『セックスと嘘とビデオテープ』

『セックスと嘘とビデオテープ』(1989年、アメリカ映画、100分)

sex, lies, and videotape
原題:Sex, Lies, and Videotape
監督:スティーヴン・ソダーバーグ
出演:アンディ・マクダウェル、ジェームズ・スペイダー、ピーター・ギャラガー、ローラ・サン・ジャコモほか


『セックスと嘘とビデオテープ』が公開当時かなり話題になっていたのは何となく知っていた。だがいつものようにひねくれた性格が邪魔をして「とりあえずパス」になっていた。もう相当前の作品だが自分は1940~50年代の映画もとくに古いとは思わずに見るので、自分の中ではまったく問題がない。のんきな、というか呆けた男である。

アメリカのどこかの郊外が舞台で、主人公のアン(アンディ・マクダウェル)は弁護士の夫ジョン(ピーター・ギャラガー)と大きな邸宅に暮らしていた。一見平和に見える家庭生活だが、アンは心療内科に通ってカウンセラーにセラピーを受け、夫のジョンとはセックスレスが続いていた。ところが、同じ町にアンの妹、シンシア(ローラ・サン・ジャコモ)が住んでいて、アンの知らぬ間にジョンと通じていた。

ある日、ジョンの大学時代の友人だというグレアム(ジェームズ・スペイダー)が、同じ町で家を探すため、数日ジョンとアンの邸宅に住むことに。弁護士然としたジョンとは違って、どこか変わり者で若い頃の雰囲気を残すグレアムにアンは興味を持つ。知人としてグレアムの新宅の様子を見ようと軽い気持ちでアンはグレアムの部屋を訪ねるが、不特定多数の女性が性的なことについて語るのを撮影したビデオテープがあるのを見て衝撃を受ける。

とまあ、途中まではそんな感じで進んでいくんだけど、題名からするとかなり露出があるんじゃないかと想像したが、思ったほど露出がなくてかえって呆気にとられたほどだった。露出があるのはジョンとシンシアが密会を重ねているときくらいで、アンに至っては全く脱がないといったように、全体に抑制が効いているように思えた。

何か大きな事件が起こって主人公たちがそこに巻き込まれていく、といったタイプの映画ではなく、また主人公が何か目的を達成するために奮闘するというものでもない。なんだか筋らしい筋はないというか、じつに淡々と進んでいくのである。こういう映画は得てして退屈になりがちなんだけど、巧いのは最初のほうに不倫関係を提示したことで、それによって見ている者は緊張が持続するサスペンド状態に置かれることになる。

まあ、たいてい不倫っていつか露見して修羅場になってしまうものでしょう? それが来るのをもう予感していて、観客はいつかな、どうなるかな、と緊張しながら見続けてしまう仕掛けになっている。もちろん本作もその一瞬はやって来るんだけど、不倫の二人が肌を合わせている現場に妻が現れる、などという絵に描いたような修羅場にはならず、あることでふとアンがそれに気づく。このあたりはエレガントですね。

登場人物を絞り込み、撮影現場もかなり限定しているようだから、おそらく低予算の映画だと思うが、仕上がりは上々で、いささかも低予算ゆえのチープさを感じさせられなかった。時系列の交錯がなくストレートに進行するためか、まるでドキュメンタリー映画とか一種のロードムーヴィーを見ているような不思議な感じがした。題名とは裏腹でむしろ上品な作風の映画じゃないだろうか。エンディングもちょっと意外で面白かった。


【付記】
● 劇中でアンは「自分は性的快感を感じたことはない。とくにセックスが必要なわけではない」とカウンセラーに明言しますし、グレアムは勃起不全であることをアンに明かします。種と遺伝子を残すための性的行為が「本能」とすれば、そうではなく目的が曖昧でどこか「遊び」の要素を含んだ性的行為は「文化」に近いものかもしれません。ですが両者をはっきり峻別することは難しく、多くの場合入り混じって表れてくるのではないでしょうか。性の多様性について考えさせられる映画でした。


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『キル・ビル』

『キル・ビル』(Vol.1、2003年、アメリカ映画、111分)(Vol.2、2004年、136分)

KillBill_01.jpg
原題:Kill Bill
監督:クェンティン・タランティーノ
出演:ユマ・サーマン、デヴィッド・キャラダイン、ダリル・ハンナ、マイケル・マドセン、ルーシー・リュー、ヴィヴィカ・A・フォックス、千葉真一、栗山千明、ジュリー・ドレフュス、ゴードン・ラウほか


クェンティン・タランティーノ監督映画『キル・ビル』は日本人も出演しているということで話題になっていたことはよく覚えている。朝の情報番組でもかなり時間を割いて紹介していたのだが、例によって「話題になっているものはとりあえずパス」という何ともひねくれた性格のゆえか、映画館に足を運んで見ることもなく、何年も経ってしまった。このあたりはもう少し改善したほうがいいと自分でもわかっているのだが、性格というのはそう変わるものではなかろう。

「深作欣二に捧ぐ」という文字が出た後、始まりはモノクロ画面で、ヒロイン(ユマ・サーマン)が血だらけのひどい顔になって倒れている。『パルプ・フィクション』(1994)でもかなりぶっとんだ演技をしていた彼女だが、いきなりこれは……ボスらしき男ビル(デヴィッド・キャラダイン)が近づいてきて銃を撃つのだからヒロインはもうおしまいか、という感じだが、タイトル画面の後はカラー映像になっている。

アメリカの片田舎に車で訪れたヒロインは、ある邸宅に入っていくが、そこにはかつて自分を痛めつけた組織のメンバー、ヴァニータ・グリーン(ヴィヴィカ・A・フォックス)がいた。ヒロインはいきなりパンチを食らわせ、女同士の格闘が始まるわけだが、これがまたかなり訓練を積んだと思われる動きで、思わず笑ってしまうような嘘臭さが微塵も感じられないのがすごいところだ。といっても、ジョン・ウー監督のようなアクションも個人的には好きである。

要するに、殺し屋組織から足抜けしたヒロインに制裁を加えたビルたち五人に対する復讐劇であり、題名はそのまんまで筋も単純明快。千葉真一と深作欣二監督はコンビを組んで何本も映画を撮っているが、それをタランティーノ監督は見たのであろう、とにかく日本のアクション映画のようなもの、できればそれにジョン・ウー的なアクションも加味して現代的にブラッシュ・アップしたような感じで撮りたい、という雰囲気が伝わってくる。

『Vol.1』の見所は沖縄にヒロインが訪ねて行って、伝説の刀職人ハットリ・ハンゾウ(千葉真一)に刀を作ってもらう話と、ハンゾウの刀を持ったヒロインが暴力組織のトップ、オーレン石井(ルーシー・リュー)と戦う場面だろう。ゲスト出演している千葉真一(クレジットはSonny Chiba)なんだけど、なんだかうれしそうに演技しているように見える。千葉自身が戦う場面はないのが少し残念だが、女優達に剣術の指導を行ったという。

オーレン石井の過去を明かす場面で突然アニメーションが挿入されて驚くが、これは『銀河英雄伝説』や『新世紀エヴァンゲリオン』などにもかかわった日本のアニメ・プロダクションが担当したという。日本のアニメとアメリカン・コミックスがブレンドされたような不思議な感じのアニメ。そして栗山千明というとても可愛い女の子が、女子高校生の制服姿で鎖のついた金属製の球を振り回す姿に度肝を抜かれる。だけど彼女に「GOGO夕張」っていう変な名前が付けられているのは笑ってしまうなあ。

もっと笑ってしまうのはヒロインが黄色い体操服を着て登場するところ。これもう、どう見てもブルース・リーの『死亡遊戯』ですよね。体側に黒のラインが入っているところまで再現しているのに本気を感じる。映画大好きな監督だけあって、この手の「オマージュ」とか「パロディ」はてんこ盛りらしいので、気になる人はウィキペディアやその他ネットで情報を集めるといいんじゃないだろうか。個人的には『Vol.1』のエンディング曲に日本の演歌が使われていること、これがいちばん衝撃的だった。「おんな、おんな、おんないのちの、う~らみぃ~ぶ~し」とくるんだからねえ。

オーレン石井の組織のNo.2で弁護士でもあるソフィーはどこかで見たことがあると思っていたら、NHK『アインシュタイン・ロマン』の最終話に出てきたジュリー・ドレフュスではないか。まったく悪者には見えない感じの彼女、フランス語と英語、日本語ができる人だから、撮影の現場では本当に役に立ったんじゃなかろうか。日本が舞台の場面における影の功労者だと思うけど、作中では悲惨な目に遭ってちょっとかわいそうになるんですよね。

『Vol.1』で五人のうちの二人を始末した後の『Vol.2』で、舞台はアメリカ、テキサス州へ移る。ここでビルの弟、バド(マイケル・マドセン)とヒロインがやりあうことになるのだが、ヒロインは胸に岩塩をぶち込まれた後、棺桶に入れられて生き埋めにされてしまうのだ。その後、ヒロインが中国の高僧パイ・メイ(ゴードン・ラウ)に弟子入りして修行をする場面になるのだが、ここでもかなり厳しい修行で、見ていて大丈夫かな、と思ってしまう場面もあった。そしてクライマックスはメキシコで、ビルとの直接対決になる。

全編通じて言えるのは、これだけヒロインがズタボロになってしまう映画がかつてあっただろうか、と思ってしまうほど、ヒロインが本当にひどい目にあう映画ということだ。『パルプ・フィクション』でユマ・サーマンを見たとき、その演技力に舌を巻いた。本作でも体当たり演技の連続なんだけど、ユマ・サーマンはそれができてしまう人なんですね。タランティーノ監督は女優ユマ・サーマンの演技力の一部を最大限まで引き出したのではないかと思う。ハードヴァイオレンス・アクション映画なんだけど、なぜか笑えてしまうところがいっぱいあって、いい意味で不思議な後味を残す映画ではないだろうか。


【付記】
● ハリウッドが日本関係の映画を作ると、ネイティヴの日本人にとってかなり違和感が残るものが多いのですが、さすがは日本映画通のタランティーノ監督だけあって、それほど変な感じはしませんでした。直球勝負の映画だと思いますので、あまり深く考えずに楽しむのがいいのですが、「ハードヴァイオレンス映画」なので、食事をしながら、とか、家族みんなで、というのはやめておいたほうがいいと思います。


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『サクリファイス』

『サクリファイス』(1986年、スウェーデン映画、149分)

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原題:Offret(The Sacrifice)
監督:アンドレイ・タルコフスキー
出演:エルランド・ヨセフソン、スーザン・フリートウッド、アラン・エドヴァル、スヴェン・ヴォルテル、グドルン・ギスラドッティルほか


以前テレビでアンドレイ・タルコフスキー監督のドキュメンタリー番組があり、家が燃える映像がとても印象に残ったのを覚えている。それが『サクリファイス』という映画の場面であることを知ったけれど、レンタルメディア店に置いてないし、DVDの販売もなかった(と思う)ので見たくても見ることができなかった。この度、レンタルメディア店の企画コーナーでタルコフスキー映画を三本見つけたときはうれしくて仕方がなかった。

現在(2016年1月)、DVDやブルーレイ・ディスクでの販売も行っているようだから、ファンの方はこの際、タルコフスキー映画のまとめ買いをしておくのをお勧めする。と言って自分がまとめ買いをするかどうか怪しいもので、やはり自分はタルコフスキーの「隠れファン」でしかないんだろうな、と思う。舞台はスウェーデンのゴットランド島で、宮崎駿『魔女の宅急便』のモデルというかロケ地であるという。だが住宅が密集する市街地ではなく、海岸沿いにぽつんと離れて立つ一軒家を中心に話が進んでいく。

元舞台俳優だったアレクサンダー(エルランド・ヨセフソン)と妻アデライデ(スーザン・フリートウッド)、息子と娘の四人家族で、通いの家政婦ジュリアとマリアたちと暮らしている。その日はアレクサンダーの誕生日で、郵便局員のオットー(アラン・エドヴァル)や医者ヴィクトル(スヴェン・ヴォルテル)らを招いて誕生パーティーが開かれることになっていた。

人々が居間に集まってテレビを見ていると、突然「核戦争が起こって非常事態になった」というニュースが入り、直後に停電が起こって外部との連絡が取れなくなってしまい、皆はパニック状態になってしまった。それまで神を信じなかったアレクサンダーだが、「自分の所有するものはすべて神の犠牲にささげるから世界を救ってほしい」と初めて神に祈る。

郵便局員オットーから「家政婦のマリアはじつは魔女であり、彼女と交わらなければ世界は救われない」と聞き、医者のヴィクトルの鞄から拳銃を取り出し、マリアの家に向かう。マリアは困惑しながらも、どうか世界を助けてほしい、と自分のこめかみに拳銃を当てながら必死に懇願するアレクサンダーを受け入れる。

とまあ、途中まではそんな感じなのだが、冷静に考えると何たる荒唐無稽、たかが一人とその家族が犠牲になることで核戦争をなかったことになんて……そう、絵が好きだった一人の男がある政党の党首になってその後行った数々のことも、民間人相手に大量破壊兵器が実際に使われてしまったその時も、世界で最も知られたロック・グループの元メンバーがファンの一人に撃たれるその瞬間さえも、神は……

なるほど確かに荒唐無稽な話ではある。だけどそんなふうに虚無的に否定してみても仕方がない。信仰の対象や形式、教団の実態はこの際問題ではない。おそらく、なにかを信じるという行為そのものの力が大切なのであって、例えば「愛」や「希望」を決して捨てずに信じ、それらが心の中で灯っている限り、それが、いやそれだけが人を導き、人を生かし続けることができるのではないか。共産主義下のロシアでは、それを表現することが困難だったのではないかと想像する。

タルコフスキー映画なので、やはり退屈に感じてしまう人もいるかもしれないが、『サクリファイス』にはタルコフスキー作品すべての中でもベスト・ショットと言える、ある場面が出てくる。カメラが本当にゆっくり引いていくあの場面で、見たことがある人は「ああ、あの場面ね」と思い浮かべることができると思う。とにかく、その瞬間言葉を失ってしまうほどで、なぜか心が洗われるような不思議な感動がじわっと押し寄せてくるのがたまらない。これはもう、しばらく心の中で寝かせておいて「熟成」したら、また見たくなってしまう映画である。

タルコフスキーの映画を見て何が言えるか、そんなことは思いもよらないけれど、続けて何本か見た以上、少しだけ語ってみたいと思う。もし、『ソラリス』が「愛」で、『ストーカー』が「希望」だとしたら、『サクリファイス』は「祈り」ではないかと思う。人知を超えたあまりにも大きな力が動いたとき、人間にできるのはもはや何かに「祈る」ことだけである。たとえどれだけ信仰から離れていたとしても、いざという時に自分にできることは、おそらく「祈る」ことくらいしかないのではないか。心底からそんなことを思った。


【付記】
● あの例の場面だけでも(おいおい)見る価値がある『サクリファイス』ですが、じつはもう一つ、『ソラリス』でも見られるあの「空中浮遊」が出てくる場面もあるんです。見るたびに、どうやって撮ったんだろう、と首を傾げざるを得ない仕上がりでした。


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『アイズ・ワイド・シャット』

『アイズ・ワイド・シャット』(1999年、アメリカ/イギリス映画、159分)

EyesWideShut.jpg
原題:Eyes Wide Shut
原作:アルトゥール・シュニッツラー『夢小説』(1926)
監督:スタンリー・キューブリック
出演:トム・クルーズ、ニコール・キッドマン、シドニー・ポラック、マリー・リチャードソン、トッド・フィールドほか


スタンリー・キューブリック監督映画『アイズ・ワイド・シャット』の予告編が流れていた時のことは何となく覚えている。ああ、キューブリックの新作なのか、けどこれが遺作なんだな、と思った。キューブリックにしては珍しくトム・クルーズとニコール・キッドマンという有名スターを起用し、なんだか扇情的な雰囲気の映像だった。しかも成人指定映画だというではないか。

けれど話題性のあるものはとりあえずパス、というひねくれた性格のゆえか、映画館まで足を運ぶことはしないまま何年も過ぎてしまった。そしてつい最近になってレンタルメディア店で手に取った。ニューヨークで開業医をしているビル(トム・クルーズ)と妻アリス(ニコール・キッドマン)には幼い娘がいて、夫婦は倦怠期に入っている様子。

患者で友人のジーグラー(シドニー・ポラック)邸で開かれるクリスマス・パーティに招かれた二人は準備をしているが、アリスが「どうかしら?」と訊いてもビルは彼女を見もしないで「素敵だよ」と返す。そしてシッターに娘を預けた二人はパーティー会場へ。当初二人は一緒だったが、別れてパーティーを楽しむことになり、ビルは二人の女性モデルに声をかけられ、アリスはハンガリー人を名乗る中年紳士から誘惑を受けつつダンスを踊っていた。

だがビルとモデル二人がどこかの部屋に行こうとした瞬間、ビルはジーグラーの所へ行くように、と声をかけられる。ビルが赴くと、酒と薬物の過剰摂取によって危険な状態のマンディという女とジーグラーがいた。マンディの治療を済ませ、パーティー会場に戻ると、旧友のニック(トッド・フィールド)に出会い、今ではピアニストをしているという。アリスは中年紳士の誘惑を振り切り、夫婦はお互いのことを気にしながら帰宅する。

翌晩、寝室で薬物を仕込んだタバコを吸ったアリスは、以前家族で旅行に行ったときの思い出を不意に語りだす。泊まったホテルで見かけた海軍士官と目が合った瞬間、すべてを捨てて抱かれてもいい気持ちになった、とビルに告白する。妻がそんなことをする女ではないと思い込んでいたビルは衝撃を受け、海軍士官とアリスが交わっている妄想が頭から離れなくなってしまう。

患者の老人が亡くなったという知らせを聞いたビルは、患者の家へ向かい、老人の娘にお悔やみを告げるが、彼女から「ずっとあなたに好意を持っていた」と告白され、求められるも何とか振り切る。そして帰宅の途中で例の妄想がビルを悩ませ、彼は夜のニューヨークを徘徊することになる。道で娼婦のドミノにつかまって彼女の家へ入り、事に及ぼうとした時、アリスからの携帯電話が鳴り、ビルの「冒険」は果たされなかった。

その後ビルは、友人のニックがピアノを演奏している店に行き、演奏後にニックから不思議な話を聞く。これから彼は某所でピアノを演奏する仕事があり、入館後に目隠しをされてひたすら指定された曲を弾くよう命じられているんだけど、そこで繰り広げられていることと言ったらないぜ、という。興味を持ったビルは、場所と入館のためのパスワードをニックから聞き出し、深夜に貸衣装屋で仮面とマントを調達、秘密の館へ車を走らせる。

とまあ、途中まではそんな感じで進んでいくんだけど、ここまではあまりキューブリックらしさを感じなかった。この後、秘密の館内の場面から、ぐっとキューブリックらしくなってくる。館内には多数の男女が集まっており、みな仮面を付け、男性は黒いローブだかマントだかをまとっている。女性の一部は裸同然の格好をしていて、異教の儀式めいた何かが執り行われた後は、予想通りの展開になって、ちょっと笑ってしまうほど。この場面こそ成人指定映画たる所以だろう。

だが、予告編を見た観客の多くは、成人指定映画ということもあって、トム・クルーズとニコール・キッドマンがどれだけスクリーン上で露出してくれるのか、と期待したのではなかろうか。もちろん、二人ともある程度の露出はあるけれど、行為の露出は一切なく、ビルの妄想の中でアリスと海軍士官が絡んでいる場面だけである。なので観客の中には肩透かしを食らった、と感じる人もいたのではないかと想像する。

あえてそうなるように仕掛けたわけではないと思うが、基本の設定が「幾多の誘惑を振り切って妻の元へ帰る夫」なのである。老患者の娘、二人のモデル、娼婦、貸衣装屋の娘、そして秘密の館とどれだけビルは誘惑にさらされていることだろう。だが彼は偶然の助けもあって誘惑を振り切ることができた。そもそもの設定が「脱がない男」なんだから、トム・クルーズの露出がほとんどないのも仕方がないと言える。

話としては、いろいろ誘惑があったけれど夫婦がそれぞれ浮気をせず(夫はやろうとしたけれど最後まで行けなかった)、起こったことをすべて妻に話し、それを妻が許して(?)、何をすればいいだろう、と問う夫にあのエンディング。形としてはハッピーエンドなんだけど、見終わった後で幸福感を得られないのは、スクリーンを通して観客は自分自身を見ているような気分になるからではないかと思う。

おそらく人間には、理屈で説明できない非論理的な部分(それをとりあえず「感情」とか「闇」などと呼んでおく)があって、じつはその人の行動原理になっているんじゃないかと思う。けれどそれは公然にできぬ要素を多分に含んでいて、だからそれを露骨に見せられると、なんだか居心地が悪く感じるのではないか。それこそ目を閉じて(Keep own eyes shut)いたい領域なんだけど、そこに踏み込んでいることが、『アイズ・ワイド・シャット』にいわく言いがたい重さを感じる理由なのではないかと想像する。


【付記】
● 有名なエンディングのようですが、乙山のようにまだ見ていない方もいると思います。最後の言葉を遠回しにいうと、"That four letters starting with F" ということでしょうか。その文脈(コンテクスト)上の第一義以外に、何か(だれか)に向けて発せられた言葉のように思えてしまうことも、後味の悪さにつながっているのかもしれません。


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『ストーカー』

『ストーカー』(1979年、ソビエト映画、164分)

Stalker.jpg
原題:Сталкер(Stalker)
原作:アルカジイ&ボリス・ストルガツキー『路傍のピクニック』
監督:アンドレイ・タルコフスキー
出演:アレクサンドル・カイダノフスキー、アリーサ・フレインドリフ、アナトリー・ソロニーツィン、ニコライ・グリニコ、ナターシャ・アブラモヴァほか


タルコフスキー監督作品『ストーカー』(1979)を見た。題名は現在、迷惑または犯罪行為として知られているそれと同じだが、制作当時はそのような通念はなく、「そっと忍び寄る者、こっそり追跡する者」というほどの意味。『惑星ソラリス』(1972)に続くSF映画だが、『ソラリス』に見られるような近未来的、宇宙的な演出はほとんどない。

ロシア領内と思われるある地域で何かが起こり(隕石の落下とも噂されている)、住民が犠牲になったことから、当局はそこを「ゾーン」と呼んで立ち入り禁止にした。ところが、世の中には物好きな人間がいて、その「ゾーン」に行きたいという。何でも、「ゾーン」には人の願いを叶えてくれる「部屋」があると噂されているのだ。そして「ゾーン」の案内人として「ストーカー」と呼ばれる者もいる。

ストーカー(アレクサンドル・カイダノフスキー)は希望する者からいくばくかの金を受け取り、厳重な警備をかいくぐって客を「ゾーン」へ導き、「部屋」まで連れて行くのを生業としている。しかしその生活は楽なものではなく、妻(アリーサ・フレインドリフ)は「まともな仕事をしてほしい」と訴え続けるが、ストーカーは妻を振り切って仕事を始める。今回の客は「科学者」(ニコライ・グリニコ)と「作家」(アナトリー・ソロニーツィン)だった。

彼らはとある町のカフェで落ち合い、「ゾーン」行の列車が来る時刻を待って自動車で移動する。そして巡回する警備員の監視を逃れれつつ、列車の後について「ゾーン」へ侵入した。ストーカーと作家、そして科学者の三人は、時には口論し、時にはぶつかり反目しあいながらも「部屋」を目指して少しずつ歩を進めていく。彼らは何のために「ゾーン」へ来たのか、そして「部屋」は本当に願いを叶えてくれるのか。

とまあ、途中までそんな感じで進んでいくのだが、今回は「ゾーン」とは何か、という謎や、そこで何かが起きるかもしれない、という緊張感があるので、わりと退屈せずに(?)見ていることができる、と思う。『ソラリス』ほどの大仕掛けはないものの、町の中のゴミが散らばった様子とか、「ゾーン」内で軌道上を移動する車とか、かなり作りこんだに違いない。

ストーカー役の男の風貌は短髪で無精ひげが生えており、見た瞬間私(乙山)は画家のフィンセント・ファン・ゴッホを思い出さずにはいられなかった。ゴッホの自画像をいくつか見るとひげが生えていて髪も多少伸びているものが多いけれど、なぜかゴッホを思い出してしまう。しかもストーカーの人となりが何とも禁欲的で、まるで聖職者のようなのだ。

それに対して「作家」はかなり意識的に俗物として描かれており、彼が持ち込んだウオッカをストーカーは「ここではいけません」とすべて地面に流して捨ててしまう。「ゾーン」は常に変化するもので、侵入者の心の在り方次第で恐ろしいことになりかねないという。だから進むときも非常に慎重で、ボルトに包帯を巻きつけたもの(?)を投げて、変な反応がないかどうか確かめながら進む、といった具合である。

タルコフスキー映画では水が本当によく使われるのと同様に、『ストーカー』でも水が多用される。だがここでは水は多少濁り、表面に黒い油が浮いていたりして汚れているのが他と違うところで、水の底にはかつてそこで人間の生活が営まれていたことを示す物品が沈んでいるのが見える。これもやはり、相当な作り込みが必要だったに違いないと想像させられる映像で、タルコフスキー映像のすごさを感じる。

いや本当に、全体は地味なんだけどやはりすごいとしか言いようのない独特の雰囲気が映像そのものにあって、話の筋より映像そのもので引っ張っていくのがタルコフスキーなんだというのを今回も強く感じた。いつもながらしっかり理解できたわけではないけれど、どれだけ科学が進歩したとしても人間には「聖域」が必要なのではないか。『ソラリス』の根底に流れるものが「愛」だとしたら、『ストーカー』のそれは「希望」なのかもしれない。


【付記】
● 今回も恥ずかしながら全編を通してみたわけではなくて、とりあえず60分ほど見たらいったん中止して、他日見るという作戦でした。『ストーカー』は二部構成になっているので、第一部が終了した段階で止めて、という具合ですべて見ることができたわけです。長い感じはするけれど、なぜかもう一度見たくなる魅力がある作品です。


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只野乙山

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⚫︎ 文字中心のウェブログ。ほとんど一話完結で、どの記事をご覧になっても楽しめ(?)ます。文字数だけなら一冊の本に匹敵(凌駕?)するほどありますので、ごゆっくりどうぞ。

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