レイモンド・チャンドラー『プレイバック』

レイモンド・チャンドラー 『プレイバック』 (1977年、清水俊二訳、ハヤカワ文庫)

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今回は久しぶりにレイモンド・チャンドラーを読んでみた。その遺作である『プレイバック』(1958)が本棚にあったのでつい手にとってしまったのだ。例によって(?)依頼の電話から話が始まる。弁護士のクライド・アムニーと名乗る横柄な男がいうには、8時にロサンゼルス駅を出る特急列車に乗っている女(エレナー・キング)を見つけて尾行し、報告してもらいたい、と。内容がよくわからぬマーロウは渋るが、アムニーの秘書ヴァーミリアの顔を立てることにして駅へ向かう。

駅で女はほどなく見つかり、マーロウは女がコーヒー店で一人の男と向かい合って座っているのを見る。どうやら女は男と一緒にいるのが愉快ではないようなのがわかったが、男が何かの紙切れを女に見せると、女の態度が一変した。男は紙切れをいじりながらニヤニヤして話を続けているが、女は困惑しながらも半ば腹が立っている。どう見ても、これはゆすり(脅迫)の類に違いなかった。

女は列車を降り、タクシーに乗った。マーロウもタクシーで女を追う。着いた町はエスメラルダで、マーロウは女の元夫を装い、ホテルで女の隣の部屋をとらせてもらうが、女はベティ・メイフィールドという名前を使っていた。やがて女の部屋に男が来て話すのをマーロウは盗聴する。どうやら、コーヒー店で女と話していた男のようだ。男はラリーという名前で、女から幾ばくかの金を借りた。

ラリーが立ち去った後、マーロウは女の部屋を訪れる。自分が私立探偵であることを明かすが、当然のことながらベティは警戒の姿勢。ベティと話をしていると、いつの間にやらラリーが帰ってきて、マーロウとラリーは殴り合いとなる。マーロウはラリーをのしてやることができたのだが、ベティはウィスキーの瓶でマーロウの後頭部を打ちつける。

とまあ、5章まではそんな感じであるが、読んでみて思ったのは本筋とはあまり関係のない部分がわりとあるということだ。たとえば、17章のヘンリー・クラレンドン氏の話や、20章のフレッド・ホープという男の話など、まったく省いたとしても差し障りのない部分ではないかと思った。なんでこういうのを入れたんだろう、と不思議に思った部分である。

それからもう一つ。それまでのマーロウの女性に対する姿勢は、彼女たちから距離を置いたもので、かなり抑制のきいたというか、どこか禁欲的なものさせ感じさせるようなものだったように思う。それからすると、この『プレイバック』のマーロウは積極的すぎるような気がしないでもない。少し引いておきましょう。

「あなたを愛してるんじゃないのよ」と、彼女はいった。
「愛してなくてもいいじゃないか。そんなことを考えるのはよそう。素晴らしい瞬間だけを楽しめばいいんだ」(レイモンド・チャンドラー『プレイバック』第13章より)

ね、どうです? とてもあのフィリップ・マーロウの科白とは思えぬものを感じたのは私だけだろうか。だけど個人的にはマーロウの言い分におおいにさんせ……ちがうちがう! そうじゃなくて、女性に対する態度や姿勢が、少し変わってきたんだな、ということだった。『プレイバック』には『長いお別れ』に出てきたあの女性が、再び登場するんですね。これがひょっとすると『プレイバック』という題名と関係するのかもしれない。

全体の筋からすると、『プレイバック』という題名は、内容と何の関係があるのかよくわからない。そもそも「プレイバック」というのは録音、録画したものを「再生」することをいうのだと思う。筋の中でむかし起きた何かがもう一度繰り返されたのだろうか? そのあたりを注意して読んでみたけれど、つかむことはできなかった。

さてチャンドラーといえば、科白の格好よさが魅力で、本作にはあまりにも有名なあの科白が出てきます。例の「タフでなければ……」ですね。ひょっとするとご存知ない方もいらっしゃるかもしれないので引いておきましょう。原文は以下の通り。「If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.」(ウィキペディアより)

「あなたのようにしっかりした男がどうしてそんなにやさしくなれるの?」と、彼女は信じられないように訊ねた。
「しっかりしていなかったら、生きていられない。やさしくなれなかったら、生きている資格がない』(同書、第25章より)

これを極めつけとして、本作にはまだたくさんの名科白が出てくる。お気に入りは、ベティが疲れたからベッドに寝ていい? と訊くところ。マーロウの返答がもう最高なんですね。そしてチャンドラーお得意のシミリー(直喩/明喩)もふんだんに使われているのも楽しい。題名や内容でいささか「?」の部分も多い『プレイバック』だが、チャンドラーのファンとしてはやはり外すわけのいかない一冊なんだと思う。


【付記】
● 『プレイバック』はやはり不思議というか不可解な部分の多い書ですね。チャンドラーの創作意欲の減退と関係があったかもしれません。いずれにしても、この不可解さは本書を紐解いていただくほかありません。


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ブライアン・グルーリー 『湖は飢えて煙る』

ブライアン・グルーリー 『湖は飢えて煙る』 ハヤカワミステリ文庫 (2010)

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湖に棲む魔物が人間を襲う物語? そんなことを連想しそうな題名の本書『湖は飢えて煙る』(2010)の作者、ブライアン・グルーリーの名前を知っている方はとても少ない、というかほとんど誰も知らないのではないだろうか。もちろん私(乙山)も知らなかったのだが、翻訳者のあとがきによると、ブライアン・グルーリーは〈ウォール・ストリート・ジャーナル〉のシカゴ支局に勤める記者(現在は同支局長)で、本書はそのデビュー作だという。

さて舞台は1998年2月のアメリカ、ミシガン州北部の田舎町スタヴェイション・レイク(Starvation Lake:本書の原題)である晩、ウォールアイ湖のほとりでスノーモービルが発見された。その所有者は、かつて地元の少年アイスホッケー・チームを率いた伝説的コーチである、ジャック・ブラックバーンであることがわかった。だが彼は10年前に起きた事故によって、近隣のスタヴェイション湖で亡くなっているはずだった。

しかもくだんのスノーモービルから22mm口径銃の弾痕が発見された。ブラックバーンの元教え子で地元新聞〈パイロット〉の編集長代理を務めるオーガスタス・カーペンター(ガス)は、ブラックバーンはたんなる事故死ではなかったのではないか、とたった一人の部下ジョーニーと事件の真相究明に乗り出す。だが英雄的存在だったブラックバーンの過去をあれこれ掘り返すものではない、と考える人も少なからぬ存在しており調査は難航する。

ジャック・ブラックバーンが不慮の事故死を遂げた当日の夜、彼に同行していた人物レオ・レッドパスは町営リンクの管理人で、当夜のことは口をつぐんで一切話そうとしなかった。保安官ディンガスも本格的な捜査に乗り出し、事件に最も深くかかわっていると目される重要人物としてレオを拘束しようとした矢先、レオは拳銃で自殺を図ってしまう。

あの黄色の小口で二段組みのハヤカワポケットミステリで546頁もあるという、いかにもアメリカの推理小説らしい分量の本書は、アイスホッケーというスポーツが実に細かく描写されているのが特徴。推理小説でありながら、スポーツ小説でもあるかのような描写に加えて、主人公ガスがホッケー少年だった頃や、ミシガン州の中心であるデトロイトの新聞記者として活躍し、ピュリッツアー賞も手に届くかもしれないところまでいったガスの挫折といったカットバック(回想)が随所に織り込まれている構成が、本書の分量の内訳なのだろう。

アイスホッケーというスポーツは日本ではあまりなじみがないけれど、ミシガン州というのはカナダとの国境付近にある相当な寒冷地帯のようで、なるほど冬ともなれば湖も凍ってスケートなんかができるのではないだろうか。アイスホッケーに対する熱の入れようは、馴染みのない人からすると想像を超えるものがある。作者ブライアン・グルーリーもアマチュア・チームのホッケー選手としていまでもシカゴでプレイし続けている、とあとがきにある。

主人公ガスがホッケーに打ち込む場面はさながら熱血スポーツ物語のようであるけれど、その裏で大人たちが行っていた行状をガスが少しずつ知っていくところは何とも言えぬほろ苦さがある。本書は謎解きに加えて、ナイーヴ(素朴)な青年ガスがいままで目を背けていた過去の現実に向き合う過程を描いた青春小説のようなところもあって、それが膨大な分量にもかかわらず頁を繰らせる魅力の一つなのではないかと思う。


【付記】
● アイスホッケーのことはほとんど知りませんが、想像するだに危険なスポーツです。氷の上を高速で動きまわる選手たちは皆、それぞれにスティックを持ち、それを振り回してプレイするのです。サッカーも危ないスポーツでしょうが、アイスホッケーはそれ以上に選手たちの接触率が高いように見えますね。
ボールに相当する〈パック〉と呼ばれる硬質ゴム製の円盤も、まともに当たればかなり痛いものではないだろうか。本書の中でも「アイスホッケーは格闘技である」云々というくだりがあり、ゴールキーパーを務める主人公もしょっちゅう怪我をしているんですね。


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レイモンド・チャンドラー 「大いなる眠り」

レイモンド・チャンドラー 『大いなる眠り』 双葉十三郎訳 創元推理文庫(1959)

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村上春樹はレイモンド・チャンドラーが好きなんだろうな。ごく最近、『ロング・グッドバイ』(2007)、『さよなら、愛しい人』(2009)、『リトル・シスター』(2010)とチャンドラーの作品を続けて翻訳しているし、『ノルウェイの森』の主人公の口調を「ハンフリー・ボガートみたい」と言わせているほど。

村上春樹の『羊をめぐる冒険』はチャンドラーの『長いお別れ/ロング・グッドバイ』の影響を強く受けていると思うが、私(乙山)にとって村上春樹やチャンドラーは、とくに読みたい本がないけれど何か読みたいな、というときにすっと手が伸びる作家なんである。どういうわけか私の本棚には、一番手の届きやすい場所にチャンドラーと村上春樹の文庫本がずらりと並んでいる。

さて本書『大いなる眠り』はチャンドラーが1939年に出した処女長編で、映画化もされている。日本では『三つ数えろ』(1946)というタイトルで公開されたようで、フィリップ・マーロウ役にハンフリー・ボガート、ヴィヴィアン・スターンウッド役にローレン・バコールというキャスティングだった。テレビで見たのは何年も前だったので正確には覚えていないが、たしかモノクロ映画だったはずだ。

映画の冒頭はスターンウッド将軍から依頼を受けたマーロウが、温室みたいなところで車椅子に座っている将軍を訪ねて行く場面で、上着を脱いだマーロウの背中に汗がにじんでいくところが印象的だった。本でもマーロウが将軍を訪ねて行くところから始まるが、依頼は古本屋のガイガーという男から妹娘のことで脅迫を受けているので何とかしてほしいというもの。要するにゆすりの処理だが、とりあえずマーロウはガイガーの家に向かった。

マーロウがガイガーの家に到着するや否や、銃声が聞こえ、ガイガー邸に入り込んだマーロウはガイガーが撃ち殺されているのを見つける。傍らにはスターンウッド将軍の妹娘カーメンが裸体で虚ろな目をして椅子に座っていた。マーロウはカーメンをスターンウッド邸まで送り届けるが、翌日、マーロウはスターンウッド家の運転手をしていたオウエン・テイラーが自動車事故で亡くなったことを地方検事局捜査長バーニー・オウルズとともに確認する。

TheBigSleepDVD.jpg精神的に不安定な妹娘カーメン、賭博場に入り浸っている姉娘ヴィヴィアン、そして失踪してしまったヴィヴィアンの夫ラスティ・リーガン。ガイガー殺しの真犯人と、失踪したラスティ・リーガンを見つけようとするマーロウが、込み入リ錯綜した人間関係に翻弄されながらも少しずつ真相に近づいていく姿は、これぞハードボイルドといいたくなるような展開である。

本書には「大仕掛けのトリックを解く」といった趣向の、いかにも推理小説といった楽しみはなくて、リアリズムとでもいうべき文体で書き進められる描写に力点が置かれているので、推理小説というよりも一般的な小説に近い読み方ができる。そういうところが本書というかチャンドラーの楽しみの一つではないだろうか。ミステリーというジャンルに入れるのがなんとなくためらわれる部分があるんですね。なによりチャンドラーがマーロウに語らせている台詞も魅力である。少し引いておきましょう。

「骨の髄から人殺しというわけね、警官と同じだわ」
「むちゃ言うなよ」
「肉屋が殺した牛に同情するほどの気持もない冷酷無残な男なのね。はじめ会ったときからわかっていたわ」
「でも君はもっと怪しげな連中を友達にしているじゃないか」
「あの連中なんか、あなたにくらべりゃ甘いものよ」
「おほめをいただいてありがとう。君だってお茶うけのビスケットにゃ見えないぜ」(本書より)

これはほんの一例。長めになるので引用を差し控えさせていただくが、本書には他にも気の利いた台詞がたくさんあります。いまさらチャンドラー、という気がしないでもないし、マーロウのような屈強なヒーローはいまや化石といってもいいくらい最近の本には登場しないけれど、なぜかたまに手にとって読みたくなるのがチャンドラーなのだ。たぶんそれは、自分にないものをせめて本の中だけでも、という憧れがいまだに根強く私の中に残っているせいなのかもしれない。


【付記】
● 村上春樹の新訳によるチャンドラー、まだ一冊も読んでおりません。本書や他のチャンドラーの翻訳もなかなかいいのですが、多少古さを感じさせる部分もあるので村上春樹訳のチャンドラーを楽しみに取ってあるのです。

北森鴻 『花の下にて春死なむ』

北森鴻 『花の下にて春死なむ』 講談社文庫 (2001)

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本書は北森鴻(1961~2010)の「花奈里屋」シリーズ第一弾。三軒茶屋(東京都世田谷区)の路地裏にあるビール・バー「花奈里屋」のマスター・工藤哲也が、客の持ちかける相談や謎を解き明かす。

第一話「花の下にて春死なむ」は、俳句の会同人である片岡草魚が、自宅アパートでひっそりと死んだことから始まる。事件性がなく、検死の結果から肺炎などによる衰弱死であると判明したが、片岡草魚には親類や身元にかかわる一切の情報がなく、しかも住民票も届出がなされていなかった。片岡草魚と名乗る初老の男性は、いったい誰なのか?

とある駅に設置された図書貸し出しコーナーの本から、一枚の家族写真が出てきた。ところが、それは一冊だけではなく、複数冊のある限られたジャンルから、同じ家族写真が発見され、新聞記事になった。いったい誰が、何のために、家族写真を本に入れたのか、常連客を交えて「花奈里屋」での推理比べが始まる第二話「家族写真」。

多摩川河川敷に掘っ立て小屋を建て、そこで暮らしている老夫婦の生活を撮り続けて高い評価を受けたカメラマンが悩んでいたのは、自分の写真が世間に公表されてから老夫婦が河川敷の掘っ立て小屋から姿を消したことだった。彼らがいったいどうなってしまったのか、カメラマンがマスター・工藤哲也に話す第三話「終の棲み家」。

その他、赤い手をした人物が殺しにやって来るという噂が町に流れる第四話「殺人者の赤い手」、回転寿司店で鮪ばかり七皿も食べ、それを連日繰り返す男が登場する第五話「七皿は多すぎる」、そして第一話でも登場した片岡草魚の放浪の痕跡を求めて、女性がマスター・工藤哲也の力を借りる第六話「魚の交わり」などが収録されている。

メインの「謎と推理」はさておいて、「香奈里屋」シリーズのもうひとつの読みどころはビールと料理。とにかく「香奈里屋」で出されるビールが、とてつもなく旨そうなのだ! アルコール度数を変えた四種類のビール(おそらく3/5/8/12%くらいの刻みになっていると思う)が、ビールサーバーからピルスナーグラスに注がれる。

作中でも「今日はちょっと濃い目がいいな」とか「ここらへんで淡いのにしておきましょうか」などというやりとりが出てくるのである。ビール好きにはたまらないくだりで、読んでいるともう、ビールが飲みたくなってくるじゃありませんか! 「香奈里屋」で出される料理を、少し引いておきましょう。

「今年最後の冬瓜を、挽肉と煮て葛でとろみをひいてみました。コンソメ味ですから、きっとビールに合いますよ」
「サニーレタスとムール貝を、酢みそで和えたものをお出ししたんです」
「小鯛をワインビネガーと昆布でしめてみました。明日のお通しに、と思っていたのですがね」
「コキールというよりも『小鍋だて』と言いたいところです。生きたままの帆たてを貝殻ごと使ってみました。味は酒と醤油のみ、それにバターを仕上げに少しだけ。贅沢でしょ」
「合鴨の良いものが入りまして、その余分な脂身で吸い物を作ってみました。白髪葱を添えてありますから、意外にさっぱりとしていますよ。すこしアルコールで舌が疲れたことでしょう」(北森鴻『花の下にて春死なむ』講談社文庫 より)

いやいや、このへんで止めておきましょう。きりがないとはこのことで、まだ本の半分までいってないんですよ。こういうのを読むと、真似してみたくなって仕方がない。気の利いた、ちょっとした料理が作れるようになりたいものだと憧れているのだが、なかなか思うようにいかないことのほうが多いのが現実。

ビール・バーに通ってくる客が持ちかける話なので「大事件」が起こるわけではなく、それに主人公の探偵が大活躍をして動き回るわけでもない。探偵役のマスター・工藤哲也はつねに「香奈里屋」の店内でビールサーバーからビールを注ぎ、料理を作り、客の応対をしながら「推理」するわけである。なのでこれは「安楽椅子探偵」の一種だといえるだろう。

「身辺の小さな謎」が中心になっているので、大事件が起こって探偵がその謎に挑む、というスタイルでなければ満足できない方にはあまりお勧めできないかも。だけどまあ、こういう推理小説があってもいいじゃないか、とページをめくりながら思う。すべての推理小説が本格である必要なんてないのです。


【付記】
● これは相当料理好きの作者と見ました。そんな作者の、夢のビール・バーが「香奈里屋」なんでしょうね。だけど四つのビールサーバーでしょう。手入れが大変だろうなあ、と思います。毎日、管に水を通して洗浄するんでしょうか。「香奈里屋」のマスターだったら、やるんでしょうね。ビールサーバーの洗浄を怠ると、注いだビールに白い「滓」または「カス」のようなものが出るようになります。めったにないと思いますが、こういう店はちょっと……

レジナルド・ヒル 『社交好きの女』

レジナルド・ヒル 『社交好きの女』 ハヤカワ・ポケットミステリー (1982)

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本書『社交好きの女』はレジナルド・ヒルのデビュー作で1970年に英国で出版され、日本では1982年に早川書房から翻訳・出版された。後に「ダルジール警視シリーズ」として推理小説ファンに広く知られることになるが、本書でダルジールと相棒のパスコーが初めてコンビを組んでいる。

ラグビーの試合で頭部を強打したサム・コナン(コニー)は、家に帰ってからも頭痛に悩まされ、テレビを見ている妻に声をかけてから二階の寝室に入るものの、ベッドに倒れて意識を失ってしまう。

四時間後、目を覚ましたコナンは青ざめて震えながら警察に電話をかけた。彼の背後の客間には、何かによって額を砕かれすでに事切れている妻が横たわっていた。連絡を受けたダルジール警視は、相棒のパスコー刑事部長とともに殺されたメアリー・コナンをめぐる事件の真相を探るべく調査を開始する。

サム・コナンと殺された妻メアリー、ラグビーのチームメイトでラグビー・クラブの会員でもあるアーサー・エバンズと妻グエン、コニーの隣人デイブ・ファーニーと妻アリス。それぞれの「夫婦」の姿が描かれながら話が進行していくうちに、徐々に殺されたメアリー・コナンの人となりが浮かび上がってくる。

アーサー・エバンズの妻グエンは、人前に出ると男の目を引くタイプで、彼女の周りには自然と男たちが群がる。アーサーはそんなグエンに少なからず嫉妬心を抱いており、彼女が姿を見せないとなると、もしや、と疑いの心を持ってしまう。殺されたメアリー・コナンもそういう「社交好きの女」だったのである。

英国における「クラブ」というと、女人禁制で男だけが集まるなにやら秘密めいた社交空間というイメージがあるけれど、本書におけるラグビー・クラブは会員が妻を連れてくることができるし、若い女性であっても入会できるようである。クラブといってもいろいろあるわけで、以前このウェブログで取り上げた推理小説『日曜哲学クラブ』(創元推理文庫)などは、イザベル・ダウハウジーという女性が会長をしていたのではないかと思う(記事へ≫)

まず容疑はサム・コナンに向けられるわけだが、彼と妻メアリーが不仲だったという話はなく、メアリーが死んでコニーが何らかの利益を得るわけでもなく、コニーには決定的な動機がなかった。しかも犯行で使われた凶器は不明で、発見されてもいない。みんな仲間で顔見知りという、一見和気あいあいに見えるクラブ内での、隠された男女関係がこの事件の鍵を握っているわけだが、その部分は簡単には見えてこず、捜査はなかなか進まない。

アンドルー・ダルジール警視が主人公ではあるのだが、ダルジール自体の思考はあまり表に出てこなくて、抽出話法による独白はダルジール以外の人物たちにわりと多めに割かれているのが本書(ダルジール警視シリーズ)の特徴。巨漢(でぶ)で、露骨な下品さがあるダルジールに、ああいうふうにはなりたくないな、などと思っているパスコーだが、次第にダルジールに惹かれていく様子がなんともいえない味わいを出している。なかなか解けない「謎」に加えて、ダルジールとパスコーの「人間」がきっちり描かれているあたりがレジナルド・ヒルのいちばんの魅力なのではないだろうか。


【付記】
● 後に「ダルジール警視シリーズ」でその博覧強記ぶりが明らかになっていくレジナルド・ヒルですが、それが少しも嫌味にならないのが読んでいて不思議。あまりにたくさんありすぎて、とても追いつけないのが本当のところなんですけどね。
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只野乙山

Author:只野乙山

⚫︎ できれば「只野乙山=ただのおつざん」とお読みくだされば、と思います。

⚫︎ 文字中心のウェブログ。ほとんど一話完結で、どの記事をご覧になっても楽しめ(?)ます。文字数だけなら一冊の本に匹敵(凌駕?)するほどありますので、ごゆっくりどうぞ。

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