消毒したことあるのかな? 叶わぬ恋の痛みって、そんな激痛じゃないような気がする。

なんかね、精神的にキツい状態がずっと続くだけなんだよ。氷点下がずっと続く寒冷地の冬みたいにね。そして出口はないの。たとえば憂歌団の「胸が痛い」なんかを聴いてみるといい。「胸が痛い/助け出してくれ ここから/胸が痛い/切なすぎて うずくまる」とあるけど、思いが大きく強いほど状況はひどくて本当に「助け出して」欲しいんだよね。

でも、そういうツッコミはさておいて、都会的な歌って自分が労働者であることを忘れさせてくれる瞬間*がある。なので酔って歌うにはこの種の歌がとても良いんじゃないかな。カラオケでサクッと歌うとちょっとカッコいいじゃない? そんな時のために(って、あるのか?)プレイリストに加えておいてもいいかもしれない。

* 見方を変えるとカラオケは一種の現実逃避装置として機能しているわけで、泡沫経済期に限らず、いつの世でも「パチンコ/スロット」あるいは「クラブ/ディスコ?」のような場を必要としているのかもしれない。かつて娯楽の少ない街で映画館もそのような機能を果たしていた。

【付記】
⚫︎ てか、加えてあります。ですが決して「熱唱」あるいは「絶唱」するのではなくて、あくまでさりげなくサクッと歌い上げるのがクールなのではないでしょうか。稲垣潤一のオリジナル・キーが再現できる、という問題をクリアできれば、の話ですけど。

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福山雅治『福の音』(2015)

またしても乗り遅れの記事になるが、福山雅治『福の音』(2015年)を聴いてみた。デビュー25周年の記念コンピレーション・アルバムということでCD3枚組のヴォリューム。これを一旦foobar2000でFLACにリッピングしたものをネットワーク・プレイヤー&真空管アンプで再生して聴いた。

恥ずかしながら、福山雅治を俳優だと思っていた。テレビで時々見かける福山雅治はかなりの男前で、女性にたいへん人気がある。昔、ジャパン(Japan)のデヴィッド・シルヴィアンに「とりあえずパス」という大人気ない態度を取ってしまった(後に隠れファンになった)が、それと同じになってしまったんである(成長しろよ)。

ネットで調べてみると、元々ミュージシャン志望で作詞作曲を手がけ、楽器演奏もするという「アイドル歌手」とは別物のアーティストだった。そんなことも知らぬ私は、てっきり俳優のほうで売れたから歌でも出してみるか、というパターンの人だと勘違いしていた。全部は無理なので、印象に残ったものをピックアップしてみる。

「何度でも花が咲くように私を生きよう」はビートルズの「ストロベリー・フィールズ」を思わせるイントロで始まる。福山のヴォーカルは高めバリトンだろうか。デビュー当初、自分の声より高いキーで歌い続けたためにポリープが出来て発売延期になった逸話があるように、歌一本で勝負するには少し低めの声だと言える。

でも聴いているとその声が実に心地いいのである。またこの低さはカラオケで歌いやすいという利点がある。山崎まさよしやスガシカオ、徳永英明、みんなハイキーですね。一般男性の多くはバリトン声域になるわけで、カラオケで歌おうとするとかなりキツい。松田聖子がカラオケで人気があるように、福山雅治は狙い目かも。

歌詞はもう、自分の思いをそのままさらけ出した感じで、よくありがちな屈折したところが全くない。「憧れたものには/もうなれないとしても/この道を歩いてみよう/旅を続けよう」とかね。わりと引いて批判的に聴き始めたんだけど、心に真っ直ぐ入り込んでくる声に乗った歌詞が、実にヤバいのである。

それは「Beautiful Life」などでも顕著で、「美しいあなたといると/生まれ変われる気がするんだよ/傷ついても信じることを/選ぼうとする心のそばで」とか、クリティカルに聞いても聞き流しにしても間違えることなどあり得ないわかりやすさ。聞きながら「本当にいいのかこれで」とか思ってしまい、ちょっと照れくさくなるほどである。

例えば米津玄師の「Lemon」と比べてみるといい。米津のそれは全てを語らぬやり方なので、解釈の余地がかなりある。福山の場合、そうした意味のブレは皆無と言える。多くのアーティストが避けがちなやり方をどーんとやって、またそれがヒットしてしまうという極めて稀な存在、それが福山雅治なのだろうか。

もうね、「誕生日に真白な百合を」とか「家族になろうよ」にしても、あまりにストレートすぎて、降参です。とにかく聴けばわかる、説明とか解釈不要の真っ当な歌たち。福山雅治に対する認識を改めることにした、というか今まで知らなさすぎたことを反省。プレイング・リストに加えると同時に隠れファンになりました。


【付記】
⚫︎ この人は女性ファンだけでなく、男性のファンも多いのではないかと思いました。

奥田民生『Better Songs of the Year』(2008)

「日本の歌を聴く」ということで、今まで聴いてこなかったのを少しずつ聴いていこうと思った。乗り遅れちゃったんだけど、こういう場合、コンピレーション盤(ベストアルバム?)をリッピングするのが今様のやり方ってもんだよね。それこそ「世紀の名盤」みたいなのはハイレゾ(高解像度)音源でダウンロードすればいいじゃんね。

今回は奥田民生の『Better Songs of the Year』(2008年)を聴いてみた。ウィキペディアによると、「ユニコーン時代の企画シングルを含む2007年までに発売されたシングルのカップリング曲の中からアルバム未収録分をすべて収録」という。でもCD2枚組だからすべてに言及は無理。なので印象に残ったものをピックアップしてみよう。

「ルパン三世主題歌」は、ご存知アニメ版初代『ルパン三世』のエンディング曲。バックの演奏もオリジナルの雰囲気にかなり近く、ヴォーカルもかなり似ている。ていうかここまで再現できるのが驚きで、本当に耳が良いのだろう。カラオケで昔のアニメソングを熱唱する人も多いと思うけど、それの本気の本気版ってことですね。

「スモーキン・ブギ」はダウンタウン・ブギウギ・バンドのカバー。禁煙の美化と正当化が蔓延する現代からすると歌詞の内容はどうかと思うけど、曲自体は本当によくできていると思う。しっかり韻を踏んだ歌詞と本格的なバックコーラスは全く色褪せておらず聴いていて楽しい。原曲の雰囲気に迫ろうとする奥田のヴォーカルも素晴らしい。

「ロボッチ」はライヴ音源のようで、これはもうブルーズ。でも日本の「ブルース」でブルーズになっているのは少なくて、憂歌団とか上田正樹でも「マイナー・キーの曲」であり、ブルーズ感が少ない。まして昔からある「**ブルース」がブルーズであった試しはない。でも「ロボッチ」はブルーズ以外の何物でもない感じがするのはなぜだろう。

たぶんブルーズ進行になっていて、ブルーノート音階を使っていることが要因と思うが、加えて「ロボッチ」では歌詞を詰め込まず、きっちり韻を踏むことで聴いた感じグッとそれっぽくなっている。エリック・クラプトンを思わせるヴォーカル、意識して狙ってますね。「洋楽と日本語」という問題のソリューションの一つとしても優れている。

「唇をかみしめて」は吉田拓郎のカバー。「ええ加減な奴じゃけえ/ほっといてくれんさい/アンタと一緒に泣きとうはありません」と始まるこのトラックは原作者に対するリスペクトが感じられる。声帯模写というのかな、奥田は本当に器用で上手な人で、吉田拓郎的な感じがよく出ているように感じた。

「最後のニュース」は故筑紫哲也が井上陽水に依頼してできた曲で、テレビのニュース『NEWS23』で用いられたという。現代の様々な諸問題をできる限り詰め込んだ歌詞に続く、「今あなたにGood night/ただあなたにGood bye」は視聴者/筑紫哲也に対するものだったようだ。だが、そういう予備知識を抜きで聴いたのでイメージは違った。

井上陽水の歌唱はYouTubeからすぐに見ることができ、囁くように歌う感じだけど、奥田アレンジでは破壊的かつ近未来的な雰囲気に満ちていて、後半でシャウトする部分などは明らかにジョン・レノンのようだ。お別れする「あなた」は視聴者/筑紫哲也というより、他の何かであるように感じる。ダブル・ミーニングになるよう意図的に持って行っているのかもしれない。

ほんの少ししか取り上げられなかったけど、奥田民生という人は洋の東西を問わず先人の音楽を愛し取り入れつつも、自身の表現に自由闊達な人だというのを感じた。こういう人に今まで気付かなかったのは迂闊すぎないか? とにかく、奥田民生の隠れファンとして、いくつかの音源はプレイリストに加わっている。

【付記】
⚫︎ いまさら感ありまくりの記事ですが、お許しください。ほとんどの人はスルーという想定です。拙ウェブログの読者層からすると、私同様、見逃していたという人もいるのではないかと。

J-POP なんのこっちゃ

日本の歌をちゃんと聞こう、ていうか昔聞いた良い歌をもう一度聞きたい思いでレンタルメディア店でCDを借りようとすると、棚に「J-POP」というラベルが貼ってあるのだが、そこにかつての歌謡曲は存在しておらず、どうも曖昧かつ緩やかな「線引き」があるようなのだ。例えば演歌がJ-POPに含まれないというのはわかる(おいおい)気がする。

だがフォークとかニュー・ミュージックなどと呼ばれたジャンルの人たちがJ-POPに含まれないというのはよくわかんないのである。そもそもJ-POPとは何なのか? Jとは日本を指すのであろう。POPとはポピュラーソング(流行歌/大衆歌)のことではないのか。とすると、J-POP=日本の流行歌であるので、本当は日本の流行歌であればジャンルを問わずJ-POPであるはずなんだがなあ。

今やJ-POPの棚がほとんどを占めており、片隅の裏側にひっそりとかつての歌謡曲たちが置かれていた。往年のアイドルたちに混じってチャゲ&アスカやフォークの人たちもある。だがサザンオールスターズや桑田佳祐はJ-POPの棚に分類されている。単に世代による区分なのかと思いきや、矢沢永吉はJ-POPに入っているのである。

ではアーティスト系と産業音楽という区分なのかといえば、稲垣潤一がJ-POPに入っていることから、そう単純なものではないことがわかる。稲垣潤一*をアーティスト系のように思う人もいるかもしれないが、芸能プロダクションが作詞家と作曲家、編曲家を使って売り出した人で、いわば松田聖子**と全く同じパターン***なのである。

まあ、これは一店舗のスタッフたちがCDを棚に並べていく際に、「これはどこに置けばいいのかな」「それはやっぱこっちでしょう」みたいな感じで根拠なき感覚によって配置されたものだから、厳密な議論をするのはほとんど意味ないよね。どこか釈然としない気持ちの中でJ-POPの迷路に入ってしばらく佇んでいた。

前にも書いたけど、洋楽ばかり聞いていてJ-POPに乗り遅れちまったのよね。でもジャズにのめり込んじゃうと、それはもうものすごい数の音源があって、とても集めきれないわけ。しかもロックもクラシックも素敵すぎるんで、それらに夢中になっているうちに通り過ぎてしまったんである。でも宇多田ヒカルみたいな大波はさすがに引っかかってくるよね。

世の中には「私は**しか聴かないから」で通してしまう人もけっこういるわけで、J-POPとか全く知らないままでも問題ないっちゃないんだけどね。でも何だかもったいないって思うんだ、きっとJ-POPにも素敵な歌があるんじゃないかな。飲食店のBGMでジョージ・マイケルの「Kissing a fool」に出会った時みたいにね。あれ、なんか違った? ま、いいか。

* 私は稲垣潤一の隠れファンである。彼の歌には「表にできぬ危険な恋」がわりとあって、どこか身につまされるような感じがして惹かれてしまうのかもしれない。

** 松田聖子の歌は本当によくできている。決して高くない彼女の声域を最大限に活用した作曲家や、想定したファン層の心理を射抜いた作詞家の仕事は賞賛に値するどころの話ではない。

*** 日本で歌手として活動する場合、これが普通である。一方アーティスト系は必ずしも芸能プロダクションに所属する必要はなく、歌謡界と無縁で活動できるはずなのだが、日本には「紅白歌合戦」というブラックホールがあって、アーティスト系の人たちがブレイクすると「紅白(と芸能界)」に回収されてしまうのを見るとどこか違和感を覚えてしまう。

【付記】
⚫︎ そうやって昔の音源をリッピングしてみると、1980年代の音源そのままのものがいくつかあります。全く酷いもので、CD発売当初に音の悪さを指摘した人がたくさんいたのもようやくわかることができました。ところで題名ですが、何のもじりかおわかりですか? ふるい話なんですけど。

ウィスキーがお好きでしょ

〈ウィスキーがお好きでしょ〉を初めて聴いたのは1990年代初頭頃で、サントリークレストが発売されたテレビCMだったのではないかと思う。なんか良い歌だなとは思ったけれど石川さゆりが歌っているとか意識もせず、なんで今頃になって発売なんだろうと不思議に思った。泡沫経済の崩壊と言われ、景気低迷に突入した頃だったから。

時は流れ、ウィスキー・ハイボールが流行したが、その火付けに一役買ったが同曲だったのではないか。菅野美穂や小雪、井川遥といった女優を起用し、ゴスペラーズその他による同曲を使ったCMはとても良くできており、さすがサントリーだなと感心してしまった。昔から大原麗子出演のレッドやその他CMは本当に素敵だった。

私は昔カラオケ酒場でアルバイトしたんだけど、それは貴重な経験だった。その頃1960年代ロックを後追いするのに夢中になっており、同時にジャズも聴き、そしてクラシック音楽が好きになりかけていたので日本の歌謡曲をほとんど聞くことがなかったわけ。実際、1960年代ロックを追いかけるだけでも大変なんだよね。

カラオケ酒場で客が歌う日本の歌を聴いているうちに、日本にも良い歌があるじゃないか、と思った。プリンセス・プリンセスや竹内まりや、アン・ルイスに今井美樹、松田聖子、テレサ・テン。そして稲垣潤一や徳永英明、矢沢永吉などを知ることができたのもカラオケ酒場のおかげだが、その頃まだJ−POPという概念はなかった。

男鹿温泉で働いていた頃、職場の飲み会が終わった後、温泉郷内のカラオケスナックでの二次会に連れていかれ、カラオケに付き合わされることになった。酩酊状態になりながら耐えていたんだけど、いきなりお立ち台に引っ張って行かれて〈ロンリー・チャップリン〉のデュエットを振られて対応できたのも、カラオケ酒場のおかげだろうね。

クルマで音楽を聴くプレイリストはジャズとロックで構成されているが、日本の歌だけのプレイリストが欲しくなり、竹内まりやの〈駅〉を入れようとベストCDをレンタルした。それに〈ウィスキーがお好きでしょ〉が収録されている。どうも菅野美穂のCM「父の日にハイボール篇」で使われたようである。

聴いてみると竹内まりやは、粘りのあるアルトですね。不思議な粘っこさは逆にいうと歯切れが悪い感じがして、金太郎飴的なイメージを抱いてしまう。アップテンポの曲にはあまり合ってなくて、どちらかというとミディアム・テンポからスロー・バラッドにぴったりのような気がする。なので〈駅〉と〈ウィスキーが…〉はいい雰囲気だ。

また石川さゆりの〈天城越え〉のためにベストCDを借りると、やはり〈ウィスキー…〉が収録されていた。演歌独特の歌唱法でない石川さゆりは透明感のあるソプラノ。出だしの「ウィスキーが」でしっかり高域まで上がることができるのが竹内のアルトとの違いかな。また竹内のような粘性がない声はどこまでも可憐な感じがする。

この透明な可憐さが、たぶん石川本来のものであるような気がする。〈天城越え〉では多分に演技して作り上げているんじゃないかな。一方竹内の声の粘性は、情念の深さを連想させてしまう部分があって、同じ〈ウィスキー…〉でも少し重たくなっているように感じる。エンディングの「これでいいの今は」を聴いているとそれがよくわかる。

石川が「これでいいの今は」と歌うと、本当にそれでいいんだよねと思えて後を引かないんだけど、竹内のそれは最後に3度リフレインされることもあって、何かずっと後を引く感じがする。つまり「これでいいの今は……でも」という雰囲気なんだけど、これはそれだけ愛情があるゆえの情の深さなのだと思う。

読者の中には「私はこちらの方がいい」という意見もあると思うが、現在プレイリストにはどちらも存在している。だってどっちも良いんだもん。歌だからいいものの、この優柔不断さを現実に適用するとはた迷惑になってしまうかもしれないが、実際のところ私は情が深くて怖い女をそんなにキライでは、ない。


【付記】
⚫︎ 日本の歌ばかり集めるのは思った以上に楽しい作業でした。ミッシング・リンクを探し求めるかのように、CDをレンタルしてはリッピングしております。

プロフィール

只野乙山

Author:只野乙山

⚫︎ できれば「只野乙山=ただのおつざん」とお読みくだされば、と思います。

⚫︎ 文字中心のウェブログ。ほとんど一話完結で、どの記事をご覧になっても楽しめ(?)ます。文字数だけなら一冊の本に匹敵(凌駕?)するほどありますので、ごゆっくりどうぞ。

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