『新世紀エヴァンゲリオン』(テレビアニメ版)

『新世紀エヴァンゲリオン』(テレビアニメ、リニューアル版、レンタル用DVD全8巻)

NeonGenesisEvangelion_TV.jpg
原作:GAINAX
監督:庵野秀明
脚本:庵野秀明
キャラクターデザイン:貞本義行
声の出演:緒方恵美、林原めぐみ、三石琴乃、宮村優子、山口由里子ほか


忘日、レンタルメディア店でまたぞろ映画を借りようとしていたのだが、2本はすでに決まっており、後どうしようかな、ということになったとき、何かアニメでも見ようかという気になった。『ヤマト2199』が良かったからだと思うけど、特に見たいものはなかった。だが、以前から名前だけは知っていた『エヴァンゲリオン』を思い出し、レンタル用DVDの1、2巻をつかんだ。

数話見て感じたのは、敵は「使徒」らしいのだが、彼らが何者で、どこから、何のために来るのかよくわからないし、使徒を操る「悪の組織」みたいなものが不在であることだ。単純明快な「善と悪の対決」という構図になっていないのが不思議なところで、使徒と戦う超法規的組織「ネルフ」がどうやって生まれたのか語られるのは終盤近くの第21話なのだ。とにかく第一印象は「よくわからない」だった。

普通のアニメだったら、正義=格好良いデザインで、悪=グロテスクなものと相場は決まっているはずなのだが、『エヴァンゲリオン』では敵の使徒のデザインがどこかユーモラスなものに感じられ、むしろエヴァ初号機のほうがどこか怖い感じがする。それに、なんで敵に使徒(英語では apostelではなく angel があてられている)という名前が付けられているんだろう。そもそも「使徒」とか「天使」は「神」の使いだから、それらと戦うって、つまりエヴァンゲリオンを使ってネルフが戦っている本当の敵って……

エンディング曲はジャズの "Fly Me to the Moon" が一貫して使われているのだが、これがボサノヴァ調だったり、ジャズ調だったりして、その回の内容に合わせて少しずつ変更した別ヴァージョンが使われている。この雰囲気はどうみてもお子様相手じゃないですね。少年(中高生?)向けアニメの体裁をとりながら、じつは『宇宙戦艦ヤマト』と『ガンダム』を見た世代、20~30歳(またはそれ以上)が本当のターゲットじゃないかと思う。

主人公は碇シンジという少年で、父親はネルフ司令官、母親はすでに亡くなっている。親戚に預けられて育つシンジは、父親に捨てられたという思いを抱いている。気弱で内向的、非社交的な少年が、いきなりネルフ本部に連れてこられて奇妙なロボットに乗って、恐ろしい敵と戦え、と言われるのだ(!)。そりゃ、引きますわなふつう。引き込まれ型のアンチ・ヒーロー、ということなんだろうけど、シンジの反応は無理もないだろう。

そのシンジが、ネルフ上司の葛城ミサトと同居することになり、後に2号機パイロットのアスカもそこに加わり、学校の同級生たちと交流することによって次第に心を開いて成長していく姿を描く、というのがたぶん本筋で、そこにどこか人間離れした0号機パイロットの綾波レイへの淡い恋心も添えられていき、視聴者を引っ張っていく。第1~16話まではどこかコミカルな感じも入っていて楽しく見ていられるが、17話から後はシリアスな展開になっていく。

話が進むにつれて少しずつ情報が開示されていくのだが、本当の敵はだれなのか、全貌はいったいどうなっているのか、それらについてはついぞ語られず、多くの謎を残したまま、25話、最終話を迎える。視聴者はミサトや加持と一緒にセカンド・インパクトの真相、ゼーレとネルフ(碇ゲンドウ)の真の目的を探っているのであり、謎解きゲームとしても楽しめる(実際にはヒントが少なすぎるのでゲームは成立しない)内容なのだが、最後でついに、今までわからなかった「謎」が解明されるというのだろうか?

だが問題の25話、最終話はご存知のようにシンジの内面世界を描いたもので、外で何が起こっているのか、まったくわからないのである。「人類補完計画」と「サード・インパクト」の実態、そして「世界は最後にどうなったの?」などがまったくわからないまま「おめでとう、さようなら、ありがとう」で終わり。もちろん、全貌の謎解きがあるわけでもなく、シンジ達がその後どうなったのか、などもわからないまま本当に終わってしまうんですよね。

ううむ、まいったなあ。このエンディング、色々小出しにした「アダム」とか「ロンギヌスの槍」、「ネルフの地下の巨人」をはじめとした伏線が回収できず、謎が残りすぎたんじゃないだろうか。制作スケジュールが詰まってしまったのか、予算の問題をクリアできなかったのか真相は「藪の中」なんだけど、世の中ではこういうのを「破綻」というんじゃないのかな。テレビアニメ版『エヴァ』は、なんだかよくわからない話が本当にわからないまま終わってしまったアニメ、と言えるでしょう。

衝撃のエンディング、とか言われたそうだけど、テレビアニメだから良かったものの、映画だったらブーイングの嵐になっていただろう。終わりのない、いろんな解釈ができる最終部分なんだろうけど、なんだか納得できないものを感じた。残念に思うのはトウジを3号機パイロットにした結果、学園ドラマを封じるしかなく、16話までの雰囲気を継続できなかったこと。ここは微妙な所で、「後半の陰鬱な展開こそエヴァンゲリオンだ」と感じる人も少なくないだろう。

だが「本当のエヴァ」とは全体なので、軽妙な前半なくしては「エヴァ」にはならないと思う。それにしても「全貌」をつかむには情報の少なさは致命的で、回収できなかったのか、意図的に隠したのか真相はわからないが、与えられた情報だけで全貌を類推するのは不可能。ところが、その「わからなさ」がかえって魅惑的なものを生む求心力になっているようで、「解釈の多様性」とか「知りたがる者」と「語りたがる者」をたくさん生み出したのだと想像する。

『エヴァンゲリオン』が社会現象になったのは、まず作品自体に魅力があったことが大原則。つまらないものは広まらないでしょう。そして、あのエンディングに食いついた論議がテレビを通じて報道されたことで、『エヴァ』自体を知らない人たちまで認知度が高まった。またエヴァの「わかりにくさ」から発生した「知りたがる者」と「語りたがる者」の結節点としての「情報の共有=ネットワークの確立」が重要だったと思う。

アップルコンピューターのようなGUIを備えたWindows95の登場によって、それまで象牙の塔のようだった(DOSコマンドを使えないと話にならない)パソコン環境とネットワークの底上げが一気になされ、情報の共有が可能になった。ある事象が社会的になるには、不特定多数の「同時経験(テレビ≒マス・レベルのメディア)」あるいは「情報の共有と交換(ネット)」が不可欠で、おそらく『エヴァ』はこの二つを同時に満たす初めてのアニメ作品だったのではないか。

当時、泡沫経済の崩壊による金融関係機関の破綻が出始め、従業員の整理解雇が相次ぎ、新卒学生の就職は絶望的な状態の只中で、1$=79円台というものすごい円高が進んだ。そして阪神淡路の大震災が起き、さらにカルト教団による無差別殺人とその終末思想(ハルマゲドン)も世間を賑わしていたことも忘れてはなるまい。暗鬱たる社会の雰囲気を背景に、情報の共有と交換ができる土台が整おうとしているタイミングにちょうど同期するかのように、「世界の終わり」というテーマを内包する『エヴァンゲリオン』が登場したのだった。

なんか長くなったなあ。話は短めにしろよって思うんだけど、あと少しだけ言わせてもらうと、レイのシンジに対する心情の変化が急すぎる気もした。それまでシンジの言動にちょっと頬を染める程度だったのに、23話でいきなり「一緒になりたい」はいかにも唐突な感じがして、見ていて「えっ、そんなこと言うかなあ」とか思ってしまった。漫画化版ではそのあたりを実に見事に「補完」していて、無理のない展開だった。テレビアニメ版が原作で、漫画はあくまでその漫画化のはずなのに、漫画化版が原作でテレビアニメがその簡略版であるかのような、不思議な感じがした。


【付記】
● なんだかなあ、と思って漫画化版、いわゆる『貞本エヴァ』も電子書籍で購入し、思い切りどっぷりはまってしまいました。こちらは時間をかけ、テレビアニメ版と旧劇場版、カットせざるを得なかった部分を下敷きにしているだけあって、納得できるものを感じました。きちっと環が閉じている感じがするのです。

貞本エヴァにおける「父と子」の問題の扱い、アスカの復活の詳細、ミサトとの別れ、そしてレイとの最終部分で降る雪(レイ03のはずなのに「この顔で合ってる?」って笑顔でお別れ)……エンディングも良かったです。遺跡となったエヴァ、意外な出会い、そして最後にミサトのペンダントとともに未来に向かって歩むシンジ……心に残りました。


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『宇宙戦艦ヤマト2199』

『宇宙戦艦ヤマト2199』(DVD版、全7巻)

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原作:西崎義展
総監督:出渕裕
音楽:宮川泰/宮川彬良


もう数年前のこと、あの『宇宙戦艦ヤマト』のリメイク作品が劇場公開されており、YouTubeで予告編の映像を見たとき、あまりの変わりように驚いてしまったのを覚えている。いわゆる「松本キャラ」が一掃されて全く違ったイメージになっていた。リメイク版『宇宙戦艦ヤマト2199』に多少の違和感を覚えたが、予告編を見ているうちに慣れてしまうのが不思議だった。

なんだか面白そうだな、と気になっていたけれど、DVDを買ってみるほどの思い入れはなかった。ある日、駅前のスーパーマーケット内にあるレンタルメディア店で映画を何本か手にしたとき、ふと『ヤマト2199』のことを思い出し、アニメコーナーに行ってみたら、あるではないか。全7巻あるけれど、第1巻だけ手にしてレジに向かった。

早速ノート型PCで見ると、やはり映像が圧倒的にきれいなのに驚く。登場人物たちはどうしても旧作と比べてしまうのだが、新しい世代ということでこれでもいいのかな、と思う。沖田艦長は違和感がないのだが、佐渡先生と徳川機関長はちょっと可愛らしすぎるんじゃないだろうか。それと、数名の頭髪がぴょんと立っているけど、あれはいったい何なんだろう。なんだかとても残念に思う。

一方、メカニックは旧作より細部まで作りこまれていて感心してしまう。おそらく3Dレンダリングも取り入れているのだと想像するが、現在のアニメーションはあまりにも鮮明でごまかしようがないんでしょうね。駆逐艦「ゆきかぜ」とかガミラス艦艇なども手抜きがなく細部まで描き込まれており、たぶんヤマト本体のパースペクティヴも正確なんだろうと思う。

『旧ヤマト』と『ヤマト2199』をうまく結び付けているのは音楽ではないかと思う。多少の編曲の違いはあるが旧作とほぼ同じ感じに仕上げられており、これは旧作で音楽を担当した宮川泰の御子息である宮川彬良によるもの。旧作でも音楽の秀逸さは際立っていて、テープレコーダーにテレビ放送の音声だけ吹き込んで何度も繰り返して再生して楽しんだ記憶があるほどだ。

SpaceBattleShipYamato2199_02.jpgその後、展開が気になって残りの巻も他の映画とともに借りて、すべて見てしまったことは言うまでもない。旧作では無理があるなあと感じていた部分がわりと修正されているのも見所で、旧作では森雪がレーダー係と看護婦および佐渡医師の補助、そして艦内生活の世話役とあまりの激務にちょっとなあ、と思っていた。本作では女性乗組員が増え、分担や交代制、自動操縦などが取り入れられたが、旧作では交代なしの出ずっぱりでしたからね。

また、「波動防壁」というのはいいアイディアだと思う。だいたい、旧作でヤマトは直撃弾を受けすぎているんですね。ふつうの艦だったら冥王星の「反射衛星砲」一発で沈みますよ。旧作「七色星団の決戦」でもヤマトが受けた直撃弾の多さからすると、やられないのが不自然。で、ドメル艦隊はドリルミサイル一発でほとんどが壊滅って……波動防壁のおかげでかなり不自然さが払拭されたように思うが、それにしても、たった一隻であれだけの艦隊を打ち破るというのはいくらなんでも……

旧作及び『2199』におけるドメル艦隊についてもう一言だけ言わせていただくと、ドメル戦法はなんだか姑息な手段のように思えるかもしれないが、ドメルは波動砲の存在を知っていたのであり、艦隊同士の直接対戦なら、決定打に欠くドメル艦隊は明らかに不利なのであって、どうしても「姿を隠したうえでの機動攻撃」という作戦を取らざるを得なかったのではないだろうか。敵の波動砲を封じるのを第一とし、対抗する武器として「物質転送機」を導入したのもわかる気がする。

そして、「亜空間ゲート」という短絡手段を入れたのも良かった。あれで航路の大幅な短縮が可能になったのだし、ガミラスの主力艦隊を置き去りにできた、という設定も可能になったのだろう。それがなかったら、またしてもヤマト一隻で膨大なガミラス艦隊を打ち破るというありえない筋書を逃れるわけにはいかなかっただろう。旧作当時と『2199』制作時ではコンピューターの進歩に格段の違いがあるのだが、コンピューターの扱いも不自然さを感じないようにできている。

とにかく『宇宙戦艦ヤマト2199』には旧作に対する深い愛情と尊敬を感じた。セリフが抑制されているのも良く*、無駄なシークェンスも少なくて、総監督のセンスの良さがわかるいい出来だ。せっかくのリメイクだからそのままでは面白くないはずだし、見ていて「おおっ、そうきたか」と思わず感心した場面も数知れず、旧作の熱心なファンの方にもお勧めできるものではないかと思う。ただ、返す返すも残念なのは、あの変な、頭からぴょんと飛び出た髪の毛である。

*例えば、旧作で有名な森雪の台詞「古代君が死んじゃう!」というのがありますが、思わず「ユキよ、死ぬのは古代君だけじゃないんだぞ」とかツッコミを入れたくなりますよね。

【付記】
● 旧作と『2199』のいちばん大きな違いは何といっても「見た目」ですが、なあに、見ているうちに慣れてしまいますよ。『2199』の出来はいいものだと思いますが、これによって旧作の価値が減じた、などと言うことはいささかもありません。あれはあれで良いもので、また別の味わいがあるのではないでしょうか。じつは旧作もYouTubeでほぼ全編を見てしまって、やっぱりいいなあ、と思ったのです。


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松本零士 『蛍の泣く島』

Hotaru_no_Naku_Shima.jpg
「遊歩者 只野乙山」では漫画を記事にしていない(実際は「漫画は電子書籍で」という記事がある)が、漫画は大好きである。中学生の頃はちばあきおの野球漫画の真似をしてノートに漫画を描きまくり、漫画家になれたらいいなあ、などと思っていたくらいである。ところが高校生になると漫画より活字のほうが好きになり、いつの間にか漫画家になりたいという気持ちは失せていた。

いまでも漫画を読みたい気持ちはあるのだが、本棚に漫画があふれかえっている状態では困るので、漫画はすべて電子書籍版を購入することにしている。『銀河鉄道999』の続編とか、むかし読んだ松本零士の漫画短編集などをネットから購入してノート型PCで楽しんでいる。今回は松本零士の『蛍の泣く島』を久しぶりに読んでみた。

Sei_SarumataDen.jpg『蛍の泣く島』は漫画短編集で、初出は『ビッグコミック』に多く、同誌は『ゴルゴ13』や『カムイ外伝』などの大人向け漫画。なので多少エロティックな表現もあり、全部で11の短編が収められている。「蛍の泣く島」は、昆虫マニアの男が父親の残した「蛍の泣く島」があるという伝説をその目で確かめに行くというもの。

「聖女に白い血」はサイコロ賭博の女壺振り師が、足を洗って普通の主婦になる話。「皮の影159」は冴えない刑事が女の謀を見抜くミステリーもの。「さらばロマンの時よ」は人造ウィスキーの製造に生涯を賭ける男と、それに愛想を尽かす女の話。「下宿荘偉人伝」や「聖サルマタ伝」は、作者の代表作ともいえる『男おいどん』につながる大四畳半物語の片鱗を見せている。

MatumotoReiji_UgetuMonogatari.jpg「雨月物語」は上田秋成の原作あるいは溝口健二による映画からヒントを得た幻想的な作品。物の怪である県の真女児(あがたのまなこ)に旅の男が出会うが、彼は女を見るとすぐに乱暴を働く侍とは違った優しい心を持った男だった。真女児に乱暴を働いた男たちはみな精気を吸い取られ死んでいくが、旅の男は真女児と交わっても死ぬことはなかった。しかし僧侶に「死相が出ている」と告げられる。

「秘本絵師 無芸」は長屋に住む絵師で、いわゆる春画を描いて暮らしているが、なんだかんだと事件に巻き込まれ、春画を描くことで危機を乗り越えるというコンセプトや「俺はカキたいときにカク」という掛け言葉なども面白く、連作シリーズになったようだ。最後の「サケザン」は、あのターザンのもじりで、ジャングルに住んで猿酒を飲むサケザンが主人公。じつはサケザンには妻子があって、妻のミセス・サセソーネはよりを戻そうとサケザンを訪ねてくるが、サケザンは女より酒を選ぶ。

松本零士の世界における「女性」といえば、『銀河鉄道999』のメーテル、『クィーン・エメラルダス』のエメラルダス、そして『ヤマト』の森雪あたりを連想してしまうのだが、本作で作者は女性に対してかなり手厳しいと言える。「蛍の泣く島」では夫を殺した女と愛人を殺した女(ともに昆虫マニアの主人公を犯人に仕立てようとした)が出てくるが、彼女たちは「蛍の泣く島」で蛍に囲まれて焼け死んでしまうのだ。

Hihoneshi_Mugei.jpgまた「皮の影159」でもやはり夫(冴えない刑事の友人)を殺す妻が出てきて、冴えない刑事を罠にはめようとする恐ろしい女性として描かれる。「さらばロマンの時よ」では人造ウィスキー製造に没頭する男を女が裏切り、裕福な実業家になびく姿が描かれる。そして「哀れな女よ。お前に必要なのは何種類かのスペルマだけだ」とくる。

作者は女性を、非の打ちどころのない理想の女性として描く一方で、嘘と裏切りや背徳に満ちたおぞましい存在として描いているのだが、どうも後者には「もてない男の恨み節」が盛大に鳴り響いているような気がしないでもない。そう思いながら、だけど一部の女性にはそういう面もあるよなあ、なんていうか「げんきん」なんだよな、と同感してしまう自分もいることは正直に書いておこうと思う。


【付記】
● 画像は鮮明ではありませんが、漫画リーダーの画面を直接スクリーン・プリント(キャプチャー)することはできませんので、ノート型PCの画面をデジタル写真機で撮影するという原始的な方法をとらざるを得ませんでした。


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漫画は電子書籍で

GalaxyExpress999_Vol15.jpg
拙ウェブログ「遊歩者 只野乙山」においては漫画を取り上げたことがなく、漫画のカテゴリーもまだ存在していない。だからと言って漫画を読まぬわけではないし、それを毛嫌いして遠ざけているわけでもない。むしろ漫画は好きなくらいなのだがもう本棚がいっぱいになってしまっているので、これ以上本の類を増やすわけにもいかないのが本当のところだ。

以前大阪市内に住んでいたころは本棚の中にたくさん漫画も混ざっていた。ちばあきおの『キャプテン』と『プレイボール』は野球大好き少年だったころの名残である。松本零士の『銀河鉄道999』は『宇宙戦艦ヤマト』とともにおおいにのめり込んだものだ。ビデオ録画ができない時代、テープレコーダーに『ヤマト』の音声だけ吹き込んで、布団に潜り込んでそれを再生してもう一度楽しむという熱の入れようだった。

『MASTER キートン』はリアルタイムで楽しんだわけではないが、人に教えてもらって、こんな素敵な漫画があるのか、と感心して後になって揃えた。ちょっと付いていけないところも多々あるけれど『ハートカクテル』は初めの数巻を古書店にて見つけた折に買い込んだものだ。吉田秋生『河よりも長くゆるやかに』なども人に借りて読んだのが面白く、後に自分でも買い求めることになった。

まだ他にも何かとあったけれど、大阪から宝塚/西宮に引っ越しする際、思い切って処分することにした。もうその頃からすでに本棚が一杯になっていて、入りきらない本を床に平積みするという情けない状態だったのだ。引っ越し業者の人たちが「本当にいいんですか?」と念を押すほどの本や漫画だった(よかったらどうぞ、と奨めておいた)が、引っ越してからも本の処理に困ったことを思うとやはり処分してよかったと思う。

そんなわけで、2000年から今まで新しく漫画を買ったことはない状態で過ごし、現在のところ本棚には『孤独のグルメ』というちょっと変わった漫画本一冊のほかに漫画は一切ない状態である。それで不自由しないということは、別に漫画がなくても大丈夫ということなんだろう。いや本当、本棚にこれ以上本を増やしたくないのである。

ところで米アップル社がiPadを発表した前後から、電子書籍なるものが増えてきているようである。紙の本という形では出版できないが、電子書籍でなら出版しているという過去に手に入らなかった本がいくつかあるようなのだ。ふうん、電子書籍か……とか思いながらそれのウェブサイトを見ていると、ふと「ついに『キャプテン』が登場」などという宣伝文句が目に留まり、漫画のコーナーを見てしまったのである。

おやおや、なんとまあ、むかし読んだ覚えのあるあれやこれやが、ずらりと並んでいるではないか! 電子書籍を読むための専用端末もなければ、タブレットPCも持っていないので一瞬躊躇したが、どうやら個人用コンピューターでも電子書籍専用端末でも、タブレットPCでもリーダーをインストールしたら読めるそうだ。しかも販売店のサーバーに置いておけるので、購入したデータがハードディスクの故障などで失われる心配もなければ、容量が増えて心配することもないようなのだ。

これはひょっとしていいかも、とか思って販売サイトに登録し、いちいち入金するのも面倒くさく、振り込み手数料もかかるのでカード決済で購入してみた。コンピューターにリーダーをインストールした後ダウンロードすると、本当にその場で、久しぶりに漫画を読むことができた。ちょっと文字が読みにくいかな、と感じた程度で、そんなに違和感なく漫画を楽しむことができたのである。

見開き一面を使った大画面も、結合されて表示するので迫力がある(つなぎ目が合ってないじゃないか、と突っ込みを入れたくなるけれど)し、いやいやじつに久しぶりに漫画を楽しんでしまった。だけど恐ろしいのは、これを機会に膨大な漫画コレクションを次々に購入する羽目になってしまうのではないかということだ。場所をとらないので便利なのはいいけれど、漫画はほどほどにしておかないと、と自分で自分に釘を刺しておくことにしよう。


【付記】
● あの『銀河鉄道999』に続編が出ていたなんて、全く知らなかったですね。うっかりにもほどがある、というのはいつもの只野乙山的現象ですが、懐かしさも手伝ってふらふらと電子書籍版を購入してしまいました。気のせいかもしれませんが、以前の作画に比べてスクリーントーンを多用しているのではないか、などと思った次第です。漫画を描くのは本当に肉体労働ですからね。

作者の松本零士さんもいつまでもお元気でがんばってほしいですね。そして是非完結まで、と思います。あ、今度はもう『さよなら』はなしでお願いしたいですね。

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只野乙山

Author:只野乙山

⚫︎ できれば「只野乙山=ただのおつざん」とお読みくだされば、と思います。

⚫︎ 文字中心のウェブログ。ほとんど一話完結で、どの記事をご覧になっても楽しめ(?)ます。文字数だけなら一冊の本に匹敵(凌駕?)するほどありますので、ごゆっくりどうぞ。

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