アート・ペッパー 『ジ・アート・オブ・ペッパー』
Art Pepper / The Art of Peper(1957)

01. Holiday Flight
02. Too Close for Comfort
03. Long Ago (And Far Away)
04. Begin the Beguine
05. I Can't Believe That You're in Love With Me
06. Webb City
07. Summertime
88. Fascinating Rhythm
09. Body and Soul
10. Without a Song
11. Breeze and I
12. Surf Ride

01. Holiday Flight
02. Too Close for Comfort
03. Long Ago (And Far Away)
04. Begin the Beguine
05. I Can't Believe That You're in Love With Me
06. Webb City
07. Summertime
88. Fascinating Rhythm
09. Body and Soul
10. Without a Song
11. Breeze and I
12. Surf Ride
アート・ペッパーはひょっとしたら(というかたぶん)チャーリー・パーカーより好きなアルト・サックス奏者かもしれない。チャーリー・パーカーの演奏は速過ぎるし何を吹いているかよくわからぬのは己の修行不足であるけれど、別に修行などしなくてもすっと耳に心に入ってくるようなジャズが好きである。ジャズ・ヴォーカルが好き、というのもそんな理由からなのかもしれない。
そういうタイプのジャズ奏者としてレスター・ヤングやルイ・アームストロング、スタン・ゲッツやマイルス・デイヴィスらがいると思うが、アート・ペッパーもそういうジャズ奏者の一人ではないかと思う。とにかく「聴けばわかる」のである。私(乙山)が本当に音楽的にわかっているかどうかはおおいに怪しいのだが、音楽的になどわかってなくともよい。感覚的に良ければ、それでいい(おいおい)のである。
今回聴いたのは『ジ・アート・オブ・ペッパー』(1957)で、「オメガ・セッション」とも呼ばれている盤。詳細はわからぬが、もともとLPレコードの形ではなく、オープンリール・テープの形で販売されたという珍しいものだそうだ。オリジナルのそれを聴こうとすれば、オープンリール型のテープ・デッキを用意しないといけない。昔、カセットデッキで音楽を聴いていた頃、いつかは欲しいなあと思っていたオープン型テープデッキである。
もっとも、LPレコードとしても幾つかの盤が発売されていたようだが、演奏時間の制約上、選曲してプレスするしかなかったものと想像する。CD時代になってようやく全貌が明らかになったということだが、昔からのファンでない私は2006年発売のCDを入手した。ジャケットはオレンジ色だが、黄色のジャケットもあるようで、その違いの意味するところは不明である。
録音メンバーはアート・ペッパー(as)、カール・パーキンス(p)、ベン・タッカー(b)、チャック・フローレス(ds)のカルテット編成。(1)はペッパーの初リーダー作『サーフ・ライド』でも吹き込まれたミディアム・テンポの曲。テナーを思わせるような音域から快調に飛ばすペッパーの後をパーキンスのピアノソロが受け継ぎ、終盤ではペッパーとフローレスの4小節交換のやりとりの後、エンディングに。
(2)はブロードウェイのミュージカルでヒットした曲で、サミー・デイヴィス・Jrの歌がYouTubeで聴ける。元歌が相当に洗練されたもので、ペッパーがどう料理するのかが聴きどころだが、都会的で洗練された路線を狙っていたスタン・ケントン楽団出身のペッパーにとっては馴染みやすいというか、むしろお得意の曲なのだろう、のびのびと元歌を壊すことなく、歌いあげるように演奏する。
(3)はアップテンポでかなりビ・バップよりに仕上がっている。後半ではペッパー、パーキンス、フローレスの三者が自由闊達に4小節交換を楽しんでいる。(4)はコール・ポーター作のよく知られた曲で、いろんなミュージシャンがカヴァーしており、クリスティ原作の映画『地中海殺人事件』(1982)の挿入曲として使われている。出だしはなんだかよくわからないが、ペッパーのアルトが主題を吹くとたん「ああ、これか」となるはずだ。
(5)はタッカーのランニング・ベースとペッパーのアルトだけで始まり、(0:40)あたりからフローレスのブラッシュ・プレイが入り、ピアノは(1:10)を過ぎたころに入るという趣向が洒落ている。(6)はバド・パウエル作の曲だが、この曲だけ他と違ってハイハットがやたらうるさい。録音あるいはミックスダウンのときにミスしたのか、あるいは意図的なものなのか不明。
(7)はビリー・ホリデイやジャニス・ジョプリン、ジョン・コルトレーン、新しくはノラ・ジョーンズらのカヴァーで知られるジョージ・ガーシュイン作の曲。1920年代のアメリカにおける黒人の過酷な生活を歌った内容で、ペッパーのプレイもどこか抑え気味ではあるけれど、そこに込められた情感が伝わってくるようだ。(8)もガーシュインの曲で、ミディアム・テンポを少し上げたくらいの軽快なノリにペッパーとパーキンスのやりとりが楽しい。
(9)はコールマン・ホーキンスも取り上げてヒットしたバラッドで、「身も心も」というほどの意味だろうか。ゆったりと情感を盛り上げていくペッパーのアルトはときにソプラノサックスかクラリネットを思わせるところへ来たか、と思えば低音部へひらりと舞い降りてくる瞬間が心地よい。パーキンスのエレガントなピアノソロが受け継ぎ、短いパッセージのベースソロへ渡し、もう一度ペッパーで閉じる。(10)はミディアム・テンポでミュージカルのヒット曲。ところどころに遊びが感じられるのも楽しい。
(11)はラテン曲が原曲らしいのだが、ここでは「サンバ」とか「ボサノヴァ」という感じにはなっておらず、ピアノとドラム、そしてベースのリズムの取り方がなんとなくそれっぽい感じ、という雰囲気。(12)はペッパー作の曲で、同タイトルの初リーダー・アルバムにも収録されているペッパーの「お気に入り」なのだろう。CD付属の解説によると「ブルース」だということだが、テンポが速いのでそうだとは一聴してわからぬくらいである。
そういうタイプのジャズ奏者としてレスター・ヤングやルイ・アームストロング、スタン・ゲッツやマイルス・デイヴィスらがいると思うが、アート・ペッパーもそういうジャズ奏者の一人ではないかと思う。とにかく「聴けばわかる」のである。私(乙山)が本当に音楽的にわかっているかどうかはおおいに怪しいのだが、音楽的になどわかってなくともよい。感覚的に良ければ、それでいい(おいおい)のである。
今回聴いたのは『ジ・アート・オブ・ペッパー』(1957)で、「オメガ・セッション」とも呼ばれている盤。詳細はわからぬが、もともとLPレコードの形ではなく、オープンリール・テープの形で販売されたという珍しいものだそうだ。オリジナルのそれを聴こうとすれば、オープンリール型のテープ・デッキを用意しないといけない。昔、カセットデッキで音楽を聴いていた頃、いつかは欲しいなあと思っていたオープン型テープデッキである。
もっとも、LPレコードとしても幾つかの盤が発売されていたようだが、演奏時間の制約上、選曲してプレスするしかなかったものと想像する。CD時代になってようやく全貌が明らかになったということだが、昔からのファンでない私は2006年発売のCDを入手した。ジャケットはオレンジ色だが、黄色のジャケットもあるようで、その違いの意味するところは不明である。
録音メンバーはアート・ペッパー(as)、カール・パーキンス(p)、ベン・タッカー(b)、チャック・フローレス(ds)のカルテット編成。(1)はペッパーの初リーダー作『サーフ・ライド』でも吹き込まれたミディアム・テンポの曲。テナーを思わせるような音域から快調に飛ばすペッパーの後をパーキンスのピアノソロが受け継ぎ、終盤ではペッパーとフローレスの4小節交換のやりとりの後、エンディングに。
(2)はブロードウェイのミュージカルでヒットした曲で、サミー・デイヴィス・Jrの歌がYouTubeで聴ける。元歌が相当に洗練されたもので、ペッパーがどう料理するのかが聴きどころだが、都会的で洗練された路線を狙っていたスタン・ケントン楽団出身のペッパーにとっては馴染みやすいというか、むしろお得意の曲なのだろう、のびのびと元歌を壊すことなく、歌いあげるように演奏する。
(3)はアップテンポでかなりビ・バップよりに仕上がっている。後半ではペッパー、パーキンス、フローレスの三者が自由闊達に4小節交換を楽しんでいる。(4)はコール・ポーター作のよく知られた曲で、いろんなミュージシャンがカヴァーしており、クリスティ原作の映画『地中海殺人事件』(1982)の挿入曲として使われている。出だしはなんだかよくわからないが、ペッパーのアルトが主題を吹くとたん「ああ、これか」となるはずだ。
(5)はタッカーのランニング・ベースとペッパーのアルトだけで始まり、(0:40)あたりからフローレスのブラッシュ・プレイが入り、ピアノは(1:10)を過ぎたころに入るという趣向が洒落ている。(6)はバド・パウエル作の曲だが、この曲だけ他と違ってハイハットがやたらうるさい。録音あるいはミックスダウンのときにミスしたのか、あるいは意図的なものなのか不明。
(7)はビリー・ホリデイやジャニス・ジョプリン、ジョン・コルトレーン、新しくはノラ・ジョーンズらのカヴァーで知られるジョージ・ガーシュイン作の曲。1920年代のアメリカにおける黒人の過酷な生活を歌った内容で、ペッパーのプレイもどこか抑え気味ではあるけれど、そこに込められた情感が伝わってくるようだ。(8)もガーシュインの曲で、ミディアム・テンポを少し上げたくらいの軽快なノリにペッパーとパーキンスのやりとりが楽しい。
(9)はコールマン・ホーキンスも取り上げてヒットしたバラッドで、「身も心も」というほどの意味だろうか。ゆったりと情感を盛り上げていくペッパーのアルトはときにソプラノサックスかクラリネットを思わせるところへ来たか、と思えば低音部へひらりと舞い降りてくる瞬間が心地よい。パーキンスのエレガントなピアノソロが受け継ぎ、短いパッセージのベースソロへ渡し、もう一度ペッパーで閉じる。(10)はミディアム・テンポでミュージカルのヒット曲。ところどころに遊びが感じられるのも楽しい。
(11)はラテン曲が原曲らしいのだが、ここでは「サンバ」とか「ボサノヴァ」という感じにはなっておらず、ピアノとドラム、そしてベースのリズムの取り方がなんとなくそれっぽい感じ、という雰囲気。(12)はペッパー作の曲で、同タイトルの初リーダー・アルバムにも収録されているペッパーの「お気に入り」なのだろう。CD付属の解説によると「ブルース」だということだが、テンポが速いのでそうだとは一聴してわからぬくらいである。
【付記】
本アルバムはブロードウェイでヒットした曲をたくさん取り上げて親しみやすい構成になっているうえに、ペッパーも原曲の感じをこわさぬように演奏していることもあってたいへん「わかりやすい」のですが、そのぶん少しだけ「かったるい」感じがしないでもなく、それは「ビギン・ザ・ビギン」などに表れているように感じるのは乙山だけでしょうか。
本アルバムはブロードウェイでヒットした曲をたくさん取り上げて親しみやすい構成になっているうえに、ペッパーも原曲の感じをこわさぬように演奏していることもあってたいへん「わかりやすい」のですが、そのぶん少しだけ「かったるい」感じがしないでもなく、それは「ビギン・ザ・ビギン」などに表れているように感じるのは乙山だけでしょうか。
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『デューク・エリントン・ミーツ・コールマン・ホーキンス』
Duke Ellington Meets Coleman Hawkins / Same (1962)

01.Limbo Jazz (05:15)
02.Mood Indigo (05:56)
03.Ray Charles' Place (04:05)
04.Wanderlust (05:00)
05.You Dirty Dog (04:20)
06.Self Portrait (Of the Bean) (03:53)
07.The Jeep Is Jumpin' (04:50)
08.The Ricitic (05:53)

01.Limbo Jazz (05:15)
02.Mood Indigo (05:56)
03.Ray Charles' Place (04:05)
04.Wanderlust (05:00)
05.You Dirty Dog (04:20)
06.Self Portrait (Of the Bean) (03:53)
07.The Jeep Is Jumpin' (04:50)
08.The Ricitic (05:53)
デューク・エリントンは晩年、幾名かのジャズ奏者とセッションをした音源を残しているが、今回はテナー・サックス奏者のコールマン・ホーキンスとの共演『デューク・エリントン・ミーツ・コールマン・ホーキンス』(1962)を聴いた。ホーキンスはフレッチャー・ヘンダーソン楽団のソロ奏者として活動し、ソロ名義『ボディ・アンド・ソウル』(1946)でも知られる、スウィング・ジャズの代表的テナー奏者である。
CD付属の資料によると、エリントン楽団にはベン・ウェブスターというテナーサックスの看板ソロ奏者がいたが、1943年にウェブスターが楽団を辞めると、エリントンはホーキンスの加入を考えていたらしい。だがそれは実現せず、1962年になってインパルスのプロデューサー、ボブ・シールによる企画で両者が共演することになったという。スウィングのビッグバンド出身のホーキンスにとって、エリントンはスウィング仲間のようなものではないかと想像する。
録音時のメンバーはデューク・エリントン(p)、コールマン・ホーキンス(ts)、ジョニー・ホッジス(as)、ハリー・カーニー(bs, bcl)、レイ・ナンス(cor, vln)、ローレンス・ブラウン(tb)、アーロン・ベル(b)、サム・ウッドヤーズ(ds)という顔ぶれで、エリントン楽団の精鋭あるいは重鎮たちによるコンボ・スタイルの演奏で、気心の知れた和気あいあいとしたセッションのように感じた。
(1)はそんな和んだ感じを象徴するかのような楽しい楽曲で、だれかが主旋律をハミングする声も収録されている。テーマを奏した後、ジョニー・ホッジスのとろけるようなアルトを受けて各メンバーがソロを受け継ぎ、ホークのソロは(3:33)あたりから。(2)はエリントン楽団の代表曲ともいえるもので、ホークのソロから始まる。1コーラスは低音を効かせた節回しで、2コーラスからは高音域に移行して滑らかなソロが展開、最後までホークの一人舞台といった趣きである。
エリントンは作曲するとき、この部分は楽団のこの人に演奏してもらおう、と明確なイメージを持っていたようで、そうした意図に演奏者がきっちり、ときにはそれ以上に応えることによってエリントン楽団の音楽が生まれるのだとわかる一瞬だ。エリントン楽団の演奏による「ムード・インディゴ」より曲想が膨らんでいるというかのめり込んでいるというべきか。それにしてもアンサンブルが美しいのはたまらない魅力だ。
(3)はうって変わってアップテンポの曲。(4)はミディアム・テンポのブルースでエリントンとホッジスの共作。ホッジスの比較的長めのソロが聴けるが、やはり「美音」のホッジスは健在で嬉しくなってくる。(5)はホークのソロの後、ホッジスが受け、ローレンス・ブラウンのトロンボーンが活躍している。
(6)はエリントンとビリー・ストレイホーンの共作でゆったりしたバラッド。のっけからホークのソロで始まるが、バラッドもじつに魅力的で、特に低音域に振りきったときの感じがたまらない。何か包容力のようなものを感じるんですね。この後をホッジスが受け継ぐのだが、ホッジスは高域よりに吹いていて、そのまろやかな感じはクラリネットかオーボエを思わせるものがある。
(7)のアップテンポでスウィンギーな感じはまるでカウント・ベイシー楽団のオール・アメリカン・リズムセクションのようではないか。曲によってはまったくスウィングしないエリントン楽団だが、ここでは各メンバーが快調に飛ばしまくっている感じがする。なんでもできるというか融通無碍、とでも言えばいいのだろうか。(8)ではレイ・ナンスがヴァイオリンを披露、多芸ぶりを発揮している。
コールマン・ホーキンスとエリントン楽団の相性はかなりいいんじゃないか、という感じがした。ホークもビッグバンドのメンバーだった人だから、楽団(というかエリントン)が何をやりたいのか、そのあたりをきっちり理解しているわけなんだろう。この時期のエリントン楽団のテナー奏者といえばポール・ゴンザルベスだろうけど、ホークはそれと違った味わいを出しているということで楽しい一枚だと思う。
CD付属の資料によると、エリントン楽団にはベン・ウェブスターというテナーサックスの看板ソロ奏者がいたが、1943年にウェブスターが楽団を辞めると、エリントンはホーキンスの加入を考えていたらしい。だがそれは実現せず、1962年になってインパルスのプロデューサー、ボブ・シールによる企画で両者が共演することになったという。スウィングのビッグバンド出身のホーキンスにとって、エリントンはスウィング仲間のようなものではないかと想像する。
録音時のメンバーはデューク・エリントン(p)、コールマン・ホーキンス(ts)、ジョニー・ホッジス(as)、ハリー・カーニー(bs, bcl)、レイ・ナンス(cor, vln)、ローレンス・ブラウン(tb)、アーロン・ベル(b)、サム・ウッドヤーズ(ds)という顔ぶれで、エリントン楽団の精鋭あるいは重鎮たちによるコンボ・スタイルの演奏で、気心の知れた和気あいあいとしたセッションのように感じた。
(1)はそんな和んだ感じを象徴するかのような楽しい楽曲で、だれかが主旋律をハミングする声も収録されている。テーマを奏した後、ジョニー・ホッジスのとろけるようなアルトを受けて各メンバーがソロを受け継ぎ、ホークのソロは(3:33)あたりから。(2)はエリントン楽団の代表曲ともいえるもので、ホークのソロから始まる。1コーラスは低音を効かせた節回しで、2コーラスからは高音域に移行して滑らかなソロが展開、最後までホークの一人舞台といった趣きである。
エリントンは作曲するとき、この部分は楽団のこの人に演奏してもらおう、と明確なイメージを持っていたようで、そうした意図に演奏者がきっちり、ときにはそれ以上に応えることによってエリントン楽団の音楽が生まれるのだとわかる一瞬だ。エリントン楽団の演奏による「ムード・インディゴ」より曲想が膨らんでいるというかのめり込んでいるというべきか。それにしてもアンサンブルが美しいのはたまらない魅力だ。
(3)はうって変わってアップテンポの曲。(4)はミディアム・テンポのブルースでエリントンとホッジスの共作。ホッジスの比較的長めのソロが聴けるが、やはり「美音」のホッジスは健在で嬉しくなってくる。(5)はホークのソロの後、ホッジスが受け、ローレンス・ブラウンのトロンボーンが活躍している。
(6)はエリントンとビリー・ストレイホーンの共作でゆったりしたバラッド。のっけからホークのソロで始まるが、バラッドもじつに魅力的で、特に低音域に振りきったときの感じがたまらない。何か包容力のようなものを感じるんですね。この後をホッジスが受け継ぐのだが、ホッジスは高域よりに吹いていて、そのまろやかな感じはクラリネットかオーボエを思わせるものがある。
(7)のアップテンポでスウィンギーな感じはまるでカウント・ベイシー楽団のオール・アメリカン・リズムセクションのようではないか。曲によってはまったくスウィングしないエリントン楽団だが、ここでは各メンバーが快調に飛ばしまくっている感じがする。なんでもできるというか融通無碍、とでも言えばいいのだろうか。(8)ではレイ・ナンスがヴァイオリンを披露、多芸ぶりを発揮している。
コールマン・ホーキンスとエリントン楽団の相性はかなりいいんじゃないか、という感じがした。ホークもビッグバンドのメンバーだった人だから、楽団(というかエリントン)が何をやりたいのか、そのあたりをきっちり理解しているわけなんだろう。この時期のエリントン楽団のテナー奏者といえばポール・ゴンザルベスだろうけど、ホークはそれと違った味わいを出しているということで楽しい一枚だと思う。
【付記】
エリントン楽団のフルメンバーで演奏する盛り上がりはありませんが、「バンドの中のバンド」によるコンボ・スタイルもいいですね。エリントン楽団のエッセンスを味わえるような感じとでも言えばいいのでしょうか。
エリントン楽団のフルメンバーで演奏する盛り上がりはありませんが、「バンドの中のバンド」によるコンボ・スタイルもいいですね。エリントン楽団のエッセンスを味わえるような感じとでも言えばいいのでしょうか。
レスター・ヤング 『ジャズ・ジャイアンツ'56』
Lester Young / Jazz Giants '56 (1956)

01.I Guess I'll Have to Change My Plan (09:31)
02.I Didn't Know What Time It Was (10:02)
03.Gigantic Blues (06:51)
04.This Year's Kisses (06:45)
05.You Can Depend on Me (09:06)
≪ 『レスター・ヤング:ケン・バーンズ・ジャズ』へ

01.I Guess I'll Have to Change My Plan (09:31)
02.I Didn't Know What Time It Was (10:02)
03.Gigantic Blues (06:51)
04.This Year's Kisses (06:45)
05.You Can Depend on Me (09:06)
ウェブログでお付合い頂いている方の所でレスター・ヤングの二枚のアルバムを見て、久しぶりにレスターを聴きたくなって取り出したのが『Jazz Giants '56』。所有しているのは輸入盤で、ジャケットのデザインが旧来のものと違っている。暗い場所(スタジオ?)でレスターがテナーサックスを吹いており、後ろにも誰かが写っているのがたぶんオリジナルで、もう一つはレスターがサックスを上に抱え上げて吹いているお得意のポーズのそれである。
いま手元にあるのはそれらと違っていて、レスターがサックスを持ったところを左側から写したもので、デザイン的には三番目だと思う。しかし三枚とも音源は同じなのでどれを購入しても心配することはない。アルバムタイトルからわかるように、これはレスター・ヤング1956年のセッションだが、ご存知のように同年『プレズ&テディ』も録音しており、そのメンバーはほとんど同じである。
レスター・ヤング(ts)、ロイ・エルドリッジ(tp)、ヴィク・ディケンソン(tb)、テディ・ウィルソン(p)、フレディー・グリーン(g)、ジーン・ラミー(b)、ジョー・ジョーンズ(ds)という顔ぶれで、気心の知れた古いスウィング仲間が集まり、肩の力を抜いてセッションした、という感じの仕上がりになっている。
(1)はテディ・ウィルソンのエレガントなピアノから入ってレスターのソロが始まるスロー・テンポの曲。トロンボーンがソロを受け継ぎ、ピアノ、トランペットと各プレーヤーが一通りソロを見せる。ジョー・ジョーンズはブラッシュ・プレイ、フレディ・グリーンのギターは相変わらずかすかに聞こえるか聞こえないかである。
(2)でミディアム・テンポになってサックス→トランペット→トロンボーン→ピアノとソロが展開した後、もう一度レスターに戻ってくる。ピアノソロのとき、ドラムはほとんど動きを止めているので、ベースとギターがわりとよく聞こえてきます。おっ、フレディ・グリーン、本当に弾いてるじゃないか! とわかるんですね。
(3)はレスター作のアップ・テンポのブルース。レスターはフリースタイルに近いアップ・テンポのブルースを好んで演奏しますね。トランペットがミュートを外して全開になり、ドラムとのやりとりが白熱、まるでビ・バップかと思わせる一瞬。これだけ聞けばモダン・ジャズじゃないか、と思ってしまうほどである。レスターもかなり速いテンポなのにがんばっている。
(4)で再びスロー・テンポに戻り、レスターの歌うようなサックスを堪能できる。やはりこういう曲調のレスターは最高ですね。トロンボーンもスロー・テンポに向いた楽器で、ちょっと眠たそうな(失礼)ソロでばっちり決めてくれている。この曲も最後にレスターに戻ってきてもう一度レスター節で締められる。
(5)はトランペットのミュートのソロから始まるミディアム・テンポの曲。トロンボーンは相変わらず眠たそうに聴こえる(失礼)が雰囲気たっぷりで受け継ぎ、ピアノソロに渡す。初めにも書いたけど、テディ・ウィルソンのピアノはなんてエレガントなのだろう。他のピアノ奏者とそう違うわけではないはずだが、どこかエレガントなのだ。最後にレスターのソロがすべてを包むような感じで締めくくる。
通して聴いてみて思うのはやはり(3)の力が大きいなあ、ということだろう。(3)の盛り上がりはレスターが作っているのではなく、トランペットのヴィク・ディケンソンとドラムのジョー・ジョーンズなんだけど、これがなければ今ひとつ締まりのない印象になってしまったかもしれない。いい仕事をしているなあ、とつくづく感心する。
1956年といえば、チャーリー・パーカーもすでに亡くなっており(1955年没)、たしかソニー・ロリンズが『サキソフォン・コロッサス』を出した頃。1958年にはあの『サムシン・エルス』が出て、そして1959年にはレスターが亡くなってしまう。『ジャズ・ジャイアンツ'56』と『プレズ&テディ』はトラディショナル・スウィングジャズとモダンジャズの境界線あたりで活躍した晩年のレスターの傑作だと思う。
いま手元にあるのはそれらと違っていて、レスターがサックスを持ったところを左側から写したもので、デザイン的には三番目だと思う。しかし三枚とも音源は同じなのでどれを購入しても心配することはない。アルバムタイトルからわかるように、これはレスター・ヤング1956年のセッションだが、ご存知のように同年『プレズ&テディ』も録音しており、そのメンバーはほとんど同じである。
レスター・ヤング(ts)、ロイ・エルドリッジ(tp)、ヴィク・ディケンソン(tb)、テディ・ウィルソン(p)、フレディー・グリーン(g)、ジーン・ラミー(b)、ジョー・ジョーンズ(ds)という顔ぶれで、気心の知れた古いスウィング仲間が集まり、肩の力を抜いてセッションした、という感じの仕上がりになっている。
(1)はテディ・ウィルソンのエレガントなピアノから入ってレスターのソロが始まるスロー・テンポの曲。トロンボーンがソロを受け継ぎ、ピアノ、トランペットと各プレーヤーが一通りソロを見せる。ジョー・ジョーンズはブラッシュ・プレイ、フレディ・グリーンのギターは相変わらずかすかに聞こえるか聞こえないかである。
(2)でミディアム・テンポになってサックス→トランペット→トロンボーン→ピアノとソロが展開した後、もう一度レスターに戻ってくる。ピアノソロのとき、ドラムはほとんど動きを止めているので、ベースとギターがわりとよく聞こえてきます。おっ、フレディ・グリーン、本当に弾いてるじゃないか! とわかるんですね。
(3)はレスター作のアップ・テンポのブルース。レスターはフリースタイルに近いアップ・テンポのブルースを好んで演奏しますね。トランペットがミュートを外して全開になり、ドラムとのやりとりが白熱、まるでビ・バップかと思わせる一瞬。これだけ聞けばモダン・ジャズじゃないか、と思ってしまうほどである。レスターもかなり速いテンポなのにがんばっている。
(4)で再びスロー・テンポに戻り、レスターの歌うようなサックスを堪能できる。やはりこういう曲調のレスターは最高ですね。トロンボーンもスロー・テンポに向いた楽器で、ちょっと眠たそうな(失礼)ソロでばっちり決めてくれている。この曲も最後にレスターに戻ってきてもう一度レスター節で締められる。
(5)はトランペットのミュートのソロから始まるミディアム・テンポの曲。トロンボーンは相変わらず眠たそうに聴こえる(失礼)が雰囲気たっぷりで受け継ぎ、ピアノソロに渡す。初めにも書いたけど、テディ・ウィルソンのピアノはなんてエレガントなのだろう。他のピアノ奏者とそう違うわけではないはずだが、どこかエレガントなのだ。最後にレスターのソロがすべてを包むような感じで締めくくる。
通して聴いてみて思うのはやはり(3)の力が大きいなあ、ということだろう。(3)の盛り上がりはレスターが作っているのではなく、トランペットのヴィク・ディケンソンとドラムのジョー・ジョーンズなんだけど、これがなければ今ひとつ締まりのない印象になってしまったかもしれない。いい仕事をしているなあ、とつくづく感心する。
1956年といえば、チャーリー・パーカーもすでに亡くなっており(1955年没)、たしかソニー・ロリンズが『サキソフォン・コロッサス』を出した頃。1958年にはあの『サムシン・エルス』が出て、そして1959年にはレスターが亡くなってしまう。『ジャズ・ジャイアンツ'56』と『プレズ&テディ』はトラディショナル・スウィングジャズとモダンジャズの境界線あたりで活躍した晩年のレスターの傑作だと思う。
【付記】
久しぶりに聴いたレスター・ヤングですが、いいですね。笑われるかもしれませんが、乙山はレスターのCDを17枚くらい持っています。一時、レスターに夢中になって、手に入るものはとにかく聴いてみよう、と収集したのです。
久しぶりに聴いたレスター・ヤングですが、いいですね。笑われるかもしれませんが、乙山はレスターのCDを17枚くらい持っています。一時、レスターに夢中になって、手に入るものはとにかく聴いてみよう、と収集したのです。
アン・リチャーズ 『アン、マン!』
Ann Richards / Ann, Man (1961)

1. Yes Sir That's My Baby
2. An Occasional Man
3. There's Lull In My Life
4. The Maquerade Is Over
5. You Go To My Head
6. Is You Is Or Is You Ain't My Baby
7. And That's All
8. Bewitched
9. Evil Gal Blues
10. Love Is A Word For The Blues
11. How Do I Look In Blue
12. I Couldn't Sleep A Wink Last Night

1. Yes Sir That's My Baby
2. An Occasional Man
3. There's Lull In My Life
4. The Maquerade Is Over
5. You Go To My Head
6. Is You Is Or Is You Ain't My Baby
7. And That's All
8. Bewitched
9. Evil Gal Blues
10. Love Is A Word For The Blues
11. How Do I Look In Blue
12. I Couldn't Sleep A Wink Last Night
夏は冷房装置を使わない話は何度も書いたが、それではどうしているかというと、ベランダ網戸と玄関網戸にて全開状態にして空気を通すことによってしのいでいる。ということは、外の騒音はすべて筒抜けになってしまうわけだが、ここのところが重要で、そういう状態であってもさほど苦痛を感じないほど静かな環境を選んだ。幹線道路が部屋のすぐ近くにある生活を十数年送ってきた経験がそうさせたのだと思う。
そうはいってもセミの大合唱だけは避けようがなく、セミが鳴いている間は音楽など聴く気になれない。真夏に音楽を聴こうとするなら窓をぴったりと閉めて冷房装置を効かせ、ある程度大きめの音でセミの合唱に負けぬようにしないといけない。7月と8月はそんな具合に昼間に音楽を聴くのはあきらめないといけないが、夜になるとセミも休息するのかしんと静まり返るときがある。そんなひと時だけ、ごく小音量で音楽を聴くのだ。
さて今回はアン・リチャーズの『アン、マン!』(1961)を聴いた。以前からアン・リチャーズを知っていたわけではない。ワーナーミュージック・ジャパンの企画物「JAZZ BEST COLLECTION 1000」でアトランティック・レーベルの過去の音源を再販しているようなので、それに乗じてまとめ買いをした中の一つである。CDが売れぬ時代、こういう機会に買っておかないと、すぐ廃盤になってしまうことがあるので要注意である。
アン・リチャーズはスタン・ケントン楽団でデビューした後、ケントンに見染められて結婚、その後はたまにナイトクラブに出演したりするくらいでほとんど歌手として活躍することがなかった。1961年、ケントンとの破局後もライヴ・アルバムを一枚残しているだけで、彼女が残した音源はたいへん少なく、1982年に46歳という若さで亡くなっている。
録音はビッグバンドをバックにしたものではなく、コンボスタイルで行っている。メンバーはアン・リチャーズ(vo)、ジャック・シェルドン(tp)、バーニー・ケッセル(g)、レッド・カレンダー(b)、ラリー・バンカー(ds)。(3、4、5、8、11)はバーニー・ケッセルのギターのみでアン・リチャーズが歌っている。どういうわけでピアノレスなのかわからないが、バーニー・ケッセルのギターが大活躍している。
アン・リチャーズのヴォーカルは高めアルトで、歌い方もキュート・ヴォイスからポップ歌手のような軽いノリ、そして根性の入った低めの唸りまで様々にこなせる相当の実力派のように思える。ソプラノ領域に入ったフェイク・ヴォイスも震えるようなヴィヴラートがかかって可愛らしい。(9)はブルース曲で、アンは黒人歌手を意識したような迫力で熱唱。ケントンと別れた後ならではの選曲ということなのだろうか。
聴いているといい歌を歌う人だなあ、とつくづく感心する。ヘレン・メリルのようなか細さ、ブロッサム・ディアリーのような可愛らしさ、そしてポップ歌手のような軽さと明るさを自在に歌い分ける器用な人だが、魂はブルースなのではないかと思う。相当な実力派シンガーなのに、残されたアルバムが少ないのが本当に残念だ。
そうはいってもセミの大合唱だけは避けようがなく、セミが鳴いている間は音楽など聴く気になれない。真夏に音楽を聴こうとするなら窓をぴったりと閉めて冷房装置を効かせ、ある程度大きめの音でセミの合唱に負けぬようにしないといけない。7月と8月はそんな具合に昼間に音楽を聴くのはあきらめないといけないが、夜になるとセミも休息するのかしんと静まり返るときがある。そんなひと時だけ、ごく小音量で音楽を聴くのだ。
さて今回はアン・リチャーズの『アン、マン!』(1961)を聴いた。以前からアン・リチャーズを知っていたわけではない。ワーナーミュージック・ジャパンの企画物「JAZZ BEST COLLECTION 1000」でアトランティック・レーベルの過去の音源を再販しているようなので、それに乗じてまとめ買いをした中の一つである。CDが売れぬ時代、こういう機会に買っておかないと、すぐ廃盤になってしまうことがあるので要注意である。
アン・リチャーズはスタン・ケントン楽団でデビューした後、ケントンに見染められて結婚、その後はたまにナイトクラブに出演したりするくらいでほとんど歌手として活躍することがなかった。1961年、ケントンとの破局後もライヴ・アルバムを一枚残しているだけで、彼女が残した音源はたいへん少なく、1982年に46歳という若さで亡くなっている。
録音はビッグバンドをバックにしたものではなく、コンボスタイルで行っている。メンバーはアン・リチャーズ(vo)、ジャック・シェルドン(tp)、バーニー・ケッセル(g)、レッド・カレンダー(b)、ラリー・バンカー(ds)。(3、4、5、8、11)はバーニー・ケッセルのギターのみでアン・リチャーズが歌っている。どういうわけでピアノレスなのかわからないが、バーニー・ケッセルのギターが大活躍している。
アン・リチャーズのヴォーカルは高めアルトで、歌い方もキュート・ヴォイスからポップ歌手のような軽いノリ、そして根性の入った低めの唸りまで様々にこなせる相当の実力派のように思える。ソプラノ領域に入ったフェイク・ヴォイスも震えるようなヴィヴラートがかかって可愛らしい。(9)はブルース曲で、アンは黒人歌手を意識したような迫力で熱唱。ケントンと別れた後ならではの選曲ということなのだろうか。
聴いているといい歌を歌う人だなあ、とつくづく感心する。ヘレン・メリルのようなか細さ、ブロッサム・ディアリーのような可愛らしさ、そしてポップ歌手のような軽さと明るさを自在に歌い分ける器用な人だが、魂はブルースなのではないかと思う。相当な実力派シンガーなのに、残されたアルバムが少ないのが本当に残念だ。
【付記】
アン・リチャーズのCDは『アン、マン!』しか持っていませんが、他のものも欲しくなりましたが本当に少なくて、HMVやAmazonでも2枚ほどしか見つかりませんでした。
アン・リチャーズのCDは『アン、マン!』しか持っていませんが、他のものも欲しくなりましたが本当に少なくて、HMVやAmazonでも2枚ほどしか見つかりませんでした。
ジャック・ティーガーデン / ピー・ウィー・ラッセル
Jack Teagarden / Pee Wee Russell (1938、1940)

01.Shine (03:52)
02.St. James Infirmary (04:12)
03.World Is Waiting for the Sunrise (04:06)
04.Big Eight Blues (04:12)
05.Baby Won't You Please Come Home (02:24)
06.Dinah (02:36)
07.Zutty's Hootie Blues (03:01)
08.There'll Be Some Changes Made (02:56)
09.I've Found a New Baby (02:14)
10. Everybody Loves My Baby (02:22)

01.Shine (03:52)
02.St. James Infirmary (04:12)
03.World Is Waiting for the Sunrise (04:06)
04.Big Eight Blues (04:12)
05.Baby Won't You Please Come Home (02:24)
06.Dinah (02:36)
07.Zutty's Hootie Blues (03:01)
08.There'll Be Some Changes Made (02:56)
09.I've Found a New Baby (02:14)
10. Everybody Loves My Baby (02:22)
ジャズのビッグバンドの映像を見ていると必ず出てくるのがトロンボーンである。たいてい一番後ろにトランペット、その前がトロンボーン、一番前にサキソフォーンとかクラリネットという配置になっていることが多い。ディキシーランド・ジャズの時代でもトランペット(コルネット)、トロンボーン、クラリネットの三管編成が多く、ジャズとは切り離せない楽器のように思われがちだが、コンボスタイルではあまり見かけることがない。
実際、ジャズ・トリオとかカルテットと呼ばれる中でトロンボーンが登場するのはめったにない。私(乙山)が知らないだけなのかもしれないが、まだ見たことがないのである。クラリネットが音圧(音の強さ)の関係であまり使われなくなったのはなんとなくわかるが、トロンボーンは音圧でそんなに負けているとは思えない。どういうわけでトロンボーンが花形楽器でなくなっていったのだろうか。
トロンボーンを演奏する様子を見ていると、左手は楽器を保持するのに使われており、もっぱら右手を前後にスライドさせることによって旋律をとっているようだ。これではバルブ式による楽器に比べて速いパッセージを繰り出しにくいのではないか、となんとなく思った。ビ・バップのものすごく速いテンポの演奏と、トロンボーンの雰囲気はどうも合っていないような気がする。
ジャズのトロンボーン奏者といえば、グレン・ミラーを思い出す。その次にトミー・ドーシーだろうか。いずれもビッグバンドのリーダーだった人で、いくつかの映像がYouTubeなどで確認できる。J・J・ジョンソンやカーティス・フラーという名手がいるそうだが、不勉強な私はまだ聴いていない。そして忘れてはならぬのがジャック・ティーガーデンではないかと思う。
じつはジャック・ティーガーデンという人も以前から知っていたわけではなくて、村上春樹と和田誠の『ポートレイト・イン・ジャズ』で初めて知った。テキサス州生まれでアメリカ先住人の血を引く人だそうで、1920年代から活躍しているという。ルイ・アームストロングとほぼ同世代で、ディキシーランド/ニューオーリンズスタイルのジャズ、ということになるんだろうと思う。
CD自体が売れないと言われている今、音源自体があまりないのだ。過去何度かジャック・ティーガーデンのCDを買おうとしたけれどほとんど「取り寄せ品」で、結局「キャンセル」扱いにせざるを得なかった記憶がある。今回、ピー・ウィー・ラッセル絡みで購入したCDにジャック・ティーガーデンも収録されているものがあった。『ジャック・ティーガーデン/ピー・ウィー・ラッセル』というCDだ。
(1~4)が『ジャック・ティーガーデンズ・ビッグ・エイト』として1940年に録音、残りは(5~8)が『ピー・ウィー・ラッセルズ・リズメーカーズ』として1938年、(9~10)はピー・ウィー・ラッセルを含むトリオでの1938年録音である。聴いてみると、やはりディキシーランド/ニューオリンズのジャズで、楽しくなってくる。
ジャック・ティーガーデンのトロンボーンはなんだかしみじみとした味わいがあって、ミディアム・テンポかスロー・バラードがいちばん似合っているような気がする。(2)ではティーガーデンがヴォーカルを披露しているが、ちょっとだみ声気味の渋いバリトン。後にルイ・アームストロングと二人並んでヴォーカルをとる映像などを見ることができるが、アームストロングと立派に渡り合える実力の持ち主であるとわかる。
1959年には来日公演をしているようで、その模様もYouTubeで見ることができ、やはりスロー・バラードで歌い、トロンボーンを吹くジャック・ティーガーデンがいる。映像だけしか見てないけれど、その様子からお人柄がにじみ出ていると感じた。だからルイ・アームストロングとも相性がいいのだろう。こういうエンターテインメントよりのジャズを認めぬ人も多いと思うが、私は大好きである。Amazonでボビー・ハケットと組んだ『コースト・コンサート』があるようなので、早速購入ボタンを押してしまった。
実際、ジャズ・トリオとかカルテットと呼ばれる中でトロンボーンが登場するのはめったにない。私(乙山)が知らないだけなのかもしれないが、まだ見たことがないのである。クラリネットが音圧(音の強さ)の関係であまり使われなくなったのはなんとなくわかるが、トロンボーンは音圧でそんなに負けているとは思えない。どういうわけでトロンボーンが花形楽器でなくなっていったのだろうか。
トロンボーンを演奏する様子を見ていると、左手は楽器を保持するのに使われており、もっぱら右手を前後にスライドさせることによって旋律をとっているようだ。これではバルブ式による楽器に比べて速いパッセージを繰り出しにくいのではないか、となんとなく思った。ビ・バップのものすごく速いテンポの演奏と、トロンボーンの雰囲気はどうも合っていないような気がする。
ジャズのトロンボーン奏者といえば、グレン・ミラーを思い出す。その次にトミー・ドーシーだろうか。いずれもビッグバンドのリーダーだった人で、いくつかの映像がYouTubeなどで確認できる。J・J・ジョンソンやカーティス・フラーという名手がいるそうだが、不勉強な私はまだ聴いていない。そして忘れてはならぬのがジャック・ティーガーデンではないかと思う。
じつはジャック・ティーガーデンという人も以前から知っていたわけではなくて、村上春樹と和田誠の『ポートレイト・イン・ジャズ』で初めて知った。テキサス州生まれでアメリカ先住人の血を引く人だそうで、1920年代から活躍しているという。ルイ・アームストロングとほぼ同世代で、ディキシーランド/ニューオーリンズスタイルのジャズ、ということになるんだろうと思う。
CD自体が売れないと言われている今、音源自体があまりないのだ。過去何度かジャック・ティーガーデンのCDを買おうとしたけれどほとんど「取り寄せ品」で、結局「キャンセル」扱いにせざるを得なかった記憶がある。今回、ピー・ウィー・ラッセル絡みで購入したCDにジャック・ティーガーデンも収録されているものがあった。『ジャック・ティーガーデン/ピー・ウィー・ラッセル』というCDだ。
(1~4)が『ジャック・ティーガーデンズ・ビッグ・エイト』として1940年に録音、残りは(5~8)が『ピー・ウィー・ラッセルズ・リズメーカーズ』として1938年、(9~10)はピー・ウィー・ラッセルを含むトリオでの1938年録音である。聴いてみると、やはりディキシーランド/ニューオリンズのジャズで、楽しくなってくる。
ジャック・ティーガーデンのトロンボーンはなんだかしみじみとした味わいがあって、ミディアム・テンポかスロー・バラードがいちばん似合っているような気がする。(2)ではティーガーデンがヴォーカルを披露しているが、ちょっとだみ声気味の渋いバリトン。後にルイ・アームストロングと二人並んでヴォーカルをとる映像などを見ることができるが、アームストロングと立派に渡り合える実力の持ち主であるとわかる。
1959年には来日公演をしているようで、その模様もYouTubeで見ることができ、やはりスロー・バラードで歌い、トロンボーンを吹くジャック・ティーガーデンがいる。映像だけしか見てないけれど、その様子からお人柄がにじみ出ていると感じた。だからルイ・アームストロングとも相性がいいのだろう。こういうエンターテインメントよりのジャズを認めぬ人も多いと思うが、私は大好きである。Amazonでボビー・ハケットと組んだ『コースト・コンサート』があるようなので、早速購入ボタンを押してしまった。
【付記】
ジャック・ティーガーデンといい、ピー・ウィー・ラッセルといい、そしてもボビー・ハケットなんかもそうですが、聴いていると「いい仕事してるなあ」って思います。決して目立たないんだけど、いぶし銀のようなえも言えぬ味があって、古いジャズ好きとしてはたまらぬ魅力があるのです。
ジャック・ティーガーデンといい、ピー・ウィー・ラッセルといい、そしてもボビー・ハケットなんかもそうですが、聴いていると「いい仕事してるなあ」って思います。決して目立たないんだけど、いぶし銀のようなえも言えぬ味があって、古いジャズ好きとしてはたまらぬ魅力があるのです。