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真希波・マリ・イラストリアス

『エヴァンゲリオン新劇場版』で新たに登場した真希波・マリ・イラストリアスは、NERVユーロ支部所属であること以外ほとんど不明の謎めいた少女である。だが漫画版最終巻の番外編「夏色のエデン」にイラストリアスにそっくりの「真希波マリ」が登場しており、彼女たちが同一人物だという見解が主流になっているようである。でも、これはかなり無理があると思う。

「夏色…」は1998年における京都大学が舞台になっていて、16歳で飛級進学した「真希波マリ」が碇シンジの母、碇ユイに出会うのだが、その時点でパイロットには不適合(パイロットは14歳でなければいけない*)である。しかも『エヴァ』は2015年の話。1998年に16歳だった人が2015年まで歳をとらずにいる**なんて……

* 正確にはエヴァ・パイロット適合者の条件は「母親がいない14歳の男女」だった。
** 『Q』でアスカのいう「エヴァの呪詛」(見た目が変わらない)を思い出す人がいるかもしれないが、イラストリアスが初めてエヴァに乗ったのは『破』オープニングでのベタニア基地である。


だが説明や脈絡、整合性のないのが『エヴァ』の魅力になっているのも事実。なので「夏色…」の真希波マリと、新劇場版のイラストリアスに関係があると仮定して、できるだけ無理のない推論をしてみたい。もちろんこれが「正解」であるはずはなく、どこまでも「遊び」である。こんなふうに解釈で遊べるのが『エヴァ』の楽しみの一つだよね。

2015年に14歳としてフル活動できる人は2001年1月あるいは2000年12月生まれ前後の人*だろう。その人の母親は2000年の3月〜4月頃に懐妊したと思われる。「夏色…」の真希波マリはイギリス留学した後、NERVユーロ支部に引き抜かれ、エヴァ2号機の建造に関わった。そこにはアスカの母親もいて、彼女たちは仕事を通じて親交を深めた。

* 全てが計画的とはいえ、これでは使徒襲来の時期さえも計画的だったことになる。逆に言うと「使徒が2015年に襲来する」と知っていないと、パイロットを準備できない。『序』でミサトも「よりによってこんな時に」と、シンジをNERVに呼んだのに合わせたかのように使徒が現れるのを訝しがっていた。

そんな生活の中で、真希波マリは18歳(2000年)の時、何らかの形で妊娠した。「夏色…」でユイに好意を持っていたことから同性愛者であるとされるが、先輩ユイに対する16歳の少女の一時的な憧れだったかもしれず、男性と出会って恋に落ちた可能性もある。あるいは望まぬ形だったかもしれないし、人工授精の可能性もある*。

* 「パイロットのスペア確保プロジェクト」の一環としてなら、むしろ人工授精のほうがすんなり事が運ぶ。作中ではパイロット問題の対策として「ダミープラグ」が実施されたが、おそらくゲンドウに任せては埒があかないと業を煮やしたゼーレ主導だったと思われる。

そして2000年の終わり頃から2001年の初め頃にかけていずれかの時期に女の子を出産し、「イラストリアス」と名付けた。ミドルネームは自分と同じ「マリ」にした。出産後も仕事は多忙を極め、育児に専念できなかったと思われるが、エヴァ建造は国家プロジェクトであるため、NERVユーロ支部は真希波マリ母子をできるかぎりサポートした。

後にイラストリアスが真希波を名乗っていることから、父親の影は薄く、ほぼ父親不在の環境に育った* と思われる。あるいは養護施設のような所に預けられたのかもしれないが、やはり住居を与えられ、ハウスキーパー兼養育係も手配されたのではないか。なので真希波母子は多くの時間を共有できたのではないかと考えられる。

* パイロットたちが「仕組まれた子どもたち」だとすると、上述の計画の一環として「人工授精」または「望まぬ受精」が行われた可能性はかなり大きくなる。ユイが初号機でどうなったか知った真希波マリが、パイロット確保のために人工授精を受け入れたとすると、父親の不在は極めて自然な結果となる。

イラストリアスは、いちパイロットとしてはあまりにも多くのことを知りすぎている*が、だれか(母マリや加持?)からエヴァやNERV、そしてゼーレのことを聞いたと考える他ない。通常なら国家機密扱いの情報で子どもに話す内容ではないのだが、持ち前の「知りたい、乗りたい」欲求から少しずつ大人たちから情報を引き出していった**のではないか。

* 2号機に乗っていきなり裏コードを発令し、リツコ以外の全員が驚いていることなどから、おそらくミサト以上に「知っている」ことは多そうである。
** ハッキングの名手でもない限り、極秘情報を入手するのは不可能である。子どもにできるのはやはり「知っている人に教えてもらう」ことしかないし、それに応える「だれか」がいたということだろう。


母親が精神不安定状態になってほとんど会話できず、ひたすらパイロットしての教育や訓練を受けたアスカとの違いはそこにある。例の「ゲンドウくん」は、母子の会話の中では共通の呼び名になっていたのだろう。ただ『Q』でアスカが「コネメガネ」と呼んでいることから、アスカとの交流は全くなかった。

しかし母マリからアスカのことは聞いていた。『Q』でアスカを「姫」と呼び、パイロットの後輩としてアスカを立てているのも事情を知っているから(?)こそであろう。アスカに好意を寄せているという見方もあるが、穿ち過ぎかと。例の三角関係でもうお腹いっぱいなので、立ち位置としては中立もしくは異色のぶっ飛びキャラ*にするしかないよね。

* 『破』で初めて2号機に乗った時も司令室と回線を断つという破天荒のぶっ飛びぶりを見せていた。美少女なのに中身はオッサン、みたいな設定だろうか。作戦行動中に昔の歌を歌うのは彼女の定番行動になっているようだが、これをもってゲンドウやユイと同世代とするのは苦しい。彼らの世代にとっても歌が古すぎる。

最後に真希波マリはどうなったか? 「エヴァ・パイロットの条件」に準じているとするなら、やはりすでに亡くなっている* と考えられる。2号機建造の後、NERVアメリカ支部の要請で4号機の建造に加わり、そしてあの事故に巻き込まれたというような展開がドラマティックではあるが、時期的に苦しい設定でいささか無理があるだろう。

* イラストリアスが初めてエヴァに乗る際、加持は「お前は問題児だからな」と言っていた。父親の不在と母の死を抱えた少女は、アスカやシンジとは違ったやり方で自分のアイデンティティを確立していくのだが、それが「問題児」として周囲に映ったということだろう。


【付記】
⚫︎ この記事を書くにあたって『新劇場版』を再視聴しましたが、やはり『Q』はキツいですね。正直、なんのことかサッパリわかりませんでした。次の『ファイナル』でも説明はないでしょうし、幸福なエンディングもないと覚悟したほうがいいでしょう……そもそも公開延期するかもしれませんし。

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光速を超える、だと?

『宇宙戦艦ヤマト』のリメイク『ヤマト2199』はレンタルDVDで見たんだけど、想像以上の良い出来だった。そして『ヤマト2』のリメイク『ヤマト2202』も制作されてまず映画館で上映されたのだが、東北は仙台止まりで秋田には来てくれなかった。って、別に悲しく思わないけど、もしも秋田市内で上映されたら行ったかもしれない。

『ヤマト』の話を可能(?)にしているのが恒星間航行技術(ワープ)であろう。何しろ大マゼラン雲まで光速で10万年以上かかるところを、1年以内に往復しないといけないのだ。リメイク版では踏み込んでいなかったが、旧作ではわりとしっかり説明していたように思う。幹部クルーが作戦室に集まって、真田(工場長)と島(航海長)が説明していた。

たしか時間の流れを「波」で表していて、我々の世界は波の線上に沿って進む「点」だった。そして「波動エンジン」を使って、波のピークからピークへ「ジャンプ」することで通常の時間の流れを上回る速度で進むことができる、と。作中ではこれによって人類が初めて光速を突破した、と説明され、数分間で月から火星へ「ワープ」していた。

当時は「なるほど」と思ったのだが、いま振り返ってみればどうなのだろうか? あの説では時間も空間も光も「世界」として「点」に集約されていたのだが、それだと全てが等速になる。だが光は、あの時間の流れの波を「外部から照らす光源」であって、波のピークからピークへジャンプしても不変(どのピークも同時に照らしているから)である。

そもそも物体(質量)の移動速度をどれだけ加速しても、質量のない光(電磁波)にはかなわないのだ。アインシュタインの方程式「E=mc2」を見ると、光速は定数(不変)なので、等号で結ばれているかぎり片方が増大すれば、もう一方も必ず増大する。つまり「速度が増す→運動エネルギー増大→質量増大→加速に不利」となる。

しかも、ヤマトが光速を突破しなくても光速に近い速度で移動した場合、ヤマト船内時間は地球時間より遅くなる*ので、ヤマト船内時間で1年以内だとしても、帰った時点で人類はすでに絶滅している可能性が大きい。『猿の惑星』はこの現象を利用して制作された映画だが、『ヤマト』では地球とヤマトがシンクロ(同期)していた。

ていうかそこに踏み込んでしまうと話が成立しなくなってしまうよね。光速の突破と時間の相対的遅延はとりあえず保留して、ワープとは、エンジンの出力を上げて物理的に光速を突破するのではなく、時空の歪みを発生させて人為的にワームホールを作り出し、別の離れた空間へ移動することだ、と解釈すればいいのではないか。

『ヤマト2199』ではこの点を強調してバラン星から大マゼラン雲の手前までジャンプできる「亜空間ゲート」を設定していた。これがないと、そもそもガミラスが地球に侵攻することすら不可能なほど宇宙は広大なのである。だから地球と250万光年離れたアンドロメダ銀河を往復する銀河超特急は途方もない話なんですね。

でも、ですよ。もしも亜空間とかワームホールが実在するとして、その入口と出口がn光年離れた地点にある、とします。そこに私たちが入口ゲートから入って、n年以内に出口ゲートを通過したら(移動速度は光速未満の任意とする)、光速を超えて存在していることになるの? この場合、相対性理論における時間の変化は適用されるのか?

たしか亜空間では物理法則があてにならず、ショックカノンは撃っても無駄だった。なので当然、相対性理論も通用しないと考えたほうがいいだろう。もはや何があっても不思議ではないのだが、でもこれはフィクションの常識ではなかったか。だけどまあ、それはさておき『ヤマト2202』をDVDで見るのが楽しみだし、その続編も制作決定されているとか。

個人的には旧作『ヤマト』でじゅうぶんで、『ヤマト2』までが精一杯、あとはもう「ついていけない」ので知らなかったんだけど、現制作スタッフなら何か違ったことをやってくれるのではないかと期待している。原作ではついになかった(と思う)ハッピー・エンディングだけど、あってもいいんじゃない?

* 世界中のどこにいても「時間の進み方は同じである」と信じたい。だが超高速で移動する物体内における時間は、それを外から観測する時間より遅れる。アインシュタインによって初めて明らかになったことで、音速ジェット機による実験(実測)によって正しいことが証明されている。

【付記】
⚫︎ 言うのは野暮とわかっていても、ついツッコミたくなるのが「ワープ」です。舞台は変わっても、私たちが惹かれるのは結局のところ「人間劇場」なんでしょうね。

『新世紀エヴァンゲリオン』(テレビアニメ版)

『新世紀エヴァンゲリオン』(テレビアニメ、リニューアル版、レンタル用DVD全8巻)

NeonGenesisEvangelion_TV.jpg
原作:GAINAX
監督:庵野秀明
脚本:庵野秀明
キャラクターデザイン:貞本義行
声の出演:緒方恵美、林原めぐみ、三石琴乃、宮村優子、山口由里子ほか


忘日、レンタルメディア店でまたぞろ映画を借りようとしていたのだが、2本はすでに決まっており、後どうしようかな、ということになったとき、何かアニメでも見ようかという気になった。『ヤマト2199』が良かったからだと思うけど、特に見たいものはなかった。だが、以前から名前だけは知っていた『エヴァンゲリオン』を思い出し、レンタル用DVDの1、2巻をつかんだ。

数話見て感じたのは、敵は「使徒」らしいのだが、彼らが何者で、どこから、何のために来るのかよくわからないし、使徒を操る「悪の組織」みたいなものが不在であることだ。単純明快な「善と悪の対決」という構図になっていないのが不思議なところで、使徒と戦う超法規的組織「ネルフ」がどうやって生まれたのか語られるのは終盤近くの第21話なのだ。とにかく第一印象は「よくわからない」だった。

普通のアニメだったら、正義=格好良いデザインで、悪=グロテスクなものと相場は決まっているはずなのだが、『エヴァンゲリオン』では敵の使徒のデザインがどこかユーモラスなものに感じられ、むしろエヴァ初号機のほうがどこか怖い感じがする。それに、なんで敵に使徒(英語では apostelではなく angel があてられている)という名前が付けられているんだろう。そもそも「使徒」とか「天使」は「神」の使いだから、それらと戦うって、つまりエヴァンゲリオンを使ってネルフが戦っている本当の敵って……

エンディング曲はジャズの "Fly Me to the Moon" が一貫して使われているのだが、これがボサノヴァ調だったり、ジャズ調だったりして、その回の内容に合わせて少しずつ変更した別ヴァージョンが使われている。この雰囲気はどうみてもお子様相手じゃないですね。少年(中高生?)向けアニメの体裁をとりながら、じつは『宇宙戦艦ヤマト』と『ガンダム』を見た世代、20~30歳(またはそれ以上)が本当のターゲットじゃないかと思う。

主人公は碇シンジという少年で、父親はネルフ司令官、母親はすでに亡くなっている。親戚に預けられて育つシンジは、父親に捨てられたという思いを抱いている。気弱で内向的、非社交的な少年が、いきなりネルフ本部に連れてこられて奇妙なロボットに乗って、恐ろしい敵と戦え、と言われるのだ(!)。そりゃ、引きますわなふつう。引き込まれ型のアンチ・ヒーロー、ということなんだろうけど、シンジの反応は無理もないだろう。

そのシンジが、ネルフ上司の葛城ミサトと同居することになり、後に2号機パイロットのアスカもそこに加わり、学校の同級生たちと交流することによって次第に心を開いて成長していく姿を描く、というのがたぶん本筋で、そこにどこか人間離れした0号機パイロットの綾波レイへの淡い恋心も添えられていき、視聴者を引っ張っていく。第1~16話まではどこかコミカルな感じも入っていて楽しく見ていられるが、17話から後はシリアスな展開になっていく。

話が進むにつれて少しずつ情報が開示されていくのだが、本当の敵はだれなのか、全貌はいったいどうなっているのか、それらについてはついぞ語られず、多くの謎を残したまま、25話、最終話を迎える。視聴者はミサトや加持と一緒にセカンド・インパクトの真相、ゼーレとネルフ(碇ゲンドウ)の真の目的を探っているのであり、謎解きゲームとしても楽しめる(実際にはヒントが少なすぎるのでゲームは成立しない)内容なのだが、最後でついに、今までわからなかった「謎」が解明されるというのだろうか?

だが問題の25話、最終話はご存知のようにシンジの内面世界を描いたもので、外で何が起こっているのか、まったくわからないのである。「人類補完計画」と「サード・インパクト」の実態、そして「世界は最後にどうなったの?」などがまったくわからないまま「おめでとう、さようなら、ありがとう」で終わり。もちろん、全貌の謎解きがあるわけでもなく、シンジ達がその後どうなったのか、などもわからないまま本当に終わってしまうんですよね。

ううむ、まいったなあ。このエンディング、色々小出しにした「アダム」とか「ロンギヌスの槍」、「ネルフの地下の巨人」をはじめとした伏線が回収できず、謎が残りすぎたんじゃないだろうか。制作スケジュールが詰まってしまったのか、予算の問題をクリアできなかったのか真相は「藪の中」なんだけど、世の中ではこういうのを「破綻」というんじゃないのかな。テレビアニメ版『エヴァ』は、なんだかよくわからない話が本当にわからないまま終わってしまったアニメ、と言えるでしょう。

衝撃のエンディング、とか言われたそうだけど、テレビアニメだから良かったものの、映画だったらブーイングの嵐になっていただろう。終わりのない、いろんな解釈ができる最終部分なんだろうけど、なんだか納得できないものを感じた。残念に思うのはトウジを3号機パイロットにした結果、学園ドラマを封じるしかなく、16話までの雰囲気を継続できなかったこと。ここは微妙な所で、「後半の陰鬱な展開こそエヴァンゲリオンだ」と感じる人も少なくないだろう。

だが「本当のエヴァ」とは全体なので、軽妙な前半なくしては「エヴァ」にはならないと思う。それにしても「全貌」をつかむには情報の少なさは致命的で、回収できなかったのか、意図的に隠したのか真相はわからないが、与えられた情報だけで全貌を類推するのは不可能。ところが、その「わからなさ」がかえって魅惑的なものを生む求心力になっているようで、「解釈の多様性」とか「知りたがる者」と「語りたがる者」をたくさん生み出したのだと想像する。

『エヴァンゲリオン』が社会現象になったのは、まず作品自体に魅力があったことが大原則。つまらないものは広まらないでしょう。そして、あのエンディングに食いついた論議がテレビを通じて報道されたことで、『エヴァ』自体を知らない人たちまで認知度が高まった。またエヴァの「わかりにくさ」から発生した「知りたがる者」と「語りたがる者」の結節点としての「情報の共有=ネットワークの確立」が重要だったと思う。

アップルコンピューターのようなGUIを備えたWindows95の登場によって、それまで象牙の塔のようだった(DOSコマンドを使えないと話にならない)パソコン環境とネットワークの底上げが一気になされ、情報の共有が可能になった。ある事象が社会的になるには、不特定多数の「同時経験(テレビ≒マス・レベルのメディア)」あるいは「情報の共有と交換(ネット)」が不可欠で、おそらく『エヴァ』はこの二つを同時に満たす初めてのアニメ作品だったのではないか。

当時、泡沫経済の崩壊による金融関係機関の破綻が出始め、従業員の整理解雇が相次ぎ、新卒学生の就職は絶望的な状態の只中で、1$=79円台というものすごい円高が進んだ。そして阪神淡路の大震災が起き、さらにカルト教団による無差別殺人とその終末思想(ハルマゲドン)も世間を賑わしていたことも忘れてはなるまい。暗鬱たる社会の雰囲気を背景に、情報の共有と交換ができる土台が整おうとしているタイミングにちょうど同期するかのように、「世界の終わり」というテーマを内包する『エヴァンゲリオン』が登場したのだった。

なんか長くなったなあ。話は短めにしろよって思うんだけど、あと少しだけ言わせてもらうと、レイのシンジに対する心情の変化が急すぎる気もした。それまでシンジの言動にちょっと頬を染める程度だったのに、23話でいきなり「一緒になりたい」はいかにも唐突な感じがして、見ていて「えっ、そんなこと言うかなあ」とか思ってしまった。漫画化版ではそのあたりを実に見事に「補完」していて、無理のない展開だった。テレビアニメ版が原作で、漫画はあくまでその漫画化のはずなのに、漫画化版が原作でテレビアニメがその簡略版であるかのような、不思議な感じがした。


【付記】
● なんだかなあ、と思って漫画化版、いわゆる『貞本エヴァ』も電子書籍で購入し、思い切りどっぷりはまってしまいました。こちらは時間をかけ、テレビアニメ版と旧劇場版、カットせざるを得なかった部分を下敷きにしているだけあって、納得できるものを感じました。きちっと環が閉じている感じがするのです。

貞本エヴァにおける「父と子」の問題の扱い、アスカの復活の詳細、ミサトとの別れ、そしてレイとの最終部分で降る雪(レイ03のはずなのに「この顔で合ってる?」って笑顔でお別れ)……エンディングも良かったです。遺跡となったエヴァ、意外な出会い、そして最後にミサトのペンダントとともに未来に向かって歩むシンジ……心に残りました。

『宇宙戦艦ヤマト2199』

『宇宙戦艦ヤマト2199』(DVD版、全7巻)

SpaceBattleShipYamato2199_01.jpg
原作:西崎義展
総監督:出渕裕
音楽:宮川泰/宮川彬良


もう数年前のこと、あの『宇宙戦艦ヤマト』のリメイク作品が劇場公開されており、YouTubeで予告編の映像を見たとき、あまりの変わりように驚いてしまったのを覚えている。いわゆる「松本キャラ」が一掃されて全く違ったイメージになっていた。リメイク版『宇宙戦艦ヤマト2199』に多少の違和感を覚えたが、予告編を見ているうちに慣れてしまうのが不思議だった。

なんだか面白そうだな、と気になっていたけれど、DVDを買ってみるほどの思い入れはなかった。ある日、駅前のスーパーマーケット内にあるレンタルメディア店で映画を何本か手にしたとき、ふと『ヤマト2199』のことを思い出し、アニメコーナーに行ってみたら、あるではないか。全7巻あるけれど、第1巻だけ手にしてレジに向かった。

早速ノート型PCで見ると、やはり映像が圧倒的にきれいなのに驚く。登場人物たちはどうしても旧作と比べてしまうのだが、新しい世代ということでこれでもいいのかな、と思う。沖田艦長は違和感がないのだが、佐渡先生と徳川機関長はちょっと可愛らしすぎるんじゃないだろうか。それと、数名の頭髪がぴょんと立っているけど、あれはいったい何なんだろう。なんだかとても残念に思う。

一方、メカニックは旧作より細部まで作りこまれていて感心してしまう。おそらく3Dレンダリングも取り入れているのだと想像するが、現在のアニメーションはあまりにも鮮明でごまかしようがないんでしょうね。駆逐艦「ゆきかぜ」とかガミラス艦艇なども手抜きがなく細部まで描き込まれており、たぶんヤマト本体のパースペクティヴも正確なんだろうと思う。

『旧ヤマト』と『ヤマト2199』をうまく結び付けているのは音楽ではないかと思う。多少の編曲の違いはあるが旧作とほぼ同じ感じに仕上げられており、これは旧作で音楽を担当した宮川泰の御子息である宮川彬良によるもの。旧作でも音楽の秀逸さは際立っていて、テープレコーダーにテレビ放送の音声だけ吹き込んで何度も繰り返して再生して楽しんだ記憶があるほどだ。

SpaceBattleShipYamato2199_02.jpgその後、展開が気になって残りの巻も他の映画とともに借りて、すべて見てしまったことは言うまでもない。旧作では無理があるなあと感じていた部分がわりと修正されているのも見所で、旧作では森雪がレーダー係と看護婦および佐渡医師の補助、そして艦内生活の世話役とあまりの激務にちょっとなあ、と思っていた。本作では女性乗組員が増え、分担や交代制、自動操縦などが取り入れられたが、旧作では交代なしの出ずっぱりでしたからね。

また、「波動防壁」というのはいいアイディアだと思う。だいたい、旧作でヤマトは直撃弾を受けすぎているんですね。ふつうの艦だったら冥王星の「反射衛星砲」一発で沈みますよ。旧作「七色星団の決戦」でもヤマトが受けた直撃弾の多さからすると、やられないのが不自然。で、ドメル艦隊はドリルミサイル一発でほとんどが壊滅って……波動防壁のおかげでかなり不自然さが払拭されたように思うが、それにしても、たった一隻であれだけの艦隊を打ち破るというのはいくらなんでも……

旧作及び『2199』におけるドメル艦隊についてもう一言だけ言わせていただくと、ドメル戦法はなんだか姑息な手段のように思えるかもしれないが、ドメルは波動砲の存在を知っていたのであり、艦隊同士の直接対戦なら、決定打に欠くドメル艦隊は明らかに不利なのであって、どうしても「姿を隠したうえでの機動攻撃」という作戦を取らざるを得なかったのではないだろうか。敵の波動砲を封じるのを第一とし、対抗する武器として「物質転送機」を導入したのもわかる気がする。

そして、「亜空間ゲート」という短絡手段を入れたのも良かった。あれで航路の大幅な短縮が可能になったのだし、ガミラスの主力艦隊を置き去りにできた、という設定も可能になったのだろう。それがなかったら、またしてもヤマト一隻で膨大なガミラス艦隊を打ち破るというありえない筋書を逃れるわけにはいかなかっただろう。旧作当時と『2199』制作時ではコンピューターの進歩に格段の違いがあるのだが、コンピューターの扱いも不自然さを感じないようにできている。

とにかく『宇宙戦艦ヤマト2199』には旧作に対する深い愛情と尊敬を感じた。セリフが抑制されているのも良く*、無駄なシークェンスも少なくて、総監督のセンスの良さがわかるいい出来だ。せっかくのリメイクだからそのままでは面白くないはずだし、見ていて「おおっ、そうきたか」と思わず感心した場面も数知れず、旧作の熱心なファンの方にもお勧めできるものではないかと思う。ただ、返す返すも残念なのは、あの変な、頭からぴょんと飛び出た髪の毛である。

*例えば、旧作で有名な森雪の台詞「古代君が死んじゃう!」というのがありますが、思わず「ユキよ、死ぬのは古代君だけじゃないんだぞ」とかツッコミを入れたくなりますよね。

【付記】
● 旧作と『2199』のいちばん大きな違いは何といっても「見た目」ですが、なあに、見ているうちに慣れてしまいますよ。『2199』の出来はいいものだと思いますが、これによって旧作の価値が減じた、などと言うことはいささかもありません。あれはあれで良いもので、また別の味わいがあるのではないでしょうか。じつは旧作もYouTubeでほぼ全編を見てしまって、やっぱりいいなあ、と思ったのです。

レイモンド・チャンドラー『プレイバック』

レイモンド・チャンドラー 『プレイバック』 (1977年、清水俊二訳、ハヤカワ文庫)

RaymondChandler_PlayBack.jpg
今回は久しぶりにレイモンド・チャンドラーを読んでみた。その遺作である『プレイバック』(1958)が本棚にあったのでつい手にとってしまったのだ。例によって(?)依頼の電話から話が始まる。弁護士のクライド・アムニーと名乗る横柄な男がいうには、8時にロサンゼルス駅を出る特急列車に乗っている女(エレナー・キング)を見つけて尾行し、報告してもらいたい、と。内容がよくわからぬマーロウは渋るが、アムニーの秘書ヴァーミリアの顔を立てることにして駅へ向かう。

駅で女はほどなく見つかり、マーロウは女がコーヒー店で一人の男と向かい合って座っているのを見る。どうやら女は男と一緒にいるのが愉快ではないようなのがわかったが、男が何かの紙切れを女に見せると、女の態度が一変した。男は紙切れをいじりながらニヤニヤして話を続けているが、女は困惑しながらも半ば腹が立っている。どう見ても、これはゆすり(脅迫)の類に違いなかった。

女は列車を降り、タクシーに乗った。マーロウもタクシーで女を追う。着いた町はエスメラルダで、マーロウは女の元夫を装い、ホテルで女の隣の部屋をとらせてもらうが、女はベティ・メイフィールドという名前を使っていた。やがて女の部屋に男が来て話すのをマーロウは盗聴する。どうやら、コーヒー店で女と話していた男のようだ。男はラリーという名前で、女から幾ばくかの金を借りた。

ラリーが立ち去った後、マーロウは女の部屋を訪れる。自分が私立探偵であることを明かすが、当然のことながらベティは警戒の姿勢。ベティと話をしていると、いつの間にやらラリーが帰ってきて、マーロウとラリーは殴り合いとなる。マーロウはラリーをのしてやることができたのだが、ベティはウィスキーの瓶でマーロウの後頭部を打ちつける。

とまあ、5章まではそんな感じであるが、読んでみて思ったのは本筋とはあまり関係のない部分がわりとあるということだ。たとえば、17章のヘンリー・クラレンドン氏の話や、20章のフレッド・ホープという男の話など、まったく省いたとしても差し障りのない部分ではないかと思った。なんでこういうのを入れたんだろう、と不思議に思った部分である。

それからもう一つ。それまでのマーロウの女性に対する姿勢は、彼女たちから距離を置いたもので、かなり抑制のきいたというか、どこか禁欲的なものさせ感じさせるようなものだったように思う。それからすると、この『プレイバック』のマーロウは積極的すぎるような気がしないでもない。少し引いておきましょう。

「あなたを愛してるんじゃないのよ」と、彼女はいった。
「愛してなくてもいいじゃないか。そんなことを考えるのはよそう。素晴らしい瞬間だけを楽しめばいいんだ」(レイモンド・チャンドラー『プレイバック』第13章より)

ね、どうです? とてもあのフィリップ・マーロウの科白とは思えぬものを感じたのは私だけだろうか。だけど個人的にはマーロウの言い分におおいにさんせ……ちがうちがう! そうじゃなくて、女性に対する態度や姿勢が、少し変わってきたんだな、ということだった。『プレイバック』には『長いお別れ』に出てきたあの女性が、再び登場するんですね。これがひょっとすると『プレイバック』という題名と関係するのかもしれない。

全体の筋からすると、『プレイバック』という題名は、内容と何の関係があるのかよくわからない。そもそも「プレイバック」というのは録音、録画したものを「再生」することをいうのだと思う。筋の中でむかし起きた何かがもう一度繰り返されたのだろうか? そのあたりを注意して読んでみたけれど、つかむことはできなかった。

さてチャンドラーといえば、科白の格好よさが魅力で、本作にはあまりにも有名なあの科白が出てきます。例の「タフでなければ……」ですね。ひょっとするとご存知ない方もいらっしゃるかもしれないので引いておきましょう。原文は以下の通り。「If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.」(ウィキペディアより)

「あなたのようにしっかりした男がどうしてそんなにやさしくなれるの?」と、彼女は信じられないように訊ねた。
「しっかりしていなかったら、生きていられない。やさしくなれなかったら、生きている資格がない』(同書、第25章より)

これを極めつけとして、本作にはまだたくさんの名科白が出てくる。お気に入りは、ベティが疲れたからベッドに寝ていい? と訊くところ。マーロウの返答がもう最高なんですね。そしてチャンドラーお得意のシミリー(直喩/明喩)もふんだんに使われているのも楽しい。題名や内容でいささか「?」の部分も多い『プレイバック』だが、チャンドラーのファンとしてはやはり外すわけのいかない一冊なんだと思う。


【付記】
● 『プレイバック』はやはり不思議というか不可解な部分の多い書ですね。チャンドラーの創作意欲の減退と関係があったかもしれません。いずれにしても、この不可解さは本書を紐解いていただくほかありません。


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只野乙山

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